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14世界の最後にくちづけを

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イレーネ視点です
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 イレーネ・クーニッツは、男爵家のひとり娘だ。
 貴族というくくりに入ってはいるものの、大半は平民のような暮らしをしていて、領地を持っている家なんてほとんどない。メリットといえば、貴族としての交流と、パーティに出席できる程度だ。ついでに、パーティに出る際の支度金が支給される程度か。
 あとは貴族子息が入学を許される学園に通うことができる位。

 イレーネもそのゼーレンヴェンデ王立学園に入学することになった。両親は、これを機に未だ決まっていない婚約者を捕まえてこい、と息巻いていた。が、のイレーネには恋愛や結婚に興味がなかった。

 それよりもイレーネは混乱のさなかにいた。

(どうして、小説の世界に転生してるの!?)

 大声で叫びたい。だがそれをしたら、気がふれたと言われてしまう。だから心の中で盛大に叫ぶ。

(しかも、悪辣令嬢・・・・イレーネ・クーニッツに!)

 イレーネが前世で読んでいた【世界の最後にくちづけを】は、ネットで公開されていた作品で、いわゆるメリバと呼ばれる内容だった。
 主人公は侯爵令息のアリステル・エルネスト。銀髪と新緑の瞳を持つ青年。王太子ユリウス・ゼーレンヴェンデの婚約者となった悲劇の主人公である。
 この物語の世界では、異性婚、同性婚が普通にあるが、王太子だけは継承関係で異性婚しか許されていなかった。しかし、王太子ユリウスの婚約者は、なぜか男性のアリステルだった。

 それは王と王妃の関係性に問題があった。王と王妃は長く婚約期間を経て婚姻を結んだ。早々に子どもを周囲から切望されたが、なかなか二人には子宝に恵まれなかった。それが全ての絶望の始まりだった。
 ユリウスは王太子であるが正妃の子ではない。王と正妃の侍女だった子爵令嬢との間に生まれた子だった。というのも、結婚してから長年王と正妃に子どもができなかったせいもある。周囲からの圧力も後押ししていたのもあった。

 王は王妃の侍女に一目見たときから惹かれていた。だから王という権限を持って侍女を組み敷いた。王妃とちゃんと話し合わずに。結果、侍女の腹に王との子をみもごってしまった。王の子は何があっても堕胎は許されない。侍女は側妃となり、何度か暗殺未遂に遭ってしまったが、側妃はユリウスを出産した。王にとって第一子とされ、必然的にユリウスが王太子として任命を受けた。ここで歪んだ継承問題が発生する。通常であれば正妃の子……アベルが立太子となるべきが、アベルはユリウスが生まれた一年後に生を受けた。第二王子として。
 虚仮にされた正妃は、王にユリウスを王太子にするならと、ひとつの契約を提示した。
 それは、ユリウスの伴侶は同性であること。アベルが結婚をして生まれた子を次期王太子にすること。もし反故するなら、実家の公爵家とその家門は王族に忠誠を放棄する。
 ただでさえユリウスの誕生と立太子で急降下していた貴族たちの支持をこれ以上落とすわけにはいかない。王は渋々ながらそれを受け入れるしかなかった。

 大人の事情はよそに、ユリウスは王と王妃の取り決め通り、男性の婚約者を擁立した。異性愛者のユリウスは反発したものの、王命と言われれば承諾するしかなかった。そうしてユリウス望まない婚約者として、正妃が決めたアリステルが擁立されたのである。

 表面上は現実を受け入れたものの、心や肉体は同性が婚約者であることに反発していた。それは態度にも出てしまい、ユリウスはアリステルを避けるようになる。しかし、婚約成立前からユリウスに懸想していたアリステルは、婚約を機に暴走するようになった。
 婚約者だからと、以前は上位貴族の寮にいたのを、ユリウスの住む寮の階下に引越しをし。王宮にいれば、お茶をしようと、王族教育を放置して誘いに来たり。

 元々良い感情を持っていなかったユリウスが、アリステルを嫌悪するのに時間はかからなかった。

 そんな一方通行な関係を続けていた、婚約から半年後にユリウスは、ひとりの男爵令嬢と出会う。それがイレーネ・クーニッツだ。
 彼女は一見か弱そうな女性だが、学園に入ったからには優良な貴族を捕まえて、貧乏な男爵家を出たいと考えていた。彼女は身分の釣り合わない高位貴族に粉を掛ける。婚約者がいようがいまいが、自分の好みであれば接近していた。
 その中で最優良であるユリウスに的を絞ったのは、ユリウスの婚約者が同性だったから。あわよくば奪い取れると、ユリウスに話しかけるように。ユリウスも異性愛者だったのもあり、次第に二人の距離は縮まっていく。
 当然、イレーネの行動に面白くないのはアリステルだ。低位貴族の男爵令嬢が、気軽に王族に話しかけるものではないし、そもそもユリウスには婚約者がいる。イレーネの評判にも傷がつくかもしれないから控えるように。アリステルはイレーネに諭した。
 だが、イレーネはアリステルを自分の夢を邪魔する障害だと認識してしまった。

