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Assortiment d'apéritifs
pair
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『本日はいい夫婦の日とのことなので、芸能界のオシドリ夫婦を特集したいとおもいます~』
「いい夫婦の日?」
桔梗はテレビから流れてきた耳馴れない言葉に首をかしげる。
高校時代から最近、番の寒川玲司と出会うまで住んでいた古びたマンションにはテレビがなく、あったとしても日々の忙しさに番組を楽しむ余裕すらなかったため、制定されてからかなりの時間が経ったにも拘わらず、こういったカルチャーな内容は桔梗にはさっぱりだったのだ。
桔梗はテーブルに置いてあった真新しいスマホを手に取り検索する。
前に使っていたのは雨に濡れて壊れてしまった。代わりに玲司の機種と同じで色ちがいのものが与えられたのである。
「へぇ、いい夫婦の日って……え?」
検索結果の一番上にあるページを開き、文字を目線で追っていた桔梗は中の一文を見て、思わず声をあげてしまう。
夫婦というからには、男女限定だと思っていたのだ。だが、世の中には女性同士の婦婦や、桔梗や玲司のような夫夫もいるのだ。
バース性によっては男女性で結ばれるのではなく、アルファ、ベータ、オメガで結婚することもある。むしろそちらが大多数だ。
桔梗と玲司は、オメガとアルファの夫夫になったばかりだ。いわゆる新婚さんと呼ばれるアレである。
そして桔梗が目にしたとある一文が、初めての大きなイベントになろうとは、この時ばかりは誰も想像できなかったのである。
「桔梗君? 遅くなってすみません。思ってたよりも量があって時間がかかってしまいました……桔梗君?」
寒川家が所有する山を管理している人物から、大量の栗に加え秋の果物や野菜が送られてきた。玲司は店に特別メニューとして出そうと下処理に精を出して戻ってみれば、居るはずの最愛の番の姿がない。
もしかしたら寝室だろうかと三階に上がってみても桔梗どころか人の気配すらない。
慌てて周囲を見れば、ダイニングテーブルに一枚の紙片が置かれているのに目が止まった。
──朔音と花楓さんと出かけてきます。
「……はい?」
玲司の無情を示すように、手にした紙がハラリと宙を漂う。
桔梗が栗を好きだと言うから、店用とは別に栗を準備したのに。鬼皮剥きがキツくて何度止めようか挫折したのを、桔梗が喜ぶからとの一心で頑張ったのに、この仕打ちは一体……
玲司はガクリと膝をつきそうになったものの、テーブルの上にあるものがないことに気付き、途端に気力を取り戻す。そして、履いていたブラックジーンズの尻ポケットからスマホを取り出し、あるアプリを起動する。何かあった時のために、桔梗に渡す前に秘かに入れたのは、所謂GPSアプリだった。
簡易的な地図に浮かぶピンクのアイコンが点滅するのを認めるなり、玲司は車の鍵を握り締め家を飛び出したのである。
(なぜ、桔梗君がホテルの中に居るんですか!?)
指し示すその位置に玲司は気が気でなかった。
一方桔梗はといえば。
「ほら、桔梗くん。好きな紅茶選んで~。ここ、色んなフレーバーがあって楽しいんだよぉ。たまにしかオメガ同士で集まれる機会なんてないんだから、ほらほら~」
「僕はアルファですけどね、花楓さん。多分忘れてると思いますけど」
「いや、覚えてるよ。でもさ、桔梗くんと瓜二つじゃない? だから、朔音くんもオメガって勘違いしちゃうんだよね」
「……ま、いいですけどね。それで桔梗。相談があるからってSNSにあったけど?」
とあるホテルにある、アフタヌーンティが美味しいと評判のラウンジは、全面ガラスのためか、入ってくる秋の陽光は優しく、庭園の木々は秋色に染まり目に楽しい。
室内はラグジュアリーな仕様で、ゆったりと寛げる。
目の前で繰り広げられるコントを眺めていたら、兄の朔音から主旨を切り出されてしまい、俯けていた顔をあげる。
「あ、そうだったね」
紅茶を選ぶ方に意識が向いていた桔梗は思い出した顔で双子の兄を見た。
しっかりものの兄、マイペースな弟のなにげないやり取りに、花楓はクスリと笑みを零したのだった。
「いい夫婦の日?」
「僕と旦那さんの事かな?」
サラリと惚気る花楓に、桔梗も朔音も苦笑する。あながち間違いではないからだ。
「間違ってはないですけど、そのいい夫婦の日にお互いに感謝の気持ちを込めて贈り物をしあうそうなんです。俺、玲司さんに沢山お世話になってるから、何か贈りたくて……」
「つまりは、買い物に付き合って欲しい……と。僕も旦那さんに贈り物したいし、いいよ、付き合うよ」
「僕は別に結婚してないけど、面白そうだから付き合う」
「朔音、仕事はいいの?」
「今は割と暇な時期でさ。秘書が会社に詰めてるから、なにかあったら連絡来るんじゃないかな」
伏し目がちに話す桔梗の姿は、頬をうっすらと染めているせいか庇護欲をそそり、花楓はサーモンのサンドウィッチを、朔音は割ったスコーンにたっぷり林檎のジャムを乗せて咀嚼しながら快諾したのたった。
そして、そんな和やかな光景をラウンジの端っこでこっそりと覗いていた玲司は、何故か医師の藤田と兄の総一郎と共にやたらとお高い豆を使った珈琲を啜っていた。
「……どうして藤田さんだけでなく総一郎兄さんも居るんですか? 会社はどうしたんです」
冷ややかに目線を投げれば、藤田も総一郎もすいと目を逸らし始める。これはサボリだな、と結論づけた玲司も同様だとは気づいていない模様。藤田も苦笑いしているが同罪だと気づくべきだろう。
玲司は少しだけ冷めた珈琲を一気に喉へと流し終えると、静かに席を立つ。
「帰るのか?」
「ええ。あの二人が一緒なら心配ないでしょうし、桔梗君が帰ってくるまでに栗のフルコースを作らなくてはいけないので」
「栗?」
「寒川の山でたんまりと取れたのを送ってきたんですよ。桔梗君、栗が好きだと言っていたので」
玲司はそう言って、背もたれに掛けてあったブラウンのスエード素材のコートを手に去ろうとしたが。
「それ、俺達にも食わせろ」
「は? いやですよ。結構手間掛かったんですよアレ」
「……では、自分達の分は自分達で剥くのはいかがでしょう。どうせ、花楓達も店に寄るでしょうから」
「それなら、他の材料が足りないのでそちらの費用も持ってくれるならいいですよ」
高級素材を買わせなくては、と内心で決意し、溜息と共に渋々承諾すると、三人はそれぞれの人物に見つからないよう、こっそりとラウンジを後にしたのだった。
「ただいま帰りました」
『la maison』のドアに設置したカウベルが鳴り、姿を現したのは最愛の桔梗。彼が姿を見せるだけで、玲司の心が華やぐ。
「こんにちは……」
「栗だらけのご飯だって? 玲司坊っちゃん。遠慮なく戴きにきたよ~」
続いて朔音、花楓と賑やかに入ってくる。
「お帰りなさい、桔梗君。いきなり居なくなったから心配しましたよ。花楓さん、別に花楓さんのために用意する訳ではありませんからね。それから、また来たんですね朔音君」
にっこりと笑って出迎えた玲司に、花楓は「またまた~」とニンマリ笑い玲司の背中を叩く。
「みんな、僕らがお茶してたラウンジにいたでしょ。オメガは番の匂いに敏感なのを忘れてない? 玲司坊っちゃんだけでなく、旦那さんも総一郎坊っちゃんもいたよねぇ?」
チェシャ猫のように満面の笑みを浮かべ、真実を告げる花楓に、玲司だけでなく総一朗も藤田もギクリと体がこわばる。
アルファだけでなくオメガも自身の番の匂いに敏感なのを忘れていた。
三人三様、表情はさまざまだったが、内心は一様に「マズイ」の一言が占めていた。
「玲司さん」
「桔梗君」
くい、と袖が引っ張られ意識をそちらに向けると、桔梗が上目で玲司を見ている。籍を入れてからというもの彼に対する愛情が日々溢れてしまう。
「後を付ける真似をしてすみません。決して桔梗君を信頼してないという訳では……」
「あの……これ」
言い訳をする玲司の言葉を遮った桔梗は、夫の前に紙袋を両手で差し出す。
「……これは?」
「実は、今日はいい夫婦の日だってテレビで知って、調べたら夫婦で贈り物をするってあったんです。それで、朔音や花楓さんに協力してもらってこれを……」
「開けてもいいですか?」
「……はい。どうぞ」
顔を真っ赤にしている桔梗から紙袋を受け取り、包装紙に包まれた長方形の物体を取り出す。丁寧に包装紙を剥ぎ中から姿を現したのは、藍色の和紙が張られた箱だった。
そっと蓋を持ち上げると、中にあったのは細く切った和紙の緩衝材に縁が浅葱色のグラデーションに染まったものと、同じく縁が桔梗色に染まる二つの茶碗が収まっていたのである。
「これは……」
「えっと。夫婦茶碗……です。夫婦から連想したら茶碗が浮かんで……安直ですよね」
泣きそうに笑う桔梗へと腕を伸ばし、まだ細く壊れそうな彼の体を包み込む。
「……こんな素敵な物をありがとうございます」
「喜んでいただけて、俺も嬉しいです」
お互い色んな感情がそれまで複雑に絡み合っていたが、スルリと解けた今はただただお互いを想い合う気持ちだけが残っていた。
桔梗も玲司もそれぞれに「幸せ」を噛み締める。それは秋の葉が色づくように、花が綻びるように、色んな顔を見せる事だろう。
その日の夜は六人で栗三昧を堪能した。
栗と高級和牛の炒め煮、栗とチキンのグラタン、栗ときのこのサラダ、栗のポタージュ、デザートには栗の渋皮煮を使用したパウンドケーキに栗のクリームを添えたものと、本当に栗オンリーの食事で、普段は少食の桔梗ですらお腹がぽっこりと膨らむ程堪能したのだった。
「はい、栗のおこわですよ。デザートの方が先になってしまいましたが」
玲司がそう言って差し出した茶碗は、桔梗がプレゼントしたもので。
自分の桔梗色の茶碗と、玲司の浅葱色の茶碗を見て、思わず笑みが零れていた。
「ありがとうございます、玲司さん」
「それはこちらの方ですよ、桔梗君。このような素敵な物をありがとうございます」
微笑み合う二人に、藤田と花楓は頷き、総一朗と朔音はほっとした顔で、新婚夫夫を眺め、秋の味を堪能したのだった。
翌朝から、二人の食事にはお揃いの茶碗が並び、またひとつ桔梗の中で幸せな思い出が増えたのである。
「いい夫婦の日?」
桔梗はテレビから流れてきた耳馴れない言葉に首をかしげる。
高校時代から最近、番の寒川玲司と出会うまで住んでいた古びたマンションにはテレビがなく、あったとしても日々の忙しさに番組を楽しむ余裕すらなかったため、制定されてからかなりの時間が経ったにも拘わらず、こういったカルチャーな内容は桔梗にはさっぱりだったのだ。
桔梗はテーブルに置いてあった真新しいスマホを手に取り検索する。
前に使っていたのは雨に濡れて壊れてしまった。代わりに玲司の機種と同じで色ちがいのものが与えられたのである。
「へぇ、いい夫婦の日って……え?」
検索結果の一番上にあるページを開き、文字を目線で追っていた桔梗は中の一文を見て、思わず声をあげてしまう。
夫婦というからには、男女限定だと思っていたのだ。だが、世の中には女性同士の婦婦や、桔梗や玲司のような夫夫もいるのだ。
バース性によっては男女性で結ばれるのではなく、アルファ、ベータ、オメガで結婚することもある。むしろそちらが大多数だ。
桔梗と玲司は、オメガとアルファの夫夫になったばかりだ。いわゆる新婚さんと呼ばれるアレである。
そして桔梗が目にしたとある一文が、初めての大きなイベントになろうとは、この時ばかりは誰も想像できなかったのである。
「桔梗君? 遅くなってすみません。思ってたよりも量があって時間がかかってしまいました……桔梗君?」
寒川家が所有する山を管理している人物から、大量の栗に加え秋の果物や野菜が送られてきた。玲司は店に特別メニューとして出そうと下処理に精を出して戻ってみれば、居るはずの最愛の番の姿がない。
もしかしたら寝室だろうかと三階に上がってみても桔梗どころか人の気配すらない。
慌てて周囲を見れば、ダイニングテーブルに一枚の紙片が置かれているのに目が止まった。
──朔音と花楓さんと出かけてきます。
「……はい?」
玲司の無情を示すように、手にした紙がハラリと宙を漂う。
桔梗が栗を好きだと言うから、店用とは別に栗を準備したのに。鬼皮剥きがキツくて何度止めようか挫折したのを、桔梗が喜ぶからとの一心で頑張ったのに、この仕打ちは一体……
玲司はガクリと膝をつきそうになったものの、テーブルの上にあるものがないことに気付き、途端に気力を取り戻す。そして、履いていたブラックジーンズの尻ポケットからスマホを取り出し、あるアプリを起動する。何かあった時のために、桔梗に渡す前に秘かに入れたのは、所謂GPSアプリだった。
簡易的な地図に浮かぶピンクのアイコンが点滅するのを認めるなり、玲司は車の鍵を握り締め家を飛び出したのである。
(なぜ、桔梗君がホテルの中に居るんですか!?)
指し示すその位置に玲司は気が気でなかった。
一方桔梗はといえば。
「ほら、桔梗くん。好きな紅茶選んで~。ここ、色んなフレーバーがあって楽しいんだよぉ。たまにしかオメガ同士で集まれる機会なんてないんだから、ほらほら~」
「僕はアルファですけどね、花楓さん。多分忘れてると思いますけど」
「いや、覚えてるよ。でもさ、桔梗くんと瓜二つじゃない? だから、朔音くんもオメガって勘違いしちゃうんだよね」
「……ま、いいですけどね。それで桔梗。相談があるからってSNSにあったけど?」
とあるホテルにある、アフタヌーンティが美味しいと評判のラウンジは、全面ガラスのためか、入ってくる秋の陽光は優しく、庭園の木々は秋色に染まり目に楽しい。
室内はラグジュアリーな仕様で、ゆったりと寛げる。
目の前で繰り広げられるコントを眺めていたら、兄の朔音から主旨を切り出されてしまい、俯けていた顔をあげる。
「あ、そうだったね」
紅茶を選ぶ方に意識が向いていた桔梗は思い出した顔で双子の兄を見た。
しっかりものの兄、マイペースな弟のなにげないやり取りに、花楓はクスリと笑みを零したのだった。
「いい夫婦の日?」
「僕と旦那さんの事かな?」
サラリと惚気る花楓に、桔梗も朔音も苦笑する。あながち間違いではないからだ。
「間違ってはないですけど、そのいい夫婦の日にお互いに感謝の気持ちを込めて贈り物をしあうそうなんです。俺、玲司さんに沢山お世話になってるから、何か贈りたくて……」
「つまりは、買い物に付き合って欲しい……と。僕も旦那さんに贈り物したいし、いいよ、付き合うよ」
「僕は別に結婚してないけど、面白そうだから付き合う」
「朔音、仕事はいいの?」
「今は割と暇な時期でさ。秘書が会社に詰めてるから、なにかあったら連絡来るんじゃないかな」
伏し目がちに話す桔梗の姿は、頬をうっすらと染めているせいか庇護欲をそそり、花楓はサーモンのサンドウィッチを、朔音は割ったスコーンにたっぷり林檎のジャムを乗せて咀嚼しながら快諾したのたった。
そして、そんな和やかな光景をラウンジの端っこでこっそりと覗いていた玲司は、何故か医師の藤田と兄の総一郎と共にやたらとお高い豆を使った珈琲を啜っていた。
「……どうして藤田さんだけでなく総一郎兄さんも居るんですか? 会社はどうしたんです」
冷ややかに目線を投げれば、藤田も総一郎もすいと目を逸らし始める。これはサボリだな、と結論づけた玲司も同様だとは気づいていない模様。藤田も苦笑いしているが同罪だと気づくべきだろう。
玲司は少しだけ冷めた珈琲を一気に喉へと流し終えると、静かに席を立つ。
「帰るのか?」
「ええ。あの二人が一緒なら心配ないでしょうし、桔梗君が帰ってくるまでに栗のフルコースを作らなくてはいけないので」
「栗?」
「寒川の山でたんまりと取れたのを送ってきたんですよ。桔梗君、栗が好きだと言っていたので」
玲司はそう言って、背もたれに掛けてあったブラウンのスエード素材のコートを手に去ろうとしたが。
「それ、俺達にも食わせろ」
「は? いやですよ。結構手間掛かったんですよアレ」
「……では、自分達の分は自分達で剥くのはいかがでしょう。どうせ、花楓達も店に寄るでしょうから」
「それなら、他の材料が足りないのでそちらの費用も持ってくれるならいいですよ」
高級素材を買わせなくては、と内心で決意し、溜息と共に渋々承諾すると、三人はそれぞれの人物に見つからないよう、こっそりとラウンジを後にしたのだった。
「ただいま帰りました」
『la maison』のドアに設置したカウベルが鳴り、姿を現したのは最愛の桔梗。彼が姿を見せるだけで、玲司の心が華やぐ。
「こんにちは……」
「栗だらけのご飯だって? 玲司坊っちゃん。遠慮なく戴きにきたよ~」
続いて朔音、花楓と賑やかに入ってくる。
「お帰りなさい、桔梗君。いきなり居なくなったから心配しましたよ。花楓さん、別に花楓さんのために用意する訳ではありませんからね。それから、また来たんですね朔音君」
にっこりと笑って出迎えた玲司に、花楓は「またまた~」とニンマリ笑い玲司の背中を叩く。
「みんな、僕らがお茶してたラウンジにいたでしょ。オメガは番の匂いに敏感なのを忘れてない? 玲司坊っちゃんだけでなく、旦那さんも総一郎坊っちゃんもいたよねぇ?」
チェシャ猫のように満面の笑みを浮かべ、真実を告げる花楓に、玲司だけでなく総一朗も藤田もギクリと体がこわばる。
アルファだけでなくオメガも自身の番の匂いに敏感なのを忘れていた。
三人三様、表情はさまざまだったが、内心は一様に「マズイ」の一言が占めていた。
「玲司さん」
「桔梗君」
くい、と袖が引っ張られ意識をそちらに向けると、桔梗が上目で玲司を見ている。籍を入れてからというもの彼に対する愛情が日々溢れてしまう。
「後を付ける真似をしてすみません。決して桔梗君を信頼してないという訳では……」
「あの……これ」
言い訳をする玲司の言葉を遮った桔梗は、夫の前に紙袋を両手で差し出す。
「……これは?」
「実は、今日はいい夫婦の日だってテレビで知って、調べたら夫婦で贈り物をするってあったんです。それで、朔音や花楓さんに協力してもらってこれを……」
「開けてもいいですか?」
「……はい。どうぞ」
顔を真っ赤にしている桔梗から紙袋を受け取り、包装紙に包まれた長方形の物体を取り出す。丁寧に包装紙を剥ぎ中から姿を現したのは、藍色の和紙が張られた箱だった。
そっと蓋を持ち上げると、中にあったのは細く切った和紙の緩衝材に縁が浅葱色のグラデーションに染まったものと、同じく縁が桔梗色に染まる二つの茶碗が収まっていたのである。
「これは……」
「えっと。夫婦茶碗……です。夫婦から連想したら茶碗が浮かんで……安直ですよね」
泣きそうに笑う桔梗へと腕を伸ばし、まだ細く壊れそうな彼の体を包み込む。
「……こんな素敵な物をありがとうございます」
「喜んでいただけて、俺も嬉しいです」
お互い色んな感情がそれまで複雑に絡み合っていたが、スルリと解けた今はただただお互いを想い合う気持ちだけが残っていた。
桔梗も玲司もそれぞれに「幸せ」を噛み締める。それは秋の葉が色づくように、花が綻びるように、色んな顔を見せる事だろう。
その日の夜は六人で栗三昧を堪能した。
栗と高級和牛の炒め煮、栗とチキンのグラタン、栗ときのこのサラダ、栗のポタージュ、デザートには栗の渋皮煮を使用したパウンドケーキに栗のクリームを添えたものと、本当に栗オンリーの食事で、普段は少食の桔梗ですらお腹がぽっこりと膨らむ程堪能したのだった。
「はい、栗のおこわですよ。デザートの方が先になってしまいましたが」
玲司がそう言って差し出した茶碗は、桔梗がプレゼントしたもので。
自分の桔梗色の茶碗と、玲司の浅葱色の茶碗を見て、思わず笑みが零れていた。
「ありがとうございます、玲司さん」
「それはこちらの方ですよ、桔梗君。このような素敵な物をありがとうございます」
微笑み合う二人に、藤田と花楓は頷き、総一朗と朔音はほっとした顔で、新婚夫夫を眺め、秋の味を堪能したのだった。
翌朝から、二人の食事にはお揃いの茶碗が並び、またひとつ桔梗の中で幸せな思い出が増えたのである。
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