36 / 42
新しい仲間と甘くてしょっぱい感情
わたくしとわたしの願い(????視点)
しおりを挟む
可憐で健気な少女を虐めぬき、公爵令嬢で王子の婚約者という立場を悪用し、自分の立場を揺るがす少女を抹殺しようとする悪役令嬢。それがアデイラ・マリカ・ドゥーガン。
波打つ白銀の髪に釣り目がちな紫の瞳。高貴な相貌は母が王家の人間だったから。
しかし、本来なら愛情を注いでくれる筈の父も母もとうに亡くなり、跡を継いだのは他人のような兄、リオネル。
わたくしは愛されたかった。
父に。母に。兄に。家の使用人達に。それから──最愛の婚約者に。
だけど愛されずに育ったわたくしは、人に振り向いてもらえる術を知らずに今日まで生きてきた。だから、私を見てもらいたくて、彼らの大切な女性にちょっかいを出す事にしたのだ。
予想通り彼らはわたくしを見てくれた。
予想とは違い、その向ける眼差しは敵意に満ちていて、更に自分を傷つけてしまったけども。
「愛される」というのを知らないわたくしは、わたくしが欲してる彼らの視線を集める少女が憎くて堪らなかった。
何故、わたくしには冷たい眼差しなのに、彼女には春のような目線を向けるのですか?
ねえ、クリストフ様。わたくしは貴方様の婚約者ですのに、どうしてそんなにも冷たいのですか?
ねえ、リオネルお兄様。わたくし達、たった二人の兄妹ですのに、何故彼女とばかりお話されるのですか?
ねえ、ねえ、ねえ……!
わたくしを一人にしないで……!
わたくしの嘆きはみんなには届かない。
だからわたくしはみんなが大切にしている彼女に構う。みんながわたくしへ注目してくれるように。
だけど、わたくしは最初の選択から間違ってしまっていたようです。
早くに両親を亡くし、ドゥーガン家当主としての兄様を労わなくてはいけなかった。
そもそも、拗れた家族を正さなくてはならなかった。
クリストフ様ともっと飾らずに会話をして、大切にしなくてはならなかった。
カールフェルド様やルドルフ様ともクリストフ様を支える臣下同士として話さなくてはならなかった。
もっと。もっと。もっと……
努力を怠り、高慢ちきなわたくしは、刃に貫かれ命を絶つ事になったのでしょう。
『ごめんね』
小さく微かな声がわたくしに謝罪を告げてくる。
『ごめんね、アデイラ』
なぜ、そんなに泣かれるのです? 悪いのはわたくしが全て……
『あなたの罪は私の罪。私はあなたの命を軽んじていた。私なら、あなたを救う術を持っていたのに……』
いいえ。いいえ。
わたくしが全部悪いのです。あなたには何も罪はありません。
ですが……
『なに? なんでも言って。私は神様じゃないから、確実に叶える事を約束できないけど、私のやれる範囲内の願いなら絶対叶えてみせるから』
ふふ。正直な方ですのね。
でしたら、ふたつ願いがあるのです。
「ひとつは、この捻れた世界を、あなたに正してもらいたいのです。兄も婚約者も、将来主を支える臣下達も、わたくしが傷つけてしまった人たち全てが、ずっと笑顔で過ごせる運命を、あなたがわたくしとなって導いて欲しいのです」
『……』
「もうひとつは、わたくしをこの世界とは違う世界で生まれ変わらせてくださいませ。身分も関係のない、平和で穏やかな、とても退屈な世界へと」
偽りのない本心を願えば、少しの沈黙の後。
『ひとつめの願いは私でも可能だと思う。でも、もうひとつの願いは私には権限がないから、ただ願う事しかできない。それでもいい?』
それでも構いませんわ。
願いは一人でも力となる。それが神様に近いあなたと二人なら、より強固な力となりますもの。
あなたが頷くのが分かります。
きっと、わたくしの願いは成就する事でしょう。
『あなたを沢山傷つけてごめんね、アデイラ』
もう謝らないでください。わたくしを作ってくれたあなた。
二人で幸せになりましょう?
