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happy1
2:発情《ラット》*
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ガシャン、と金属の擦れる音が聞こえ、寒川玲司《れいじ》は、グラスを拭く手を止め顔を上げる。
「こんな大雨の日にお客様……でしょうか」
玲司は首を傾げながらも、くもり一つないグラスを棚に戻し、自らがオーナーを勤めているカフェ&バー『la maison』のカウンターから抜け、店舗入口になっている扉へと近づく。
このまま集客もないし、ついでに閉店してしまおうと決め、玲司は扉を開く。
数年前に鄙びたアパート跡地を利用して建てた『La maison』は、店舗は平屋で背後の自宅は三階建てという、自分の理想を具現化した場所だった。
立地条件は悪くない。しかし玲司のこだわりが強すぎるのか、はたまた何か原因があるのか、気づけば人間よりも閑古鳥が多い店――つまりは暇な店となっていた。
今は一人の為、節約としていつもより照明を落としているものの、漆喰の白い壁と、自然木をふんだんに使用したテーブルも扉も、北欧からわざわざ取り寄せたものだ。二人掛けのテーブル席が三席、奥は壁一面をミントブルーにグレイのラインが腰あたりに一本引かれているのは、そっちはソファ席で、目線を低めにしたかったからである。
ソファは生成りの落ち着いた色味を使用し、ローテーブルは焦げ茶のしっかりした物を使っている。ゆったり腰を据えて飲まれたいお客様にはとても好評だ。
カウンターは壁と同じ漆喰に一枚板を使用したもの。傷が付かないようにコースターやマットが欠かせないけど、個人的にはそう苦でもない。
玲司はカウンターと同じく一枚板を使用し、一部をスリット状に硝子を嵌め込んだ部分から様子を窺う。
アプローチとして敷いた煉瓦がすっかり水を被って、黒い波に揺れる。これは露地植えした庭のハーブたちも影響が出るだろうと思い、頭の中でガーデナーに連絡しようとメモを取る。
住宅街の、しかも特に宣伝等していないカフェバーに泥棒が入る酔狂はないとは思いつつも、警戒心は大事だと自分に言い聞かせる。決してビビリではない。齢三十過ぎの男がビビリとか、決して吹聴していいものではない。
細長い視界に広がるのは、短いアプローチの左右に玲司が植えたハーブ類が水に濡れて揺れている。低い生垣は金木犀で、これは店の雰囲気に合わないと思っていたものの、実母が好きだった植物なので、植える事にした。秋になると甘やかな匂いがお客様を誘ってくれる。
ただし、花の時期はまだのため、今は深い緑色の葉を茂らせただけではあるが。
「──誰か、いるんですか?」
玲司は意を決して扉を開く。来客を知らせる為のカウベルが軽やかに鳴る。
外は依然土砂降りで、入口には庇があるものの、この勢いでは殆ど意味を成さない。
「す、すみませんっ。な、な、なんでもありませんからっ」
雨音に混じり門扉のある方から焦ったような青年の声が聞こえる。やはり人が居たようだ。
こちらからはうっすらとシルエットが浮かんでるのが、目を眇めないと分からないがかなり華奢な人物のようだ。きっと自分よりも随分年下なのだろうと認識する。
切羽詰まった声しか判断できないが、個人的には耳当たりの良い声だな、と玲司は思った。接客向けの雑味のない、とても良い声をしている。
と、ぼんやりと関係ない方向へと思考を傾けていると、ガシャン、ビシャ、と続けて大きな音がした。玲司がそちらへ浮遊していた意識を向けると、直線と曲線が美しく配置された鉄扉に凭れるように、青年が倒れ込んでいるのを認める。
「君!?」
玲司は咄嗟に外へと飛び出し、青年の元へと駆け寄る。だが。
「……ぅっ」
慌てて華奢な体を抱き起こすと、途端に甘く魅惑的な香りが青年から立ちのぼり、玲司の鼻腔だけでなく脳内までも侵食する。甘く、蠱惑的な、アルファを魅了するオメガの香り。
(まさか、オメガのヒート?)
