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一章

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 少し休むと言ったエミリオをベッドに寝かしたフレデリクは、隣室に控えていた護衛騎士と対峙する。

「……どうしてあんな事になった?」

 ドサリとソファに体を預けたフレデリクは鋭い眼差しを護衛騎士に向けて冷たく言い放つ。
 絶対零度の赤い瞳に、護衛騎士は普段は厳しい顔を消沈させて口を開く。

 元々エミリオが今日出かけるのは、フレデリクも承知しており、スーヴェリア家の誰もがエミリオが王都に滞在しているのを感知してないのもあって、彼の行動に制限をかけていなかった。
 その為、普通に市場へ出かけ、フレデリクに出すパイの材料を購入して散策していた所にクライドと出くわした。それは誰もが予測していなかった事で、エミリオだけでなく護衛騎士も驚愕したそうだ。
 だから対応が遅れてしまったと護衛騎士が謝罪と共に低頭するのを、フレデリクは楽観していた自分を殴りたい衝動に駆られていた。

 護衛騎士は内心で身震いしていた。
 穏やかで思慮深いと評価の高い第二王子であるフレデリクだが、王族がそれだけではやっていける訳ではない。彼がそういった周りの評価を理解した上で演じているが、実際はかなり冷酷な部分もあると知っていた。
 だからこそ、今回の失態は自身の進退にも関わる為、フレデリクの言葉を冷静な振りをしながらも必死で耐えている次第だ。

 正直、今回は自分にも責任はあると理解していたが、明らかに人手不足な部分も否めない。
 フレデリクは基本的に自分の周りに人を置かない。彼自身が騎士団の中でも技術も力量も高く、護衛を置かなくともひとりで対処できるから。現在はフレデリクの騎士団の部下である自分が護衛として就いているものの、それよりも彼が強いのは自明の理だった。
 形だけでもフレデリクが護衛騎士を置いているのは、貴族がそれに近しい豪商の身分で集まった騎士団の中で、自分が唯一の平民という存在だったからだ。
 貴族は学園を卒業して一年ほど、余程の事情がない限り、騎士団に従事する決まりだ。
 だいたい貴族のスペアや以降の男子はそのまま騎士団に残る。他に商才があればそちらにつく事があるが、大半は騎士になる。
 護衛騎士は学園に奨学生として入学した。それも平民登用初の生徒のひとりとして。フレデリクが入学する二年前の出来事だ。
 それは現在クヴァンツ大公の伴侶で、異世界よりやって来たイオの進言によるものだという話を耳にしたことがある。
 クヴァンツ大公はイオに甘過ぎる程に甘い。一応、目算があっての提言だとは思うが、そのおかげでフレデリクの護衛騎士としてすくい上げて貰ったから。

 温厚で控えめに兄王太子であるアレクシスを立てて支えている。貴族も平民も関係なく、平等に接する高潔な姿は、貴族のみならず平民でも人気のある方だった。
 故にフレデリクよりも技能の低い自分が何故と思ったものの、その理由が登用されてようやく納得できた。

 彼は真っ白で柔らかな印象の裏側は、口に出すのも憚られる程冷酷な方だった。
 高潔だからこそ不正が許せず、幾つも貴族が取り潰された。それは王族一致の決定だった為、誰もが反論しなかったが唯一私怨と今も囁かれているレッセン元伯爵家の取り潰しは記憶に新しい。

 そして今日、フレデリクが溺愛といっても過言ではないエミリオ・スーヴェリア侯爵令息と、レッセン元伯爵子息が偶然出会ってしまった。
 このふたりは珍しく男性同士で婚姻を結んだ方々だ。しかし一年程前に離縁をし、領地に引きこもったとフレデリクに報告したのは、護衛騎士自身である。

 離縁の話を聞いた途端、フレデリクの行動は凄かった。平民である自分には詳しい事情は分からないが、すぐさまレッセン元伯爵家を、問答無用で貴族位を剥奪し平民へと落とした。当然王族が貴族に貸与していた領地もタウンハウスも返却を余儀なくされ、彼らは着の身着のままで放り出されたという話だ。
 その間護衛騎士はエミリオに内密で遠くから護衛をさせられた。護衛騎士と言われているも、実際はフレデリクの私兵で、命令は絶対だからだ。
 騎士団に所属という形を取っているものの、給料自体はフレデリクから捻出されている。
 おかげで彼と近くで対面した時、不躾な態度だったのは否めない。

 そういった事情から、前々から感じていた要望を口にするのを躊躇ったが、もうひとりは限界だったので口を開くことにした。

「それでですが、フレデリク殿下」
「……なにか言いたい事があるなら、言ってみるといい、ノアル」

 ソファの肘掛に肘を置いて頬杖をつく麗しい主が、護衛騎士を『ノアル』と呼ぶ。これは護衛騎士の本当の名ではない。
 平民である自身や家族を守る為、フレデリクが名付けた『称号』だ。意味は『黒』。ノアルは護衛騎士でありながら、姿の見える『影』でもあった。

「では遠慮なく。俺ひとりでは、フレデリク殿下とエミリオ様おふたりを護衛するのは不可能です、特に今回のような事例では。エミリオ様は戦いの術を会得されていません。何かあった際、誰かひとりがフレデリク殿下に報告に走る人間が必要です」
「んー、まあ、確かにそうだな。今回も影を五人程付けておいたんだけど、アレらは基本的に表に出れないから、何かあった時にすぐに行動できないのが難点というか……」

 護衛騎士は――ノアルは声を出さずに瞠目する。
 影は王族の密偵であり、最強の護衛でもある。その彼らが五人も付いていたのかと驚いたからだ。

「ん? どうかした?」
「言ってくださいよ、そういった大事なことは……」
「言ったら影の意味がないでしょうが」
「知ってたら、彼らの誰かに伝言お願いして、エミリオ様から離れなかったと……」
「ああ……確かに」

 ポンと掌を拳で叩いてるフレデリクの感心してる姿に、ノアルは項垂れるのを耐えた。

「そうだなぁ……あんまりリオの行動を制限するのも、折角少しずつ健康になってきてるからねぇ。体にも良くないだろうし。……あ、そうだ。悪いけど『ブラン』呼んできてくれないか」

 ぶつぶつ何か呟いてたかと思えば、入ってきた扉とは反対の扉に最後の言葉を掛けるフレデリク。ノアルは首を傾げて様子を見ていると、奥の扉がかちゃりと開き、現れた姿にノアルは「あれ?」と既視感を感じた。

 白い髪で先端が灰色のグラデーション、瞳は真紅の瞳を持つ美しい少女がそこにいた。
 真紅の瞳は王族が持つものだと、ノアルが疑問に思っていると。

「はじめまして、ノアル殿。ボクはブランと申します」
「男……?」

 少し掠れた声は男とも女ともつかない不思議な声音をしていたが、よくよく眺めていると骨格が女性とは違う気がする。

「あなたと同じモノがついてる男です。お疑いでしたら、ここで脱ぎましょうか?」
「やっ! それは結構!」

 淡々と本気で服に手を掛ける美少年に、ノアルは慌てて彼の行動を止める中、フレデリクはくつくつと肩を揺らして笑っていた。

「ブラン済まないが、リオの侍従として、ノアルと一緒に行動してくれるかな。一応その目・・・は魔法で偽装しておくように」
「かしこまりました」

 ふたりの会話で彼が――ブランが王族の落胤だと暗に言われ、ノアルは驚愕からしばらく覚めなかった。

 そうして、護衛騎士のノアルと侍従のブランが、エミリオの傍に付くようになったのである。
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