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番外編

番外編8

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 騒動の元凶が警備員たちに連れられて行ってしまうと、小会議室にはしんと沈黙が落ちる。さて、いつまでもここに居ても仕方ないし、そろそろ本当に仕事しなくちゃ。

「蓮也さん……じゃなくて、副社長と千賀専務、私、仕事に戻りますので、これにて失礼致します。助けていただき、ありがとうございました」

 咄嗟に蓮也さん呼びをしてしまったが、すかさず訂正をし、礼儀的にお礼も言って、そそくさとオフィスに行こうとした。ん、だが。

「真唯が喚んでくれたから、もうちょっと一緒に居ようよ。椙崎が美味しいコーヒーとケーキ用意してくれるって言ってるし。あと、今回の経緯とかも話さないといけないし」

 ね、と押し切る言葉と笑みは、普段の温厚そうなものなんだけど、背後から漂っている気配が私を逃がさないぞととぐろを巻いている。うん、逃がすつもりがないのは分かってた。だって蓮也さんだもん。
 そんな蓮也さんの後ろで副社長が口パクで「ごめんねー」と妙に軽い謝罪を言ってるが、まあ、大量に秘書の皆さんが連行されちゃったから、この二人にストップかける室長も付いていっちゃったし、これは諦めるしかないのか。

「えーと、その前に、今日やるはずだった仕事を他の者に任せないといけないので、少々お時間をいただけますか?」
「それ、男? 女?」

 にっこりと笑っているんだけど、その瞳が妙に冷たい。これはどうしたものか。

「一応、男性……ですけど、彼ゲイなので、女の私には興味なんてこれっぽっちも、ミリ単位どころかマクロ単位もありませんのでご安心を」
「ふうん。それならいいけど。でも、手短にね」

 すまない同僚。お前は今日から男性が恋愛対象と上役二人に認識されたが許せ。私は我が身が可愛い。
 快く了承とはいかなかったけど、急いでスマホで同僚へと連絡を取る。

『……はい。月宮チーフどこに行ってるんですか?』
「あー。ごめん、用件だけ言うけども、今チームで進めてる案件あるでしょ。私、ちょっとそっちに戻れそうにないんだよね。だから、みんなで手分けしてやってもらいたいんだ」
『えっ? え、それって月宮チーフが中心になってるヤツですよね。無理ですよ。ぜーったい無理です!』

 まあ、こいつならそう言うと思ってたよ。しかし、ここで折れてはいけない。私の身の危険が背後から迫っている。

「ほんっとごめん! 私、これから副社長と専務に事情聴取されるのよ。だから全ては君に任せた! んじゃ!」
『ちょ、ま、まってください、月宮チー……』

 通話をぶった斬り、そのまま電源を落とす。それから、蓮也さんへと振り返り。

「このままこのスマホ預かっていただけますか? それなら、邪魔されませんよね」

 にーっこりと笑みを浮かべて、彼の大きな掌にスマホを押し付ける。

「うん。真唯が俺を信用してくれて嬉しいよ。これはちゃんと預かっておくね」

 余程信用してもらえたのが嬉しいのか、個人情報の塊であるスマホを渡された蓮也さんは、周囲に花が飛んでそうな程浮かれた様子で、スーツの内ポケットに私のスマホを押し込んでいた。機嫌が治ってなにより。

「それで、これから事情を話せばいいんですよね」
「あ、ああ。そうだな、場所は副社長室でいいかな。蓮也が言ってた美味しいコーヒーとケーキも用意するから」
「あー……、それは別に……」

 いりません、と引き止め断ろうとしたのだが、後ろから蓮也さんに抱き込まれ、なすすべもなく副社長が自分の秘書さんと話しているのを、呆然と見送るしかできなかったのである。


 いち営業チーフではご縁のない部屋の、これまた埋まってしまいそうなほど座り心地のいいソファに座らされております。
 正面のソファには悠々と座る蓮也さんと、お誕生日席の一人掛けソファに座る副社長さまが、なにやら難しい顔をして話し合っている模様。
 ぶっちゃけ、事情聴取なるものを早く終わらせて仕事に戻りたいのですが、真剣な表情をしている蓮也さんを見てると、場の空気を壊すのも……ねぇ?

