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26転生と巻き戻りと奇跡①
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扉を開き中に入ると、ユリウスとイレーネの視線がこちらに向く。
「アリス!」
「アリステル君!」
少しへたれたソファとダイニングの椅子から立ち上がった二人は、競うようにアリステルの元へと来て、大丈夫かと右から左から問われる。猛烈な勢いに押されて、アリステルは体を反らせる。
(こ……怖い。でも……そこまで心配させちゃったのか)
エルレが支えてくれなかったら、そのまま仰け反って倒れるのではないのか。内心でエルレに感謝しつつも、目の前の二人の勢いのせいで言葉が出てこない。口をハクハクとさせていると、突然視界が反転する。正面にエルレがいて、背後にユリウスがいつの間にか立っていた。
「あ、あれ?」
どうしてユリウスが近くに、と目を白黒させていると、体の前に回った腕がギュッとアリステルを抱きしめる。まるでお気に入りのぬいぐるみを取り返したような強い力で。
「ユリウス様?」
「ごめん……醜い嫉妬だけど、俺以外の人がアリスを抱いてるの許せなくて」
更にギュウと腕で拘束してきたユリウスは、アリステルの首筋に顔を埋めて言い訳をしている。こんな不安定なユリウスを見たことがなくて、アリステルはどうしたらいいのか、エルレやイレーネを見遣ることしかできなかった。
「まあ、立ち話もアリステル君の負担になりますし、皆さん据わって話しましょう?」
仕切り直しとばかりにエルレが口火を切ると、アリステルはユリウスに引きずられるまま、ソファのユリウスの膝の上に乗せられる。またも密着するように抱きしめられる中、エルレもイレーネも肩を竦めて、それぞれの場所に腰を落ち着けた。
さて、とイレーネが口を開く。
「アリステルさん、大丈夫? しんどいなら、すぐに言ってね」
「ありがとうございます、イレーネさん。体は大丈夫なんですけど、これはどうしたら……」
チラリとユリウスを見下ろせば、イレーネは疲れたようにため息をつく。
「その人はもう、毛布とかそのくらいに思っていればいいと思うわよ」
「それは不敬では」
「別にそれ位で罰することはしないから」
ボソリと、ユリウスが首筋で話すものだから、くすぐったくて仕方がない。少しでも離れてもらおうと、腕を突っ張って距離を作ろうとするが、やればやるほど体に腕が絡む。一体、ユリウスのこの変化はどうしたというのだ。母に甘える幼子のようではないか。
こんなユリウスの様子を、エルレはニコニコと、イレーネは胡乱げな顔で見ている。王太子が甘えている姿なんて、見てはいけない物を見ている気分になるのだろう。イレーネの気持ちが凄く分かり、虚無顔になってしまった。
「本当ですか? 後から暴言吐いたって理由で、あっちのイレーネみたいに断首ってオチは勘弁してもらいたいんですけど」
「あのな、いちいち暴言くらいで首を切ってたら、あちこちで頭が転がるだろう。それにあの女は、それ以上の罪を犯しているのだから、断首は当然のことだったし」
二人の意味ありげな会話に、アリステルは首を傾げる。
(あっちのイレーネとはどういう意味なのだろう?)