 それ以降、アリステルを排除しようと動き出す。

 アリステルにありもしない罪を着せ、とどめとばかりにアリステルを呼び出し、多くの生徒の前でアリステル突き飛ばされたように階段から落ちてみせた。それは状況だけ見れば、アリステルが悋気でイレーネに危害を加えたように見えた。

 憤怒に頭が染まったユリウスはアリステルに対し、婚約を破棄に加えイレーネを新しい婚約者に迎える旨を声高に叫ぶ。それだけでなく、人道にも堕ちる行動をしたアリステルを、貴族籍から排除し、市井に放逐することを勝手に決めてしまったのだ。

 ほぼ身ひとつで貴族の身分から平民に落とされたアリステルは、様々な困難に襲われてしまい。食べることもまともにできず、最後はボロボロの廃教会で命を終える間際、アリステルを抱きしめたのは自分を捨てたユリウスだった。

 彼はイレーネに親愛はあったが、恋愛感情はなかった。だが婚約者アリステルに苛められていると訴えるイレーネを哀れに思い、アリステルに対して疑問はあったものの、静観に留めていた。しかし、ユリウスの目の前でイレーネが階段から落ちる光景を見て決めてしまった。

 もう、アリステルと婚約関係を続けることはできない、と。
 自分はイレーネに本心から心惹かれているのだ、と。

 だが、イレーネはアリステルを排除した途端、秘めていた本能が表に飛び出したのだ。
 王族教育をサボり、ことあるごとにユリウスに宝石やドレスを強請る。婚約中の交接はできないと何度言っても、頻繁に寝所に忍び込む。
 あまりのイレーネの変化に、ユリウスは疲れ果て、同時にアリステルがイレーネを虐めていたという事に疑問を持つようになる。

 よくよく調べた結果、アリステルがやったことはイレーネに対しての苦言のみで、他は全てイレーネの虚言だと分かった。その時はイレーネとの婚姻前夜で、ユリウスがアリステルを断罪してから二年の月日が経っていた。
 イレーネは王族を謀った罪と、横領で即日死罪となった。

 必死にアリステルを探し当てた時には、壊れかけた廃教会で、今にも逝こうとしているアリステルの痩せた姿だった。
 自分の愚かな判断で無実のアリステルを死なせてしまったユリウスは、義弟のアベルに王太子の座を譲り、アリステルの墓の傍で贖罪に身をやつしながら短い生涯を終えた。


「と、いうのがわたしが知っているユリウス殿下とアリステル様の話です」
「……知っている。というより、記憶に今もはっきりと残っている」

 ユリウスがハイノ以外を人払いしたのをきっかけに、イレーネは自分が知るこの世界で起こった出来事をまくし立てる。
 前世のイレーネは小説を読むたびに、どうしてアリステルがあんな惨めな死を、迎えなくてはいけなかったのか。もし自分がイレーネなら、アリステルと友達になって、なにがあってもアリステルを助けたいと考えていた。

 だから自分がイレーネに転生したと知ってすぐに、アリステルを探し回った。学友にもアリステルの所在について尋ねた所、アリステルは半年前に、忽然と消えてしまったという話を耳にした。
 そこでイレーネはユリウスに突撃しようと決めたのだ。
 自分はユリウスにもアリステルにも害のない、この世界の……アリステルとユリウスの物語が好きで、何とかしてハッピーエンドになるように願っていたことを。
 だが突然「あなたとアリステルを幸せにしたいんです!」と言っても頭がおかしい奴だと思われる。この世界に前世という概念があるか分からないが、物語の顛末を話した上で、協力したいと言うつもりだった。

 が、ユリウスはあの悲しい結末を知った上で覚えていることに、首を傾げる。

「それってどういう……」
「今、俺たちがいるこの世界は、二度目の世界だ」
「……は?」

 ユリウスの言っている意味が理解できず、なんとも間の抜けた声を出してしまった。

「アリステルも多分、時間が巻き戻ったことを自覚しているのだろう。前と同じ未来が来ると危惧して、俺の前から姿を消してしまった」

 今にも泣きそうに顔を歪めるユリウスに、イレーネもハイノもどう声を掛けたらいいのか分からずにいると。

「もし、アリステル君と幸せな未来を掴みたいなら、私の話に乗ってみない?」

 三人しかいない空間に、四人目の声が響いたのだった。
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