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8図書館へ②

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 正妃ナターリエ・ゼーレンヴェンデと第二王子のアベル・ゼーレンヴェンデ。
 筆頭公爵家のひとつの令嬢として現王と婚姻を結んだナターリエは、降嫁した王族が多いからか、容姿も王族が持つ金の髪と紫の瞳を持っている。同じくアベルもその血を如実に現し、濃い金と青みがかった紫の瞳をした美男子だ。
 アリステルにとっては義母と義弟になるのだろうが、ユリウスの背景を知っているだけに、複雑な心境になる。

 四阿のひとつでお茶会でもしていたのか、ナターリエとアベルの背後には、貴族令嬢が楽しげに話していた。だが、ナターリエがハイノの姿を認めると足を止め、アベルも同様に険しい顔で立ち止まる。

「あら、ハイノ。主を放って職務放棄なのかしら?」
「王妃殿下、それから王子殿下、ご機嫌麗しく。主の命で図書館へ向かうところです」

 ハイノはボウ・アンド・スクレープで挨拶するのを、アリステルも慌てて同じ姿勢を取る。前の生で鞭打たれながら練習を繰り返したおかげで、今世でも自然と形を作ることができた。

「そう。……あら、あなた。ユリウスの婚約者だったわね」
「恐れながら、ユリウス殿下の婚約者の地位をいただいております」

 緊張で震える喉を叱咤し、ナターリエの問いに詰まることなく返す。すると、背後にいた令嬢から、憎々しげな視線を投げられる。あれだけ優秀で美形のユリウスの婚約者が、同性の自分であることは、令嬢からすれば憎しみの対象となっても仕方がない。
 だから実家の公爵家の家門であるエルネスト侯爵家の自分に白羽の矢を立てたのだ。反抗もせず、いざとなれば手駒としてユリウスの命を奪うこともでき、簡単に切り捨てることもできる。
 更には同性であれば、異性愛者のユリウスに対して最大の嫌がらせにもなる。

 現段階ではユリウスは王太子として、アベルが結婚をしてその相手が産んだ子を養子とするのを決めているようだが、ナターリエの本心は違うのを知っている。
 あわよくばアベルを王太子としてすげ替えるつもりなのを。

 前の生の時はイレーネ・クーニッツ男爵令嬢を選び、アリステルは婚約破棄されたのち、市井に放逐された。その後はユリウスとイレーネが結ばれ、変わらず王太子でいたが、アベルの子を養子にしたかは不明だ。
 その時には情報なぞ入ることのない貧困街で生きるのに必死だったのだから。
 ただ、アリステルは男爵令嬢に騙され、男爵令嬢の言葉を信じきったユリウスが、アリステルを断罪した事実だけが記憶に残っている。
 それがナターリエの策略によるものかは知らない。

「ああ、そうだったわ。今後もユリウスとは仲良く過ごしなさいな。……まあ、平穏無事で過ごせれば……だけど」

 ほほほと嗤うナターリエとニヤニヤ不躾な嘲笑を浮かべるアベルが、取り巻きを連れて立ち去るまで、アリステルもハイノも挨拶の姿勢を保ったまま視線を地面に落としていた。


 ドレスの衣擦れの音が完全に消えると、ゆっくりと体を起こす。ずっと同じ体勢をしていたから、節々が強ばってぎこちなくなる。溜まっていた肺の空気を追い出すようにため息を吐けば、ハイノから「大丈夫ですか?」と心配する声が隣からかかった。

「ハイノ様こそ、矢面に立たせてしましましたが、大丈夫でしたか?」
「私は慣れているので。しかしアベル様にアリステル様を認識されたのは困りましたね」

 ポツリとため息まじりに言葉を落としたハイノ。
 どうしてアベルがアリステルを認識したことが、困ることにつながるのだろうか。

「それはどういう……」
「いいえ、独り言ですので。さ、図書館に向かいましょうか」

 疑問をすげなく替えられ、アリステルはハイノの誘導により、図書館へと足を進めることになった。


 久々に入る図書館は相変わらず薄暗く、古い紙のどこか埃っぽい匂いが建物内を満たしている。図書館を管理している官吏に使用許可書を渡し、ほどなくして問題なく利用を許可される。
 普通は貸し出しはできないがアリステルの身分が準王族になったこと、使用許可を出したのが王太子のユリウスなのもあり、水晶宮でなら借りた本を持っていくことができた。
 とはいえ、現在は月光宮で寝起きをしているため、図書館内で閲覧することにする。

 ハイノは一度王城にいるユリウスの元へ様子を見に行くと告げて離れていった。
 一人になったため、今後の調べ物をコソコソしなくていいと安堵する。
 アリステルは天井まである高い書架を眺めながら歩いていると、体がなにかにぶつかってしまった。柔らかな感触に、棚ではなく人であると気づき、一気に血の気が引く。

「す、すみませんっ」
「ふふ、君は羽根のように軽いから、全然痛くないよ」

 慌てて頭を下げると、頭上から聞いたことのない声が降ってくる。それにしても、やけに気障で不快感を覚える声だ。
 さすがにこのような場所に入れるのは、それなりの地位の貴族が多いと聞く。下手に文句を言うのは命も危ぶまれる愚行だ。
 怪訝になりながら下げた頭を上げると、目の前にいたのは、先ほどナターリエと一緒に去ったはずのアベルが立っていた。

「あ……アベル殿下」

 なぜアベルがこんな場所に。
 えも知れぬ恐怖に、アリステルは本を抱えたままあとじさる。だが、その前にアベルの腕がアリステルの腕を掴み、抱えていた本は床に落ちていった。
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