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恋とは甘くて苦い果実のよう
私と彼女の物語(???視点)
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それを見つけたのは、本当に偶然だった。
中学を卒業して、看護学校に通う為にいわゆる『お礼奉公』として入社した病院は、まだ子供といえる年齢にも関わらず、求められる仕事な大人と一緒で、少しの自尊心と疲労をごちゃまぜにしながらも、必死でしがみついていた。
普通の高校に通ってる友人からは「どうしてそんなに苦労してまで」と言うけども、施設育ちの私が、手っ取り早く資格と自活を得ようと思ったら、公務員か看護師くらいしか道がなかったからだ。
それに、今通ってる学校は高校とも提携を結んでいるおかげで、最悪でも高校卒業の資格も取れるのがありがたい。さすがにいざ結婚となった時に中卒というのは、外聞も悪いだろうし。まあ、恋愛のれの字もない現状では、結婚なんて夢また夢。
とにもかくにも仕事を覚えるのが一番な訳で。
でも、看護学生の仕事なんて、看護師さんの補助か介護士さんのお手伝いくらいなもので……
たまに「私何になりたいんだろう」って切なくなるけども、そんな迷走してる私を支えてくれる存在がいるから、頑張りたいと思えるのだ。
私の大切な子。彼女は、うちの病院でも有名な患者さんで、歳は私の二個下。人生の殆どを病院で過ごし、「家? 家はここだよ」と笑いながら話すような、明るい子だった。
体調の良い時は院内学園で勉強してるんだけど、そんな時は私がいつも付き添っていた。先輩看護師たちは常に大忙しだし、介護士さんも寝たきりの方についてる事が多い。必然的に看護助手である私が付き添うパターン。
彼女は私を「おねえさん」と言ってくれて、私も彼女を妹のように接していた。
「あんまり患者さんと近くなるのはオススメしないわ。あとが絶対辛くなるから」
先輩看護師さんは何度も私にそう諭してくれたけど、親も兄弟もいない私には、妹のような存在の彼女から距離を取る方が辛くて、先輩の言葉には耳を塞いでいた。
私は順調に学科も看護師の仕事もステップアップし、二十歳の時に准看護師の資格を取り、正看護師の資格を取るために更に上の学校へと進学をした。
正直な話、正看護師の資格だけでも、お給料は十分だし、働いて、疲れて寝て、の生活のおかげで、お金を使う事もないから、最近では施設に寄付までできるようになっていた。だから、このままでも満たされているんだろうけども。
「え? おねえさん、助産師の資格取るの?」
大きな目をこぼれそうな程に見開き、手にしていたスマホがポトンと掛け布団の上に落ちる。彼女は二十歳から三年経ってもベッドの住人として生きていた。
医療技術は日々進化している。彼女の病気もいつか完治して、ちゃんと大人になった彼女が恋愛をして、結婚をして、そして、彼女の中で育つ命を取り上げたいから。
そう言ったら、瞠目していた目が更に開かれ、ポロリと綺麗な雫が白い頬を転がっていく。
先輩から何度も何度も注意された。
患者と看護師の関係を逸脱してはいけないと。
だけどそんな時期はとっくに過ぎていて、私にとって彼女はとても大切な妹になっていたのだ。
だから、彼女の家族を姉として取り上げたい。
今も病気と闘っている彼女が生きる希望を持ってくれるように、私はステップアップしたいのだ。
本来の目的は告げずに師長と事務局長に話をすれば、病院の助成制度で学費の補助をしてくれるそうで、おかげで殆ど無償で助産師学校へと通う事ができた。
どこの病院も看護師の確保をしておきたいとの事らしく、こういった助成金の制度があるのは、実の家族のいない私にとってはありがたかった。
助産師養成学校に通いながらの勉強は、准看護師や看護師の時よりもキツかった。ただひたすらに頑張れたのは、彼女の子供を取り上げたいという熱意。
さすがに一年で資格が取れた時には、一番自分を褒めた。情熱ってすごい。
