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一章

清濁

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 ぬちゃり、と下半身の窪みに粘膜を纏った熱が触れ、ゾワリと肌が粟立つ。喉から悲鳴が迸りそうになっているのに、されるがままなのが悔しくて涙が滲んでくる。
 こんな事ならフレデリクの言葉を飲み込んで依頼を受けれれば良かった。だけど祖父母を疑われて我慢ができなかった。
 その行動が自らの首を絞め、こうして悪夢の再現が行われようとしている。

 だけど……昔と今は違う。
 あの時はただただ絶望に落とされ、ひたすら兄の律動に揺さぶられ、永遠と子種を注がれ泣くしかできなかった。でも今は、心のどこかで希望がある。フレデリクがそこまで来ている予感がしたからだ。
 人が聞けば夢物語だと笑われるかもしれない。それでもフレデリクがこの状況を覆してくれると信じていた。
 胸に温かい勇気が湧いてくる。だからこそ尋ねたい事があった。

「ルドルフ兄さん」

 エミリオの腰を引き寄せ、怒張の先端をねじ込もうとしたルドルフに、エミリオは静かに問う。
 甘い甘い香りが脳に染み込んで思考が濁っていく気がするが、その前にこれだけは尋ねたかった。

「なんだ? 可愛い、エミリオ」
「クライド様に薬を与えたのは、あなたですか。兄さん」

 疑問ではなく確定の意味で言葉を出した。これだけ自分に執着していた兄だ。クライドが彼の歯牙にかかってる可能性が高いと感じた。エミリアが兄と共謀していたのが後押しになっていたが。

「そうだ。友人の約束を律儀に守り、大事にしすぎて発散のしどころがなかったヤツに、楽園に逝ける手助けをしたのはオレだ。ついでにエミリオがこの手に戻せるよう、あのお古の女を一緒に押し付けたが」
「女……エミリアの事ですか」

 自分を大嫌いだと言ったエミリアは、闇に落ちる瞬間、兄と一緒にいるのに泣きそうに瞳を揺らしてエミリオを見ていた。きっと彼女は長い時間ルドルフを思い慕っていたのだろう。彼女の心情はいかばかりか。
 夫だったクライドを奪ったエミリア。そういえば、離縁の話が出ていた時、彼女は妊娠していた筈だ。

「あいつはお前の代わりだ。スーヴェリア領の町で見つけた時には驚いた。エミリオが女になってオレの前に現れたのか、とは。オレが一緒に来るか、と言ったら喜んで来たぞ。体の相性も悪くなかったし、こっちに来てからはエミリオに会えないもどかしさや無聊を慰めてくれる玩具だったがな」
「僕がレッセン伯爵から離縁の話が出た時、エミリアは妊娠していました。あの時の子供はまさか……」
「ああ、クライドは気づいてなかったが、あの子供の父親はオレだ。といっても、オレの命令で流産させたけどな」
「酷い……あなたは人としての一線を超えた悪魔だ」

 きっ、と睨みつけ言葉で詰る。兄だと思っていた人は、自らの欲望や願望を叶える為なら、他の人間がどうなろうとも何の感情も感じない。フレデリクも兄に似た部分があるけども、王族故に清濁併せ呑む考えは仕方ないと思う。そんな彼は自分を大切に扱ってくれ、プロポーズの言葉を今も待ってくれている。
 王族である以上、綺麗な川でだけ生きていける訳ではない。
 王族だからこそ、汚染された川にも対応できなければいけない。
 信頼した人には悪態つきながらも信頼を滲ませているのが、エミリオにも分かった。

 兄とフレデリクは違う。
 同じ狂った愛情なら、エミリオはフレデリクの愛を受け入れたい。間違ってるとしても、それが自ら選んだ答えだ。

「悪魔ね……それなら弟のお前も、オレ達を産んだ両親も、その祖父母もみんな悪魔だな」
「そうかもしれません。人は誰だって心に悪魔が棲んでいる。人は欲望に弱い生き物だから、ちょっとした心の隙間に入り込んで囁かれたら、自制心のない人は心が悪に傾くでしょう。ですが大半の人はその一線を超えないように、必死で生きているんです。僕も、祖父母も両親も、クライドもエミリアも。あなたは弱った人の耳に囁くのが得意な悪魔にしか見えない!」
「ふ……ふふ……。それじゃあ、弱ったお前の耳に囁いてやろう。『お前の両親を壊したのはお前だ』」
「っ!」
「『お前は一生親に愛されず生きていく。だが安心しろ。お前を死ぬまで愛してやれるのはオレだけだ』」
「ちがう……違う! ぼ、僕はフレデリク様に、」
「『アイツはお前を、』……チッ、思ったよりも早かったな」

 ふ、と呑まれそうだった意識が軽くなり、兄は扉を憎々しげに睨む。そして、素早く身を起こすとシャツを羽織り、椅子に掛けたマントをふわりと纏う。
 一体、何があったのか。エミリオは睨む兄の視線を追うように、自らもぼんやりとした目で扉を見つめると。

「エミリオ!!」

 何かが倒れる音や鍔迫り合う金属の音の後に、扉が蹴飛ばされる勢いで開かれ、そこに現れた銀色にエミリオは瞠目する。
 ああ……来てくれた。願いが届いたと、エミリオの口元が綻びる。だが、ベッドの上で裸体のまま横たわるエミリオを見て、フレデリクは表情を強ばらせた。

「ち……違うんです……これは……」

 エミリオは傍で丸まっていたシーツを手繰り寄せ体に巻きつける。体を動かした時に足の付け根からぬちゃりと湿った音が聞こえたが、今はフレデリクの誤解を解きたい気持ちの方が強かった。

「分かってる。そんなに不安そうな顔をしないで、エミリオ」
「フレデリク様……」

 駆け寄りたい気持ちでいっぱいだったが、フレデリクの視線はベッドの近くで不敵な笑みを浮かべるルドルフへと向けられていた。

「随分と早いおつきで。おかげでエミリオを味わう事ができずに残念ですよ、殿下」
「君は……。今回の事含め、色々問い質せてもらう」
「できるものならば」

 唇を弓なりにしならせ笑みを崩さないルドルフはそう告げると、窓の方へと全速力で駆け出す。「待て」とフレデリクの停止を叫ぶ鋭い声が、ガシャンとガラスが割れる音にかき消された。
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