【完結】捨てられた侯爵令息は、王子に深い愛を注がれる

藍沢真啓/庚あき

文字の大きさ
上 下
11 / 37
一章

要塞

しおりを挟む
 咽る程の緑香る木立を抜け、結局移動してすぐにフレデリクから子供のように抱えられたエミリオは、山頂の開けた世界に言葉を失った。

 元からなのか、山の天辺を齧りとったその場所は、へりを剛強な石の塊で積まれ、まるで要塞のようだ。
 唯一ある入口にはふたりの騎士が厳しい顔で警戒していたが、その相手がフレデリクだと知ると、相好を崩して駆け寄ってきた。

「殿下、ご無事でなによりです」
「ああ。それよりもクヴァンツ大公はどこに?」
「今執務室で殿下をお待ちしています」

 フレデリクは「そうか」と厳しい顔を崩さぬまま小さく呟いた後、エミリオに向き合って口を開く。

「疲れているところ悪いけど、箱を持って大公の所へ一緒に来てくれないかな?」
「このまま……ですか?」

 クヴァンツ大公は現国王の弟で、騎士団の総大将でもある。人によっては『愛妻家』の称号もつくらしい。
 そのエピソードは国の人間ならば知らない者がいないほど有名だ。
 彼は王子時代にひとりの青年と出会った。黒髪、黒目の美しい人で、彼は国の者とは違う服を着て、言葉を話した。大公だけでなく国王も彼が異世界の人だと気づき、丁寧に保護をした。
 最初は物珍しい青年の知識に魅了されていた大公だったが、次第に彼の人となりに惹かれ、最後には王族の身分を捨てて平民の彼と結ばれた。とはいえ、王族を平民にする訳にもいかず、最終的に公爵よりも上の身分『大公』として騎士団の総大将を務める事で収まったと言われる。
 身内と妻以外には厳しい人物だと聞いていたエミリオは、お腹の奥がギュウっと引き攣れた。

「大丈夫。叔父は見た目ではなく人を見るからね。その良い例が叔父の伴侶だし」

 にっこりとフレデリクがエミリオをフォローするつもりで言ったのかもしれないが、エミリオはどう応えたらいいのか分からず口を閉じたままだ。

 ひとまず追われてる状況は変わらないため、ふたりは要塞の中へと招かれ、大きな石の館の奥にある総大将の執務室へと、来た時に対応してくれた騎士に案内され辿り着くことができた。
 王城もそうだが、ここも迷路のように複雑に入り組んでいる。エミリオひとりだったら、確実に遭難するだろう。

「クヴァンツ総大将、客人をお連れしました」
『ああ、入ってくれ』

 フレデリクが「失礼します」とキビキビ発し、エミリオを伴い入室する。そこには大きな執務机に座る偉丈夫と、たおやかな黒髪の青年がふたりの入室に微笑んでいた。

「大丈夫だったか、フレデリク」
「クヴァンツ総大将、この度は迅速な対応をいただき、誠にありがとうございます」
「鳩の知らせで、街道の賊は鎮圧し、今は山の賊狩りをしているそうだ。山にもトラップを仕掛けてあるから、死に場所が山頂か山の中のどちらかという違いしかないがな」

 くつくつと肩を揺らして笑うフレデリクと同じ銀の髪と深い赤茶の目の美しくも獰猛な獣を想像する総大将に、エミリオは頼もしい以上に怖いと感じた。

「もう、レオン。お客様が怖がってるでしょ?」
「イオ」
「ふたりとも座って? ずっと山道を登って疲れたでしょう?」

 イオと呼ばれた黒髪の青年は、柔和な笑みでもってフレデリクとエミリオをソファへと促す。彼の手には三人分のお茶が乗ったトレイがいつの間にかあり、ふたりはお茶の匂いに誘導されソファに腰を落とした。
 フレデリクと横並びで座るソファの前に大公とイオと呼ばれた青年が座る。が、大公がイオの腰を引き寄せ、こめかみにキスを落とす光景を見て、エミリオは硬直していた。
 王国では同性の結婚は一応認められている。……というより、認められていたものの実行したひと組目が眼前の仲の良いふたりなのだ。

 よにんはしばらくお茶を挟みつつ、差し障りのない会話をしていた。天候の話に始まり、要塞の役割や、王家の仲の良さについてなど。
 だが、フレデリクと大公が目配せしたのに気づいたイオは。

「良かったら要塞の中を案内しますよ。それからお風呂にも。汗を沢山かいて気持ち悪いでしょう?」

 そう言ってエミリオを促してくる。エミリオはちらりとフレデリクに目で窺ったが、彼は小さく頷きエミリオの退出を認めた。
 きっと、自分が居てはいけない話を大公とするのだろう。

「イオ様、よろしくお願いします。それから、フレデリク様。こちらの箱をお預けしてもいいですか?」
「え?」
「僕が信用できるのは、フレデリク様なので。お願いします」

 頑丈に魔法鍵のかかった箱をフレデリクの膝に乗せたエミリオは、イオの案内で部屋を出て行った。


 ◇◆◇

「あの子は随分と聡い子のようだ」
「……そのせいで、負わなくてもいい苦労をひとりで背負いっているのですが」

 フレデリクは膝の上で沈黙する箱をそっと撫でる。

「それがくだんの物か」
「ええ、スーヴェリア親子の裏の商売の材料だそうです」

 苦い声音でぽつりと呟くフレデリクに、クヴァンツ大公も苦く顔を曇らせた。


 兄である王太子に仕事を押し付けられて多忙だったのは事実だ。だが、エミリオに会いにいく時間は取れる程度の忙しさだった。
 それを邪魔してきたのは、エミリオの兄であるルドルフで、最近市井で奇妙な事件が多発していると報告を受けた。
 特に集中しているのは貧困民の集まる一角で、強姦の果てにものすごい力で被害者の肌に歯を立てて、酷いものは肉を抉られるといった猟奇的な内容である。
 フレデリクは王子でありながら騎士として在籍していたので、警邏を務める兵と共に捜索に駆り出された。
 おかげでエミリオと時間は取れなくなってしまったが、この事件の一端にスーヴェリア侯と領地が関係あると判明したのである。

「つまりは、お前は今、犯罪者の家族を保護している事になるな」
「……」
「まあいい。とりあえず箱を開けてみよう。あの事件は俺も杞憂している。貴族に広がる前に食い止めないとな」
「そうですね」

 エミリオは知らない。実の父と兄が国を狂わせるような事業をしている事など。その材料を、エミリオが慈しんで育成している事なんて――








-----------------------------------------------------------------------------------------------------------

次回更新ですが、体調を崩してしまったので三日と四日の二日間お休みいたします。
再開は五日の金曜日21時に更新いたします。

11/5追記:仕事が忙しいため、執筆する時間が割けない状況です…
ご迷惑おかけしますが、六日の土曜日に更新を変更いたします。
最悪八日までは仕事を優先致しますので、どうぞよろしくお願い致します。
(なんの仕事をしているかはTwitterにあります)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

処理中です...