はぴまり~薄幸オメガは溺愛アルファのお嫁さん

藍沢真啓/庚あき

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happy2

13:家族

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 穴があったら今すぐにでも埋まってしまいたい……!

 昼近くに目が覚めた桔梗は、起きた瞬間に恥ずかしさで逃げ出したくなっていた。

(あぁっ! 玲司さんの実家で何盛ってんだ、俺は!)

 実際は実家ではなく別邸なのだが、ツッコミを入れてくれる筈の実兄もいない。何故か番の玲司も不在の中、桔梗はベッドの上で頭を抱えていた。

 入籍してから二ヶ月近く。十二月に入るまでは、毎日毎夜とはいかなかったものの、蜜月期で割と頻繁に玲司と肌を重ねていた。
 手垢のついていない純真な桔梗の体は、玲司の巧みな愛撫によって日々開発され、ある意味、玲司だけに反応する体となったのだ。
 つまり、どれだけ優しくされようが激しくされようが、玲司以外には濡れなければ、勃起すらしないという体に。世の中のアルファが聞いたら、理想的な番の痴態に、ハンカチを噛み締めて羨ましいと叫ぶ状況である。

 その開発された体も、十二月になってからは、玲司が経営する『La maison』のクリスマス特別ディナーの為に触れられる事はなかった。
 実際、玲司も桔梗も自分たちの欲を満たす程、精神的余裕がなかったのだ。
 桔梗はまだ病み上がりなのもあり、比較的肉体疲労はなかった。だがディナーメニューを一緒に考えたり試食を無理ない程度にしたり、飾り付けをしたりと忙しく、玲司も日々味や飾り付けの探求で疲れ果てていた。ある意味この時期の二人の頭にはクリスマスというワードに脳内を埋め尽くされていた状態だった。

 だから反動で箍が外れた昨夜は、思い返すと色々アレだったと撃沈していたのである。

 普通、発情ヒート期間は、番がいない場合は発情抑制剤を飲んで、ひたすら津波のように来る淫欲に耐え続けるしかない。
 性欲の薄い桔梗であっても、発情時は後孔がしとどに濡れ、いつまでも埋まらないソコがひくひくと疼き続ける。特に酷い時にはどれだけ陰茎を擦って射精しても、満たされなくて狂いそうになるものだ。オメガという性を何度も恨めしいと思ったことか。
 発情ヒート時専門の性風俗があるのを知ってはいたが、そこまで酷くなかったのと、もし父親にそんなものを利用したと知られたら何があるか分からなかった為、知識として知っていた程度だった。

 そんな自分が通常であそこまで乱れるとは。
 しかも発情時は記憶が完全に飛んでしまうのに反して、昨夜の行為の殆どを記憶していたのである。
 結果、ベッドの上で悶絶する状況だった。

「あぁ……何やってんの、俺は……あんな……あんな……」

 トロトロになって玲司を誘い、挙げ句のはてには自ら玲司に跨って腰を振り、玲司の精で膨らんだお腹を撫でながらうっとりしたり。
 玲司の目の前で彼の蜜を指に絡め、ねっとりと見せつけるように舐めてみせたり。
 奥深くで種を蒔いて欲しくて、玲司の腰に足を絡ませて自分へと引き寄せたり。
 痴態の限りが脳裏を駆け巡り、桔梗はのたうち回った。

「うわぁぁ……っ」

 まさか自分が性に開放的なタイプになるとは思ってなかった。でも……

(久しぶりなせいか、物凄く気持ちよくて、何度もねだっちゃったんだよなぁ)

 内壁をぎっちり満たす剛直も、ゴリゴリと前立腺を削るカリ高な先端の摩擦も、子宮口で感じた飛沫の熱も、自分が玲司に染められていく感覚が心地よかった。

(今日はこの後ホテルに年明けまで宿泊するって話だし、やっぱり……する、んだろうな)

 気持ちいいけども、あんなに乱れに乱れた自分を見せるのは恥ずかしい。だけど愛されてる実感を得るのは嬉しい。

「やっぱり、抑制剤飲んでおいたほうがいいのかも」

 起きた時に、ナイトテーブルに開封済のペットボトルと、PTP包装シートの欠片が放置されていた。あれは桔梗が医師の藤田から処方されていた避妊薬の方だった。
 大量の服用は禁止されていた為、旅行中に発情ヒートが起こらないよう、念の為に抑制剤の処方もしてもらっていたのだ。しかも寒川製薬の薬だから、前に使っていた抑制剤よりも反動がなくて、なおかつ効果も高い。おかげで体調も以前よりも良くなっていた。
 玲司は桔梗はヒートになっても構わない……というか、むしろ喜々として世話をやいて桔梗を満たしてくれるだろうが、せっかくの旅行でベッドだけの思い出しかないのは辛い。個人的に。

 それに、プレ新婚旅行で妊娠というのも避けたいところだ。そもそも自分が子どもを妊娠する姿が想像できない。
 長年アルファとしての教育を受けていた弊害なのだろう。

「せめて、あと二年くらいは二人で過ごしたいな」

 子供は授かりものというが、お互いが納得し、安定した中で産みたい。
 そして、バース性がどれであろうとも、大事に、愛を注いであげたい。
 自分が、玲司が、形は違えども、無縁だった分だけ、子供にはそれ以上に慈しんで子育てをしたいから。

 その為にはやはり薬を飲んでおこうと、ベッドから降りたものの、腰に力が入らず、ヘタリと床に座り込んでしまう。原因はいわずもがな、昨夜の行為のせいだ。

「……これはもしや、玲司さんに抱っこ案件なのでは」

 これはマズイ。このままなし崩しにベッドの住人になる気配が濃厚になる。
 それでは場所が変わっただけになってしまう。

 なんとか上半身は何事もなかったので、ほふく前進で荷物が入っているキャリーバッグへと向かう。
 ズリズリズリと腕の力だけで進んでいると、カチャリと扉の開く音が聞こえ「桔梗君?」と番の窺うような声が聞こえ、全身が固まる。
 桔梗は「あははは」と乾いた笑いしかできなかった──


「僕が来るまで待ってたら良かったのに……」
「うぅ……すみません」

 桔梗は玲司に捕獲されたあと、横抱きされたまま移動したソファに座り、温かいさつまいものリゾットを食べながら猛省していた。
 玲司と出会った頃も体力がなくて頻繁に抱えられて移動をしていたが、原因が原因だけに今の方が恥ずかしい。
 それでも人間というのは慣れる生き物らしい。玲司の膝の上で給餌されても、普通に対応できている。

「それに、お薬を飲むのなら、空腹時はダメですからね」
「ほんとに、なにからなにまで」

 お腹に優しいリゾットをもぐもぐと口に入れながら、窘めてくる玲司が優しくて、泣きそうになる。
 中学を卒業してから玲司と出会うまで。体調が悪くなっても自己治癒力に頼り、発情の時には限界ギリギリまで薬を飲んでは、治まるまで布団の中で自分で満たすしかなかった。
 それが今では体調が少しでも悪くなれば、医師の藤田が診察をしてくれ、体と心に優しい食事が出てくる。本格的な発情も玲司と番になってからまだ訪れてないものの、番を得ると楽になると訊いていたので、きっとこれまでとは比較にならない程短く済むのではないかと思う。

「いいんですよ。昨日は僕も随分無理をさせちゃいましたから」
「……っ」

 ふわりと頭の上に乗った手が緩やかに撫ぜたものの、玲司から発せられた言葉に、桔梗はリゾットを喉で詰まらせてしまう。
 ごほごほと噎せながら、昨夜の痴態が脳裏に流れ、顔だけでなく首も真っ赤に染まる。番の羞恥する姿に玲司も昨夜のことを思い出したのか、目元をうっすらと朱に染めながら、ゴホンと小さく咳をする。
 妙にいたたまれない雰囲気の中、小さく扉を叩く音が聞こえ、ピンク色になりかけた空気が一気に散ったのだった。

『玲司さん? こちらにいらっしゃいますか?』

 扉の向こうから聞こえたのは、ここの家政を担う香織の声だった。


 食事を終え、念の為にと発情抑制剤を服用した桔梗は、玲司に手伝ってもらいながら着替えを済ませ、薔子がいる私室へとひとりで向かう。腰のだるさも湿布を貼ったおかげで随分と楽になった。
 というのも、先程現れた香織は荷物を運び出す件についてと、桔梗と二人で話したいという薔子の伝言を伝えに来たのだ。

 最初は渋面していた玲司だったが、香織から「渡したいものがあるから」と薔子の伝言を聞き、それならすぐに用件が終わるだろうと判断したらしい。渋々ながら送り出してくれた。確実に早く終わらせないと、昨日のように乗り込んでくる可能性もあるため、無駄話にならないようにしなくてはと心に留め置く。

 薔子の部屋の前に辿り着いた桔梗は「桔梗です」とノックののちに声をかける。間を置かず「どうぞー」と軽やかな声が返ってきて、少しだけ緊張しながらドアノブを回した。

「ごめんねー。出発前の慌ただしい時に。……って、なんだかへっぴり腰になってるけど、どっかで転んだのかしら?」
「……いえ、これはなんでもないのでお気になさらずに」

 口元をひくつかせ弁明した桔梗だったが、どうやら薔子にはその原因が判明したらしく、にやっと唇を釣り上げる。その姿はどう見ても女王様にしか見えない。
 義兄弟たちが彼女を『女帝』と言うのがわかる気がした。

