16 / 22
15異色な冒険者
しおりを挟む
毎日が穏やかに、時々賑やかに過ぎていく。季節は春から夏になろうという頃、いつものように一緒に食事をしていたエルレが、唐突に口を開いた。
「アリステル君、しばらく留守をお願いできるかな」
この教会に来てから半年以上、常にアリステルと行動を共にしていたエルレが不在になると聞き、アリステルの胸に不安がじわりと広がっていく。
「どこに行かれるんですか?」
「教会の総本山に。ちょっと呼び出されてね」
ひとつの神を信仰するこの王国では、各地にある教会をまとめる総本山がある。ただし、場所は王都から遠く離れた場所にあり、行くには乗り合い馬車を何回か乗り換えなくてはならない。つまり一泊で戻ってくるような距離ではなく、その間一人で大丈夫なのかと、更に不安が広がった。
「そうなんですね……。期間はどのくらいを予定しているんですか?」
「多分、一節くらいかな。色々更新したりしないといけないからね」
「分かりました。その間授業はどうしたら」
「あー、その件だけど、最近教会に来てるイレーネ嬢に、手伝いをお願いしてあるんだ」
「え? イレーネ嬢に……ですか?」
まともに話して以来、イレーネとは比較的友好な関係を築いている。教会へも時々来ては、エルレと三人でお茶をする位に。だから、アリステルが一人で留守番になると分かった時点で、エルレはイレーネに声を掛けたのだろう。
「そうそう。男爵家のお嬢様に頼むのは、ちょっと気が引けたんだけどね。暫く私が不在になるって話をしたら、アリステル君のこととか授業のことを訊かれたんだよ。それでイレーネ嬢のほうから手伝いをしたいって言われてね。だから頼んだ次第だよ」
「な、なるほど」
つらつらと説明をされ、アリステルは少したじろぐ。先ほどまでの不安が吹き飛んで、残ったのはどうにもならない諦観だけだった。
「お土産楽しみにしててね」と明るい口調でエルレが旅立って三日。事前にエルレが不在時の授業について一度相談してほしいと言われたため、アリステルは冒険者ギルドで手配した護衛を伴い、貧困街の奥に建つヘンゼルの自宅へと向かっていた。
「エルレ司教は総本山に行ったとか」
「ええ、何でも更新がどうとか言ってました」
貧困街の道すがら、アリステルの護衛をしながら話しかけてくるのは、護衛として雇った冒険者のシュトラー。元は王城で騎士をしていたらしいが、怪我で引退して冒険者になったそうだ。剣術が得意で、ギルドの職員から勧められた。アリステルも何度かシュトラーと雑談をしたことがあるので、こういった軽い話にも抵抗がない。
「総本山に行くとなると、最低でも半節はかかるから、結構長い不在で」
「ああ……隣国を跨いで経ってるから、ほぼ国外に出るのと変わらないからなぁ」
赤髪の後ろをボリボリ掻きながら苦笑しているシュトラー。四十過ぎの彼の目には、アリステルが小さな子どものように映っているのだろう。実際、シュトラーにはアリステルとあまり変わらない歳の子が一人いるそうだ。顔を合わせると、時々、飴や砂糖菓子をくれる。もうじき成人するのにとぼやくと、アリステルは痩せすぎだからもっと太ればいいと豪快に笑って、アリステルの手にお菓子をねじ込むのだ。
(父上は健勝でいるだろうか)
脳裏に父侯爵の姿が浮かぶ。王宮に行ってすぐに息子が消えてしまって心配しているだろうか。それとも王族教育から逃げたことに落胆や憤慨しているだろうか。どちらにしても、実際に逃げてしまったアリステルには確かめようがない。貴族街にも教会はあるから、わざわざ市井におりてまで、街外れの古びた教会にまで来ないだろう。
貴族らしい貴族だった父。だけど、家族思いの優しい父だった。
母も王妃の実家の遠縁の伯爵令嬢だった。家門による決められた結婚だったが、両親はとても仲が良く、幸せそうだった。
そんな二人は、嫡男だったアリステルが王太子の婚約者になったため、親戚の中から優秀な子を養子として迎えた。アリステルも王宮に行く前に一度顔を合わせたが、利発そうな少年だった。
だから両親や義弟に迷惑をかけないためにも、アリステルはこのままひっそり生きていくだけだ。アリステルは逃げたのだから、両親たちに会いたいだなんて、二度と願ってはいけない。