なぜヒート状態のオメガが、こんな豪雨の中で現れたのか。彼はいったいどこから来たのか。もしかして誰かに襲われそうになったのを逃げてきたのだろうか。疑問は次から次へと湧くものの、今はそれどころではないと玲司は疑問を頭から追い払う。
紙のように白い顔、紫に染まった唇は薄く開き、はあはあと小刻みな呼吸を繰り返すばかり。それだけなら、ただの病人として処置すればいいだけなのだが、今玲司の腕の中に居るのは、発情状態に苦しむオメガだった。
オメガには苦い思い出しかない玲司は、一瞬だけ放置すればいいのでは、と悪魔が囁く。
(いや……ダメだ。でも、どうしたら……)
このまま投げ出すのは人として如何なものか。かといってこの青年を家に連れて行くのも躊躇いが勝つ。ただでさえ彼の匂いで頭が酩酊しだしているのだ。玲司の理性が持つかも怪しい。
咄嗟に息を止めたおかげで、まだ薄ぼんやりとしているだけで済んでいるものの、たった少しだけ匂いを嗅いだだけでも、アルファの本能が鎌首をもたげるのを感じる。
「そういえば」
ふと玲司は何かを思い出したように呟く。
もう少しだけ我慢してくださいね、と意識のない青年へと声をかけ、玲司は青年を抱き上げると、店へと引き返したのだった。
店の奥にある自宅へと入り、階段で三階にある自室へと一気に駆け上がる。家庭用エレベーターがあるが、基本的には階段の利用が多いのもあり、自然と足が階段に向かっていた。
「ぁ……う……」
こんな時には、アルファで良かったと思うも、微かに息をするだけでも脳を蕩かすような、オメガのフェロモンに酔ってしまいそうになる。
ダメだ、ダメだ、と自分に言い聞かせ、寝室に飛び込むと、半ば投げ出すようにして青年をベッドへと押し込んだ。それから窓という窓を開けて匂いがこもらないようにする。正直こんなことをしても意味をなすか分からなかったが、なにもしないよりかはマシだろう。
玲司はすぐさま廊下を出て、正面にある浴室から大量のバスタオルを持ち込み、青年の濡れた髪を丁寧に拭く。暗い場所では黒髪だと思っていたが、明るい場所で見たら、少し薄めの焦げ茶色だったらしい。柔らかそうな髪はぺったりと額に張り付き、乾いていたらきっとふわふわして触り心地が良さそうだな、とうっとり眺めていたが、すぐに我に返る事ができたのは、先程よりもフェロモンの甘い香りが際立っていたからだ。
「すぐに抑制剤を用意しますから」と、玲司は立ち上がって立ち去ろうとしたが、くん、と服を引っ張られ、思わずたたらを踏む。
「え?」
何事かと肩越しに振り返ると、着ていた白いシャツが掴まれており、視線を辿れば犯人はオメガの青年だった。
「は、離してくれませんか」
そう声を掛けて、振り切ろうと身じろぐも、青年はまるで命綱を掴むようにがっちりと握っていて、男性にしては細い手の中のシャツは見事に皺になっている。
オメガにしては力強い。自分は藁に見られているのだろうか。
(困ったな。このまま同じ部屋に居たら、フェロモンに充てられて発情してしまうか分からないのに……)
玲司は困惑するものの、シャツが人質のせいで数歩先から動けない。
離してくれと懇願する玲司に、青年はいやいやと首を振る。押し問答が続き、玲司は困惑する。
もう少し冷静になっていれば、ひとまずシャツを放棄して、寝室から脱出すれば良いだけの話なのだが、この時の玲司は自分は大丈夫だと思ってたものの、完全に青年のフェロモンに侵食されていた。
「……で」
「……はい?」
三十三歳の大の男が右往左往していると、青年が何か呟いた気がして、咄嗟に応じてしまう。
「いか……ない、で。そばに……いて」
たどたどしく呟く青年は、うっすらと目を開き、じっと玲司に視線を注ぐ。ヘイゼルの中にグリーンが混じった双眸は情欲に濡れ、まだ色の失せた唇は吐息でしっとりと艶めいている。ぽろりと頬を伝う涙は水晶のように純粋で、クラリと目眩が襲ってくる。
ストイックにネクタイを締めた首筋からはぶわりと甘い香りが湧き立ち、玲司の思考を奪っていく。
「おねが……い」
ああ、もう我慢できない。
玲司のなけなしの理性はこの時にプツリと途切れ、シャツを掴む青年の手首を掴むと、覆いかぶさるようにして、苦しげに喘ぐ唇を奪っていた。青年のフェロモンに惹かれるように、玲司のフェロモンも青年を誘うように匂い立つ。雨の匂いをかき消すようにふたつの匂いが折り重なり新しい匂いを紡ぐ。
