【完結】捨てられた侯爵令息は、王子に深い愛を注がれる

藍沢真啓/庚あき

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一章

本心

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 そう遠くない未来にエミリオから問われると思っていたフレデリクは、苦悶に美貌を歪めた後意を決したようにゆっくりと目を開く。

「君の父親、元スーヴェリア侯爵は、牢の中で毒を飲んで亡くなった……」
「っ!」
「済まない。身柄を捕縛した時に何度か身体検査をしたのだが……誰かが牢にいた侯爵に毒を渡したようなんだ」

 フレデリクの腕の中、エミリオはひゅっと息を飲み硬直して話を聞いている。一度引いた涙が緑の瞳に膜を作り揺れている。

「だ、誰が……」
「今はまだ調査中なんだ。どうやら下級兵がひとり事件後行方不明になっている。大公の話では、誰かに依頼されたその兵が侯爵に毒を渡したのではないかと推察されているようだ」
「そう、なんですね……。遺体はどうなっているんですか」
「流石に毒物の回った遺体をそのままという訳にもいかなくてね、火葬して君の祖父母に引き渡したよ」

 受け止めきれなくなった涙がポロポロと白い頬を流れていく。

「侯爵は今、スーヴェリア侯爵領邸の近くにある丘に埋葬されたって聞いてるよ。そこは開けた場所で、幼かった君達兄弟と一緒に遊びに出かけた場所だと」

 埋葬された場所を聞いたエミリオは零れそうに目を見開き、はらはらと涙を流しながら震える唇を動かす。

「はい……僕と、兄が何者でもなかった普通の兄弟だった頃、両親と一緒に何度かピクニックに行った……ばしょで……っ」

 最後まで言葉を言い切る事ができず、エミリオは慟哭に打ち震えた。

 どこで道を違えてしまったのだろう、とエミリオは滂沱しながらここまでの選択が正しかったのか反芻する。
 エミリオとルドルフ。お互い何のしがらみもなく、無垢な子供だった頃。エミリオは色んな事を知っていてそれを惜しみなく教えてくれるルドルフを尊敬し、ルドルフも無邪気に自分を慕う可愛い弟をとても可愛がっていた。
 明るく笑い合う兄弟を、厳しくも優しかった両親は木陰の下で微笑ましく見ていた――

 兄はあれからどうなったか分からないが、父は毒を呷って死に、母は兄が作った薬で心と体を壊した。それでも全員が生きて欲しかったと願うのは傲慢なのだろうか。
 確かに兄がした事は非道で常軌を逸脱した行為だし、父もスーヴェリアの知識を持った上で国民を騒動に巻き込んだ。母も自分が普通じゃなかったが故に心にあってはならない隙間を作ってしまったのかもしれない。
 だけど、エミリオの体はエミリオが望んだ物ではない。それでも。

「僕は……両親も、兄も祖父母も大好きでした。でもっ、成長していく内に家は段々とおかしくなって、結局、僕がきっかけで」
「そう言うものではないよ、エミリオ」

 フレデリクの大きな手がそっとエミリオの頬を撫で、親指が涙を拭う。

「自分を責めてばかりではだめだよ、エミリオ。きっかけはどうであれ、人は周囲の環境や声に惑わされやすい。そして、それは人にとっては希望となり、逆に毒にもなる。元侯爵もルドルフも君の母君も、エミリオの声よりも自分の声に耳を傾けただけ。それはけっしてエミリオのせいじゃないんだよ。だから、エミリオは自分の心の声を聞いてごらん? 君はどうしたい?」

 真っ赤で煌く瞳がエミリオを真っ直ぐに見つめる。
 エミリオは眼蓋を閉じ、瞳に残った涙をひとしずく払い、本当に自分はどうしたいのかを考える。

「僕は両親に愛されたかった……」
「うん」
「兄さんと普通の兄弟でいたかった……」
「うん」
「どうして……どうしてっ、みんな僕を嫌いっていうの!? 僕が好きでこんな体になった訳じゃないのに、みんな僕を化物みたいに見て、それでも役立たずになればあっさり捨てて! 僕は家の持ち物でも、子供を孕む存在じゃない!」
「うん……エミリオはエミリオだよ。私は人の思惑の渦にいても、必死で頑張って生きてる、強くて優しいエミリオを愛しているんだ」
「フレイ……っ」

 嗚咽に震えるエミリオの茶色の髪を細くも節のある長い指で梳りながら、何度もフレデリクは「愛してる」と言い聞かせる。

 これまでの自分は周囲に流されてばかりいた。
 両親の事も、兄の事も、クライドの事も、そしてフレデリクの事も。
 流されるのは楽だった。何も考えなくてもいいし、諦めてしまえばそこで終わりだったから。
 今フレデリクがエミリオに求めてるのは、自らの足を地につけて、足掻き藻掻いて悩んで出した自身が決めた答えなのだ。

 自分はどうしたいのだろう、とエミリオはフレデリクの腕に包まれながら、これからの未来を思い馳せる。

 フレデリクはこれまでの危機に救いの手をエミリオに差し向けてきた。
 疑心暗鬼な自分は簡単にその手を取るのを躊躇い、余計にこじらせてきた。
 それでも強く振り払う事ができなかったのは、幼い頃からエミリオの視線が自分へと真っ直ぐに注がれ、エミリオも彼の甘い視線を大切に受け止めていたから。
 フレデリクの真っ赤な瞳はいつもエミリオに愛を囁く。

 愛してる。
 好きだよ。
 大切にしたい。

 兄に犯され家を逃げるように出て、学園に入った時も、彼の言葉がエミリオの無聊を慰めてくれた。
 クライドとエミリアが密かに逢瀬を繰り返し離縁を言い渡された時も、フレデリクの言葉が死にそうな程の悲しみを支えてくれた。

 本当はスーヴェリア邸でフレデリクからプロポーズをされた時、すぐに頷きたかった。だけど、彼は王族で自分は離縁されたばかりの侯爵子息。身分が釣り合ってなかったし、彼には少しでも指をされれないような女性と結婚したほうがいいとも思っていた。
 心に蓋をして、フレデリクが幸せならいいと、不幸な自分に酔いしれていた。

 フレデリクは保身という殻を破って自分の素直な言葉を待っている。

「僕は……フレイを……愛してる……」
「っ」
「僕は……フレイの……伴侶になっても……いい?」
「勿論だとも!」

 舌の上を素直な気持ちが言葉となって零れおちていく。

 愛してる。
 大好き。
 フレイと一緒に生きたい。

 フレデリクがエミリオを強く抱きしめ、この温もりがやっと届いた安心感に小さな吐息が落ちた。

「リオ、愛してる」
「僕もフレイを愛してる」

 ふと、顎に指をかけられ愛を告げられれば、エミリオも溢れんばかりの愛に応える。
 泣きすぎて目元や鼻を赤くした顔は、少しだけ熱を持っていたが、フレデリクの唇が与える体温にじんわりと溶けていく。
 額から眦、頬から鼻先、そしてふたりの唇が重なり、エミリオはフレデリクの背中に手を添え、深くなる口づけを受け入れる。

 触れるだけの接吻が唇のあわいから伸びた舌が絡まり酔いしれる。
 何度も角度を変えてフレデリクが与えるぬめった塊に時折喘ぎ、音を立てて吸われれば下半身の……お腹の奥深くがキュンと疼き、自分が彼の子種を求めているのだと羞恥に顔が赤くなるのを自覚していた。

 ふたりが口づけに夢中になっている間に、いつしかブランとノアルの姿はなく、薄命の赤色に部屋が染まっていた。
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