(父上……母上……、みんな……ごめん)
アリステルは唇を一度強く噛み締めると、ブーツを履いた足を前に進めた。
ヘンデルは元々伯爵の称号のある貴族だったが、何かがあって市井におり、貧困街に屋敷を建てたという、偏屈で頑固な老人だった。当時から貧困街はゴロツキなどが多くいたが、ヘンデルはそれを力でねじ伏せ、強い者を集めて自警団を作ったらしい。だから一定の安全は確約されているものの、ヘンデルに反発する集団もいるようで、護衛は必要だとロルフからも言われていた。
以前、エルレに暴力を振るい、アリステルに絡んでいたゴロツキは、そのヘンデルに反発する集団の者たちだった。
ヘンデルと初めて対面した時、老人にはアリステルが貴族だと気づかれた。だが、街には理由ありで身分を隠して市井で生きている者も多くいる。追求されずに済んだものの、ヘンデルに対して、どうにも逆らえずにいた。
とはいえ、貧困街の子どもたちの授業については、こちらに決定権がある。今回の会談も、エルレが不在中の授業回数や、イレーネの参加などを知らせるにとどめた。
「そういえば、最近冒険者ギルドに妙な格好をした新顔が入ったらしいな」
帰り際、嗄れた声がポツリと言った。シュトラーは心当たりがあるのか「アイツか」と反応をする。
彼らの話によると、最近【ディーンスト】という青年がギルドに登録した。たったひと月で初級のDランクから一気にAランクまで駆け上がったという異色の人物だ。長身で体格も良いとのことだが、相貌は誰も知らないという。それは顔の全てを覆う仮面を着用しているかららしい。
その実力の高さと、容貌の異様さに、最近街の噂になっている人物とのことだった。
「仮面の冒険者って確かに変わってますね」
ヘンデルの屋敷からの帰り道。教会に帰る途中で、アリステルは先ほど聞いた冒険者の話を、シュトラーに振る。もしかしたら、同じ冒険者のシュトラーは会ってるかもしれないと思ったからだ。
「どうやら、顔に大きな火傷があって、それを隠すため……なんて言っているがな。元々冒険者なんて、脛に傷を持ったヤツばかりだからなぁ。みんな気になってるものの、深読みしないのが一番だと、分かってるからさ。アリスタも出会ったとしても、突っ込んでやるなよ」
「分かってますよ。藪を突くつもりはありませんから」
自分だって探られるのを由としない存在なのだ。何かで出会うにしろ、表面上の付き合いをするだけ。
そう……思っていたのだけど。
「あっ! アリスタさん!」
偶然出合わせたイレーネがよく手を振る後ろで、件の冒険者が静かに佇んでいた。
「アリステル君、しばらく留守をお願いできるかな」
この教会に来てから半年以上、常にアリステルと行動を共にしていたエルレが不在になると聞き、アリステルの胸に不安がじわりと広がっていく。
「どこに行かれるんですか?」
「教会の総本山に。ちょっと呼び出されてね」
ひとつの神を信仰するこの王国では、各地にある教会をまとめる総本山がある。ただし、場所は王都から遠く離れた場所にあり、行くには乗り合い馬車を何回か乗り換えなくてはならない。つまり一泊で戻ってくるような距離ではなく、その間一人で大丈夫なのかと、更に不安が広がった。
「そうなんですね……。期間はどのくらいを予定しているんですか?」
「多分、一節くらいかな。色々更新したりしないといけないからね」
「分かりました。その間授業はどうしたら」
「あー、その件だけど、最近教会に来てるイレーネ嬢に、手伝いをお願いしてあるんだ」
「え? イレーネ嬢に……ですか?」
まともに話して以来、イレーネとは比較的友好な関係を築いている。教会へも時々来ては、エルレと三人でお茶をする位に。だから、アリステルが一人で留守番になると分かった時点で、エルレはイレーネに声を掛けたのだろう。
「そうそう。男爵家のお嬢様に頼むのは、ちょっと気が引けたんだけどね。暫く私が不在になるって話をしたら、アリステル君のこととか授業のことを訊かれたんだよ。それでイレーネ嬢のほうから手伝いをしたいって言われてね。だから頼んだ次第だよ」