「ふ、んっ……あ……ぅんっ」
ぐちゅぐちゅと青年の口内を貪り尽くす。綺麗な並びの歯列をぞろりと舐め、口蓋も弾力のある頬肉も丹念に舌を這わせ、舌の付け根を舌先で擽れば、腕の中の青年は息苦しさに喉を反らす。
互いの舌を絡み合わせ、唇で青年の舌を扱けば、ビクビクと体を痙攣させ、また匂いを強くする。
「もっと……もっとつよく、して。おねがい……からだが……あつい……」
甘い。青年の匂いも、舌の感触も、唾液も全てが甘露のよう。
これまで、玲司は多少とはいえ、恋愛経験もしたし、肉体的交流を交わした事もあるが、青年のように、体液が甘いとは感じた事はなかった。
男性オメガとも、ひとりだけ肌を合わせた事もある。しかしあの時ですらもっと冷静になれたし、ここまで狂いそうに酔いしれるなんて経験したことがない。
(まさか……運命の番……とか。いや、まさか、そんな事はないはずだ。あれは都市伝説的もので、天文学的な確率でしか出会えないという噂……)
一瞬、青年が『運命の番』なのかと訝るも、そんな予想は脳裏から追い出す。そんな簡単に運命に出会えるなんて、この世は運命の番だらけになる。
あれは空想の……アルファとオメガの夢なのだと、玲司は自分に言い聞かせた。
(ああ、でも、この子は甘くて、余計な考えが霧散しそうで。甘くて、甘くて、体の隅々まで舐めてしまいたい……)
玲司はドロリと欲情に塗れた頭で、青年のネクタイを解き、シャツのボタンを一つずつ外していく。ジャケットはびしょ濡れで、ぐったりとした青年の腕から引き抜くと、無造作に床へと放った。
軽く唇を啄むようなキスをして、玲司の唇は青年の細い顎からうっすらと赤く色づく首筋へと降りていく。くん、と鼻をヒクつかせれば、濃厚な甘美で可憐な芳香が流れ込んでくる。今はまだその時ではないと本能が告げているのか、痩せて筋の張るそこを舌でねっとりと舐め、時折唇で甘噛みを繰り返した。
「綺麗……ですね」
露わになった青年の白い胸に指を這わせると、青年はビクリと体を震わせる。彼が欲情しているのは、ぷっくりと充血した胸の尖がりが証明しており、玲司は躊躇う事なく、青年の胸の果実へと舌を延ばした。
「あっ、んぅ」
意識が殆どなくとも、愛撫に反応している姿がいじましい。
玲司は自分の意識の大半が動物的本能に侵食されていても、青年を愛おしいという感情だけはずっと残っていた。
初めて会ったというのに変な話だ。
だが、僅かな疑問も、青年の美味しそうな肢体を前にしては、体も心も抗えなかった。
片側の尖がりを乳暈ごと口ですっぽり覆い、じゅっと吸い付くと、舌先で小刻みに小さな膨らみを刷く。残った方も指で摘んで、扱いて、指の腹でクリクリと弄る。
ぷっくりと熟れた小さな果実を舌で転がすと、あえかな声がとぎれとぎれに零れてくる。男性オメガは妊娠すると乳腺の発達で母乳が出るという。玲司は指先の間で主張するもうひとつの赤い粒を絞るように揉む。
その度に青年はビクビクと震え、腰を玲司に押し付けてくるのだ。青年のソコは既に熱を持って硬くなっており、確かな質量を玲司の大腿が感じ取る。
すりすりと縋ってくる濡れたスラックスを纏った脚が、玲司の腰をゆるりと撫で、清廉な青年が見せる艶めく行動に、玲司はコクリと唾を飲み込んだ。
発情状態でなければ、もう少し大人として対応できただろう。
理想的なのは、家に保管してある緊急抑制剤を投与する。同意であればアルファの精液をオメガの子宮へと注げばヒートは落ち着く。それが無理なら、果てないヒートのオメガの性欲を発散させるべきだ。本当は今すぐにでも青年から離れ、医師の指示をあおぐべきなのだ。
だが、発情の玲司が選んだのは、一番最悪で、最低な行為だった。
自然と青年のスラックスにあるベルトへと手を伸ばす。カチャカチャ金属音が玲司の逸る気持ちを表してるようで、余計に焦りで指が滑る。
それでも苦心してベルトを抜き、前立てのファスナーを下ろすと、濡れた下着が顔を出し、青年の怒張がはっきりと見て取れる。
玲司は下着ごとスラックスを剥ぎ、これもシャツと靴下と一緒に床へと投げ捨てると、べちゃりと濡れた不快な音が背後から聞こえた。
薄いグレイのシーツの上に、青年の肢体がくったりと横たわる。青年のオメガであるが故に成育していない陰茎は、与えられた愛撫に勃ち上がり、震えながら先端から蜜を零している。そこからも甘い匂いを撒き散らし、窓が全開だというのに青年の放つ匂いに囲まれる錯覚に陥る。
淡い焦げ茶色の髪が枕に散らばり、横向きで剥き出しになった項が、玲司の情欲を加速させる。
染みひとつない白い肌に、さっきまで散々弄り倒した乳頭がぷっくりと赤く色づき、まるで梅の蕾のようだ。
そして、足の付け根にある青年の赤みのある花芯はピクピクと震え、穂先を透明な蜜を滴らせて青年のフェロモンと同じ甘い香りで玲司を誘う。
「ごめんね。君の意思を無視する形になってしまって……」
最後まで残っていた理性が謝罪を告げ、剥離したと同時に全てを脱ぎ去った玲司は、青年のヒクリと蜜を零す先端へと舌を寄せた。
「こんな大雨の日にお客様……でしょうか」
玲司は首を傾げながらも、くもり一つないグラスを棚に戻し、自らがオーナーを勤めているカフェ&バー『la maison』のカウンターから抜け、店舗入口になっている扉へと近づく。
このまま集客もないし、ついでに閉店してしまおうと決め、玲司は扉を開く。
数年前に鄙びたアパート跡地を利用して建てた『La maison』は、店舗は平屋で背後の自宅は三階建てという、自分の理想を具現化した場所だった。
立地条件は悪くない。しかし玲司のこだわりが強すぎるのか、はたまた何か原因があるのか、気づけば人間よりも閑古鳥が多い店――つまりは暇な店となっていた。
今は一人の為、節約としていつもより照明を落としているものの、漆喰の白い壁と、自然木をふんだんに使用したテーブルも扉も、北欧からわざわざ取り寄せたものだ。二人掛けのテーブル席が三席、奥は壁一面をミントブルーにグレイのラインが腰あたりに一本引かれているのは、そっちはソファ席で、目線を低めにしたかったからである。
ソファは生成りの落ち着いた色味を使用し、ローテーブルは焦げ茶のしっかりした物を使っている。ゆったり腰を据えて飲まれたいお客様にはとても好評だ。
カウンターは壁と同じ漆喰に一枚板を使用したもの。傷が付かないようにコースターやマットが欠かせないけど、個人的にはそう苦でもない。
玲司はカウンターと同じく一枚板を使用し、一部をスリット状に硝子を嵌め込んだ部分から様子を窺う。
アプローチとして敷いた煉瓦がすっかり水を被って、黒い波に揺れる。これは露地植えした庭のハーブたちも影響が出るだろうと思い、頭の中でガーデナーに連絡しようとメモを取る。
住宅街の、しかも特に宣伝等していないカフェバーに泥棒が入る酔狂はないとは思いつつも、警戒心は大事だと自分に言い聞かせる。決してビビリではない。齢三十過ぎの男がビビリとか、決して吹聴していいものではない。
細長い視界に広がるのは、短いアプローチの左右に玲司が植えたハーブ類が水に濡れて揺れている。低い生垣は金木犀で、これは店の雰囲気に合わないと思っていたものの、実母が好きだった植物なので、植える事にした。秋になると甘やかな匂いがお客様を誘ってくれる。
ただし、花の時期はまだのため、今は深い緑色の葉を茂らせただけではあるが。
「──誰か、いるんですか?」
玲司は意を決して扉を開く。来客を知らせる為のカウベルが軽やかに鳴る。
外は依然土砂降りで、入口には庇があるものの、この勢いでは殆ど意味を成さない。
「す、すみませんっ。な、な、なんでもありませんからっ」
雨音に混じり門扉のある方から焦ったような青年の声が聞こえる。やはり人が居たようだ。
こちらからはうっすらとシルエットが浮かんでるのが、目を眇めないと分からないがかなり華奢な人物のようだ。きっと自分よりも随分年下なのだろうと認識する。
切羽詰まった声しか判断できないが、個人的には耳当たりの良い声だな、と玲司は思った。接客向けの雑味のない、とても良い声をしている。
と、ぼんやりと関係ない方向へと思考を傾けていると、ガシャン、ビシャ、と続けて大きな音がした。玲司がそちらへ浮遊していた意識を向けると、直線と曲線が美しく配置された鉄扉に凭れるように、青年が倒れ込んでいるのを認める。
「君!?」
玲司は咄嗟に外へと飛び出し、青年の元へと駆け寄る。だが。
「……ぅっ」
慌てて華奢な体を抱き起こすと、途端に甘く魅惑的な香りが青年から立ちのぼり、玲司の鼻腔だけでなく脳内までも侵食する。甘く、蠱惑的な、アルファを魅了するオメガの香り。
(まさか、オメガのヒート?)
なぜヒート状態のオメガが、こんな豪雨の中で現れたのか。彼はいったいどこから来たのか。もしかして誰かに襲われそうになったのを逃げてきたのだろうか。疑問は次から次へと湧くものの、今はそれどころではないと玲司は疑問を頭から追い払う。
紙のように白い顔、紫に染まった唇は薄く開き、はあはあと小刻みな呼吸を繰り返すばかり。それだけなら、ただの病人として処置すればいいだけなのだが、今玲司の腕の中に居るのは、発情状態に苦しむオメガだった。
オメガには苦い思い出しかない玲司は、一瞬だけ放置すればいいのでは、と悪魔が囁く。
(いや……ダメだ。でも、どうしたら……)
このまま投げ出すのは人として如何なものか。かといってこの青年を家に連れて行くのも躊躇いが勝つ。ただでさえ彼の匂いで頭が酩酊しだしているのだ。玲司の理性が持つかも怪しい。
咄嗟に息を止めたおかげで、まだ薄ぼんやりとしているだけで済んでいるものの、たった少しだけ匂いを嗅いだだけでも、アルファの本能が鎌首をもたげるのを感じる。
「そういえば」
ふと玲司は何かを思い出したように呟く。
もう少しだけ我慢してくださいね、と意識のない青年へと声をかけ、玲司は青年を抱き上げると、店へと引き返したのだった。
店の奥にある自宅へと入り、階段で三階にある自室へと一気に駆け上がる。家庭用エレベーターがあるが、基本的には階段の利用が多いのもあり、自然と足が階段に向かっていた。
「ぁ……う……」
こんな時には、アルファで良かったと思うも、微かに息をするだけでも脳を蕩かすような、オメガのフェロモンに酔ってしまいそうになる。
ダメだ、ダメだ、と自分に言い聞かせ、寝室に飛び込むと、半ば投げ出すようにして青年をベッドへと押し込んだ。それから窓という窓を開けて匂いがこもらないようにする。正直こんなことをしても意味をなすか分からなかったが、なにもしないよりかはマシだろう。
玲司はすぐさま廊下を出て、正面にある浴室から大量のバスタオルを持ち込み、青年の濡れた髪を丁寧に拭く。暗い場所では黒髪だと思っていたが、明るい場所で見たら、少し薄めの焦げ茶色だったらしい。柔らかそうな髪はぺったりと額に張り付き、乾いていたらきっとふわふわして触り心地が良さそうだな、とうっとり眺めていたが、すぐに我に返る事ができたのは、先程よりもフェロモンの甘い香りが際立っていたからだ。
「すぐに抑制剤を用意しますから」と、玲司は立ち上がって立ち去ろうとしたが、くん、と服を引っ張られ、思わずたたらを踏む。
「え?」
何事かと肩越しに振り返ると、着ていた白いシャツが掴まれており、視線を辿れば犯人はオメガの青年だった。
「は、離してくれませんか」
そう声を掛けて、振り切ろうと身じろぐも、青年はまるで命綱を掴むようにがっちりと握っていて、男性にしては細い手の中のシャツは見事に皺になっている。
オメガにしては力強い。自分は藁に見られているのだろうか。
(困ったな。このまま同じ部屋に居たら、フェロモンに充てられて発情してしまうか分からないのに……)
玲司は困惑するものの、シャツが人質のせいで数歩先から動けない。
離してくれと懇願する玲司に、青年はいやいやと首を振る。押し問答が続き、玲司は困惑する。
もう少し冷静になっていれば、ひとまずシャツを放棄して、寝室から脱出すれば良いだけの話なのだが、この時の玲司は自分は大丈夫だと思ってたものの、完全に青年のフェロモンに侵食されていた。
「……で」
「……はい?」
三十三歳の大の男が右往左往していると、青年が何か呟いた気がして、咄嗟に応じてしまう。
「いか……ない、で。そばに……いて」
たどたどしく呟く青年は、うっすらと目を開き、じっと玲司に視線を注ぐ。ヘイゼルの中にグリーンが混じった双眸は情欲に濡れ、まだ色の失せた唇は吐息でしっとりと艶めいている。ぽろりと頬を伝う涙は水晶のように純粋で、クラリと目眩が襲ってくる。
