【完結】捨てられた侯爵令息は、王子に深い愛を注がれる

藍沢真啓/庚あき

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一章

強襲

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注意:今回は残酷なシーン(流血など)がございます。苦手な方はご注意ください。

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 強引に国の第二王子であるフレデリク・カーネリアンがエミリオの王都へのお使いに同行して三日。
 天候に恵まれていたおかげで、予定通り王都へと入る検問へ入る事ができそうだと、にこにことエミリオの世話をするフレデリクが語ったその時。

 すっと長閑だった空気が緊張あるものへと一変した。

 普段から街道には馬車が多いものの、馬車の近くを走る馬の足並みは荒く、嘶きの数から単騎であると予想される。

「フレデリク様! 盗賊に囲まれています!」
「なにっ!?」

 外から聞こえた護衛騎士の叫びに、フレデリクは引き締まった顔で短く声を張り上げる。
 盗賊? 王都へ続く街道は日中警備隊が配属され、治安を守っている。というのも、今エミリオたちの馬車が走る街道は王都に住む人たちの生命線にも繋がっているからだ。
 だからこそ国王も王太子であるフレデリクの兄も、街道の重要性を痛感しており、腕利きの騎士が一定の場所で見張っていると、祖父母から聞いていたのになぜ……

 顔を白くさせ恐怖に戸惑うしかないエミリオの手を握り、フレデリクは御者台にいる護衛騎士に壁越しに話しかける。

「賊はどのくらいだ?」
「数はおよそ三十ほど。目視できる限りですが、半分以上が武器を装備しています」
「……結構大きな組織のようだな。お前ひとりで対応できるか?」
「無茶言わないでください、殿下。馬車を守りながらは無理です」

 護衛騎士の隣でさっきから悲鳴をあげている御者は、非戦闘員だ。彼は戦闘訓練を受けたことのない、一年位前に祖父が片腕だと称している執事が雇った平民だと聞いた覚えがある。

「彼は……御者は戦う事ができません。お願いです、フレデリク様っ、彼を……彼を助けてください!」
「……なるべくなら全員助かっているのが理想だ。だがしかし……」
「っ!」

 唇を噛み、悔しげに呟くフレデリクの表情に、最悪貴族と王族であるエミリオとフレデリク以外は、助かる可能性は低いと示唆しているようだった。

「特にエミリオは献上する品を持っている。奴らがそれを狙っているのなら、君だけでも逃げ延びなければならない」
「そんな!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁあああっ!!」
「「!」」

 すぐ傍で耳を劈くような断末魔が聞こえ、エミリオはビクリッと全身を硬直させる。まさか……

「殿下! 御者が……!」
「ぁ……あぁ……」

 喉から空気が漏れるような絶望の声がエミリオから漏れ、粗野な盗賊の雄叫びがそれをかき消す。多分、護衛騎士ひとりではエミリオもフレデリクも助ける事はできない。

「……エミリオ」
「……」
「しっかりするんだ、エミリオ!」
「っ、……ぁ」
「献上する箱は?」

 厳しい眼差しでエミリオの問い質すフレデリクに、エミリオは先ほどまで座っていた座面の隠し棚から箱を取り出した。

「こちらに……」
「そうか、それなら、絶対に体から離さないように。いいかい? 私が合図したら、馬車から出て街道を東に走るんだ。検問までそう遠くない筈。だから、事情を話して応援を呼んでくれないか?」
「え……フレデリク様は……」
「私は護衛騎士の応援に入る。大丈夫、私も騎士として遠征には何度も出ているんだ。君が心配しなくても私が勝って、すぐに後を追うからね」
「ま、待って、待ってくださいフレデ……」
「それじゃあ、扉を開くよ。あー、その前にひとつ君にお願いしてもいいかな」

 厳しい表情がふと照れくさそうに緩み、目元を赤くして視線を逸らしながらも口を開くフレデリクに、エミリオは「なんでもしますから!」と哀願を込めて声を張る。

「それじゃあ」
「っ!?」

 後頭部をぐっと寄せられて、強い衝撃が唇に伝わる。エミリオの唇と熱く柔らかな何かが食むように重なり、後頭部に少しだけ冷えた指が髪の中を掻い潜る。太く長い腕が体に巻き付き、絞められて苦しいのか唇を塞がれて苦しいのか分からない程混乱する。

 遠くで金属と金属が叩きつけられる音、沢山の雄叫び、馬の嘶く声。それらが時を止めたように聞こえなくなり、エミリオの耳には啄む唇音と切なげなフレデリクの吐息、それから互いの体温が世界を占めていた。

「ありがとう。君だけは絶対助けるから」
「待ってください! フレデリク様!」

 ちゅっ、と軽く濡れた音をさせ、フレデリクの熱が離れる。赤い瞳は満足げでもあり惜しむかのように揺れていた。

「扉を開けたら、私が先陣を切る。その隙に君は全力で走るんだ。いいね?」
「無理です、そんなの無理っ!」
「スーヴェリア侯爵令息!」
「っ!」

 初めて耳にする厳しいフレデリクの声。エミリオは混乱しながらも激しいその声に全身をビクリと震わせた。

「大丈夫。私は大丈夫だから。落ち着いて行動して?」
「でも……でも……っ」
「まだエミリオからプロポーズの言葉を聞いてないんだ。そんな簡単に死ねないからね」

 だから頼んだよ、とエミリオの白い頬にひとつだけ唇を落とし、フレデリクは腰に刷いた長剣に手を伸ばす。彼は本気でエミリオひとりだけを逃がすつもりだ。

 エミリオは魔法箱を両腕でぎゅっと抱く。
 侯爵の次男よりも、フレデリクの方が命の優先度が高い。

「さあ、行くよ」

 フレデリクが馬車の扉に手をかけ一気に開く。すぐ目の前には茶色のがっしりとした馬に乗った薄汚れた男がいた。まさか反撃に出るとは思っていなかったのか、賊の男は瞠目し動きを鈍らせる。フレデリクはその隙を狙い、長剣を下から上へと凪いだ。

「ぐあっ!」

 小さな叫びと共にぱっと散る鮮血。それが人の血潮だと気づくまで、エミリオは赤を緑の瞳に映していた。
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