わたくしがそう言うと『そうだね』と微かに笑う声が聞こえてきます。
そろそろ決して交わる事のないわたくし達の逢瀬は終わってしまいそうですね。
わたくしの体がだんだん白に溶け込んでいきます……
幸せにことほぎを。
わたくしの周りに幸せを。それはあなたも含まれているのですよ。もう一人のアデイラ。
次は絶対に間違えないと知っています。だって、わたくし達を作ってくれたあなたですから……
「あーちゃん。早くしないと置いてくわよぉ」
「ママ、まってぇ」
桜の花がちらちら舞う霊園は、生と死が混在していて少し怖い。でも、父も母も手をつないでくれるから、温かくて少しだけ心強い。
「パパ、どこに行くの?」
わたくし──いいえ、幼いわたしが問えば、父は目の奥を少しだけ潤ませるのを誤魔化すように、ミルクブルーの空を見上げ応える。
「あーちゃんのお姉ちゃんのところだよ」
「おねえちゃん?」
「そう。あーちゃんが生まれる少し前に病気で亡くなってしまったの。今日はね、あーちゃんが入学式をしましたよ、って教える為に来たのよ」
「ふうん」
わたしと入れ替わるように亡くなった姉。
生まれてから死ぬまでの殆どを病院で過ごした寂しい女性。
故に、わたしが父と母と呼んでいる男女も、到底わたしを生む年齢ではなく、未婚で出産する女性と縁を結んで引き取られたのがわたし。
だけどわたしは知っている。
この優しい夫婦が、前のわたしを作ってくれた神様のご両親であると。
わたしとあなたが出会った事で、運命は確実に変わっている。
ねえ、あなた。
怯えないで。あなたはわたしと同じ運命を辿らないと知っているから。
彼らもあなたと関わった事で、元の運命じゃないのを知っているから。
だから、わたくしの世界で、あなたはあなたらしく幸せになるのを、ずっと願っているわ。
「しあわせになってね、おねえちゃん」
波打つ白銀の髪に釣り目がちな紫の瞳。高貴な相貌は母が王家の人間だったから。
しかし、本来なら愛情を注いでくれる筈の父も母もとうに亡くなり、跡を継いだのは他人のような兄、リオネル。
わたくしは愛されたかった。
父に。母に。兄に。家の使用人達に。それから──最愛の婚約者に。
だけど愛されずに育ったわたくしは、人に振り向いてもらえる術を知らずに今日まで生きてきた。だから、私を見てもらいたくて、彼らの大切な女性にちょっかいを出す事にしたのだ。
予想通り彼らはわたくしを見てくれた。
予想とは違い、その向ける眼差しは敵意に満ちていて、更に自分を傷つけてしまったけども。
「愛される」というのを知らないわたくしは、わたくしが欲してる彼らの視線を集める少女が憎くて堪らなかった。
何故、わたくしには冷たい眼差しなのに、彼女には春のような目線を向けるのですか?
ねえ、クリストフ様。わたくしは貴方様の婚約者ですのに、どうしてそんなにも冷たいのですか?
ねえ、リオネルお兄様。わたくし達、たった二人の兄妹ですのに、何故彼女とばかりお話されるのですか?
ねえ、ねえ、ねえ……!
わたくしを一人にしないで……!
