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13エルレの存在

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前半アリステル視点。後半ユリウス視点になります
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 エルレさんが王族の落胤だって話があるみたいですよ。

 昼間、イレーネが話していたことを、夕飯時にエルレに話した途端、スプーンを持ったままおなかをかかえて爆笑してしまった。ひいひい喉を鳴らして笑うエルレを眺めながら、アリステルはスープにスプーンを突っ込んでそれを口に移した。優雅な所作で食事を続けながら、エルレが笑い収まるのを待った。ユリウスに似た美丈夫のエルレだが、存外に笑い上戸なのだ。なんでもないことでも大笑いするので、半年一緒に住んでいる内に慣れてしまった。

「エルレさん、いつまでも笑っていると、食事が冷めてしまいますよ」

 呆れ気味に苦言を呈してみれば、まだ全身を痙攣させながら笑うエルレは「ご、ごめん」と言って、なんとか体を起こしていた。

「いやー、どうしてそんな発想になったんだろうね」

 まだ笑いを引きずりながらも、エルレは食事を再開する。平民出身だとエルレから聞いていたが、彼の所作も美しい。教会では貴族と会食をする機会もあるとのことで、基本的なマナーを学ぶことがあるらしい。

「多分ですけど、エルレさんがユリウス殿下にそっくりだからだと」
「ああ、そうだね。前に一度チラッと見たけど、確かに似ていたかも?」

 もしかして、あの治療院でのことを言っているのだろうか。あの時は、ハイノもユリウスもエルレを見ていないと言っていたが、やはりすれ違っていたのかもしれない。

「似ているというより、ユリウス殿下が歳を経たらエルレになるのではって位、瓜二つですよ」

 そうかな、とどこか意味ありげに笑うエルレに、アリステルはちぎったパンを口に入れた。


 アリステルは表向き司教見習いとして周知されているが、実際は雲のように立ち位置がはっきりしていない。あの日、アベルに襲われそうになったアリステルの乱れた姿を、ユリウスに見られてしまった。王族の婚約者は貞淑であるべき。それが女性でも男性でも同じだと、前の生で何度も繰り返し、教育係から言われ続けたことだ。未遂といえ婚約者以外の人が触れた事に混乱してしまった。
 もうユリウスの傍にいることはできない。
 それは今の生になってから望んでいたことだったけど、どうしたらいいのか分からない中、救いの手を差し伸べてくれたのは突如現れたエルレだった。

「ほら、早く食べてください。僕、明日の授業の準備があるので」
「いやあ、アリステル君は真面目だね。貴族なのに家事もできるなんて、私は大いに助かっているけど」
「なんとなくですよ」

 前の生では何もできない上げ膳据え膳の貴族子息だった。料理も何もできなかった。だから今の生になってからの短い時間で、実家の本棚にあったレシピ本を頭に叩き込み、使用人たちの動きを目に焼き付けた。あとは、市井に下りてから市場の人々に色々教えてもらい、なんとか形になった。

 傷ひとつなかった手はあかぎれができてしまったけど。今の生活は穏やかで、エルレには感謝しかない。

 どうしてエルレが王宮に現れた理由も、アリステルを助けてくれた理由も、王宮から街外れの教会まで移動した方法も今も分からない。だけどエルレは自分を傷つけることはないだろうと、アリステルは意味もなく信用していた。胡散臭さは拭いくれなかったけども、今のアリステルが頼れる唯一だったのだ。


 ■ ■ ■

「アリステルの行方はまだ分からないのか!」

 持っていた書類をハイノに投げつける。投げつけられたハイノは反論せず、伏せ目のまま足元に散らばる書類を黙って拾っていた。

 アリステルが王宮から姿を忽然と消してから半年。城や王宮の衛兵に尋ねても、誰もアリステルを目撃した者がいないという。
 王宮を含めた王城から出るにしても、何度も衛兵と顔を合わせる必要がある。だからアリステルの身は王城から出ていない筈なのに、どこにもあの愛らしい姿がなかった。
 最初はすぐに見つかると思っていた。だが半年経った今、アリステルは城から出ているのではと考えるようになっていた。

 ユリウスは苛立ちを表すように学園で充てられた王族専用の自室を歩き回る。この春からアリステルも階下の部屋に入る筈だった。だが、そこは誰もおらず、ガランとしたまま。
 アリステルの実家であるエルネスト侯爵家にもハイノを出したが、そちらにもアリステルは戻っていなかった。何か息子が粗相したのかと顔面蒼白になった両親には、ハイノからご機嫌伺いのために訪問したと誤魔化したようだ。さすがに公爵子息のハイノに食い下がることもできなかったようで、渋々と諦めたようだが。

 アベルのことにも腹立ちが収まらない。
 義弟が多情だと知っていたが、まさか義兄の婚約者にまで手を出すなんて。
 アリステルが行方不明になったあと、宣言通り父……現王に事実を報告し、隣国の姫との婚姻を早めるよう進言した。隣国の姫が王国に来てすぐに挙式をあげることが決まった。
 そして、とあることを父に告げた。その内容に父は猛反対したが、これ以上王妃に勝手をされることも、命を狙われることにも辟易していた。
 ただ、アリステルが見つかるまでは、王太子としての職務を全うすると伝えた。父は鬼気迫るユリウスの姿に、残念に思いながらも渋々承諾するしかなかった。

(アリステル……君は今どこに)

 短い時間で見せてくれたさまざまはアリステルの姿を反芻していると、ハイノから「殿下に会いたいとおっしゃってる方が」と告げてくる。誰何すれば、訪問者はクーニッツ男爵令嬢と返ってきて、ユリウスの感情は一気に怒りへと高まっていった。

「追い出せ」
「いえ、なんでも殿下に有益な話があるそうで」
「どうせ虚言だ。そんなことに無駄な時間を使うつもりはない」

 イレーネ・クーニッツ。あの女のせいで、アリステルは苦しんだ。
 イレーネの言葉を鵜呑みし、確かめもしないでアリステルを糾弾した。あの時はなぜか『そうしなければならない』と信じていた。あんな結末を迎えることになるなんて知らずに。

(いや、アリステルを苦しめたのは、俺も一緒だ)

 最期に見たアリステルの涙が脳裏によぎる。今度こそ・・・・は、アリステルを守ろう、と。そう、決めていたのに。

「あっ! おい、待て!」

 扉の向こうでハイノが叫ぶ声と、護衛している騎士の鎧の音が聞こえてくる。なんだ、と振り返ると、勢いよく扉が開いてイレーネが飛び込んできた。茶色の髪と瞳をした、憎らしい女の姿が現れる。思わず手を伸ばして女の細首を捻ってしまおうと手を上げた途端。

「話を聞いてください! 私はイレーネ・クーニッツだけどイレーネじゃないんです!」と、イレーネの姿で叫ぶ女に、その場は水を打ったように沈黙が広がった。
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