「な、なるほど」
つらつらと説明をされ、アリステルは少したじろぐ。先ほどまでの不安が吹き飛んで、残ったのはどうにもならない諦観だけだった。
「お土産楽しみにしててね」と明るい口調でエルレが旅立って三日。事前にエルレが不在時の授業について一度相談してほしいと言われたため、アリステルは冒険者ギルドで手配した護衛を伴い、貧困街の奥に建つヘンゼルの自宅へと向かっていた。
「エルレ司教は総本山に行ったとか」
「ええ、何でも更新がどうとか言ってました」
貧困街の道すがら、アリステルの護衛をしながら話しかけてくるのは、護衛として雇った冒険者のシュトラー。元は王城で騎士をしていたらしいが、怪我で引退して冒険者になったそうだ。剣術が得意で、ギルドの職員から勧められた。アリステルも何度かシュトラーと雑談をしたことがあるので、こういった軽い話にも抵抗がない。
「総本山に行くとなると、最低でも半節はかかるから、結構長い不在で」
「ああ……隣国を跨いで経ってるから、ほぼ国外に出るのと変わらないからなぁ」
赤髪の後ろをボリボリ掻きながら苦笑しているシュトラー。四十過ぎの彼の目には、アリステルが小さな子どものように映っているのだろう。実際、シュトラーにはアリステルとあまり変わらない歳の子が一人いるそうだ。顔を合わせると、時々、飴や砂糖菓子をくれる。もうじき成人するのにとぼやくと、アリステルは痩せすぎだからもっと太ればいいと豪快に笑って、アリステルの手にお菓子をねじ込むのだ。
(父上は健勝でいるだろうか)
脳裏に父侯爵の姿が浮かぶ。王宮に行ってすぐに息子が消えてしまって心配しているだろうか。それとも王族教育から逃げたことに落胆や憤慨しているだろうか。どちらにしても、実際に逃げてしまったアリステルには確かめようがない。貴族街にも教会はあるから、わざわざ市井におりてまで、街外れの古びた教会にまで来ないだろう。
貴族らしい貴族だった父。だけど、家族思いの優しい父だった。
母も王妃の実家の遠縁の伯爵令嬢だった。家門による決められた結婚だったが、両親はとても仲が良く、幸せそうだった。
そんな二人は、嫡男だったアリステルが王太子の婚約者になったため、親戚の中から優秀な子を養子として迎えた。アリステルも王宮に行く前に一度顔を合わせたが、利発そうな少年だった。
だから両親や義弟に迷惑をかけないためにも、アリステルはこのままひっそり生きていくだけだ。アリステルは逃げたのだから、両親たちに会いたいだなんて、二度と願ってはいけない。
(父上……母上……、みんな……ごめん)
アリステルは唇を一度強く噛み締めると、ブーツを履いた足を前に進めた。
ヘンデルは元々伯爵の称号のある貴族だったが、何かがあって市井におり、貧困街に屋敷を建てたという、偏屈で頑固な老人だった。当時から貧困街はゴロツキなどが多くいたが、ヘンデルはそれを力でねじ伏せ、強い者を集めて自警団を作ったらしい。だから一定の安全は確約されているものの、ヘンデルに反発する集団もいるようで、護衛は必要だとロルフからも言われていた。
以前、エルレに暴力を振るい、アリステルに絡んでいたゴロツキは、そのヘンデルに反発する集団の者たちだった。
ヘンデルと初めて対面した時、老人にはアリステルが貴族だと気づかれた。だが、街には理由ありで身分を隠して市井で生きている者も多くいる。追求されずに済んだものの、ヘンデルに対して、どうにも逆らえずにいた。
とはいえ、貧困街の子どもたちの授業については、こちらに決定権がある。今回の会談も、エルレが不在中の授業回数や、イレーネの参加などを知らせるにとどめた。
「そういえば、最近冒険者ギルドに妙な格好をした新顔が入ったらしいな」
帰り際、嗄れた声がポツリと言った。シュトラーは心当たりがあるのか「アイツか」と反応をする。
彼らの話によると、最近【ディーンスト】という青年がギルドに登録した。たったひと月で初級のDランクから一気にAランクまで駆け上がったという異色の人物だ。長身で体格も良いとのことだが、相貌は誰も知らないという。それは顔の全てを覆う仮面を着用しているかららしい。
