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RENYA Side

いつも頑張ってる月宮くんだけに特別ね

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「月宮くん」

 営業部のあるフロアへと降りると、少し先を真唯の華奢な姿を見かけ、思わず声をかける。

千賀ちが専務。おはようございます」
「おはよう。今日もいい天気だね」

 俺はすかさず真唯の隣に陣取り、差し障りのない天気の話をする。
 椙崎の会社のビルは、壁一面を特殊なガラスで覆い、外からは内部は見えないのに、陽光は目に痛い位入ってくる。夏の冷房代とかかかりそうだな、と他人事ながら心配してしまう。

 ああ、今日も真唯は可愛い。

 セミロングの黒髪をハーフアップにして、落ち着いた柄のシュシュで留めている。今度さりげなくプランド物のシュシュをプレゼントしようと心に決めていると。

「専務はどうしてこのフロアに? 何か火急の案件でもありましたか?」

 真唯はファイルを胸にかかえたまま小首を傾げている。サラリと黒髪が肩に流れていく様にシャンプーの匂いが立ち、目も嗅覚も心も奪われる。
 ここで押し倒したら確実に嫌われ案件だから、ぐっと我慢はするけど。

「いや。昨日まで出張で北海道に行ってたんだ。それで、いつも頑張ってくれてる営業課のみんなにおみやげをね」

 そう言って手にしていた紙袋を掲げる。

「わっ。私、ここのお菓子大好きなんです。みんなも喜ぶと思いますよ」

 真唯は花が綻ぶように笑みを浮かべる。うん、真唯がここのお菓子好きなの知ってたから買ったんだよ。喜んでもらえてなにより。

「あ、そうだ。これはいつも頑張ってる月宮くんだけに特別ね」
「え?」

 俺は紙袋からひとつだけ包装の違うものを取り出し、きょとんとしている真唯の手に置く。

「フリーズドライにした苺にチョコでコーティングしたものなんだって。休憩の時にでも食べて?」
「え、あの、え?」

 きょときょととうろたえる真唯が可愛くて、このまま眺めていたい気持ちだったけど、返品されない為にも俺は営業部へと歩を進めたのだった。



「あー、丁度いいところに帰ってきた。お前になんか届いてるぞ」
「なにか、って何ですか、椙崎副社長」

 役職持ちだけが入る事が許されるフロアにある専務室に入った途端、応接用に設えた本革のソファから眠そうな声が聞こえる。
 呆れた視線を向ければ、悪友の椙崎がゴロゴロとソファに寝転がっているのが目に入る。ここはお前の休憩室ではないと何度言えば。

「ここは副社長の憩いの場ではないと、何度言えばいいんですかね。その頭の中に詰まってるのは脳みそじゃなくて、スポンジか何かなんですか。いっそのこと細君に醤油でも染みこませてもらったら如何です?」
「うわっ、お前の丁寧語とかキモイ!」

 イヤミの礫で攻撃すれば、椙崎はソファから起き上がって自分を抱くように腕をさすっている。キモイとは失礼な。そもそも就業中にも拘らず人の部屋に居るお前のがキモイわ。

「なんなら、ずっとこの口調で対応しましょうか、椙崎副社長?」
「やめて! 寒イボが止まらなくなるから!」
「……だったらサボってないで副社長室に帰れよ」

 なぜ好き好んで副社長室より狭いここに来るんだ。

 冷ややかな視線を投げ、俺は次席に腰を下ろす。成金趣味だった専務室を壁紙から全てとっぱらい、シックで落ち着く部屋にしたおかげで、リラックスしながら仕事ができる場所だったのに、椙崎のせいで意味がなくなる。

「で、俺に何が届いてるって?」
「目の前に封筒があるだろう? さっき秘書室長から預かった」
「ふうん」

 言われて執務机に目を向ければ、大判の封筒には会社の住所と俺の名前が印字されていた。裏を返してみても宛名は都心が分かるだけだし、名前も見覚えがない。
 だけど、これは俺が待ち望んでいたものだと、直感で感じた。

「なあなあ、何が届いたんだ? もしかしてラブレター?」
「阿呆か。こんな大判の封筒でラブレターとか届いたら、即座にシュレッダー行きに決まってるだろ」
「じゃあ、なんだよ」

 三十過ぎの男が唇を尖らせて拗ねても可愛くないというのに、子供のように興味津々を前面に押し出しながら、備え付けのコーヒーメーカーからコーヒーを淹れている椙崎へと、仕方ないな、と口を開く。

「月宮くんの彼氏と称してる男の身上調査書」
「はぁ?」

 驚く椙崎を無視して、ペーパーナイフで封を開くと、中には数枚の印字された紙片が入っていた。

 真唯が俺が入社する前から付き合ってる男について、入社と同時に調査を依頼していたのが届いたようだ。
 細かいフォントで綴られた文字を追っていく内に、俺の唇はニヤリと吊り上がる。
 俺の予測通り、真唯の恋人と称してる男はクズの分類に入っていたようだ。

「さて、どう真唯と関係を切らせるか、だな」

 本当は真唯を泣かせたくないけど、いつまでもズルズルあの男に引っ張られる位なら、ムリヤリでも断絶するに限る。

 そんな俺をじっとりと目線を送ってくる椙崎を無視して、プライベート用に所持している端末をスーツの内ポケットから取り出すと、とある場所へと通話を繋げたのだった。
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