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番外編
番外編6
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蓮也さんと分かれてから、今日一日何事もありませんように、と祈ってたのですが、どうやら私の願いは届かなかったようです。
「真唯ー、ちょぉーっと顔貸してもらおうか」
席に着いて自分のパソコンを立ち上げてすぐ。昼時を知らせるチャイムと同時に現れたのは、総務勤務の悪友で情報源の、深浦陽香だった。
「やっぱ来たか……」
「なによぉ、その苦虫噛み潰したような顔は」
トゲのようなチクチクとした女性社員たちの視線を受けながら、せっかく開いたばかりのパソコンにロックをかけて立ち上がる。陽香の手には小さな財布が握られてるし、お昼の誘いに来たついでに根掘り葉掘り問いただすつもりなのだろう。
「どうせ、さっきの騒動のことで色々聞きたいんでしょ」
「もちろん。派遣の彼じゃなく、うちの会社ナンバーワンのイケメン上司とベタベタしながら重役出勤してきたとか、ツッコミどころ多すぎて納得できないことには、午後のお仕事頑張れないわぁ」
人の恋路を詮索する前に仕事しろよ、と言いたい。
きっついアイメイクはまるで猫を彷彿させる陽香は、総務ではお局世代に入っているものの、彼女の持つ情報は大なり小なり有益とのことで、部内だけでなく他の部署からの信望も厚い。しかも美人だから、男性社員の熱っぽい秋波を日々受けているけども、本人には結婚の意思はなく、数少ない友人たちと騒いで笑っている方が良いそうだ。
それもあって、陽香は女性社員たちからも敵認定されていないのだが……
まあ、私は蓮也さんとの婚約が周囲にばらされた現時点で、敵認定されちゃってますけどね。
出会いは偶然(果たして偶然だったか謎だけども)。それでも雨が降らなければ、その後もただの上司と部下として交わる事はなかっただろう関係。
あれから三日しか経ってないけど、私の環境は急速に変化した。
蓮也さんに慰められ、想いを告げられ、体を繋げて。あの時避妊してなかったし、その後も蓮也さんのマンションで抱かれた時もナカにいっぱい注がれたから、もしかしたら、今私のお腹の中で蓮也さんとの子供が形をなそうとしている可能性だってある。
ショックな出来事を目の当たりにして、警戒心が緩みきっていたと、軽率な行動に出てしまったと、良い年齢の女がやるべき行動ではなかったと、それはそれは自覚している。
でもなぁ、あの時蓮也さんと出会ってなかったら、今日、私は出勤していたかも怪しい所だ。ただ、元サヤに戻る事はないけども。
多分、私は自分の環境のせいか、異性の心変わりや浮気に否定的だ。潔癖と言ってもいい。元カレは恋人という縛りのない関係だったから、八つ当たりのようなメッセージを送るだけにとどめたけども、これが婚約者だったり夫だったら、証拠かきあつめて弁護士事務所へレッツゴーしていた。
向こうは突然私が心変わりして、蓮也さんと二股をかけていたと思っていたのかもしれない。嫉妬心からなのか、私の部屋に侵入し、荒らして、結局警察沙汰にまで発展してしまった。ちゃんと話し合うべきなのかもしれないけども、まだ脳裏に映る、私とは違う女性とラブホテルに入っていく光景が鮮明すぎて、そうそう簡単に許す事も、話をする心理にはなれなかった。
私は陽香の強引な誘いに、バッグから携帯電話と財布を取り出すと、友人の後に続いて食堂へと向かったのだった。
私の勤める会社の食堂は、食堂という名称が似合わないほど、とってもモダンな雰囲気で、焦げ茶とベージュのコントラストが素敵な場所だ。
とはいえ、出てくる食事は日替わり定食や、麺類、小鉢やフライものと、メニューに至ってはごく普通の食堂と言っても差し障りない。でも、安くてボリュームもあって、更に美味しいので、我が社では食堂派とお弁当派のふたつしか存在しないのである。
かくいう私も、普段はお弁当なんだけど、自宅マンションは現在荒れたままで出てきてしまったし、蓮也さんのマンションで勝手にキッチン借りるのも事実を認める気がして、蓮也さんからお昼は一緒にと誘われた時は、正直ラッキーとか思ったり。
「……さて。なにがどうなって、我が社の美形専務とあんたが仲良く重役出勤してきた上に、公共の場でもある廊下で壁ドンとかやらかしてるのかしら」
話すまではしつこく問いただすぞ、と言わんばかりの怖い笑みで、陽香が宣言してくる。そんな彼女の前には、給料日前だってのに、食堂で一番高いとされるSランチが乗ったトレイがドンと置かれている。
ちなみに私は、一番安いCランチです。今日は鰆のかす漬けを焼いたのと、ちくわと根菜の煮物、ほうれん草のおひたし、大根のお味噌汁と、ザ・和食でごぜいます。
「どうなって、と言ってもねぇ……。偶然、アイツが他の女とラブホテルに入ってくのを見て、そこにたまたま通りがかった彼が私を慰めてくれた……かな」
「え? は? 色々ツッコミたい部分があるけど、彼氏浮気してたの?」
「まあ、そうなるかな」
陽香にこれまでの数日の話をかいつまんで話した。ええ、詳細を話す気にはなれません。というか、それこそ羞恥プレイじゃないですか!
ダイジェストで話終えると、陽香は「ふぅん」と、人に問い詰めておきながら、さも興味ありません、と言わんばかりの気のない返事をしつつ、Sランチのビーフシチューのかかったオムライスを口に運んでいる。
「ま、あのバカ男ならやりかねないとは思ったけどね」
「は?」
口をもごもごさせていても明瞭に話す友人の内容に、思わず素っ頓狂な声を零す。
「あんたにはあえて話さなかったけども、あのバカ、私にもアプローチしてきたのよね。他にも受付の若い子とか、他の営業部の見目良い子とかにも声かけてたのを見たことあるわよ」
「……」
へぇ……、アイツ、人が見てない所でそんな事していたのか。や、もう別れたし、関係ない話だけども、あんまり気分はよくないよね。
「うちの会社だけでも結構声かけてたから、他の会社も似たような事してたんじゃないかな。その点、あの人目もはばからず真唯に壁ドンしてたうちの上司は、入社当時から真唯一筋だったみたいだし、遠回りはしたけど良かったんじゃない?」
「……は?」
いやぁ、本人から入社前から惹かれてた、とは聞かされていたけども、まさか本当だとは思っていなかったせいで、箸に挟んでいた煮物の人参が滑り落ちて器に戻っていった。
「噂だと、真唯を追いかけて、友人でもある副社長を半ば脅して入社したらしいって話もある」
「……」
うん。副社長を脅したかは知らないけども、私を追いかけてここに入ってきたってのは聞いている。どえらい男前だから良い方向に評価されてるけど、それってストーカーって普通は言うよね?
ヤンデレで絶倫でストーカー……私はなんて犯罪者予備軍を婚約者として認めてしまったのだ……!
いやはや、後悔しても遅いし、今更婚約止めますとか言った日には、確実にあの蓮也さんの部屋に監禁されてる自分が想像できてしまう。
「……真唯。あの人めっちゃ人畜無害そうな見た目だし、人あたりも良さげに擬態してるけど、下手したらあんたの元彼よりも地雷原多いかもしれないけど、まあ、ガンバレ?」
「……もっと早くに言って欲しかったよ……親友よ……」
「まさか、私の預かり知らない所で捕獲されてるとは思わなかったもん。それで、その左の薬指でやったら存在を主張してる指輪は、専務からの独占欲の鎖?」
「……鎖ってなんだよ鎖って。一応、婚約指輪……らしいよ」
あ、今度は陽香が停止してしまった。
そりゃそうだよね。金曜日の夕方にデートだ、と陽香に宣言して別れたら、月曜日には別の男と婚約までしているんだもん。私だったら絶対にツッコミ入れてるレベル。
「展開早すぎかよ」
「同感」
お互いげんなりと本音を漏らし、冷めかけた昼食を摂っていたんだけど。
「営業の月宮ってあなた?」
「は?」
香水の人工的な香りがぶわりと近寄ってきて、あまりの匂いに顔を上げてみれば、そこには秘書室の面々がお綺麗な顔を般若にして、私を睨んでいた。
「ちょっとお話をしたいの。少しお時間を戴けるかしら?」
代表のつもりか、夜会巻きしたキリリとした美人が、一歩前に出てきて、私のそう告げたのだった。
平坦を願っていた私の日常は、蓮也さんのせいで崩壊してしまった模様です。
「真唯ー、ちょぉーっと顔貸してもらおうか」
席に着いて自分のパソコンを立ち上げてすぐ。昼時を知らせるチャイムと同時に現れたのは、総務勤務の悪友で情報源の、深浦陽香だった。
「やっぱ来たか……」
「なによぉ、その苦虫噛み潰したような顔は」
トゲのようなチクチクとした女性社員たちの視線を受けながら、せっかく開いたばかりのパソコンにロックをかけて立ち上がる。陽香の手には小さな財布が握られてるし、お昼の誘いに来たついでに根掘り葉掘り問いただすつもりなのだろう。
「どうせ、さっきの騒動のことで色々聞きたいんでしょ」
「もちろん。派遣の彼じゃなく、うちの会社ナンバーワンのイケメン上司とベタベタしながら重役出勤してきたとか、ツッコミどころ多すぎて納得できないことには、午後のお仕事頑張れないわぁ」
人の恋路を詮索する前に仕事しろよ、と言いたい。
きっついアイメイクはまるで猫を彷彿させる陽香は、総務ではお局世代に入っているものの、彼女の持つ情報は大なり小なり有益とのことで、部内だけでなく他の部署からの信望も厚い。しかも美人だから、男性社員の熱っぽい秋波を日々受けているけども、本人には結婚の意思はなく、数少ない友人たちと騒いで笑っている方が良いそうだ。
それもあって、陽香は女性社員たちからも敵認定されていないのだが……
まあ、私は蓮也さんとの婚約が周囲にばらされた現時点で、敵認定されちゃってますけどね。
出会いは偶然(果たして偶然だったか謎だけども)。それでも雨が降らなければ、その後もただの上司と部下として交わる事はなかっただろう関係。
あれから三日しか経ってないけど、私の環境は急速に変化した。
蓮也さんに慰められ、想いを告げられ、体を繋げて。あの時避妊してなかったし、その後も蓮也さんのマンションで抱かれた時もナカにいっぱい注がれたから、もしかしたら、今私のお腹の中で蓮也さんとの子供が形をなそうとしている可能性だってある。
ショックな出来事を目の当たりにして、警戒心が緩みきっていたと、軽率な行動に出てしまったと、良い年齢の女がやるべき行動ではなかったと、それはそれは自覚している。
でもなぁ、あの時蓮也さんと出会ってなかったら、今日、私は出勤していたかも怪しい所だ。ただ、元サヤに戻る事はないけども。
多分、私は自分の環境のせいか、異性の心変わりや浮気に否定的だ。潔癖と言ってもいい。元カレは恋人という縛りのない関係だったから、八つ当たりのようなメッセージを送るだけにとどめたけども、これが婚約者だったり夫だったら、証拠かきあつめて弁護士事務所へレッツゴーしていた。
向こうは突然私が心変わりして、蓮也さんと二股をかけていたと思っていたのかもしれない。嫉妬心からなのか、私の部屋に侵入し、荒らして、結局警察沙汰にまで発展してしまった。ちゃんと話し合うべきなのかもしれないけども、まだ脳裏に映る、私とは違う女性とラブホテルに入っていく光景が鮮明すぎて、そうそう簡単に許す事も、話をする心理にはなれなかった。
私は陽香の強引な誘いに、バッグから携帯電話と財布を取り出すと、友人の後に続いて食堂へと向かったのだった。
私の勤める会社の食堂は、食堂という名称が似合わないほど、とってもモダンな雰囲気で、焦げ茶とベージュのコントラストが素敵な場所だ。
とはいえ、出てくる食事は日替わり定食や、麺類、小鉢やフライものと、メニューに至ってはごく普通の食堂と言っても差し障りない。でも、安くてボリュームもあって、更に美味しいので、我が社では食堂派とお弁当派のふたつしか存在しないのである。
かくいう私も、普段はお弁当なんだけど、自宅マンションは現在荒れたままで出てきてしまったし、蓮也さんのマンションで勝手にキッチン借りるのも事実を認める気がして、蓮也さんからお昼は一緒にと誘われた時は、正直ラッキーとか思ったり。
「……さて。なにがどうなって、我が社の美形専務とあんたが仲良く重役出勤してきた上に、公共の場でもある廊下で壁ドンとかやらかしてるのかしら」
話すまではしつこく問いただすぞ、と言わんばかりの怖い笑みで、陽香が宣言してくる。そんな彼女の前には、給料日前だってのに、食堂で一番高いとされるSランチが乗ったトレイがドンと置かれている。
ちなみに私は、一番安いCランチです。今日は鰆のかす漬けを焼いたのと、ちくわと根菜の煮物、ほうれん草のおひたし、大根のお味噌汁と、ザ・和食でごぜいます。
「どうなって、と言ってもねぇ……。偶然、アイツが他の女とラブホテルに入ってくのを見て、そこにたまたま通りがかった彼が私を慰めてくれた……かな」
「え? は? 色々ツッコミたい部分があるけど、彼氏浮気してたの?」
「まあ、そうなるかな」
陽香にこれまでの数日の話をかいつまんで話した。ええ、詳細を話す気にはなれません。というか、それこそ羞恥プレイじゃないですか!
