上司と雨宿りしたら恋人になりました

藍沢真啓/庚あき

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本編

一生裏切らないから、ずっと信じていて

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「あの男は俺の部下だったんだ」
「え、そうなんですか?」
「うん。守秘義務があるから詳細は言えないけど、色々あって前の会社から退職したんだけど、まあ、俺に恨みつらみがあったんだろうね。俺が参加するセミナーで、しかも俺が発表してる時を狙ってきたんだから」

 結果として真唯を怪我させてごめんね、ともう傷もない脇腹に手を添えて、頬に口づけてくる専務の顔はとても苦しげで、

「気にしないでください、千賀専務。ちょっと打撲にはなりましたけど、誰も怪我なくてホッとしたんですから」

 私は手を伸ばし専務の頬をそろりと撫でる。
 くっそう、イケメンは肌も綺麗とか。しかもスベスベしてて気持いいとかズルい。

 専務の肌の心地よさを堪能していたら、何故か専務は勢いよく距離を離して立ち上がると、私を横抱きにした。

「本当に真唯が怪我が残ってないか調べたいし、お互い体も冷え切っちゃったから、そろそろお風呂に行こうか」
「……は?」

 ふわり、と浮き上がる感覚と、男の人の腕に全体重がかかるという、いわゆるお姫様抱っこをされた私は、恥ずかしさと混乱でじたじたと手足を動かす。
 重いからはーなーしーてぇ!

「せ、専務っ」
「暴れると着衣のまま浴槽に放り込むけどいい?」
「やめてください、困ります!」
「でしょ? だから上司命令。おとなしくしてなさい」

 こんな時に上司命令とか酷い。
 にっこり笑う専務へと唇を尖らせて睨む私に、彼は降ってくるようにちゅっとキスをしてきて、真唯かわいい、と囁かれては、恥ずかしさで口をパクパクと動かす事しかできなかった私は悪くない。

 いや、まあ、三年も前から私の事を恋愛感情として思ってくれてる専務に、少なからず絆されてる部分もあるんだよね。しかも元恋人の二股で裏切られた後で心が弱くなってるし。

 それにこんなイケメン上司にお姫様抱っこされてるとか。ある意味女子の夢だよね。

 結局は、少なからずとも専務と雨宿り以上の行為に期待してるのかもしれない。
 女だって性欲位はあるのだ。ヤるかは別にして、今の私は人肌が恋しかったのかもしれないな。

 抱かれたまま連れて行かれた浴室は、脱衣所と別になっていて、クリーム色の洗面台に小さな観葉植物が映えて素敵。
 籐籠にはメイク落としや化粧水等のアメニティとかがある。

「じゃあ、脱ごうか。真唯?」

 ぼんやりと別に意識を向けていたら、専務の楽しげな声が上から注がれる。
 抵抗したかったんだけど、正直ジャケットの中まで雨が染み込んでて気持ち悪かったし、喜々として脱がせにかかる専務の顔を見てたら、もう無駄かと気づいて、粛々と羞恥プレイを受け入れる事にした。

 パサリ、パサリ、と衣服が床に落ちる。
 その間にも髪や頬、唇に甘い囁きと共に小鳥が啄むようなキスが落とされる。

 まだ本人から「好き」や「愛してる」の言葉はないけど、絶え間なく繰り返される行為そのものが私へと好意を伝えてるようで、温かい感覚に私は受け入れるように目を閉じた。







 大人二人が入っても十分過ぎる程の浴槽に肩まで浸かる。背中に浴槽とは違う柔らかい感触があるけども気にしてはいけない。気にしたら叫びそうなので脳内から必死に追いやる。

「気持いいね、真唯」
「そーですねー」
「棒読みしてる真唯も可愛い」

 専務はそう言って肩越しに頬へとキスしてくる。なんなんだ、この甘々カップルのようなやり取りは。

 脱衣室ですっぽんぽんにされた私ですが、そこで三年前の怪我を見ればいいのにも拘らず、当然の顔をして専務も脱ぎだした時には、気が遠くなってのは言うまでもない。
 いやね、脇腹を見る為だけに全裸もどうかと思うけど、観察するべき人間が脱いだ方のショックに、言葉も出ない訳でしてね。

 あれよあれよという間に、専務の広い胸に背中を預ける状態で入浴なうです。
 ちなみに、そこに至るまでに髪も体もくまなく洗われちゃいましたけどね! ぶっちゃけ、美容師並の手つきの良さでマッサージされながら洗われ、肌に傷が付くからと掌で洗われた私は、もうツヤッツヤしておりますがな。
 ……イケメンって不得意な事ってないのだろうか。

「千賀専務」
「んー?」
「専務って、苦手な事とかあるんですか?」
「え? どうして?」
「なんというか、女性の服を剥くのにも手馴れた様子ですし、髪の洗い方プロ並だし、もう超越したテクニックが凄くて、専務って実は人間じゃないのかなぁ、って」

 適度に温めのお湯は思考を溶かすのに一役買っていて、普通ならどうでもいい事がつらつらと口から零れ出る。お尻にさっきからずっと当たってる物体については無視です。言葉にしたらアカンヤツです。

「ふふっ、人間じゃないって。……んー、そうだな。たまたま俺に声掛けてきた子達に練習台になってもらったからかな」
「れんしゅうだい」

 ほほう。散々食い散らかしてきたお嬢さん達を練習台とな。つまりは、私もその練習の一環なのか。

「つまりは、専務には何か目的があって、これまで色んな娘さん達を練習台という名のエッチを繰り返し、で、私もその一連の練習なんですね」

 どんだけ経験積みたいんですか、専務。

 ちゃぷん、と手の中にあるお湯はトロミが少しあるミルキィピンクの可愛らしく濁ったもので、これだけ密着していてもまだ落ち着いていられるのは、くっきりはっきりお互いの体を認識しなくて済んでるから。

 ぼんやり思っていた事を告げた途端、背中に居る専務が激しく動くのに気付く。図星指されて動揺しているのか?

