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一章

挿話・     ※残酷シーンあり

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 ふむ、と報告書を机に投げ、さっきから土下座のまま微動だにしない男たちに冷えたまなざしで睥睨する。
 す、と細めた双眸から覗く水を固めたような薄水色の瞳は、報告に来た男達を十分に凍りつかせた。

「誰がエミリオを襲えと命令した?」

 自分でもぞくりとする低く唸る声が出た。床に這いずる男たちは自分の問いにびくりと体を震わせる。今は盗賊にような汚れた格好をして、あちこちに大小の傷を負ってるせいか、避けに惨めに見えた。ああ、真紅の絨毯で功を奏した。これが純白なら今頃男たちの血で汚れて皿に不機嫌になった事だろう。

 暫く沈黙が続いたが、床で丸くなった男たちのひとりがくぐもった声で答える。

「お、お父上が」

 ひゅっ、と風切り音が唸ったと思えば、報告していた男の首がゴトリと床に転げ落ちる。他の者たちは息を飲んでブルブルと震えている。自分の末路を想像したのだろうか。

「あの人か……余計な真似をしてくれたものだ。アレ・・を独占しようと思ったか」

 絨毯がドクドクと男の垂れ流した血を吸い、ドス黒い色へと変わっていく。
 もうこれでは使い物にならないだろう。後で新しく交換しなくては。次は緑にしようか。エミリオの瞳と同じ美しい緑に、金糸で織りが入ったものがいい。それなら窮屈で鬱積した仕事もはかどるだろう。

 他の者のひとりから、エミリオがフレデリクと一緒に別名『要塞』と呼ばれる騎士訓練施設に保護されたと聞いた後、蹲って恐慌する彼らを衛兵に連れ出して牢に入れるよう命じ、侍従に絨毯の交換を、ゆっくりお茶でも取ろうと侍女のひとりに隣の部屋へ持ってくるよう頼んだ。

 この宰相補佐室には執務室以外に客人をもてなすための部屋がある。アリボリーで調えられた室内は、金の装飾で彩られ、訪れた人には概ね好評のようである。たまに血で汚したら気分いいだろうな、と酷く嗜虐的な気持ちになるも、頭を緩く振って考えを追い払う。
 今はそれどころではない。

「エミリオは砦にいるのか……」

 金の髪と緑の瞳が美しい青年。
 レッテン伯爵の次男で友人だったクライドと婚約したまでは許せた。貴族は貴族の縁戚を求め結ぼうとする。エミリオがクライドと婚約した時は憤慨したものだが、少し幼いエミリオが成人するまでには余裕があると侮っていたのが駄目だった。
 とある事件をきっかけに、隣国へ留学している間に、エミリオとクライドが結婚してしまったのだ。騙し討ちのようだと感じ、幾度となくエミリオに対面しようとしたが、留学の功績で宰相補佐になってからというもの彼に会う時間が全く取れずに苛々が募った。
 その前にクライドには耳打ちはしておいたが。
 じわじわと不信感という遅効性の毒がクライドを蝕んだ所に、一石を投じた。おかげでクライドとエミリオが離婚したが、今度は父親がエミリオとの再会を邪魔してきた。
 そうこうしている間にエミリオは領地にいる祖父母を頼り、あまつさえ第二王子のフレデリクが事もあろうかエミリオにプロポーズをしたと報告が上がったのだ。
 フレデリクがエミリオに恋心を抱いていたのは知っていた。だから何度も邪魔をしたというのに、彼は軽々と至難を乗り越え、そのたびに自分は辛酸を味わった。
 確かにフレデリクは王太子と同じ……噂ではそれ以上に優秀だと言われている。
 早々に排除したいがいかんせん、相手は王族だ。下手を打てば自分の首が飛ぶ。さっきの父親が雇った傭兵のように。
 なんとかしてフレデリクを排除できないものか……

「いや、その前に邪魔な父親を消すのが先か……」

 指先をトントンと唇に置いて、今の立場を崩さず父親を弑し、侯爵の地位を手に入れ、エミリオを妻として隣に置く方法はないか……

『宰相補佐様、お茶をお持ち致しました』

 扉越しにか細い声が目的を告げる。
 まずはお茶でも飲んで、計画を煮詰めるかと、エミリオの兄であるルドルフ・スーヴェリアは席を立ち扉へとゆっくり向かった。
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