ダイジェストで話終えると、陽香は「ふぅん」と、人に問い詰めておきながら、さも興味ありません、と言わんばかりの気のない返事をしつつ、Sランチのビーフシチューのかかったオムライスを口に運んでいる。
「ま、あのバカ男ならやりかねないとは思ったけどね」
「は?」
口をもごもごさせていても明瞭に話す友人の内容に、思わず素っ頓狂な声を零す。
「あんたにはあえて話さなかったけども、あのバカ、私にもアプローチしてきたのよね。他にも受付の若い子とか、他の営業部の見目良い子とかにも声かけてたのを見たことあるわよ」
「……」
へぇ……、アイツ、人が見てない所でそんな事していたのか。や、もう別れたし、関係ない話だけども、あんまり気分はよくないよね。
「うちの会社だけでも結構声かけてたから、他の会社も似たような事してたんじゃないかな。その点、あの人目もはばからず真唯に壁ドンしてたうちの上司は、入社当時から真唯一筋だったみたいだし、遠回りはしたけど良かったんじゃない?」
「……は?」
いやぁ、本人から入社前から惹かれてた、とは聞かされていたけども、まさか本当だとは思っていなかったせいで、箸に挟んでいた煮物の人参が滑り落ちて器に戻っていった。
「噂だと、真唯を追いかけて、友人でもある副社長を半ば脅して入社したらしいって話もある」
「……」
うん。副社長を脅したかは知らないけども、私を追いかけてここに入ってきたってのは聞いている。どえらい男前だから良い方向に評価されてるけど、それってストーカーって普通は言うよね?
ヤンデレで絶倫でストーカー……私はなんて犯罪者予備軍を婚約者として認めてしまったのだ……!
いやはや、後悔しても遅いし、今更婚約止めますとか言った日には、確実にあの蓮也さんの部屋に監禁されてる自分が想像できてしまう。
「……真唯。あの人めっちゃ人畜無害そうな見た目だし、人あたりも良さげに擬態してるけど、下手したらあんたの元彼よりも地雷原多いかもしれないけど、まあ、ガンバレ?」
「……もっと早くに言って欲しかったよ……親友よ……」
「まさか、私の預かり知らない所で捕獲されてるとは思わなかったもん。それで、その左の薬指でやったら存在を主張してる指輪は、専務からの独占欲の鎖?」
「……鎖ってなんだよ鎖って。一応、婚約指輪……らしいよ」
あ、今度は陽香が停止してしまった。
そりゃそうだよね。金曜日の夕方にデートだ、と陽香に宣言して別れたら、月曜日には別の男と婚約までしているんだもん。私だったら絶対にツッコミ入れてるレベル。
「展開早すぎかよ」
「同感」
お互いげんなりと本音を漏らし、冷めかけた昼食を摂っていたんだけど。
「営業の月宮ってあなた?」
「は?」
香水の人工的な香りがぶわりと近寄ってきて、あまりの匂いに顔を上げてみれば、そこには秘書室の面々がお綺麗な顔を般若にして、私を睨んでいた。
「ちょっとお話をしたいの。少しお時間を戴けるかしら?」
代表のつもりか、夜会巻きしたキリリとした美人が、一歩前に出てきて、私のそう告げたのだった。
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