わたくしの嘆きはみんなには届かない。
だからわたくしはみんなが大切にしている彼女に構う。みんながわたくしへ注目してくれるように。
だけど、わたくしは最初の選択から間違ってしまっていたようです。
早くに両親を亡くし、ドゥーガン家当主としての兄様を労わなくてはいけなかった。
そもそも、拗れた家族を正さなくてはならなかった。
クリストフ様ともっと飾らずに会話をして、大切にしなくてはならなかった。
カールフェルド様やルドルフ様ともクリストフ様を支える臣下同士として話さなくてはならなかった。
もっと。もっと。もっと……
努力を怠り、高慢ちきなわたくしは、刃に貫かれ命を絶つ事になったのでしょう。
『ごめんね』
小さく微かな声がわたくしに謝罪を告げてくる。
『ごめんね、アデイラ』
なぜ、そんなに泣かれるのです? 悪いのはわたくしが全て……
『あなたの罪は私の罪。私はあなたの命を軽んじていた。私なら、あなたを救う術を持っていたのに……』
いいえ。いいえ。
わたくしが全部悪いのです。あなたには何も罪はありません。
ですが……
『なに? なんでも言って。私は神様じゃないから、確実に叶える事を約束できないけど、私のやれる範囲内の願いなら絶対叶えてみせるから』
ふふ。正直な方ですのね。
でしたら、ふたつ願いがあるのです。
「ひとつは、この捻れた世界を、あなたに正してもらいたいのです。兄も婚約者も、将来主を支える臣下達も、わたくしが傷つけてしまった人たち全てが、ずっと笑顔で過ごせる運命を、あなたがわたくしとなって導いて欲しいのです」
『……』
「もうひとつは、わたくしをこの世界とは違う世界で生まれ変わらせてくださいませ。身分も関係のない、平和で穏やかな、とても退屈な世界へと」
偽りのない本心を願えば、少しの沈黙の後。
『ひとつめの願いは私でも可能だと思う。でも、もうひとつの願いは私には権限がないから、ただ願う事しかできない。それでもいい?』
それでも構いませんわ。
願いは一人でも力となる。それが神様に近いあなたと二人なら、より強固な力となりますもの。
あなたが頷くのが分かります。
きっと、わたくしの願いは成就する事でしょう。
『あなたを沢山傷つけてごめんね、アデイラ』
もう謝らないでください。わたくしを作ってくれたあなた。
二人で幸せになりましょう?
わたくしがそう言うと『そうだね』と微かに笑う声が聞こえてきます。
そろそろ決して交わる事のないわたくし達の逢瀬は終わってしまいそうですね。
わたくしの体がだんだん白に溶け込んでいきます……
幸せにことほぎを。
わたくしの周りに幸せを。それはあなたも含まれているのですよ。もう一人のアデイラ。
次は絶対に間違えないと知っています。だって、わたくし達を作ってくれたあなたですから……
「あーちゃん。早くしないと置いてくわよぉ」
「ママ、まってぇ」
桜の花がちらちら舞う霊園は、生と死が混在していて少し怖い。でも、父も母も手をつないでくれるから、温かくて少しだけ心強い。
「パパ、どこに行くの?」
わたくし──いいえ、幼いわたしが問えば、父は目の奥を少しだけ潤ませるのを誤魔化すように、ミルクブルーの空を見上げ応える。
「あーちゃんのお姉ちゃんのところだよ」
「おねえちゃん?」
「そう。あーちゃんが生まれる少し前に病気で亡くなってしまったの。今日はね、あーちゃんが入学式をしましたよ、って教える為に来たのよ」
「ふうん」
わたしと入れ替わるように亡くなった姉。
生まれてから死ぬまでの殆どを病院で過ごした寂しい女性。
故に、わたしが父と母と呼んでいる男女も、到底わたしを生む年齢ではなく、未婚で出産する女性と縁を結んで引き取られたのがわたし。
だけどわたしは知っている。
この優しい夫婦が、前のわたしを作ってくれた神様のご両親であると。
わたしとあなたが出会った事で、運命は確実に変わっている。
ねえ、あなた。
怯えないで。あなたはわたしと同じ運命を辿らないと知っているから。
彼らもあなたと関わった事で、元の運命じゃないのを知っているから。
だから、わたくしの世界で、あなたはあなたらしく幸せになるのを、ずっと願っているわ。
「しあわせになってね、おねえちゃん」
10
お気に入りに追加
754
あなたにおすすめの小説

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

過程をすっ飛ばすことにしました
こうやさい
ファンタジー
ある日、前世の乙女ゲームの中に悪役令嬢として転生したことに気づいたけど、ここどう考えても生活しづらい。
どうせざまぁされて追放されるわけだし、過程すっ飛ばしてもよくね?
そのいろいろが重要なんだろうと思いつつそれもすっ飛ばしました(爆)。
深く考えないでください。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる