上 下
30 / 30
番外編

番外編13

しおりを挟む
「……つまり、月宮さんの元恋人の犯行である可能性が高い、と」
「先日も私の家に不法侵入して、部屋を荒らしてましたし、もしかしたら……」
「その件は、別の所轄の扱いになっているので、後ほど確認していただけますか?」

 メインフロントにある応接コーナーで、テーブルを挟んで座る刑事さんふたりは、手帳に視線を落としたまま「うーん」と唸っている。
 あれ、ドラマとかで知ったんだけど、実際は何もメモしてないらしい。相対する人に向けてのポーズなんだとか。
 本当はどうなんだろうね。もしかしたら、ちゃんとメモとってたりして。

 と、益体もない考えになるのは仕方がない。そうでもしないと、あの真っ赤に染まった光景が蘇るからだ。
 かろうじて蓮也さんが私を守るように隣に座ってくれてるから、なんとか落ち着いて対応できているんだけども。

「まあ、そちらは署に戻ったら問い合わせてみます。……ところで、こちらのお住まいはどちらの」
「あ、わたしですね。彼女は婚約者なので、先日から生活を共にしているんですよ」

 ニコニコニコニコ。
 絶対、蓮也さんの脳内覗いたら「真唯のこと、婚約者って見知らぬ人に言っちゃった」と語尾にハートマーク付けそうな位に喜び舞ってるのが想像できる。
 まあ、表向きはキリッと刑事さんたちに話している訳ですが。このイケメン詐欺め。

「ん? 真唯、どうした?」
「いや、別に。ナンデモナイデスヨ」

 ひょい、と覗き込んでくる蓮也さんに、私は目を逸らしつつ答える。蓮也さんごしに見える刑事さんたちは、ポカンと私たちを見ているけど、気にしたら負けだ。負け。

「んんっ、不躾な質問で申し訳ないのですが。その……今回のイタズラが千賀さんを対象にした可能性というのは……」

 ピキリ。
 この場の空気が凍りついた。

「その可能性も捨てきれませんね。ですが、タイミングが良すぎやしませんか。真唯の部屋を荒らして数日も経っていないのに、次はわたしの住むマンションの集合ポストを狙うなんて」

 くっ、と唇の端を上げて艶然と笑みを浮かべる蓮也さんは壮絶だ。
 刑事さんたちも緊張からか、ゴクリと喉を鳴らしている。

 こんな風な蓮也さんを見ると、本当に最上級のオトコだな、と納得する。
 と、同時にどうして私みたいなのに、ここまで執着するんだろうとも思う。

 私が蓮也さんを認識する前に出会っていたらしい。
 その事はぶっちゃけ覚えてないけども、起因となった事件はしっかり記憶に残っている。
 ついでに、気圧が変わったり、冬の寒い日になると、昔の怪我が疼くこともあって、割と忘れられない出来事だったし。

 蓮也さんからすれば、私は命を助けた相手という気持ちが、恋愛と混在して執着に発展したと思うんだよね。
 でも、私からすればちょっとハラハラドキドキな出来事という認識しかなく、これはどこかですり合わせしないことには、監禁エンドもありえそうな気配をひしひしと感じる。

 そっと、過去の古傷を撫で、私は蓮也さんに顔を向ける。

「どうやら、彼は派遣会社に迷惑をかけた理由で、登録削除されたようですよ。派遣会社って地味に横のつながりがあって、そういったブラックリストが既に回ってる頃でしょうから、もしかしたら仕事が思いのほか見つからなくてイライラしているのでは?」

 え? アイツ、派遣切られたの?
 まあ、女性関係で色々トラブル起こしてたみたいだし、うちの会社でもあのバカが契約していた派遣会社できてる子たちを継続するか検討中、とか人事のチーフがぼやいてたなぁ。
 そりゃ、うちのような大手企業と契約切られたら困るもんね。普通に考えて。
 で、トカゲのしっぽ切りよろしく、あのバカを登録削除した、と。
 もう別れたので、私の知ったことではない。

 まあ、派遣登録しなくても、バイトとかハロワで就職すればいい話だからね。
 何事も地道に、例え周囲に女の子がいなくても、人生切り開く道は沢山あるし。
 ただ、私の部屋くらいは片付けろっての、あのボンクラめ。

「そ、そうですか。貴重な情報提供をありがとうございました。では、一度月宮さんの方の不法侵入について問い合わせてみます。それを踏まえて、また何かお尋ねするかもしれませんが、ご協力よろしくお願いします」

 美形の睥睨と、舌打ちしそうなのを眉を寄せて顔をしかめてる私に、刑事さんたちは慌てたように腰を上げたかと思うと、そそくさとロビーを後にした。
 え、最後らへんほとんど聞いてないけど、これで終わりなの?

「はぁ……。真唯、ごめんね。不快に気持ちになっちゃったよね」

 へにょんと眉尻を下げて私を伺ってる蓮也さんは、先ほどの冷徹な微笑を浮かべてた人とは同一人物とは思えない位に、ワンコな顔で見てくる。

「いえ、私の男見る目がなかったせいで、蓮也さんにはすごくご迷惑を……」
「まあ、確かに真唯の男を見る目はないかもだけど、別れた男に困らされてるのは真唯じゃない? だから別にこっちは迷惑をかけられたって感じてないけどね」
「私の男を見る目がないのは否定しないんですね」
「うん、自分がまともじゃないのは自覚してるから」

 堂々と自分はおかしいをのたまう蓮也さんがおかしくて、意図せず吹き出してしまった。
 蓮也さんって確かに、ヤンデレで執着強くて、抱き潰したあげくに妊娠させようとするし、そのまま自分のマンションに囲っちゃうし。下手すれば元カレよりも迷惑度が高いっちゃ高い。
 でも、蓮也さんのヤンデレは、私が心地よく尽くすようなもので、元カレみたいに搾取ばかりの感情ではない。だから、避妊せずに大量に中出しされても、警察にレイプ犯として駆け込むなんて考えに及ばなかったのかも。

「ふふっ、自分で言っちゃうんですね」
「だって事実だからね。一目惚れした相手を追って会社変わったりするし、その子が失恋した場に立ち会ったから、傷心に任せてホテルに連れ込んじゃうし?」
「挙げ句の果てには婚約までして、こんな素敵なマンショに連れ込んで、私を囲っちゃうし?」
「そうそう。……でも、真唯の意思までは奪うことはしないよ。できれば、誰とも交流せずにあの部屋で俺だけを見て生きて欲しいけどね」
「本当、蓮也さんって立派なヤンデレですね」
「嫌い? ヤンデレな俺」

 ふと、真面目な顔で問いかける蓮也さんの言葉に喉が詰まる。
 嫌いか好きかと言われたら、好意的にほぼ傾いている。
 蓮也さんがうちの会社に来て、初めて顔を合わせて、蓮也さんという人間を認識してから、私は彼に嫌な感情を持ったことがない。
 何かある度に私にだけ小さなお土産をくれたり、時々用事もないのに部署に来ては、さりげなく飲み物を差し入れしてくれたり。

 あの蓮也さんに初めて抱かれた日も、きっと彼のことだから何かしら調べて、私の前に現れたのだと今にして思えば納得できる部分もある。
 それでも心も体も喪失して冷たくなった私を、温めて、何度も愛してると言ってくれたのは蓮也さんだ。

 絆されたのだと思う。だけど、今の私の中には違う感情が芽生えているのも事実なのだ。

「好きか嫌いか……ですか。嫌いではありませんよ」
「えー」

 唇を尖らせて不満そうに顔をしかめる蓮也さん。まるで駄々っ子の子どものようで可愛い。

「でも、愛してるかは、蓮也さんが近くでちゃんと観察して、見極めてくださいね」
「……えっ!?」

 鳩が豆鉄砲くらったようなキョトンとした蓮也さんは、私が言った言葉を反芻しているのだろう。だんだんと顔が赤くなって、目が挙動不審ぎみにキョロキョロと泳いでいる。

「さて、ポストは管理会社がやってくれるんですよね?」
「え、あ、うん。今回のことを踏まえて、住人も不安になっただろうから改装するって、コンシェルジュが言ってたけど」
「それなら。会社お休みしちゃったし、お昼には少し早いけどお腹空いちゃったので、外で取りませんか?」
「え?」
「あー、あと、今度のお休みに私の母と蓮也さんのご両親に挨拶に行くんですよね。ついでに、持っていくお菓子も一緒に選びましょう?」
「え、あ。選ぶ?」

 さっきから蓮也さんが壊れたみたいに動きがおかしい。完全無敵な専務様な彼が、ひどく狼狽えてたり、顔を真っ赤にしているのが私の言葉だなんて。

 せっかく予想外の休日なのだ。
 たまには楽しまないと、と蓮也さんの手を取って、私は微笑んだ。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(11件)