実はイレーネは双子で、もうもう一人も同じ名前……というのは、おかしな話だ。双子でも別々の名前をつけるのが普通で、わざわざ同じ名前にするのは、対応する側も不便だろうし、意味が分からない。
「お二人とも。アリステル君が混乱して、今にも目を回してしまいそうですよ」
また意識を失くしますよ、と暗に告げるエルレが言葉を挟むと、二人はそれぞれアリステルを注視する。情報が唐突に入ってきたせいで、アリステルの視線は遠く宙を彷徨っている。ユリウスとイレーネは、視線を合わせると互いに頷いた。
「アリス」
「はい。なんでしょう、ユリウス様」
つ、と顔を上げたユリウスは、真面目な表情でアリステルを見つめる。ミルクブルーの瞳はどこか硬さを感じる。一瞬、前のユリウスの冷たい眼を思い出し身を固めたが、背中をさする手の温かさに小さく息を落とす。
「アリスは、自分が俺から婚約破棄をされて、最期に死んだ記憶を持っているよね?」
だがホッとしたのも束の間。ユリウスから投げかけられた言葉に、アリステルの目はこぼれんばかりに開かれた。
今まで体の中を巡っていた血が、一気に抜けてしまう気がして、目の前が真っ暗になる。ユリウスが抱きしめていなかったら、自重に負けて倒れてしまっていただろう。
「……は、ぃ」
かろうじて肯定が掠れた喉から出ると、ユリウスは「そうか」と分かっていたように頷く。
「もしかして……ユリウス様も」
「うん。前の愚行を覚えているよ」
「わたしはちょっと違うけど」
イレーネが声を差し込んでくる。振り返ると、彼女は苦笑して。
「わたしはイレーネ・クーニッツだけど、魂はイレーネではないの」
静かに告げた言葉は、この世の概念を覆すものだった。
イレーネ曰く、この世界……詳細に言えば、前の生はイレーネの前世が読んだネット小説なる物らしい。アリステルはネットというのが分からなかったが、彼女の世界では科学なるものが発達し、ネットもそのひとつだという。そのネットで物語が読めることができ、アリステルの前の生をそこで知ったと聞き、アリステルは驚いた。
「ぼ、僕がユリウス様に婚約破棄をされた、この教会で死ぬまでが物語の全てだった……というんですか?」
「ええ。わたしね、アリステル君があまりにもかわいそうで、どうにかして助けたいっていつも思ってた。その願いが叶ったのか、なぜかイレーネの肉体で転生しちゃうなんてね」
前の生で対峙したイレーネの性格を考えると、今のイレーネの心境は複雑だろう。
「でも転生して驚いたわ。だって、その時点でアリステル君は行方不明。ユリウス殿下は血眼で探して発狂寸前なんだもの。だから、もしかして物語のパラレルに来ちゃったと思ったわ」
「ぱられる?」
「ああ、パラレルと言われても分からないわよね。並行世界って意味なの。とあるきっかけで分岐した世界ってことね。でも、ユリウス殿下から、今の世界は一度終わった世界がなぜか巻き戻ったと、聞かされて吃驚しちゃった」
「巻き戻り……。もしかして、ユリウス様も気づいていたんですか?」
首を巡らせ再びユリウスを鮮やかな緑の瞳で見つめる。春色の空の瞳がアリステルをジッと見返し「ああ、そうだ」と呟いた。
「アリス!」
「アリステル君!」
少しへたれたソファとダイニングの椅子から立ち上がった二人は、競うようにアリステルの元へと来て、大丈夫かと右から左から問われる。猛烈な勢いに押されて、アリステルは体を反らせる。
(こ……怖い。でも……そこまで心配させちゃったのか)
エルレが支えてくれなかったら、そのまま仰け反って倒れるのではないのか。内心でエルレに感謝しつつも、目の前の二人の勢いのせいで言葉が出てこない。口をハクハクとさせていると、突然視界が反転する。正面にエルレがいて、背後にユリウスがいつの間にか立っていた。
「あ、あれ?」
どうしてユリウスが近くに、と目を白黒させていると、体の前に回った腕がギュッとアリステルを抱きしめる。まるでお気に入りのぬいぐるみを取り返したような強い力で。
「ユリウス様?」
「ごめん……醜い嫉妬だけど、俺以外の人がアリスを抱いてるの許せなくて」
更にギュウと腕で拘束してきたユリウスは、アリステルの首筋に顔を埋めて言い訳をしている。こんな不安定なユリウスを見たことがなくて、アリステルはどうしたらいいのか、エルレやイレーネを見遣ることしかできなかった。
「まあ、立ち話もアリステル君の負担になりますし、皆さん据わって話しましょう?」
仕切り直しとばかりにエルレが口火を切ると、アリステルはユリウスに引きずられるまま、ソファのユリウスの膝の上に乗せられる。またも密着するように抱きしめられる中、エルレもイレーネも肩を竦めて、それぞれの場所に腰を落ち着けた。
さて、とイレーネが口を開く。
「アリステルさん、大丈夫? しんどいなら、すぐに言ってね」
「ありがとうございます、イレーネさん。体は大丈夫なんですけど、これはどうしたら……」
チラリとユリウスを見下ろせば、イレーネは疲れたようにため息をつく。
「その人はもう、毛布とかそのくらいに思っていればいいと思うわよ」
「それは不敬では」
「別にそれ位で罰することはしないから」
ボソリと、ユリウスが首筋で話すものだから、くすぐったくて仕方がない。少しでも離れてもらおうと、腕を突っ張って距離を作ろうとするが、やればやるほど体に腕が絡む。一体、ユリウスのこの変化はどうしたというのだ。母に甘える幼子のようではないか。
こんなユリウスの様子を、エルレはニコニコと、イレーネは胡乱げな顔で見ている。王太子が甘えている姿なんて、見てはいけない物を見ている気分になるのだろう。イレーネの気持ちが凄く分かり、虚無顔になってしまった。
「本当ですか? 後から暴言吐いたって理由で、あっちのイレーネみたいに断首ってオチは勘弁してもらいたいんですけど」
「あのな、いちいち暴言くらいで首を切ってたら、あちこちで頭が転がるだろう。それにあの女は、それ以上の罪を犯しているのだから、断首は当然のことだったし」
二人の意味ありげな会話に、アリステルは首を傾げる。
(あっちのイレーネとはどういう意味なのだろう?)
実はイレーネは双子で、もうもう一人も同じ名前……というのは、おかしな話だ。双子でも別々の名前をつけるのが普通で、わざわざ同じ名前にするのは、対応する側も不便だろうし、意味が分からない。
「お二人とも。アリステル君が混乱して、今にも目を回してしまいそうですよ」
また意識を失くしますよ、と暗に告げるエルレが言葉を挟むと、二人はそれぞれアリステルを注視する。情報が唐突に入ってきたせいで、アリステルの視線は遠く宙を彷徨っている。ユリウスとイレーネは、視線を合わせると互いに頷いた。
「アリス」
「はい。なんでしょう、ユリウス様」
つ、と顔を上げたユリウスは、真面目な表情でアリステルを見つめる。ミルクブルーの瞳はどこか硬さを感じる。一瞬、前のユリウスの冷たい眼を思い出し身を固めたが、背中をさする手の温かさに小さく息を落とす。
「アリスは、自分が俺から婚約破棄をされて、最期に死んだ記憶を持っているよね?」
だがホッとしたのも束の間。ユリウスから投げかけられた言葉に、アリステルの目はこぼれんばかりに開かれた。
今まで体の中を巡っていた血が、一気に抜けてしまう気がして、目の前が真っ暗になる。ユリウスが抱きしめていなかったら、自重に負けて倒れてしまっていただろう。
「……は、ぃ」
かろうじて肯定が掠れた喉から出ると、ユリウスは「そうか」と分かっていたように頷く。
「もしかして……ユリウス様も」
「うん。前の愚行を覚えているよ」
「わたしはちょっと違うけど」
イレーネが声を差し込んでくる。振り返ると、彼女は苦笑して。
「わたしはイレーネ・クーニッツだけど、魂はイレーネではないの」
静かに告げた言葉は、この世の概念を覆すものだった。
イレーネ曰く、この世界……詳細に言えば、前の生はイレーネの前世が読んだネット小説なる物らしい。アリステルはネットというのが分からなかったが、彼女の世界では科学なるものが発達し、ネットもそのひとつだという。そのネットで物語が読めることができ、アリステルの前の生をそこで知ったと聞き、アリステルは驚いた。
「ぼ、僕がユリウス様に婚約破棄をされた、この教会で死ぬまでが物語の全てだった……というんですか?」
「ええ。わたしね、アリステル君があまりにもかわいそうで、どうにかして助けたいっていつも思ってた。その願いが叶ったのか、なぜかイレーネの肉体で転生しちゃうなんてね」
前の生で対峙したイレーネの性格を考えると、今のイレーネの心境は複雑だろう。
「でも転生して驚いたわ。だって、その時点でアリステル君は行方不明。ユリウス殿下は血眼で探して発狂寸前なんだもの。だから、もしかして物語のパラレルに来ちゃったと思ったわ」
「ぱられる?」
「ああ、パラレルと言われても分からないわよね。並行世界って意味なの。とあるきっかけで分岐した世界ってことね。でも、ユリウス殿下から、今の世界は一度終わった世界がなぜか巻き戻ったと、聞かされて吃驚しちゃった」
「巻き戻り……。もしかして、ユリウス様も気づいていたんですか?」
首を巡らせ再びユリウスを鮮やかな緑の瞳で見つめる。春色の空の瞳がアリステルをジッと見返し「ああ、そうだ」と呟いた。
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