ストイックにネクタイを締めた首筋からはぶわりと甘い香りが湧き立ち、玲司の思考を奪っていく。
「おねが……い」
ああ、もう我慢できない。
玲司のなけなしの理性はこの時にプツリと途切れ、シャツを掴む青年の手首を掴むと、覆いかぶさるようにして、苦しげに喘ぐ唇を奪っていた。青年のフェロモンに惹かれるように、玲司のフェロモンも青年を誘うように匂い立つ。雨の匂いをかき消すようにふたつの匂いが折り重なり新しい匂いを紡ぐ。
「ふ、んっ……あ……ぅんっ」
ぐちゅぐちゅと青年の口内を貪り尽くす。綺麗な並びの歯列をぞろりと舐め、口蓋も弾力のある頬肉も丹念に舌を這わせ、舌の付け根を舌先で擽れば、腕の中の青年は息苦しさに喉を反らす。
互いの舌を絡み合わせ、唇で青年の舌を扱けば、ビクビクと体を痙攣させ、また匂いを強くする。
「もっと……もっとつよく、して。おねがい……からだが……あつい……」
甘い。青年の匂いも、舌の感触も、唾液も全てが甘露のよう。
これまで、玲司は多少とはいえ、恋愛経験もしたし、肉体的交流を交わした事もあるが、青年のように、体液が甘いとは感じた事はなかった。
男性オメガとも、ひとりだけ肌を合わせた事もある。しかしあの時ですらもっと冷静になれたし、ここまで狂いそうに酔いしれるなんて経験したことがない。
(まさか……運命の番……とか。いや、まさか、そんな事はないはずだ。あれは都市伝説的もので、天文学的な確率でしか出会えないという噂……)
一瞬、青年が『運命の番』なのかと訝るも、そんな予想は脳裏から追い出す。そんな簡単に運命に出会えるなんて、この世は運命の番だらけになる。
あれは空想の……アルファとオメガの夢なのだと、玲司は自分に言い聞かせた。
(ああ、でも、この子は甘くて、余計な考えが霧散しそうで。甘くて、甘くて、体の隅々まで舐めてしまいたい……)
玲司はドロリと欲情に塗れた頭で、青年のネクタイを解き、シャツのボタンを一つずつ外していく。ジャケットはびしょ濡れで、ぐったりとした青年の腕から引き抜くと、無造作に床へと放った。
軽く唇を啄むようなキスをして、玲司の唇は青年の細い顎からうっすらと赤く色づく首筋へと降りていく。くん、と鼻をヒクつかせれば、濃厚な甘美で可憐な芳香が流れ込んでくる。今はまだその時ではないと本能が告げているのか、痩せて筋の張るそこを舌でねっとりと舐め、時折唇で甘噛みを繰り返した。
「綺麗……ですね」
露わになった青年の白い胸に指を這わせると、青年はビクリと体を震わせる。彼が欲情しているのは、ぷっくりと充血した胸の尖がりが証明しており、玲司は躊躇う事なく、青年の胸の果実へと舌を延ばした。
「あっ、んぅ」
意識が殆どなくとも、愛撫に反応している姿がいじましい。
玲司は自分の意識の大半が動物的本能に侵食されていても、青年を愛おしいという感情だけはずっと残っていた。
初めて会ったというのに変な話だ。
だが、僅かな疑問も、青年の美味しそうな肢体を前にしては、体も心も抗えなかった。
片側の尖がりを乳暈ごと口ですっぽり覆い、じゅっと吸い付くと、舌先で小刻みに小さな膨らみを刷く。残った方も指で摘んで、扱いて、指の腹でクリクリと弄る。
ぷっくりと熟れた小さな果実を舌で転がすと、あえかな声がとぎれとぎれに零れてくる。男性オメガは妊娠すると乳腺の発達で母乳が出るという。玲司は指先の間で主張するもうひとつの赤い粒を絞るように揉む。
その度に青年はビクビクと震え、腰を玲司に押し付けてくるのだ。青年のソコは既に熱を持って硬くなっており、確かな質量を玲司の大腿が感じ取る。
すりすりと縋ってくる濡れたスラックスを纏った脚が、玲司の腰をゆるりと撫で、清廉な青年が見せる艶めく行動に、玲司はコクリと唾を飲み込んだ。
発情状態でなければ、もう少し大人として対応できただろう。
理想的なのは、家に保管してある緊急抑制剤を投与する。同意であればアルファの精液をオメガの子宮へと注げばヒートは落ち着く。それが無理なら、果てないヒートのオメガの性欲を発散させるべきだ。本当は今すぐにでも青年から離れ、医師の指示をあおぐべきなのだ。