しかし、私が勉学と勤務に励んでいる間に、彼女の容態は死への階段と確実に一歩ずつ登って行き、そして私は彼女の子供を目にする前に、彼女の死に顔を見ることとなったのだ。
彼女いわく「他人みたいな存在」と称していた彼女の両親は、長年彼女を看てくれた事に感謝をのべ、彼女の遺体と帰っていってしまった。当然ながら他人の私には、葬列に参加する資格はない。いくら彼女が私を姉のようだと言っても、その関係は病院の中でのみ完結したものだから。
ただ。
「娘がこのスマホをあなたに、と強く願っていましたので」
彼女の母親が私に手渡したのは、死の瞬間まで握っていたスマートフォン。最近はこそこそと何かやっていた小さな端末。
見てしまうと彼女を必然と思い出してしまう為、長年箱にしまったまま置いていたけども、数ヶ月前に見つかった腫瘍を手術で取ったものの予後は芳しくなく、看護師の仕事を辞した私は、ふと見つけた古いスマートフォンに電源を入れてみる事にした。
幾つかのゲームと、本のアイコンのアプリがひとつ。何となしに指先で本のアイコンをタップすると、Wi─Fi設定していたおかげでネット接続されたそこには、大手小説投稿サイトのマイページだった。
投稿一覧に一作だけ。他にも感想や色々お知らせがあったけども、はやる気持ちでその作品ページを開いた。
あの時、彼女がこそこそと何かしていたのは、これを書いていたようだ。
たった数話で途切れてしまった彼女の物語。
私は他にもメモアプリなどを開たりして、彼女がこの物語を最後まで書きたかった気持ちを初めて知ったのである。
書かなくては。
自分の命もいつまで持つか分からない現状で、すぐさま投稿サイトの管理人へと連絡を取った。彼女の代わりにこのアカウントを使用し、投稿を続けたい、と。
最初は取り合って貰えなかったけども、何度も説得を繰り返していくうちに、特例措置ではあるので、他言には無用という条件のもとアカウントの使用を許されたのである。
こんな無駄手間をかけなくても黙っていればアカウントは使用できる。
それでは彼女を汚すような気がして、無断で使うのは憚られた。
そして、彼女の遺したメモをもとに、私は物語を綴った。
途中、彼女の作った悪役令嬢に愛着が湧いて、令嬢をヒロインのサポートキャラにしてしまったけども。
おかげで色んな人に読んでもらえた。
書籍化の打診も何度かあったけども、私は全てサイトを通してお断りしていた。
私はただの代わりだから。
彼女はヒーローである令嬢の元婚約者の王子様とヒロインを結ばせようとしていたけど、悪役令嬢はすでに悪役の文字が取り払われ、厳しいけども人情味ある少女へと転身していた。
だから、私は令嬢とヒーローを結ばせる事にした。
きっと彼女は物語を変えてしまった私を怒るかもしれないが、これでいいと思ったのだ。
あと一話で私と彼女の物語が終わる。
もう体はベッドに縫われたように動けず、酸素マスクをしてないと呼吸もまともにできず、モルヒネの助けがないと意識が闇にひきずられていく。
そんな状態になっても私は指をたどたどしくも動かす。
最後まで。
彼女の思いを私の指を通じて見知らぬ誰かに。
エンドマークをつけて、投稿ボタンを押した私の力も命も尽きる。
もし、神様、叶うのならば、次も彼女の傍にいさせてください。
どんな形でもいい。彼女を見守る事ができるのならば。
だから、私の記憶は残しておいて。
すぐに彼女を見つけれるように。
お願い──神様……。
「……で、あるからして、リナ、そなたにはドゥーガン家に潜入してもらいたい」
若くとも威圧感ある声に、私はハッと我に返る。隣には、弟のように可愛がっているジルが恭しく膝をつくのが見える。
「どうかしたのか、リナ。何か心配な事でも?」
「……いいえ」
いけない。ぼんやりしていては、裏切りを思案していると誤解を与えてしまう。
「陛下。妹君の婚家に密偵を入れるというのは、いささか過保護かと思ったもので」
「まあ、普通ならそう思うよな。だが、私が心配しているのは、妹や親友ではなく、彼らの子供たちなんだよ」
陛下とヴァン・マリカ・ドゥーガン公爵は、長年の悪友とも言える関係だった。そんなヴァン様を妹君であるエミリア様が見染め、褒賞として下る事を切望したそうだ。
妹を可愛がっていた陛下は、ヴァン様なら大切にしてくれるだろうと、その願いを叶えたものの、二人の間になにがあったかは不明だが、二人の関係は年々冷え切ってしまい、殆ど家にも寄り付かなくなったそうである。
だが、そんな二人にも長男と長女の二人をもうけた。
長男のリオネルと長女のアデイラだ。
アデイラは陛下の子息であるクリストフ王子と婚約中であり、現在は流行病で寝込み、部屋からも出ない生活を送っているらしい。
私は陛下の説明を聴きながら、頭の中は怒涛のように流れ込んでくる情報のせいで擦り切れそうだった。
(あの話には、リナというキャラクターはいなかったのに……)
私は自分を否定しながらも、記憶の濁流の中でキラキラと光る断片をかき集め、そこで私が生まれた意味を知る。
きっとこの世界に生きているだろう彼女を、今度こそ幸せにする為に存在したのだ。
今すぐにでも飛び出して生まれ変わった彼女を探しに行きたい。
だけど、見に染み付いた『夜』の使命が、私をこの場に留める。
それにさっきから耳に入ってくるリオネルもアデイラもクリストフも、前の私にはずっと傍にあった名前だったから。
(もしかして、今ならリオネルとアデイラを仲良くさせるのも可能かもしれない)
物語では、リオネルはアデイラを忌避していた。逆にアデイラはリオネルとクリストフに固執していた。
不慮の事故で亡くなった両親への愛を求めるように、病的なまでに二人に依存していたのだ。
陛下の話では二人共ご存命のようだ。それなら運命を変える事が可能かもしれない。
「陛下」
「うん、なんだい?」
「その使命、私一人で行かせて貰えないでしょうか。ジルはまだ幼く、正直足でまといです。それに、私一人の方が色々動きやすいので」
「そうだなあ。それなら、リナは王家とは関係ない家に紹介状を書かせるから、行ってもらえるかな?」
「御意に」
私は逸る気持ちを抑え、淡々と答えを返す。
お願い、間に合って。彼らが最悪の道を歩む前に。
願いが通じたのか、一ヶ月も経たずに私はリオネル様の専属メイドとなり、そして、私はアデイラ様が彼女の転生した姿であると知ったのである。
中学を卒業して、看護学校に通う為にいわゆる『お礼奉公』として入社した病院は、まだ子供といえる年齢にも関わらず、求められる仕事な大人と一緒で、少しの自尊心と疲労をごちゃまぜにしながらも、必死でしがみついていた。
普通の高校に通ってる友人からは「どうしてそんなに苦労してまで」と言うけども、施設育ちの私が、手っ取り早く資格と自活を得ようと思ったら、公務員か看護師くらいしか道がなかったからだ。
それに、今通ってる学校は高校とも提携を結んでいるおかげで、最悪でも高校卒業の資格も取れるのがありがたい。さすがにいざ結婚となった時に中卒というのは、外聞も悪いだろうし。まあ、恋愛のれの字もない現状では、結婚なんて夢また夢。
とにもかくにも仕事を覚えるのが一番な訳で。
でも、看護学生の仕事なんて、看護師さんの補助か介護士さんのお手伝いくらいなもので……
たまに「私何になりたいんだろう」って切なくなるけども、そんな迷走してる私を支えてくれる存在がいるから、頑張りたいと思えるのだ。
私の大切な子。彼女は、うちの病院でも有名な患者さんで、歳は私の二個下。人生の殆どを病院で過ごし、「家? 家はここだよ」と笑いながら話すような、明るい子だった。
体調の良い時は院内学園で勉強してるんだけど、そんな時は私がいつも付き添っていた。先輩看護師たちは常に大忙しだし、介護士さんも寝たきりの方についてる事が多い。必然的に看護助手である私が付き添うパターン。
彼女は私を「おねえさん」と言ってくれて、私も彼女を妹のように接していた。
「あんまり患者さんと近くなるのはオススメしないわ。あとが絶対辛くなるから」
先輩看護師さんは何度も私にそう諭してくれたけど、親も兄弟もいない私には、妹のような存在の彼女から距離を取る方が辛くて、先輩の言葉には耳を塞いでいた。
私は順調に学科も看護師の仕事もステップアップし、二十歳の時に准看護師の資格を取り、正看護師の資格を取るために更に上の学校へと進学をした。