 それにしても、真面目な顔の蓮也さん。凄く格好いいなぁ。ラブホで会う前の彼の姿なんだけとも、こうして関係が変わった今、別視点で見てみると、秘書のおねぇさまがた筆頭に、あそこまでモテるのかが分かる気はする。
 外国の血でも入ってるのかと言わんばかりにシャープな輪郭と鼻梁。薄い唇が喋る度に開き、時折見える赤い舌が艶かしい。
 男らしい濃い眉の下にあるアーモンド型の双眸は、伏せる度に睫毛が影を作り、憂いを帯びていて抱き締めたい気持ちにさせられる。
 身長も高いし、もちろんスタイルもモデル並みにいい。
 本人からは聞かされてないけども、絶対に良いとこの坊っちゃんだと、長年営業で色んな人を見てきた私の勘がいっている。
 それを蓮也さんが言わないのって、ただでさえ及び腰の私が猛ダッシュで逃げるのを封じたいからだろうなぁ。
 ま、私としても現時点で逃げたいんですけどね。逃げたら逃げたで即捕縛されて監禁コース待ったなしですけども!

「真唯、待たせてごめんね。早速話を聞かせてもらってもいいかな?」
「あ、はい。いつでも大丈夫です」

 ようやく話が終わったらしい蓮也さんが切り出すと、まるでタイミングを図っていたかのようにドアが開き、キリリとした美人秘書さんがトレイを持って入室してくる。彼女からふわりとコーヒーの香ばしい香りが漂ってきて、本気でお茶をご馳走される事実に恐縮してしまう。

「副社長、ご要望のものをお持ち致しました」
「どこのお店のを買ってきてくれたかな」
「青林のパティシエールのものを」

 秘書さんが流れるようにコーヒーとお皿をそれぞれに並べながら、副社長に説明をしている。いかにも『デキル秘書』って感じで、とても好感が持てる。本当、さっきのけばけばしい自称秘書さんとは大違いだ。一応、秘書室勤務なのは、室長が連行していったから、その点は偽りはないと分かるんだけども。

「ああ、そうだ。月宮君。彼女を紹介しておこうかな。彼女は副社長専属秘書で、秘書室副室長の宮崎詩楽みやざきうららさん。たまに専務秘書も兼任してもらってるから、何かあった時には、彼女に連絡を取れば問題ないからね」
「宮崎です。先ほどはうちの部下たちが大変ご迷惑をおかけしたようで。秘書室を代表してお詫び申し上げます」
「そ、そんな……!」

 直角にお辞儀をしてきた宮崎さんに、私は慌てて腰を浮かせたものの。

「まさか専務の婚約者さまに危害を加えるなんて……なんて恥さらしな。彼女たちには厳重にお仕置きしなくてはいけませんね」
「んー、そうだね。彼女たちへの対処や、減った分の人事に関しては、君たち姉弟にお願いしようかなぁ」

 姉弟? 宮崎さんが姉というのは分かるけども、弟って誰だ……?

 中途半端な姿勢で、副社長から出てきた言葉に内心で首を傾げていると。

「嫌ですよ、面倒臭い。処罰も人事も二人でやってください。こっちは婚姻の為の手続きやら挨拶やらで忙しいんですから」
「おだまり、蓮也。あなたがちゃんと馬鹿娘たちをさっさと追い払ってなかったから、月宮さんが巻き込まれたんでしょ」
「そうは言っても、あれらは虫のように叩いてもはたいても際限なく涌いては寄って来てたんです。逆に副室長の教育不足なのでは?」

 蓮也さんと宮崎さんがお互い吹雪を巻き起こし、さながら副社長室はツンドラ気候……って、まさか……

「ふ、副社長?」
「なんだい、月宮君」
「まさかとは思いますが、蓮也さんと宮崎さんって……」
「あ、もしかして聞かされてない? 見ての通りだけど、あのふたりは姉と弟だよ」
「ですが、宮崎って……」
「あぁ、詩楽さんは一昨年結婚して、宮崎姓に変わってるんだよね。ちなみに彼女の夫は、宮崎物産の御曹司だよ」

 いやいやいや。もうなんなのこのカオス。それだけでなく、蓮也さんの家族の事とか、その家族の婚家の事とか、いち営業部の平社員には脳内処理が追いつかない事実ばかりなんですが!

「ま、大量に情報が入ってきて大変だとは思うけど、その点は諦めた方が楽になると思うよー。それから逃げるとのちのち君が困る事になるから、まずは詩楽さんを味方につけるのが得策かな」

 喧々囂々と姉弟の口喧嘩をBGMに、私は副社長からのアドバイスを視線を遠くしながら耳に入れていた。
 これは逃げるのは諦めた方が私的にいいのかもしれない、と悟った瞬間だった。

 だが。チャンスがあればこの場から立ち去りたいのは、悪あがきでしょうか……
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