13 / 37
一章
挿話・ ※残酷シーンあり
しおりを挟む
ふむ、と報告書を机に投げ、さっきから土下座のまま微動だにしない男たちに冷えたまなざしで睥睨する。
す、と細めた双眸から覗く水を固めたような薄水色の瞳は、報告に来た男達を十分に凍りつかせた。
「誰がエミリオを襲えと命令した?」
自分でもぞくりとする低く唸る声が出た。床に這いずる男たちは自分の問いにびくりと体を震わせる。今は盗賊にような汚れた格好をして、あちこちに大小の傷を負ってるせいか、避けに惨めに見えた。ああ、真紅の絨毯で功を奏した。これが純白なら今頃男たちの血で汚れて皿に不機嫌になった事だろう。
暫く沈黙が続いたが、床で丸くなった男たちのひとりがくぐもった声で答える。
「お、お父上が」
ひゅっ、と風切り音が唸ったと思えば、報告していた男の首がゴトリと床に転げ落ちる。他の者たちは息を飲んでブルブルと震えている。自分の末路を想像したのだろうか。
「あの人か……余計な真似をしてくれたものだ。アレを独占しようと思ったか」
絨毯がドクドクと男の垂れ流した血を吸い、ドス黒い色へと変わっていく。
もうこれでは使い物にならないだろう。後で新しく交換しなくては。次は緑にしようか。エミリオの瞳と同じ美しい緑に、金糸で織りが入ったものがいい。それなら窮屈で鬱積した仕事もはかどるだろう。
他の者のひとりから、エミリオがフレデリクと一緒に別名『要塞』と呼ばれる騎士訓練施設に保護されたと聞いた後、蹲って恐慌する彼らを衛兵に連れ出して牢に入れるよう命じ、侍従に絨毯の交換を、ゆっくりお茶でも取ろうと侍女のひとりに隣の部屋へ持ってくるよう頼んだ。
この宰相補佐室には執務室以外に客人をもてなすための部屋がある。アリボリーで調えられた室内は、金の装飾で彩られ、訪れた人には概ね好評のようである。たまに血で汚したら気分いいだろうな、と酷く嗜虐的な気持ちになるも、頭を緩く振って考えを追い払う。
今はそれどころではない。
「エミリオは砦にいるのか……」
金の髪と緑の瞳が美しい青年。
レッテン伯爵の次男で友人だったクライドと婚約したまでは許せた。貴族は貴族の縁戚を求め結ぼうとする。エミリオがクライドと婚約した時は憤慨したものだが、少し幼いエミリオが成人するまでには余裕があると侮っていたのが駄目だった。
とある事件をきっかけに、隣国へ留学している間に、エミリオとクライドが結婚してしまったのだ。騙し討ちのようだと感じ、幾度となくエミリオに対面しようとしたが、留学の功績で宰相補佐になってからというもの彼に会う時間が全く取れずに苛々が募った。
その前にクライドには耳打ちはしておいたが。
じわじわと不信感という遅効性の毒がクライドを蝕んだ所に、一石を投じた。おかげでクライドとエミリオが離婚したが、今度は父親がエミリオとの再会を邪魔してきた。
そうこうしている間にエミリオは領地にいる祖父母を頼り、あまつさえ第二王子のフレデリクが事もあろうかエミリオにプロポーズをしたと報告が上がったのだ。
フレデリクがエミリオに恋心を抱いていたのは知っていた。だから何度も邪魔をしたというのに、彼は軽々と至難を乗り越え、そのたびに自分は辛酸を味わった。
確かにフレデリクは王太子と同じ……噂ではそれ以上に優秀だと言われている。
早々に排除したいがいかんせん、相手は王族だ。下手を打てば自分の首が飛ぶ。さっきの父親が雇った傭兵のように。
なんとかしてフレデリクを排除できないものか……
「いや、その前に邪魔な父親を消すのが先か……」
指先をトントンと唇に置いて、今の立場を崩さず父親を弑し、侯爵の地位を手に入れ、エミリオを妻として隣に置く方法はないか……
『宰相補佐様、お茶をお持ち致しました』
扉越しにか細い声が目的を告げる。
まずはお茶でも飲んで、計画を煮詰めるかと、エミリオの兄であるルドルフ・スーヴェリアは席を立ち扉へとゆっくり向かった。
す、と細めた双眸から覗く水を固めたような薄水色の瞳は、報告に来た男達を十分に凍りつかせた。
「誰がエミリオを襲えと命令した?」