正直な話、正看護師の資格だけでも、お給料は十分だし、働いて、疲れて寝て、の生活のおかげで、お金を使う事もないから、最近では施設に寄付までできるようになっていた。だから、このままでも満たされているんだろうけども。
「え? おねえさん、助産師の資格取るの?」
大きな目をこぼれそうな程に見開き、手にしていたスマホがポトンと掛け布団の上に落ちる。彼女は二十歳から三年経ってもベッドの住人として生きていた。
医療技術は日々進化している。彼女の病気もいつか完治して、ちゃんと大人になった彼女が恋愛をして、結婚をして、そして、彼女の中で育つ命を取り上げたいから。
そう言ったら、瞠目していた目が更に開かれ、ポロリと綺麗な雫が白い頬を転がっていく。
先輩から何度も何度も注意された。
患者と看護師の関係を逸脱してはいけないと。
だけどそんな時期はとっくに過ぎていて、私にとって彼女はとても大切な妹になっていたのだ。
だから、彼女の家族を姉として取り上げたい。
今も病気と闘っている彼女が生きる希望を持ってくれるように、私はステップアップしたいのだ。
本来の目的は告げずに師長と事務局長に話をすれば、病院の助成制度で学費の補助をしてくれるそうで、おかげで殆ど無償で助産師学校へと通う事ができた。
どこの病院も看護師の確保をしておきたいとの事らしく、こういった助成金の制度があるのは、実の家族のいない私にとってはありがたかった。
助産師養成学校に通いながらの勉強は、准看護師や看護師の時よりもキツかった。ただひたすらに頑張れたのは、彼女の子供を取り上げたいという熱意。
さすがに一年で資格が取れた時には、一番自分を褒めた。情熱ってすごい。
しかし、私が勉学と勤務に励んでいる間に、彼女の容態は死への階段と確実に一歩ずつ登って行き、そして私は彼女の子供を目にする前に、彼女の死に顔を見ることとなったのだ。
彼女いわく「他人みたいな存在」と称していた彼女の両親は、長年彼女を看てくれた事に感謝をのべ、彼女の遺体と帰っていってしまった。当然ながら他人の私には、葬列に参加する資格はない。いくら彼女が私を姉のようだと言っても、その関係は病院の中でのみ完結したものだから。
ただ。
「娘がこのスマホをあなたに、と強く願っていましたので」
彼女の母親が私に手渡したのは、死の瞬間まで握っていたスマートフォン。最近はこそこそと何かやっていた小さな端末。
見てしまうと彼女を必然と思い出してしまう為、長年箱にしまったまま置いていたけども、数ヶ月前に見つかった腫瘍を手術で取ったものの予後は芳しくなく、看護師の仕事を辞した私は、ふと見つけた古いスマートフォンに電源を入れてみる事にした。
幾つかのゲームと、本のアイコンのアプリがひとつ。何となしに指先で本のアイコンをタップすると、Wi─Fi設定していたおかげでネット接続されたそこには、大手小説投稿サイトのマイページだった。
投稿一覧に一作だけ。他にも感想や色々お知らせがあったけども、はやる気持ちでその作品ページを開いた。
あの時、彼女がこそこそと何かしていたのは、これを書いていたようだ。
たった数話で途切れてしまった彼女の物語。
私は他にもメモアプリなどを開たりして、彼女がこの物語を最後まで書きたかった気持ちを初めて知ったのである。
書かなくては。
自分の命もいつまで持つか分からない現状で、すぐさま投稿サイトの管理人へと連絡を取った。彼女の代わりにこのアカウントを使用し、投稿を続けたい、と。
最初は取り合って貰えなかったけども、何度も説得を繰り返していくうちに、特例措置ではあるので、他言には無用という条件のもとアカウントの使用を許されたのである。
こんな無駄手間をかけなくても黙っていればアカウントは使用できる。
それでは彼女を汚すような気がして、無断で使うのは憚られた。
そして、彼女の遺したメモをもとに、私は物語を綴った。
途中、彼女の作った悪役令嬢に愛着が湧いて、令嬢をヒロインのサポートキャラにしてしまったけども。
おかげで色んな人に読んでもらえた。
書籍化の打診も何度かあったけども、私は全てサイトを通してお断りしていた。
私はただの代わりだから。
彼女はヒーローである令嬢の元婚約者の王子様とヒロインを結ばせようとしていたけど、悪役令嬢はすでに悪役の文字が取り払われ、厳しいけども人情味ある少女へと転身していた。
だから、私は令嬢とヒーローを結ばせる事にした。
きっと彼女は物語を変えてしまった私を怒るかもしれないが、これでいいと思ったのだ。
あと一話で私と彼女の物語が終わる。
もう体はベッドに縫われたように動けず、酸素マスクをしてないと呼吸もまともにできず、モルヒネの助けがないと意識が闇にひきずられていく。
そんな状態になっても私は指をたどたどしくも動かす。
最後まで。
彼女の思いを私の指を通じて見知らぬ誰かに。
エンドマークをつけて、投稿ボタンを押した私の力も命も尽きる。
もし、神様、叶うのならば、次も彼女の傍にいさせてください。
どんな形でもいい。彼女を見守る事ができるのならば。
だから、私の記憶は残しておいて。
すぐに彼女を見つけれるように。
お願い──神様……。
「……で、あるからして、リナ、そなたにはドゥーガン家に潜入してもらいたい」
若くとも威圧感ある声に、私はハッと我に返る。隣には、弟のように可愛がっているジルが恭しく膝をつくのが見える。
「どうかしたのか、リナ。何か心配な事でも?」
「……いいえ」
いけない。ぼんやりしていては、裏切りを思案していると誤解を与えてしまう。
「陛下。妹君の婚家に密偵を入れるというのは、いささか過保護かと思ったもので」
「まあ、普通ならそう思うよな。だが、私が心配しているのは、妹や親友ではなく、彼らの子供たちなんだよ」
陛下とヴァン・マリカ・ドゥーガン公爵は、長年の悪友とも言える関係だった。そんなヴァン様を妹君であるエミリア様が見染め、褒賞として下る事を切望したそうだ。
妹を可愛がっていた陛下は、ヴァン様なら大切にしてくれるだろうと、その願いを叶えたものの、二人の間になにがあったかは不明だが、二人の関係は年々冷え切ってしまい、殆ど家にも寄り付かなくなったそうである。
だが、そんな二人にも長男と長女の二人をもうけた。
長男のリオネルと長女のアデイラだ。
アデイラは陛下の子息であるクリストフ王子と婚約中であり、現在は流行病で寝込み、部屋からも出ない生活を送っているらしい。
私は陛下の説明を聴きながら、頭の中は怒涛のように流れ込んでくる情報のせいで擦り切れそうだった。
(あの話には、リナというキャラクターはいなかったのに……)
私は自分を否定しながらも、記憶の濁流の中でキラキラと光る断片をかき集め、そこで私が生まれた意味を知る。
きっとこの世界に生きているだろう彼女を、今度こそ幸せにする為に存在したのだ。
今すぐにでも飛び出して生まれ変わった彼女を探しに行きたい。
だけど、見に染み付いた『夜』の使命が、私をこの場に留める。
それにさっきから耳に入ってくるリオネルもアデイラもクリストフも、前の私にはずっと傍にあった名前だったから。
(もしかして、今ならリオネルとアデイラを仲良くさせるのも可能かもしれない)
物語では、リオネルはアデイラを忌避していた。逆にアデイラはリオネルとクリストフに固執していた。
不慮の事故で亡くなった両親への愛を求めるように、病的なまでに二人に依存していたのだ。
陛下の話では二人共ご存命のようだ。それなら運命を変える事が可能かもしれない。
「陛下」
「うん、なんだい?」
「その使命、私一人で行かせて貰えないでしょうか。ジルはまだ幼く、正直足でまといです。それに、私一人の方が色々動きやすいので」
「そうだなあ。それなら、リナは王家とは関係ない家に紹介状を書かせるから、行ってもらえるかな?」
「御意に」
私は逸る気持ちを抑え、淡々と答えを返す。
お願い、間に合って。彼らが最悪の道を歩む前に。
願いが通じたのか、一ヶ月も経たずに私はリオネル様の専属メイドとなり、そして、私はアデイラ様が彼女の転生した姿であると知ったのである。
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