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番外編
番外編12
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「真唯? 真唯っ!?」
「……ぁ」
シックなエントランスに撒かれた血のような色に、足元がグラつく。咄嗟に蓮也さんが腰を腕で支えてくれた。
「大丈夫?」
「あ……はい。多分」
心配そうに覗き込んでくる蓮也さんに、私はぎこちなく笑みを浮かべる。あからさまな悪意を目の当たりにして、心臓が嫌な音を立てて不安を煽る。
「誰がいったい、こんなことを……」
不安に揺れる目を蓮也さんに向ければ、彼は「うーん」と顎に指を当てて思案し。
「ちょっと、ポストに近づくけど平気?」
と、とんでもないことを言い出したのだ。
「ちょ、ちょっと、蓮也さんっ」
慌てて止める私に、蓮也さんは「もし辛いなら、ここで待っててもいいけど」と提案してくるのを、私はふるふると首を振って断る。だって、こんな気持ち悪い所にひとりは嫌だもの。
「すぐ終わるから。見るのいやだったら、目を閉じててもいいからね」
「へ、平気ですっ。れ、蓮也さんが傍にいてくれるしっ」
どもりながらも強気で言った私を蓮也さんはパチリと瞬きして、それからふわりと蕩けそうな笑みを私に見せてくれる。
「そこまで俺を信用してくれてて嬉しいよ、真唯。ちゃんと真唯のことは守るからね」
そう言い、私の額にそっとキスを落としてくれた。
どうして、まだ付き合って……というか、半ば同棲状態に持ってかれてそんなに時間が経っていないのに、こんなにも蓮也さんを信じている自分に驚いている。
元彼との浮気現場を目撃した時に慰めてくれたから?
何度も「愛してる」って言ってくれたから?
秘書室のお姉さまたちに囲まれてた時に助けてくれたから?
ううん、それだけなら、きっとここまで蓮也さんに信頼を寄せなかったと思う。
蓮也さんを信じてるのは、私が蓮也さんを好きだと自覚したからだ。
ヤンデレで絶倫で、色々裏で画策してるようだけど、それが全て私を幸せにしたいと帰結しているから。
だから今回の件も内心はビビってるけど、蓮也さんの体温に包まれれば、私は絶対大丈夫だと確信している。
この人は、私をどんな困難も払って助けてくれるって。
私は蓮也さんのジャケットにしがみつきながら、彼の胸に顔をうずめたまま彼に引きずられるようにしてポストに近づく。
まだ乾いてないせいか、ツンとした刺激臭に眉をひそめる。
臭いな、と嫌悪を滲ませる声に、私も「うん」と同意する。
「真唯、ペンキがつくかもしれないから、下手に動かないでね」
「はい。……というか、蓮也さんにくっついてるだけでいっぱいいっぱいなので」
クスリと笑い、蓮也さんはポケットからハンカチを取り出し、ペンキがつかないよう慎重に割り振られたポストを開く。
中を開くと、こまめに郵便物を取り出してるおかげで空っぽだったものの、庫内はべっとりとペンキで赤く色づいている。ここまでするなんて異様だ。
「うーん、やっぱダメだったか」
ボソリと独りごちた蓮也さんは、庫内の天井部分にハンカチをあてがい、カチと音を立てて何かを取り出す。
白い糊の効いたハンカチは赤いペンキに濡れ、その中心に赤い……いや、元は黒なのか、小さな部品が乗っていた。
「これは?」
「ん、これ、隠しカメラ。昼にちょっと抜け出して買ってきたんだよね。でも、急いでたからあんまり性能良くなかったみたい。カメラ部分にペンキがついちゃって画像撮れてないぽい」
「は?」
今、なに、のたまってくれた? このヒト。
「か、か、かくしかめら」
「ふふ、どうしたの、真唯。素っ頓狂な顔して可愛いね」
「ど、どういうことですかっ」
不安とかもう色んなものが吹っ飛んだのは言うまでもない。
結局、コンシェルジュさんの方から、器物破損として警察に通報したそうだ。
で、明らかに蓮也さんの部屋のポスト中止にやられてたので、事情を聴くために、私たちも滞在を余儀なくされてしまった。つまり、本日欠勤。
一応、仕事に関しては、今度お昼奢るからと萩野君にお任せし、志田さんについては、他の女性社員に見るだけは見てあげて、と指示を出した。
志田さんなぁ。悪い子じゃないけど、逆に悪い子じゃないからこそ、対応に困るんだよなぁ。
「はぁ……」
「真唯、溜息つくと、幸せ逃げるよ?」
「大丈夫です。これ以上逃げる幸せはないので」
「えー、俺と一緒だと幸せになれない?」
警察がくるまで自宅に待機をと言われ、私はリビングのソファに体をもたれさせ、深い溜息を零してる。蓮也さんは私に淹れたてのコーヒーを差し出しながら「心外だなぁ」と困ったような顔をしながらも、ちゃっかり私の隣に腰を下ろす。
「蓮也さんはなんというか、愛が重すぎて幸せと感じるまえに窒息しそうです」
「それは嫌って意味?」
嫌かどうかと言われれば、そうでもないんだよな。実際。ただ、私に対して何もかもが過剰なのだ。至れり尽せりすぎて不満はないけど、自分でもできることを取り上げられて呆然となるというか。
「んー、嫌って訳ではなくて。なんというか、蓮也さんが先回りしすぎちゃって、私がおいてけぼりというか。暗躍感がするっていうのが正しいかな。だって、蓮也さん。私に隠し事してますよね、私のことで色々」
「……」
言い切った途端、蓮也さんが凍りついた。うん、やっぱり私の推理は正しかったようだ。
「これは私からのお願いだったりするんですけど。蓮也さんが色々画策するのは自由なんですよ。ただ、私のことについては、言える範囲でいいので、できれば話して欲しいな、と」
「一生を共にするのなら、全部秘密は辛いですから」と言ったら、蓮也さんはフリーズしたまま、顔を真っ赤にしておりました。
この人の振れ幅が本気で分からない。
その後、蓮也さんが解凍したのは、コンシェルジュの方から警察が事情を聞きたいと連絡があってすぐのことだった。
「……ぁ」
シックなエントランスに撒かれた血のような色に、足元がグラつく。咄嗟に蓮也さんが腰を腕で支えてくれた。
「大丈夫?」
「あ……はい。多分」
心配そうに覗き込んでくる蓮也さんに、私はぎこちなく笑みを浮かべる。あからさまな悪意を目の当たりにして、心臓が嫌な音を立てて不安を煽る。
「誰がいったい、こんなことを……」
不安に揺れる目を蓮也さんに向ければ、彼は「うーん」と顎に指を当てて思案し。
「ちょっと、ポストに近づくけど平気?」
と、とんでもないことを言い出したのだ。
「ちょ、ちょっと、蓮也さんっ」
慌てて止める私に、蓮也さんは「もし辛いなら、ここで待っててもいいけど」と提案してくるのを、私はふるふると首を振って断る。だって、こんな気持ち悪い所にひとりは嫌だもの。
「すぐ終わるから。見るのいやだったら、目を閉じててもいいからね」
「へ、平気ですっ。れ、蓮也さんが傍にいてくれるしっ」
どもりながらも強気で言った私を蓮也さんはパチリと瞬きして、それからふわりと蕩けそうな笑みを私に見せてくれる。
「そこまで俺を信用してくれてて嬉しいよ、真唯。ちゃんと真唯のことは守るからね」
そう言い、私の額にそっとキスを落としてくれた。
どうして、まだ付き合って……というか、半ば同棲状態に持ってかれてそんなに時間が経っていないのに、こんなにも蓮也さんを信じている自分に驚いている。
元彼との浮気現場を目撃した時に慰めてくれたから?
何度も「愛してる」って言ってくれたから?
秘書室のお姉さまたちに囲まれてた時に助けてくれたから?
ううん、それだけなら、きっとここまで蓮也さんに信頼を寄せなかったと思う。
蓮也さんを信じてるのは、私が蓮也さんを好きだと自覚したからだ。
ヤンデレで絶倫で、色々裏で画策してるようだけど、それが全て私を幸せにしたいと帰結しているから。
だから今回の件も内心はビビってるけど、蓮也さんの体温に包まれれば、私は絶対大丈夫だと確信している。
この人は、私をどんな困難も払って助けてくれるって。
私は蓮也さんのジャケットにしがみつきながら、彼の胸に顔をうずめたまま彼に引きずられるようにしてポストに近づく。
まだ乾いてないせいか、ツンとした刺激臭に眉をひそめる。
臭いな、と嫌悪を滲ませる声に、私も「うん」と同意する。
「真唯、ペンキがつくかもしれないから、下手に動かないでね」
「はい。……というか、蓮也さんにくっついてるだけでいっぱいいっぱいなので」
クスリと笑い、蓮也さんはポケットからハンカチを取り出し、ペンキがつかないよう慎重に割り振られたポストを開く。
中を開くと、こまめに郵便物を取り出してるおかげで空っぽだったものの、庫内はべっとりとペンキで赤く色づいている。ここまでするなんて異様だ。
「うーん、やっぱダメだったか」
ボソリと独りごちた蓮也さんは、庫内の天井部分にハンカチをあてがい、カチと音を立てて何かを取り出す。
白い糊の効いたハンカチは赤いペンキに濡れ、その中心に赤い……いや、元は黒なのか、小さな部品が乗っていた。
「これは?」
「ん、これ、隠しカメラ。昼にちょっと抜け出して買ってきたんだよね。でも、急いでたからあんまり性能良くなかったみたい。カメラ部分にペンキがついちゃって画像撮れてないぽい」
「は?」
今、なに、のたまってくれた? このヒト。
「か、か、かくしかめら」
「ふふ、どうしたの、真唯。素っ頓狂な顔して可愛いね」
「ど、どういうことですかっ」
不安とかもう色んなものが吹っ飛んだのは言うまでもない。
結局、コンシェルジュさんの方から、器物破損として警察に通報したそうだ。
で、明らかに蓮也さんの部屋のポスト中止にやられてたので、事情を聴くために、私たちも滞在を余儀なくされてしまった。つまり、本日欠勤。
一応、仕事に関しては、今度お昼奢るからと萩野君にお任せし、志田さんについては、他の女性社員に見るだけは見てあげて、と指示を出した。
志田さんなぁ。悪い子じゃないけど、逆に悪い子じゃないからこそ、対応に困るんだよなぁ。
「はぁ……」
「真唯、溜息つくと、幸せ逃げるよ?」
「大丈夫です。これ以上逃げる幸せはないので」
「えー、俺と一緒だと幸せになれない?」
警察がくるまで自宅に待機をと言われ、私はリビングのソファに体をもたれさせ、深い溜息を零してる。蓮也さんは私に淹れたてのコーヒーを差し出しながら「心外だなぁ」と困ったような顔をしながらも、ちゃっかり私の隣に腰を下ろす。
「蓮也さんはなんというか、愛が重すぎて幸せと感じるまえに窒息しそうです」
「それは嫌って意味?」
嫌かどうかと言われれば、そうでもないんだよな。実際。ただ、私に対して何もかもが過剰なのだ。至れり尽せりすぎて不満はないけど、自分でもできることを取り上げられて呆然となるというか。
「んー、嫌って訳ではなくて。なんというか、蓮也さんが先回りしすぎちゃって、私がおいてけぼりというか。暗躍感がするっていうのが正しいかな。だって、蓮也さん。私に隠し事してますよね、私のことで色々」
「……」
言い切った途端、蓮也さんが凍りついた。うん、やっぱり私の推理は正しかったようだ。
「これは私からのお願いだったりするんですけど。蓮也さんが色々画策するのは自由なんですよ。ただ、私のことについては、言える範囲でいいので、できれば話して欲しいな、と」
「一生を共にするのなら、全部秘密は辛いですから」と言ったら、蓮也さんはフリーズしたまま、顔を真っ赤にしておりました。
この人の振れ幅が本気で分からない。
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