自分でもぞくりとする低く唸る声が出た。床に這いずる男たちは自分の問いにびくりと体を震わせる。今は盗賊にような汚れた格好をして、あちこちに大小の傷を負ってるせいか、避けに惨めに見えた。ああ、真紅の絨毯で功を奏した。これが純白なら今頃男たちの血で汚れて皿に不機嫌になった事だろう。
暫く沈黙が続いたが、床で丸くなった男たちのひとりがくぐもった声で答える。
「お、お父上が」
ひゅっ、と風切り音が唸ったと思えば、報告していた男の首がゴトリと床に転げ落ちる。他の者たちは息を飲んでブルブルと震えている。自分の末路を想像したのだろうか。
「あの人か……余計な真似をしてくれたものだ。アレを独占しようと思ったか」
絨毯がドクドクと男の垂れ流した血を吸い、ドス黒い色へと変わっていく。
もうこれでは使い物にならないだろう。後で新しく交換しなくては。次は緑にしようか。エミリオの瞳と同じ美しい緑に、金糸で織りが入ったものがいい。それなら窮屈で鬱積した仕事もはかどるだろう。
他の者のひとりから、エミリオがフレデリクと一緒に別名『要塞』と呼ばれる騎士訓練施設に保護されたと聞いた後、蹲って恐慌する彼らを衛兵に連れ出して牢に入れるよう命じ、侍従に絨毯の交換を、ゆっくりお茶でも取ろうと侍女のひとりに隣の部屋へ持ってくるよう頼んだ。
この宰相補佐室には執務室以外に客人をもてなすための部屋がある。アリボリーで調えられた室内は、金の装飾で彩られ、訪れた人には概ね好評のようである。たまに血で汚したら気分いいだろうな、と酷く嗜虐的な気持ちになるも、頭を緩く振って考えを追い払う。
今はそれどころではない。
「エミリオは砦にいるのか……」
金の髪と緑の瞳が美しい青年。
レッテン伯爵の次男で友人だったクライドと婚約したまでは許せた。貴族は貴族の縁戚を求め結ぼうとする。エミリオがクライドと婚約した時は憤慨したものだが、少し幼いエミリオが成人するまでには余裕があると侮っていたのが駄目だった。
とある事件をきっかけに、隣国へ留学している間に、エミリオとクライドが結婚してしまったのだ。騙し討ちのようだと感じ、幾度となくエミリオに対面しようとしたが、留学の功績で宰相補佐になってからというもの彼に会う時間が全く取れずに苛々が募った。
その前にクライドには耳打ちはしておいたが。
じわじわと不信感という遅効性の毒がクライドを蝕んだ所に、一石を投じた。おかげでクライドとエミリオが離婚したが、今度は父親がエミリオとの再会を邪魔してきた。
そうこうしている間にエミリオは領地にいる祖父母を頼り、あまつさえ第二王子のフレデリクが事もあろうかエミリオにプロポーズをしたと報告が上がったのだ。
フレデリクがエミリオに恋心を抱いていたのは知っていた。だから何度も邪魔をしたというのに、彼は軽々と至難を乗り越え、そのたびに自分は辛酸を味わった。
確かにフレデリクは王太子と同じ……噂ではそれ以上に優秀だと言われている。
早々に排除したいがいかんせん、相手は王族だ。下手を打てば自分の首が飛ぶ。さっきの父親が雇った傭兵のように。
なんとかしてフレデリクを排除できないものか……
「いや、その前に邪魔な父親を消すのが先か……」
指先をトントンと唇に置いて、今の立場を崩さず父親を弑し、侯爵の地位を手に入れ、エミリオを妻として隣に置く方法はないか……
『宰相補佐様、お茶をお持ち致しました』
扉越しにか細い声が目的を告げる。
まずはお茶でも飲んで、計画を煮詰めるかと、エミリオの兄であるルドルフ・スーヴェリアは席を立ち扉へとゆっくり向かった。
64
お気に入りに追加
2,437
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
シャルルは死んだ
ふじの
BL
地方都市で理髪店を営むジルには、秘密がある。実はかつてはシャルルという名前で、傲慢な貴族だったのだ。しかし婚約者であった第二王子のファビアン殿下に嫌われていると知り、身を引いて王都を四年前に去っていた。そんなある日、店の買い出しで出かけた先でファビアン殿下と再会し──。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる