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一章

挿話・ブラン

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 呆然としている男どもを放置し、ブランはすたすたと公爵家別邸の廊下を歩く。
 まだ先ほどの愚弟がしでかした行為に腸が煮え返るようだった。

 だがブランは分かっているのだ。彼の行動や思考は王族として正しいのだと。
 しかしエミリオを消沈させた件については、また別の問題だ。

 まだ数日しか傍に仕えてないが、エミリオは控えめでとても優しい青年である。多少控えめすぎてブランですら心配になる位に。

「全く性格が極端なのに、結婚なんてできるのか……」

 腹違いとはいえ、猪突猛進な弟を思い、ブランはため息が零れた。


 ブランは『隠された王族』だった。
 父は現王で、母は王妃の親友で、今は亡き影の首領だった。

 王族には近衛や護衛騎士だけでなく、光の当たらない影の部分を守る存在があった。
 調査、暗躍、排除。決して明るみに出ない闇で影は淡々と職務をこなす。

 これは知られていないが、現在の影の首領はブランの叔父であり、騎士団総大将でもある、レオンハルト・クヴァンツ大公が兼任している。
 ブランが予期せぬ経緯で誕生した時、養子としてクヴァンツ大公に引き取られるのを止めたのは母だった。
 母は親友であった王妃の他に子供がいるのを知られたら、余計な権力争いにみんなが巻き込まれるのをよしとしなかった。それに、自分は影だから、影の子供が光当たる場所に晒すつもりはないと、きっぱり言ったのだ。
 王も王妃も大公も、母の強い希望を受け入れた。そしてその日からブランは影の世界の住人となったのである。

 光の届かぬ場所で生きていくブランの名を付けたのは王妃だった。
 はっきりと王族と分かる白い髪と赤い瞳。母の名残は毛先を彩る灰色。母は夜を思わせる黒髪だったが……
 王妃は『暗い闇でもあなたの存在がみなを光らせてくれるように』とブランと名付けてくれた。
 ひねくれていた時期は、嫌味なのか、と悪態していたものだが、ブランよりも後に生まれたアレクシスやフレデリクの成長を見ている内に、自分はなんて自由なのだと感じたのだ。
 王族は自我を押し殺し民の為に生きていく。しかし綺麗なままでは有象無象の貴族に食い散らかされ奪われる。だから清濁併せ呑み非情な判断をしなくてはならない。
 気高く、美しく、時には残酷に。
 それは王族の正しい姿なのだと、ブランは影に控えるようになって自覚したのだ。
 だからこそ、自由に行動でき考える事のできる今の位置は心地よい場所だった。

 母が亡くなりしばらくして、ブランは腹違いの弟を王と王妃に紹介された。それも実の兄であると馬鹿正直に。
 その日から自分の護衛対象がふたりとなり、上の弟が王太子になってからは総長が担当となり、ブランは下の弟――フレデリクを担う事になった。
 彼は……フレデリクは王族らしい王族だった。
 幼いながらも冷徹な判断をし、彼が辞退を申し出なければ今でも派閥争いがあったかもしれない。
 王太子であるアレクシスですらも、フレデリクが王になればいい、と漏らしていた程だ。
 だが、王族らしい王族だったフレデリクは、ひとりの幼い少年と出会い変わった。それがエミリオ・スーヴェリア侯爵子息だった。

「それでもアレはないよね、アレは」

 ブランは呆れたため息を漏らす。
 と、いうのも、さっさと自分で囲えばいいのに、エミリオを友人だったレッセン元伯爵子息に託したからだ。しかも無茶ぶりな条件をつけて。

「でも、当時は仕方ないっちゃ仕方ないか……」

 実際、フレデリクは『とある出来事』を機にエミリオを保護しようとしたのだ。だが、とある大臣がアレクシスが王太子として決まっていたのに、フレデリクを神輿として持ち上げ始めた。更には隣国の王女との婚約まで画策したのだ。
 派閥争いに巻き込む訳にはいかない。だが、このままスーヴェリア家に置く訳にもいかない。
 苦悩して出した答えが、エミリオとレッセン元伯爵令息との偽装婚約からの結婚だった。

「ま、自分でごちゃごちゃにしちゃってるけど」
「ブラン殿」

 悪態しつつ闊歩していると、背後から老齢の男性の声が自分を呼ぶ。振り返ると、ファストス公爵が苦い顔を隠さずに立っていた。

「これは公爵。別邸にまで足をお運びして、何か御用でしょうか」
「貴殿が何故表に出ている。影なら影らしく振舞っては如何か」
「……申し訳ございません。苦言はわたしを光に出したフレデリク殿下へとお願い致します。公爵」

 慇懃に振舞う公爵に一礼し、素知らぬ顔で横切りながら、ブランは内心で舌を出した。
 彼にしてみれば娘の夫を惑わした憎い相手の息子という認識なのだろう。王妃は優しいからブランの事も我が子の事のように扱ってくれるが、一般的な感情としては公爵の方が正しい。

「しかし、公爵が一番の第二王子派閥の支持者なんだから、困ったものだ」

 おかげでエミリオを秘匿で保護できているのだから、いいのか悪いのか。

 何はともあれ今は傷心のエミリオを早く見つけて、体を冷やさないようにストールを掛けてあげなければ。将来自分の義弟になるんだし。と、数人の使用人に声を掛けエミリオの居場所を探りつつ、そんな事を考えていた。


「え? エミリオ……様?」

 エミリオを裏門あたりで見かけたという情報を元にブランがそちらに向かう。見つけたらフレデリクのいない部屋で熱いお茶を出して冷えた体を温めなくては。まだ体調は完全ではないのだ。
 他にもお茶菓子にエミリオが買ったベリーを使って作られたコンポートもどきを添えて、こってりクロテッドクリームと一緒に熱々のスコーンも出そう、とブランは心に決める。
 彼はもっと太った方がいい。もっとフレデリクを翻弄できるよう元気になってもらいたい。

 だが、彼の姿はそこにはなく、表門だったり庭だったり探すものの、エミリオはどこにもいなかった。
 そんなブランを嘲笑うかのように、裏門の門扉がキイキイと軋む音色が虚しく響いていた。
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