高城蓉理
2021.03.31 高城蓉理

奨励賞おめでとうございます。番外編13まで拝読させていただきました。
清々しい展開と終始続く圧倒的な情熱に、ページを捲る手が止まりませんでした。アザーサイドから語られる演出も秀逸で、とある口コミ大ヒット映画のような伏線回収が、非常に面白くて読み応えがありました。
番外編で物語が補強されているのも、愛を感じました。続きも楽しみにしています。

解除
里音
2020.03.07 里音

誤字報告です。
番外編8で蓮也が玲司になっているところが3カ所ほどあります。

解除
柴田 沙夢
2020.02.06 柴田 沙夢

そっと始まるヤンデレ物語w
楽しみにしておりました〜

溺愛も度を過ぎるとヤンデレなんだなぁ、とつくづく。あまり、ヤンデレって、好きじゃないんですが。
専務の開き直った、ある種陽キャラなヤンデレと、真唯さんの諦め(達観?)ツッコミ気質の織りなす空気感がたまりません〜♪

まぁ、逆恨み二股男については、煽ったのは専務なんで、ちゃんと始末はつけてもらいましょう。

・・・ちょーっとばかり危険な目にあった=専務のツメが甘かった、から、ある程度の距離感の交渉に入れると良いなぁ。
あんまり真衣さんの良さが失われる囲い込みはよろしくないですからねぇ。
身体はあっても、心が離れていくのは、専務としても本意では無いでしょうから、ね?

真唯さん、ヤバイ人には好かれたけど、思考に乗ってるフリしながら、距離感の模索に頑張ってくだされ〜。思考に乗ってさえいれば、安全は確保できるw (遠い目)


作者様、どんどん楽しんで書いてくださいませ〜♪

解除

あなたにおすすめの小説

【R18】今夜、私は義父に抱かれる

umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。 一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。 二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。 【共通】 *中世欧州風ファンタジー。 *立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。 *女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。 *一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。 *ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。 ※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

上司と雨宿りしたら種付けプロポーズされました♡

藍沢真啓/庚あき
恋愛
私──月宮真唯(つきみやまい)は他社で働いてる恋人から、突然デートのキャンセルをされ、仕方なくやけ食いとやけ酒をして駅まであるいてたんだけど……通りかかったラブホテルに私の知らない女性と入っていくのは恋人!? お前の会社はラブホテルにあるんかい、とツッコミつつSNSでお別れのメッセージを送りつけ、本格的にやけ酒だ、と歩き出した所でバケツをひっくり返したような豪雨が。途方に暮れる私に声を掛けてきたのは、私の会社の専務、千賀蓮也(ちがれんや)だった。 ああだこうだとイケメン専務とやり取りしてたら、何故か上司と一緒に元恋人が入っていったラブホテルへと雨宿りで連れて行かれ……。 ええ?私どうなってしまうのでしょうか。 ちょっとヤンデレなイケメン上司と気の強い失恋したばかりのアラサー女子とのラブコメディ。 2019年の今日に公開開始した「上司と雨宿りしたら恋人になりました」の短編バージョンです。 大幅に加筆と改稿をしていますが、基本的な内容は同じです。

【続】18禁の乙女ゲームから現実へ~常に義兄弟にエッチな事されてる私。

KUMA
恋愛
※続けて書こうと思ったのですが、ゲームと分けた方が面白いと思って続編です。※ 前回までの話 18禁の乙女エロゲームの悪役令嬢のローズマリアは知らないうち新しいルート義兄弟からの監禁調教ルートへ突入途中王子の監禁調教もあったが義兄弟の頭脳勝ちで…ローズマリアは快楽淫乱ENDにと思った。 だが事故に遭ってずっと眠っていて、それは転生ではなく夢世界だった。 ある意味良かったのか悪かったのか分からないが… 万李唖は本当の自分の体に、戻れたがローズマリアの淫乱な体の感覚が忘れられずにBLゲーム最中1人でエッチな事を… それが元で同居中の義兄弟からエッチな事をされついに…… 新婚旅行中の姉夫婦は後1週間も帰って来ない… おまけに学校は夏休みで…ほぼ毎日攻められ万李唖は現実でも義兄弟から……

孕まされ婚〜こんな結婚したくなかった〜

鳴宮鶉子
恋愛
ワンナイトLOVEで妊娠してしまい結婚するはめになった美結。男友達だと思ってたアイツがわたしに手を出すとは思ってなかった

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。