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2謎の神徒
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ガタゴトと揺れる馬車の中、アリステルはぼんやりと窓の外を眺めている。多くの平民が楽しそうに買い物をしているのが、聞こえなくとも分かるほどだ。
先日に母から言われた通り、今日はアリステルが王宮へと生活を移すために、移動をしている最中だった。
揺れる車内ではどうして死んだはずの自分が、時が戻った状態で生き返ったり、ユリウスの態度について思考を巡らせていた。
前の時は婚約式時点でユリウスの態度は最悪だった。一度も視線を合わせることもなく、声をかけてもほとんど返事もなかった。王族からの申し出だったとはいえ、ユリウスは納得できない婚約だったのか。王宮に居を移したあとも、ユリウスとの接触は、公の場でしかなかった。
(学園では男爵令嬢と常に一緒だったし、近寄るだけで酷く睨んできたし)
だから目覚めたあとからのユリウスの態度や目線の柔らかさに戸惑うばかりだった。
(王宮に移るのもそうだ)
普通であれば王宮から手紙が届けばすぐにでも動かなくてはならないものの、先ごろアリステルが婚約式で倒れたのもあって、普通であれば考えられない余裕ある日付を指定された。多分、体調を慮って、ユリウスが指示したのだろう。その配慮に、ダメだと思いながらも、胸がときめいてしまう。
だが、同時に前の時と微妙に違う状況に、不安の染みがじわりと胸に広がるのを感じた。
「あ、あれは」
窓の外の光景を眺めていると、とある光景が目に飛び込んだ。
「馬車を止めてください!」
急に指示を出したからか、馬車内が大きく揺れ、馬の嘶きが響く。しかし、揺れが収まる前にアリステルは馬車から飛び出していた。背後でアリステルを呼び止める声が聞こえるけども、足を止めることはなかった。
「なにをしている!」
アリステルは、ひとりの男性を中心に取り囲んでいる、風体の良くない男達に向かって叫ぶ。男達は一瞬ギョッとした顔を浮かべたが、その叫んだ人物が華奢な貴族の男だと分かると、男達は目線を交わしてニヤリと嗤った。下卑た笑いに薄気味悪さを覚える。
「いやいや、誤解ですって。俺たちは神徒さまが蹲ってしまったので、心配して声をかけたんですよ」
「そりゃ、俺たちはお貴族さまから見たら底辺の庶民ですけどね。体調の悪い人に何かしようなんて考えありませんよ」
男達の中からそんな言い訳が聞こえたが、アリステルはバカ正直にその言葉を信じるつもりはない。
「……でしたら、僕がこのかたを診療所へ連れて行きます。ちょうど馬車で王宮に向かう途中だったので」
チラリと背後の馬車に流し目を送ると、馬車に並走していた単騎の騎士が。険しい顔で近づいてくるのが分かった。この騎士はユリウスが手配した警護の者だった。前の時は侯爵家の馬車でひとりで王宮に向かったのに、今回は王宮の馬車と騎士という状況に戸惑ったものの、今回はそれが功を奏したようだ。
頑強な騎士の登場に、複数でも勝ち目がないと感じたのか、男達は蜘蛛の子を散らすように去っていった。
しばらくは近寄ってこないだろうと、安堵しつつ蹲る人物に「大丈夫ですか」と声をかける。黒の長衣と同じ色のトラウザーズを履いた銀……いや白髪の男性。多分、教会の神徒というのは嘘ではないだろう。
「あ、はい。怪我はないので……」
俯けた顔を上げた神徒の姿に、アリステルの心臓がドキリと高鳴る。それは、ユリウスと瓜二つだったから。
騎士も神徒がユリウスと似ていることに気づいたのだろう。背後で「ユリウス殿下!?」と驚愕している声が聞こえる。王宮にいるはずの王族がこんな市井にいるとは普通考えないだろう。視察が入ってるとも知らされていないだろうし。
「あの……?」
「っ、この方は殿下じゃありません。遠回りになりますが、この方を診療所に連れて行きます」
「ですが……。アリステル様を王宮までお送りするのが……」
「準王族である僕が、このまま市井の方を放置して王宮に行くことはできません。それに、市井の方がいるからこそ、貴族も貴族として成り立っているのですから」
本当は王族も、と言いたかったがさすがに不敬だと思い、言葉を飲み込んだ。
結局、騎士はアリステルの要望を渋々ながら承諾し、診療所に待機している間に応援を呼ぶため王宮に戻っていった。
男性の診察を終え、医師に案内された応接室で、アリステルは男性と向かい合う。
騎士はその様子を確かめると、静かに部屋を出て行った。さすがに馭者を部屋に置くわけにもいかないと思ったらしい。ドアが少しだけ開くに留まったようだ。
テーブルには男性の怪我を気遣ったのか、薬草茶がカップの中でゆらりと湯気を登らせる。アリステルは揺れる湯気の向こうに座る白髪の男性を見据えた。
「ありがとうございました」
体が痛いのか、項垂れるように頭を下げる男性に、いいえ、とアリステルは首を横に振る。
自分は診療所に連れて行っただけで、診察をしたのは医師だし、運んでくれたのは体力のある騎士だった。
「まさか蹴られるとあんなに痛いなんて思いもしませんでした」
見た感じそこまでの怪我がないと思っていたが、長衣に土埃がついていたため、念の為にと医師に診察をしてもらうと、体に痣が散らばっていた。
どうやらあの男達は、平民街のはずれにある貧困区の者たちで、身なりがよく気弱そうな相手に金を奪っていたようだ。中には見た目が良いと、体を穢したあとで売り飛ばすこともあるらしい。
「おかげで助かりました。重ねてお礼申し上げます」
丁寧にお礼を告げる白髪の男性に「いいえ」とアリステルは遠慮するばかり。
白い髪と金色の瞳という変わった男性は、色を変えればユリウスにそっくりだ。
それよりも白髪の男性の顔がユリウスに余りにも似過ぎて、ドキドキしながらも変な気分になった。彼が格下のアリステルに頭を下げるなんて絶対にないことだから。
「ところで、どこの教会の方なのでしょう? あ、僕はエルネスト侯爵が子息のアリステルと言います」
黒の祭服を着ているということは、それなりの身分の方なのだろう。見習いは灰色の服を纏っているし、男達は祭服を着ているから神徒と勘違いしたに違いない。本来、神徒の服は白の長衣を着用している。
両親は敬虔な神の信者で、教会にも何度か連れて行かれた。だが、彼のような人と出会った記憶はない。
「ご丁寧にありがとうございます。私はエルレと申します。街外れの教会で司祭をしています」
「……え?」
街外れの教会というのは、アリステルが知る限り一ヶ所しかない。アリステルが最期を迎えたあの廃教会だ。
当時のアリステルが死んだ時を考えても、少なくとも十数年以上使用されていないだろう。つまり、現時点であの教会は廃墟になっているはず。一体どういうことだ、と怪訝に目を細めていると、遠くから馬の嘶きと喧騒が耳に伝わってきた。
「アリステル!」
何事かとオロオロしている間に、ドアが激しい音を立てて開かれる。そこには、よほど急いで来たのだろう。髪と息を乱したユリウスが険しい顔で立っていた。
先日に母から言われた通り、今日はアリステルが王宮へと生活を移すために、移動をしている最中だった。
揺れる車内ではどうして死んだはずの自分が、時が戻った状態で生き返ったり、ユリウスの態度について思考を巡らせていた。
前の時は婚約式時点でユリウスの態度は最悪だった。一度も視線を合わせることもなく、声をかけてもほとんど返事もなかった。王族からの申し出だったとはいえ、ユリウスは納得できない婚約だったのか。王宮に居を移したあとも、ユリウスとの接触は、公の場でしかなかった。
(学園では男爵令嬢と常に一緒だったし、近寄るだけで酷く睨んできたし)
だから目覚めたあとからのユリウスの態度や目線の柔らかさに戸惑うばかりだった。
(王宮に移るのもそうだ)
普通であれば王宮から手紙が届けばすぐにでも動かなくてはならないものの、先ごろアリステルが婚約式で倒れたのもあって、普通であれば考えられない余裕ある日付を指定された。多分、体調を慮って、ユリウスが指示したのだろう。その配慮に、ダメだと思いながらも、胸がときめいてしまう。
だが、同時に前の時と微妙に違う状況に、不安の染みがじわりと胸に広がるのを感じた。
「あ、あれは」
窓の外の光景を眺めていると、とある光景が目に飛び込んだ。
「馬車を止めてください!」
急に指示を出したからか、馬車内が大きく揺れ、馬の嘶きが響く。しかし、揺れが収まる前にアリステルは馬車から飛び出していた。背後でアリステルを呼び止める声が聞こえるけども、足を止めることはなかった。
「なにをしている!」
アリステルは、ひとりの男性を中心に取り囲んでいる、風体の良くない男達に向かって叫ぶ。男達は一瞬ギョッとした顔を浮かべたが、その叫んだ人物が華奢な貴族の男だと分かると、男達は目線を交わしてニヤリと嗤った。下卑た笑いに薄気味悪さを覚える。
「いやいや、誤解ですって。俺たちは神徒さまが蹲ってしまったので、心配して声をかけたんですよ」
「そりゃ、俺たちはお貴族さまから見たら底辺の庶民ですけどね。体調の悪い人に何かしようなんて考えありませんよ」
男達の中からそんな言い訳が聞こえたが、アリステルはバカ正直にその言葉を信じるつもりはない。
「……でしたら、僕がこのかたを診療所へ連れて行きます。ちょうど馬車で王宮に向かう途中だったので」
チラリと背後の馬車に流し目を送ると、馬車に並走していた単騎の騎士が。険しい顔で近づいてくるのが分かった。この騎士はユリウスが手配した警護の者だった。前の時は侯爵家の馬車でひとりで王宮に向かったのに、今回は王宮の馬車と騎士という状況に戸惑ったものの、今回はそれが功を奏したようだ。
頑強な騎士の登場に、複数でも勝ち目がないと感じたのか、男達は蜘蛛の子を散らすように去っていった。
しばらくは近寄ってこないだろうと、安堵しつつ蹲る人物に「大丈夫ですか」と声をかける。黒の長衣と同じ色のトラウザーズを履いた銀……いや白髪の男性。多分、教会の神徒というのは嘘ではないだろう。
「あ、はい。怪我はないので……」
俯けた顔を上げた神徒の姿に、アリステルの心臓がドキリと高鳴る。それは、ユリウスと瓜二つだったから。
騎士も神徒がユリウスと似ていることに気づいたのだろう。背後で「ユリウス殿下!?」と驚愕している声が聞こえる。王宮にいるはずの王族がこんな市井にいるとは普通考えないだろう。視察が入ってるとも知らされていないだろうし。
「あの……?」
「っ、この方は殿下じゃありません。遠回りになりますが、この方を診療所に連れて行きます」
「ですが……。アリステル様を王宮までお送りするのが……」
「準王族である僕が、このまま市井の方を放置して王宮に行くことはできません。それに、市井の方がいるからこそ、貴族も貴族として成り立っているのですから」
本当は王族も、と言いたかったがさすがに不敬だと思い、言葉を飲み込んだ。
結局、騎士はアリステルの要望を渋々ながら承諾し、診療所に待機している間に応援を呼ぶため王宮に戻っていった。
男性の診察を終え、医師に案内された応接室で、アリステルは男性と向かい合う。
騎士はその様子を確かめると、静かに部屋を出て行った。さすがに馭者を部屋に置くわけにもいかないと思ったらしい。ドアが少しだけ開くに留まったようだ。
テーブルには男性の怪我を気遣ったのか、薬草茶がカップの中でゆらりと湯気を登らせる。アリステルは揺れる湯気の向こうに座る白髪の男性を見据えた。
「ありがとうございました」
体が痛いのか、項垂れるように頭を下げる男性に、いいえ、とアリステルは首を横に振る。
自分は診療所に連れて行っただけで、診察をしたのは医師だし、運んでくれたのは体力のある騎士だった。
「まさか蹴られるとあんなに痛いなんて思いもしませんでした」
見た感じそこまでの怪我がないと思っていたが、長衣に土埃がついていたため、念の為にと医師に診察をしてもらうと、体に痣が散らばっていた。
どうやらあの男達は、平民街のはずれにある貧困区の者たちで、身なりがよく気弱そうな相手に金を奪っていたようだ。中には見た目が良いと、体を穢したあとで売り飛ばすこともあるらしい。
「おかげで助かりました。重ねてお礼申し上げます」
丁寧にお礼を告げる白髪の男性に「いいえ」とアリステルは遠慮するばかり。
白い髪と金色の瞳という変わった男性は、色を変えればユリウスにそっくりだ。
それよりも白髪の男性の顔がユリウスに余りにも似過ぎて、ドキドキしながらも変な気分になった。彼が格下のアリステルに頭を下げるなんて絶対にないことだから。
「ところで、どこの教会の方なのでしょう? あ、僕はエルネスト侯爵が子息のアリステルと言います」
黒の祭服を着ているということは、それなりの身分の方なのだろう。見習いは灰色の服を纏っているし、男達は祭服を着ているから神徒と勘違いしたに違いない。本来、神徒の服は白の長衣を着用している。
両親は敬虔な神の信者で、教会にも何度か連れて行かれた。だが、彼のような人と出会った記憶はない。
「ご丁寧にありがとうございます。私はエルレと申します。街外れの教会で司祭をしています」
「……え?」
街外れの教会というのは、アリステルが知る限り一ヶ所しかない。アリステルが最期を迎えたあの廃教会だ。
当時のアリステルが死んだ時を考えても、少なくとも十数年以上使用されていないだろう。つまり、現時点であの教会は廃墟になっているはず。一体どういうことだ、と怪訝に目を細めていると、遠くから馬の嘶きと喧騒が耳に伝わってきた。
「アリステル!」
何事かとオロオロしている間に、ドアが激しい音を立てて開かれる。そこには、よほど急いで来たのだろう。髪と息を乱したユリウスが険しい顔で立っていた。
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