その実力の高さと、容貌の異様さに、最近街の噂になっている人物とのことだった。
「仮面の冒険者って確かに変わってますね」
ヘンデルの屋敷からの帰り道。教会に帰る途中で、アリステルは先ほど聞いた冒険者の話を、シュトラーに振る。もしかしたら、同じ冒険者のシュトラーは会ってるかもしれないと思ったからだ。
「どうやら、顔に大きな火傷があって、それを隠すため……なんて言っているがな。元々冒険者なんて、脛に傷を持ったヤツばかりだからなぁ。みんな気になってるものの、深読みしないのが一番だと、分かってるからさ。アリスタも出会ったとしても、突っ込んでやるなよ」
「分かってますよ。藪を突くつもりはありませんから」
自分だって探られるのを由としない存在なのだ。何かで出会うにしろ、表面上の付き合いをするだけ。
そう……思っていたのだけど。
「あっ! アリスタさん!」
偶然出合わせたイレーネがよく手を振る後ろで、件の冒険者が静かに佇んでいた。
1,207
お気に入りに追加
2,369
あなたにおすすめの小説
悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません
ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。
俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。
舞台は、魔法学園。
悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。
なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…?
※旧タイトル『愛と死ね』
自分のことを疎んでいる年下の婚約者にやっとの思いで別れを告げたが、なんだか様子がおかしい。
槿 資紀
BL
年下×年上
横書きでのご鑑賞をおすすめします。
イニテウム王国ルーベルンゲン辺境伯、ユリウスは、幼馴染で5歳年下の婚約者である、イニテウム王国の王位継承権第一位のテオドール王子に長年想いを寄せていたが、テオドールからは冷遇されていた。
自身の故郷の危機に立ち向かうため、やむを得ず2年の別離を経たのち、すっかりテオドールとの未来を諦めるに至ったユリウスは、遂に自身の想いを断ち切り、最愛の婚約者に別れを告げる。
しかし、待っていたのは、全く想像だにしない展開で――――――。
展開に無理やり要素が含まれます。苦手な方はご注意ください。
内容のうち8割はやや過激なR-18の話です。
無気力令息は安らかに眠りたい
餅粉
BL
銃に打たれ死んだはずだった私は目を開けると
『シエル・シャーウッド,君との婚約を破棄する』
シエル・シャーウッドになっていた。
どうやら私は公爵家の醜い子らしい…。
バース性?なんだそれ?安眠できるのか?
そう,私はただ誰にも邪魔されず安らかに眠りたいだけ………。
前半オメガバーズ要素薄めかもです。
勘違いの婚約破棄ってあるんだな・・・
相沢京
BL
男性しかいない異世界で、伯爵令息のロイドは婚約者がいながら真実の愛を見つける。そして間もなく婚約破棄を宣言するが・・・
「婚約破棄…ですか?というか、あなた誰ですか?」
「…は?」
ありがちな話ですが、興味があればよろしくお願いします。
泣かないで、悪魔の子
はなげ
BL
悪魔の子と厭われ婚約破棄までされた俺が、久しぶりに再会した元婚約者(皇太子殿下)に何故か執着されています!?
みたいな話です。
雪のように白い肌、血のように紅い目。
悪魔と同じ特徴を持つファーシルは、家族から「悪魔の子」と呼ばれ厭われていた。
婚約者であるアルヴァだけが普通に接してくれていたが、アルヴァと距離を詰めていく少女マリッサに嫉妬し、ファーシルは嫌がらせをするように。
ある日、マリッサが聖女だと判明すると、とある事件をきっかけにアルヴァと婚約破棄することになり――。
第1章はBL要素とても薄いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる