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Assortiment d'apéritifs
嵐の前に
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「今日はお店は臨時休業にしましょうか」
唐突に玲司が発する言葉に、桔梗はレンゲを持ったまま首を傾げると「冷めてしまいますよ」と玲司に指摘され、慌てて白い陶器の器にある中華粥にレンゲを差し込む。干し海老と帆立のスープで米からじっくり煮込まれた粥はうっすらと塩味で、出汁の旨味を吸った米は口に入れるだけで芳醇な味と香りがふわりと広がる。
トッピングで入れたささ身肉はしっとりで、刻んだ搾菜もコリコリしていて口の中が楽しい。
同じように玲司も粥を口に運んでいる。
彼はシンプルに、油条とダイニングの窓辺で育てているパクチーの組み合わせ。それと空芯菜とエリンギの炒め物を黙々と食べていたが、桔梗は玲司が発した言葉を再度尋ねる。
「お店、おやすみするってどうしてですか?」
子供茶碗程度の粥を食べ終えた桔梗は、不定期とは言えども週末は必ず開店していた『la maison』を臨時でも休む事に疑問が出てしまったのだ。
趣味とはいえども、玲司は決めた事をさぼったりするなど怠惰な人間ではないと、知っていたから。
「開けてもいいんですけど、多分酔狂でない限りは外に出る人はいないと思いますよ」
と、玲司は不意に窓の外に視線を向ける。彼に合わせて桔梗も窓へと目を移す。今にも降り出しそうな曇天の雲が勢いよく流れていくのが見える。それを見て、桔梗は漸く合点がいった。
「ああ……確か台風が来てるんでしたっけ」
「ええ。秋の台風は夏に比べると強力だそうですし、お客様の安全面を考えて今日はおやすみに。どちらにしても、常連さんばかりだから、この天候を見てお休みすると気づいている事でしょう」
「そうだったんですね。いきなり臨時休業って言うからビックリしました」
ほわり、と桔梗が笑み崩れると、玲司も同様に顔をほころばせる。
穏やかな会話と時間。
すっかり今の生活に慣れたなと思うと共に、そんな自分に違和感を感じない事に少し驚いていた。
桔梗と玲司は番だ。しかしそれは桔梗の記憶に殆どなく、知ったのは番った後の事だった。
意識が朦朧としていたとはいえ、目の前のアルファである玲司が、自分の番だという事実は、周囲の説明で理解はしていても、心が追いついていない状況だった。
だから玲司は不安定な桔梗を常に労わり、とても大事にしてくれる。それが桔梗の罪悪感に拍車がかかり堂々巡りを繰り返していた。
こんなんでは駄目だと自覚はしつつも、玲司の優しさに甘えてしまっている。
いつか心が彼へと追いつけばいいと、胃に優しい温かい麦茶を飲みつつ決意を新たにしていた。
朝食を終えた後、二人は店と裏庭で育てているハーブや野菜を台風から守る為にネットで覆ったり、ベランダに置いてある桔梗専用のウッドチェアを取り込んだりと慌ただしく時間が過ぎていった。
時間の経過と共に外は夕方前だというのに暗く、大粒の雨粒が窓硝子を叩いている。
「あ」
と、店の冷蔵庫を前に玲司が小さく声をあげ、何事かと顔を覗かせる。
「どうかしました?」
「いえ。今日店を開ける予定だったので、それ用に準備していた食材をどうしようかと」
玲司にしては珍しく困ったような顔をしていて、桔梗はひょっこりと冷蔵庫の中を窺う。
中にはきのこ数種と、ベーコンの塊、ロメインレタスに牛肉のブロック肉。あとは常備野菜の日持ちするものが数種類。
きのこもレタスも水分量がそれなりにあるので、自宅使用する分には問題ないけど、店に出すにはアウトなのだと、玲司が説明してくれる。
「うーん。きのこと牛肉のアヒージョ、ロメインレタスのスープとかどうですか?」
「そうですね。後は日持ちするものばかりですし、自宅にある材料と合わせて、秘密のパーティでもしますか?」
「秘密のパーティ……ですか?」
「ええ。まだ桔梗君の歓迎会もしてませんし、美味しい物を食べましょう」
そう、玲司は揚々と材料を出していき、そんな彼の背中を見て、少しだけ気持ちが高揚するのを感じていた。
にんにくと唐辛子がアクセントになったオイルを吸ったきのこのアヒージョ、くったりと煮込まれたレタスと、わざわざ玲司が挽肉にしてくれた牛肉のボールがはいったスープはビーフブイヨンで煮込んであるからかあっさりしつつも濃厚で、バゲットのパンプティングは食後のデザートとして出してくれるそうだ。
テーブルに明かり代わりの蝋燭がゆらゆらと室内を揺らす中で食べた食事は、桔梗が玲司と出会うまでに食べた物の中で一番美味しかった。いつもは食欲のない桔梗の為に比較的あっさりした食事が多いものの、余りの美味しさに食べ過ぎてしまったと感じるが、手が止まらないのだから仕方がない。
暗いからと隣に玲司が居たからだろうか。いつもより彼のフェロモンを強く感じる。
心はまだ記憶に追いついてないけど、玲司の匂いが傍にあるだけで安心するのを、ゆっくりでもいいから受け入れれたらと思う。