「まあ。それは大変だったわね、とだけ言っておく事にして。……私があなたを呼んだのは、これを渡したかったからなの」

 窓を背に執務机に座っていた薔子は、引き出しから一枚のカードを出して盤面に置く。

 銀色の薔薇が箔押しされたカードには、寒川薔子、と名前だけが印刷され、コーティングされた紙片は見た目よりも硬い。

「これは?」

 名刺と呼ぶには簡素で、カードと呼ぶには用途が分からない桔梗は、首を傾げながら薔子に問いかけた。

「これはね、完全に桔梗君がうちの子になりましたよ、って周囲に知らせる免罪符みたいなもの。これがあなたのお父上にどこまで通用するか分からないけど。もし、自分でも玲司でもどうにもならなくなった時に使いなさいな。桔梗君なら絶対に悪用しないだろうしね」

 音がしそうな睫毛が囲った瞳をパチリとウインクさせ、手渡してくるカードを、桔梗は震える手で受け取る。
 これは実質、薔子が──寒川家が桔梗を家族と認めた証だ。

「ありがとう……ございますっ」

 カードを胸に抱き締め、深々とお辞儀をする桔梗に、

「やめてよー。桔梗君はもううちの子なんだから、そんな改まってお礼言われちゃうと、お母さん困っっちゃう。それに、お礼言うのはこっちよ。寒川の生涯独身の内ひとりが片付いてくれたんだもの。それも一番厄介な玲司が、よ?」
「はぁ」

 薔子は今にも踊りそうな程の喜びでそう言っているが、桔梗は総一朗なのか凛なのか気になるところだ。あえて口にしなかったが、まさか二人ともはないだろう。

「あの子にも寒川の会社をひとつ任せてるんだけど、カフェバーの経営が面白いらしくて、基本そっちは代理に任せっぱなしなのよね。桔梗君、前の会社では優秀な営業さんだったんでしょ。玲司が許せばだけど、そっちの会社も手伝ってくれると嬉しいわ」
「……は?」
「え?」
「会社……ですか?」
「もしかして知らなかった?」
「ええ」

 突然落とされた爆弾発言に、まだまだ自分は玲司を知らなかったと撃沈したのだった。




「それじゃあ、気をつけて行ってらっしゃいね。今度は向こうでも会いましょー」
「今度色々持ってそっちに行くから。一緒に遊ぼうね、桔梗さん」
「玲司に桔梗さん。また店に行くからよろしく」
「あ……、は」
「来なくていいです。桔梗君には会わせませんし、遊ばせません。というか、凛。来てもご飯は出ないのでそのつもりで。あと、総一朗兄さんと薔子さんは突撃で来たら、速攻締め出しますからね」
「「「ええー、ケチー」」」

 薔子、総一朗、凛の順で見送りの言葉を掛けてくれたので、桔梗が反応する前に遮られた玲司の言葉は辛辣で、家族なのにいいのかなぁとハラハラする。
 しかし玲司の塩対応に慣れてるらしい三人は、文句を口にしながらもどこ吹く風で受け流す。玲司は深々と嘆息を漏らし、思わず桔梗は笑みが零れた。

 これから二人は年越しを経ての松の内までの九日間、別邸から車で三十分程走った場所にある保養地のホテルで、プレ新婚旅行を過ごす予定だ。
 どうやら玲司はすでに、本番の新婚旅行先を決めているらしく、今回は期間も短いのと、こちらに挨拶を含めているとの事で、プレ新婚旅行と名付けたみたいだ。
 ちなみに本番の新婚旅行先は、玲司が留学していたフランス。ホテル滞在もあるが、基本的には郊外に家を借りて、のんびりと時間を過ごそうと提案された。
 部屋ではなく家……
 しかも期間も一ヶ月ほど。
 当初聞かされた時には、今回のプレ新婚旅行を本番にすればいいと遠慮したのだが、どうしても連れて行きたい場所があるからと、半ば強引に押し切られ、春になったら行くことが決まった。時々押しの強い番に、桔梗はドキドキしっぱなしだ。

 そんな桔梗を横目に見て微笑んだ玲司は、総一朗がレンタルしてくれた4WD車のエンジンを噴かし、一路プレ新婚旅行へと出発したのだった。




「……」
「……」
「……で、総一朗。香織の娘の方はどうなってるの?」

 薔子は雪煙の中小さくなっていく車の影を見送り口を開く。

「それな。昨日、香織さんが一度様子を見に自宅に帰ったら、貴重品と少しの荷物だけを持ち出して、本人は不在。後から詳細と謝罪をしたいから時間を作って欲しいって言ってた」
「……そう。やっぱりカードを渡して正解だったかもね。だって、息子の番という身内に手を出すんだもの。私が暴れてもしょうがないわよね」
「まあ、僕には関係ないけど。でも、そろそろベータ業界にも進出したいなって考えはあるけども」
「さりげなく実験体を要望するんじゃない」

 凛の言葉に総一朗はため息をつく。

「ま、なにはともあれ、香織さんに話を聞いて、状況によっては念書も書いてもらわくちゃ。縁は切れても戸籍は切れないからねぇ」
「うちの母ながら怖いから。……というか、桔梗君も難儀な人間に好かれるよなぁ」

 思わず義弟の番を思い、遠い目になった総一朗だった。
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