自作小説の悪役令嬢に転生したのですが、どうしたらいいのでしょうか?

藍沢真啓/庚あき

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転生先は自作小説の世界でした

転生した理由を考えてみました

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 カチャカチャとカトラリーとお皿が触れ合う音だけが食堂の中に響く。

(うぅ……。いたたまれない……)

 食後に出されたハーブティーを飲みながら、そっと正面に座る兄――リオネル・マリカ・ドゥーガンの様子を窺った。
 設定から、一つ歳上の兄は、私と同じ緩くウェーブのかかった白金の髪が庭に面した窓から射し込む陽光によってとても眩い。薄く伏せられた淡い金の睫毛の奥に、こちらは母に似た烟ったような灰青の瞳が思慮深さを明確にしている。
 容姿は元々怜悧な父と淡麗な母との間に生まれたので、アデイラと同じく整った美貌である。
 まあ、物語の攻略対象であるからして、それなりに美しい容姿をしてなければ意味がない。

 私が私として転生していなかったアデイラの将来のひとつ。つまりはヒロインが兄を対象として選んでいた場合。私は当主となった兄によって孤島の修道院にシスターとして修行という名の投獄になるのだ。
 その印象があるせいか、淡々と食事をする兄を眼前にしていると、妙に恐怖感が湧き上がる。
 って、いかんいかん。そんな真っ暗な未来なんて覆すって自分で決めたじゃないか! 例え、それが自分で決めた結末だとしてもね。
 やっぱり自分の身に降りかかる火の粉はその前に鎮火せねば。
 ということで、行動しますよ!

「お、おにいさま」

 少しどもってしまったけど、意を決して兄を呼んだ。……んだけど。

「なに?」

 リオネルは目線だけを僅かに反応して見上げてくれたけど、すぐに長い睫毛に灰青の瞳は帳を落としてしまった。

(なんてこと。もうこの時期からすでに家族崩壊が始まってたのか…?)

 七歳の小娘では無理ゲーすぎる……。

 がっくりしたい気持ちに傾くものの、このまま時の流れるままにしていたら、確実に訪れるのは幽閉エンド。

 陽の当たらない石造りの教会で、着ているのも粗末な修道服ひとつで神に祈りを捧げる毎日――っていやああああああああ!!
 健康に生まれ変わっても閉鎖空間に閉じ込められるなんていやだぁ!
 お日様の下で走り回りたいんじゃああああああ!
 断固として! 私は! 絶対に! バッドエンドを! 覆してやる!!

 テーブルの下の両手をぎゅっと固く結び、決意に自分を鼓舞した私は、勢いよく立ち上がると、ずかずかと兄の隣の椅子に腰を下ろした。どっちにしても私と兄以外誰も座ってないから、席はいっぱいあるんだしね。

 はっきり言ってレディの欠片もない行動は、執事やメイド二人だけでなく、目的だった兄を十分驚かせるに至ったらしい。

「ア……アデイラ」

 ぎょっと瞠目し、固まった兄は私を凝視しつつも、ぎこちない言葉で私の名を告げる。
 私設定で若き当主として冷静沈着キャラであるリオネルの仰天する姿を目の当たりにし、今度は私が兄を見つめたまま硬直する。
 二人揃ってカチンコチンに固まった私たちは、ガイナスの苦言によってようやく時が動き出してくれた。

「お嬢様、はしたないですよ。それからリオネル様。食事中にそのようにお手を止めるのは感心致しません」
「……すまない」
「ごめんなさい……」

 分かったなら宜しいと言わないばかりに頷くガイナスを二人で一瞥し、兄は食事を、私は新しくレイが淹れてくれたお茶を口にした。

 しかし、こんなに沈黙な空間じゃ、リオネルと交流なんてできないぞ?

 どうしたものか、とお茶を啜りつつ思案していると、ふと、隣から囁きが聞こえてきたのである。

「図書室で待ってろ」

 端的に言われた言葉に一瞬考えが止まってしまったけど、私はコクリと小さく頷き返すと、メイド二人を伴い食堂を後にした。




 図書室に入った私の感想としては。

(図書室は図書館でした……)

 何言ってんだこいつ、って思われるかもしれないけど、初見の私が言うんだから間違いない。

 個人宅の蔵書量をはるかに超えた本が、三方の壁に設置された本棚にびっちりと埋め尽くされている。
 屋敷の端にある場所だからか、三階まで吹き抜けとなっており、階ごとに小さな回廊と階段以外は本棚が壁と一体化していた。
 基本的には一階に置かれた木製の丸テーブルとソファがあるから、そこで座って読み耽るのだろう。テーブルには灯りの消えたランプがポツンと佇んでいる。
 本が傷まないためだろうか。小さな明り取りの小窓から射し込む弱い陽光が室内をぼんやりと照らし、埃が反射でキラキラしているのが綺麗だ。

「……懐かしい、な」

 ここは転生前にほんの少しだけ通っていた高校の図書室のような、ちょっと古い紙の匂いと、薬の臭いしかない息苦しさばかりだった病室とは違うどこか安心できる香りに、思わず言葉が零れていた。

 病院は白く清潔な空気に包まれてたのに、いつもいつも息が詰まりそうだった。
 ベッドに寝かされ、腕には何本もチューブで拘束され、最期らへんは水のようなお粥に具のないスープ。しかもどっちも味がしないとか。
 だからこそ、こうして自分の足で歩き、味のする食事を噛みしめ、消毒臭くない匂いに感動を憶える。

(ああ……、私健康な体なんだ、って)

 前の私は、産まれた時からずっと『死』と隣り合わせで生きてきた。
 それは寿命と宣告されていた十歳以降は、確実に訪れるであろう恐怖から逃げようと、かなり我が儘な子供だった。
 さぞかし両親も呆れ果ててただろうけど、最期の最期まで見捨てる事はなかった。今でも大好きな人たちだ。

 だから、寝たきりでも読める他の人が創るネット小説の世界にのめり込んだのだろう。
 色んな世界で頑張って生きようとする主人公。そして立ちはだかる障害。
 私はまるで一緒に冒険してる気分にしてくれる場所が好きになり、そして、贖罪として過去の私を断罪する意味で悪役令嬢を作り出したのだ。

「……あ、そういうことか。だからアデイラに転生したのか……」
「転生?」

 背後から聞こえた自分以外の声に、全身がビクリと震える。

「転生ってどういうこと? アデイラ?」

 メイドたちは私の部屋で待機しているはず。それにこんな少年のような声じゃない。つまりは……。

「おにいさま……」

 扉にもたれ、腕を組んだまま優雅に微笑むのは、アデイラの実兄で図書室待機を指示したリオネルだった。
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