にんにくの効いたオイルがたっぷり染み込んだマッシュルームを堪能しながら、外の台風の襲来をBGMに穏やかな時間を過ごしたのだった。
唐突に玲司が発する言葉に、桔梗はレンゲを持ったまま首を傾げると「冷めてしまいますよ」と玲司に指摘され、慌てて白い陶器の器にある中華粥にレンゲを差し込む。干し海老と帆立のスープで米からじっくり煮込まれた粥はうっすらと塩味で、出汁の旨味を吸った米は口に入れるだけで芳醇な味と香りがふわりと広がる。
トッピングで入れたささ身肉はしっとりで、刻んだ搾菜もコリコリしていて口の中が楽しい。
同じように玲司も粥を口に運んでいる。
彼はシンプルに、油条とダイニングの窓辺で育てているパクチーの組み合わせ。それと空芯菜とエリンギの炒め物を黙々と食べていたが、桔梗は玲司が発した言葉を再度尋ねる。
「お店、おやすみするってどうしてですか?」
子供茶碗程度の粥を食べ終えた桔梗は、不定期とは言えども週末は必ず開店していた『la maison』を臨時でも休む事に疑問が出てしまったのだ。
趣味とはいえども、玲司は決めた事をさぼったりするなど怠惰な人間ではないと、知っていたから。
「開けてもいいんですけど、多分酔狂でない限りは外に出る人はいないと思いますよ」
と、玲司は不意に窓の外に視線を向ける。彼に合わせて桔梗も窓へと目を移す。今にも降り出しそうな曇天の雲が勢いよく流れていくのが見える。それを見て、桔梗は漸く合点がいった。
「ああ……確か台風が来てるんでしたっけ」
「ええ。秋の台風は夏に比べると強力だそうですし、お客様の安全面を考えて今日はおやすみに。どちらにしても、常連さんばかりだから、この天候を見てお休みすると気づいている事でしょう」
「そうだったんですね。いきなり臨時休業って言うからビックリしました」
ほわり、と桔梗が笑み崩れると、玲司も同様に顔をほころばせる。
穏やかな会話と時間。
すっかり今の生活に慣れたなと思うと共に、そんな自分に違和感を感じない事に少し驚いていた。
桔梗と玲司は番だ。しかしそれは桔梗の記憶に殆どなく、知ったのは番った後の事だった。
意識が朦朧としていたとはいえ、目の前のアルファである玲司が、自分の番だという事実は、周囲の説明で理解はしていても、心が追いついていない状況だった。
だから玲司は不安定な桔梗を常に労わり、とても大事にしてくれる。それが桔梗の罪悪感に拍車がかかり堂々巡りを繰り返していた。
こんなんでは駄目だと自覚はしつつも、玲司の優しさに甘えてしまっている。
いつか心が彼へと追いつけばいいと、胃に優しい温かい麦茶を飲みつつ決意を新たにしていた。
朝食を終えた後、二人は店と裏庭で育てているハーブや野菜を台風から守る為にネットで覆ったり、ベランダに置いてある桔梗専用のウッドチェアを取り込んだりと慌ただしく時間が過ぎていった。
時間の経過と共に外は夕方前だというのに暗く、大粒の雨粒が窓硝子を叩いている。
「あ」
と、店の冷蔵庫を前に玲司が小さく声をあげ、何事かと顔を覗かせる。
「どうかしました?」
「いえ。今日店を開ける予定だったので、それ用に準備していた食材をどうしようかと」
玲司にしては珍しく困ったような顔をしていて、桔梗はひょっこりと冷蔵庫の中を窺う。
中にはきのこ数種と、ベーコンの塊、ロメインレタスに牛肉のブロック肉。あとは常備野菜の日持ちするものが数種類。
きのこもレタスも水分量がそれなりにあるので、自宅使用する分には問題ないけど、店に出すにはアウトなのだと、玲司が説明してくれる。
「うーん。きのこと牛肉のアヒージョ、ロメインレタスのスープとかどうですか?」
「そうですね。後は日持ちするものばかりですし、自宅にある材料と合わせて、秘密のパーティでもしますか?」
「秘密のパーティ……ですか?」
「ええ。まだ桔梗君の歓迎会もしてませんし、美味しい物を食べましょう」
そう、玲司は揚々と材料を出していき、そんな彼の背中を見て、少しだけ気持ちが高揚するのを感じていた。
にんにくと唐辛子がアクセントになったオイルを吸ったきのこのアヒージョ、くったりと煮込まれたレタスと、わざわざ玲司が挽肉にしてくれた牛肉のボールがはいったスープはビーフブイヨンで煮込んであるからかあっさりしつつも濃厚で、バゲットのパンプティングは食後のデザートとして出してくれるそうだ。
テーブルに明かり代わりの蝋燭がゆらゆらと室内を揺らす中で食べた食事は、桔梗が玲司と出会うまでに食べた物の中で一番美味しかった。いつもは食欲のない桔梗の為に比較的あっさりした食事が多いものの、余りの美味しさに食べ過ぎてしまったと感じるが、手が止まらないのだから仕方がない。
暗いからと隣に玲司が居たからだろうか。いつもより彼のフェロモンを強く感じる。
心はまだ記憶に追いついてないけど、玲司の匂いが傍にあるだけで安心するのを、ゆっくりでもいいから受け入れれたらと思う。
にんにくの効いたオイルがたっぷり染み込んだマッシュルームを堪能しながら、外の台風の襲来をBGMに穏やかな時間を過ごしたのだった。
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