だが、発情の玲司が選んだのは、一番最悪で、最低な行為だった。
自然と青年のスラックスにあるベルトへと手を伸ばす。カチャカチャ金属音が玲司の逸る気持ちを表してるようで、余計に焦りで指が滑る。
それでも苦心してベルトを抜き、前立てのファスナーを下ろすと、濡れた下着が顔を出し、青年の怒張がはっきりと見て取れる。
玲司は下着ごとスラックスを剥ぎ、これもシャツと靴下と一緒に床へと投げ捨てると、べちゃりと濡れた不快な音が背後から聞こえた。
薄いグレイのシーツの上に、青年の肢体がくったりと横たわる。青年のオメガであるが故に成育していない陰茎は、与えられた愛撫に勃ち上がり、震えながら先端から蜜を零している。そこからも甘い匂いを撒き散らし、窓が全開だというのに青年の放つ匂いに囲まれる錯覚に陥る。
淡い焦げ茶色の髪が枕に散らばり、横向きで剥き出しになった項が、玲司の情欲を加速させる。
染みひとつない白い肌に、さっきまで散々弄り倒した乳頭がぷっくりと赤く色づき、まるで梅の蕾のようだ。
そして、足の付け根にある青年の赤みのある花芯はピクピクと震え、穂先を透明な蜜を滴らせて青年のフェロモンと同じ甘い香りで玲司を誘う。
「ごめんね。君の意思を無視する形になってしまって……」
最後まで残っていた理性が謝罪を告げ、剥離したと同時に全てを脱ぎ去った玲司は、青年のヒクリと蜜を零す先端へと舌を寄せた。
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前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
発情期が終わらない病に罹ったアルファと、魔力相性が良いらしい【オメガバース】
さか【傘路さか】
BL
全8話/オメガバース、異世界ファンタジー、アルファ×オメガ、高位貴族で魔力の強いアルファ×貧乏貴族で魔術師のオメガ
いわゆる貧乏貴族の家に生まれたセルドは、人手不足により魔術師として実家の領地で暮らしていた。
ある日、学生時代の友人が領地を訪れ、高位貴族のオルキスが発情期が終わらない症状で苦しんでいると聞かされる。
この国では神殿に魔力を込めた特殊な石を預ければ、神殿の鑑定士が魔力相性のいいアルファを探してくれる。まだ石を神殿に預けていない貴族を対象に石を集めた結果、セルドが相性の良いオメガと判明したらしい。
症状の改善のため、アルファであるオルキスとの接触を要望され、実家への援助と引き換えに受ける。だが、離れに隔離されていたアルファは正気を失っているらしく、訪れるなり寝台へと引き摺り込まれる。
※妊娠についてのあれこれがありますので苦手な方はご注意ください。
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Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
イケメン幼馴染に執着されるSub
ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの…
支配されたくない 俺がSubなんかじゃない
逃げたい 愛されたくない
こんなの俺じゃない。
(作品名が長いのでイケしゅーって略していただいてOKです。)
初恋のアナタ
十雲 暁@応援宜しくお願いします♪
BL
◆オメガバースになります。
・スパダリな先輩《α》×不憫受け後輩《Ω》
高校の頃、最悪な形で終わったと思っていた初恋。
しかし、友達の代わりにα×Ω合コンへ出る事になった主人公はそこで初恋の相手と『仮の番』として契約する。二人の止まっていた時間が再び動き出す。
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