「真唯? 何か勘違いしてるようだけど、他の女と真唯は違うからね。十把一絡《じっぱひとから》げなのは練習台の女達。真唯は俺にとって三年前から特別な女の子なんだからね」
「……」
「あと、ひとつ言わせて貰えるなら、真唯と出会ってから今日までセックスはしてないから、俺」
「……へ?」

 唐突に何を言ってるんだ、この上司は。
 訝る視線を投げてよこせば、洗いたての髪を節張った指で梳きながら専務が頬を寄せてくる。

「まあ……真唯が信じるかどうかは分からないけど、あのセミナーで真唯に一目惚れしてから、女を抱かないって決めたんだよね。……願掛けって言うのかな。自分でもどうして真唯に固執してるのか理解できてない部分もあるけど、ただひとつ言えるのは、真唯が本当に好きで、真唯以外の女はどうでも良いとか思ってる」

 最低だよね、と苦笑混じりの声が聞こえ、私は否定するように首を振った。

 女でも男でも唯一を見つけたら、他の人はただの飾りにすぎないと思う。私にとっては元恋人だと思ってたけど、こうして専務と肌を重ねて気付く。
 背中から伝わる体温、耳朶を這う唇の熱さ、鼓膜を震わせる低く甘い声、濡れて落ちた髪が零す雫、肌を舐めるように辿る吐息、そのどれもが私の全てを揺さぶり、官能にお腹がわななく。

 好きだって。
 他の女性は十把一絡げだって。
 私の事が好きだからセックスもしてなかったんだって。
 私以外はどうでもいいって思ってくれるんだって。
 周囲から守る為に傍にずっと居てくれるって。

「……信じても……いいですか?」

 私は専務の腕の中でくるりと振り返り、まっすぐに彼の目を見て問う。
 ああ、なんて素敵な人なんだろう。この人をどうして今の今まで唯一の人だって気付かなかったんだろう。

「千賀専務の事……本当に信じてもいいんですよね?」
「うん。一生裏切らないから、ずっと信じていて、真唯」

 蜂蜜のように蕩けそうな眼差しを私へと向ける専務。自然と惹かれるように私達は距離を縮め、溶ける口付けを交わしたのだった。







「んぅ、ふぁ、あ、んん」

 ねっとりと舌を絡められ、溢れたお互いの唾液に溺れそうになる。でも、それすらも情欲に火を灯し、触れ合う部分が溶けそうに熱い。

 ドロドロのキスで蕩けさせられ、お風呂から出たままタオルで拭うことすらもどかしく、濡れたままでベッドになだれ込む。そこから再び息をするのも億劫な程専務のキスに溺れ、実はスライムになってしまったのでは、と思える位力が入らない。

「せん、む」
「蓮也って呼んで、真唯。その舌っ足らずな声で呼ばれたら、我慢できないかもしれないけどね」
「……れ、んや、さ」

 キスの合間に彼を呼べば、蓮也さんはうっとりと情欲に滲んだ瞳を細める。
 会社では人あたりも良く、誰とでも平均的に接している人が見せる変化に、私はもうドキドキしっぱなしで、胸が痛い位。

「真唯、可愛い。好きだから、もっとキスしてもいい?」
「う、んっ」

 深く溺れて沈まないように蓮也さんの首に腕を回し、必死で百戦錬磨の口付けに応える。

 浴室から直行したから、私も蓮也さんも生まれたての姿を重ねてて、トワレの匂いが消えた肌の香りを目一杯吸い込む。甘くて花の香りがするのは、さっき使ったボディソープの匂いなのかな。
 ぴちゃぴちゃと舌の交わり合う音に酔いしれながら、私は抱き締める腕を強くした。

「ああ、トロトロになっちゃって。キスだけでこんなんじゃ、最後までできるか心配なんだけど」

 ちゅ、と唇音をさせて蓮也さんが揶揄してくる。

「だって、蓮也さんのキスが、沢山私を好きって言うから」

 既に弛緩しちゃってるけど、必死に蓮也さんの顔を寄せ、今度は私から口付けを仕掛ける。
 上唇を軽く食み、下唇を濡れた舌で舐めながら、そっと受け入れるように開かれたあわいに舌を滑り込ませる。男女でも性感帯とされている口蓋のザラザラした部分を舌先で擽るように愛撫すると、蓮也さんの体がピクリと痙攣するのを知った。

 元恋人とキスをしていても、自分から積極的に仕掛けるなんてしなかった。というより、あっさり終わるから出来なかったとも言う。
 正直、執拗にキスされた訳だけど、まだ触れてすらもない蜜壷からトロリと雫が零れ、もどかしさに膝をすり合わせるだけでクチュリと水音が跳ねる。
 蓮也さんのキスで、こうまで蕩けさせられた私は、恥ずかしいのもあって、仕返しとばかりに口付けを仕掛けたわけ。

「真唯が本気で可愛すぎる」

 あれだけ桃色な空気だったのに、突然真顔でそんな事を言う蓮也さん。思わずきょとんとした私は悪くない。

「あー、もう。年上だからって余裕ぶってみたのに、真唯が理性壊してくるもんなぁ」
「ふえ?」

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