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VS七不思議、上等!

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 良い子が寝る時間、夜八時。事件は、突如送られてきたメッセージに端を発する――

「ん? 小和水からメッセージ……! どれどれ」
 毎日顔を合わせているというのに、どうしてメッセージ一つで心が弾むのだろう。壊涙にはそれが不思議でならなかった。
「チッ、グループ……個チャじゃないのかよ」
 自分にだけ当てられたメッセージではなく、澪を含む三人がメンバーのグループチャットへの書き込みだった。

 多少の落胆を覚えつつも、なのが送信したメッセージならば……チャンスだ。エクセレントな返信で、好感度を上げてみせる!
 邪なモチベーションを燃やしていた壊涙だが、
「? んだこれ……」
 普段のなのらしくない書き込みに、瞬きをした。だが、メッセージに変化はない。現実に書き込まれた文章なのだ。

 メッセージの書き出しは、
『ちま高の七不思議って、知ってる?』
 脈絡のない、そんな問いかけから始まっていた。


 +++++

 メッセージを受けた壊涙は、夜風を凌ぐためにウィンドブレーカーを羽織り、護身用の木刀を携えて。
「うぉ……雰囲気あるな、夜の学校」
 無人の血塗女子高等学校へ足を踏み入れていた。

 日が沈んでからの登校。血迷ったわけでも、窓ガラスを片っ端から割って支配からの卒業を試みたわけでもない。
 壊涙はなのからのメッセージを、改めて確認した。
 そこには、箇条書きでまとめられた七不思議の概要。そして文末には、庇護欲を掻き立てるメッセージが添えられていた。

『こんなに怖い噂がある学校、怖い……通えなくなっちゃうかも』

 可愛らしく怯えるなのを想像して、壊涙は居ても立っても居られなくなった。七不思議のせいで、なのが学校を楽しめなくなってしまう……そんなのは到底受け入れられない。
 ならば、壊涙が移すべき行動はただ一つ。

「待ってろ小和水……アタシが、七不思議をぶっ潰す!」

 七不思議が眉唾物だと証明し、万が一本物だとすれば拳で撃滅すること。なのは別に頼んでいないのだが、壊涙はこうと決めたら猪突猛進に陥りがちな悪癖がある。故に、深く考えもせず学校に乗り込んだわけだ。
 
「邪魔するぞ……なんて」

 木刀で肩を叩きながら、のしのしと壊涙は進む。靴箱から上履きを取り出し、きちんと履き替えた辺り変な所で几帳面である。
 明かり一つない、不気味な暗闇。だが壊涙は超人的な視力を持っているため、夜闇の中でも比較的視界は良好だ。
 ライトも付けずに、無防備な歩く壊涙だが。

 曲り角から、
「ッ!?」
 闇を裂いて、銀光が迫りくる。壊涙は野生動物並の反射神経で、その一撃を刀で受けた。
 手首を上手く使い、必殺の一撃を受け流す。
 キィン、不可視の刀が床を打つ音が響いた。

 ――死んだ侍の幽霊とかか!? いいぜ、霊だろうとアタシに喧嘩売ったからには……ぶっ壊される覚悟、しやがれ!!

 獰猛に犬歯を剥きだして、喉首に向けて刺突を繰り出した。
 敵は今、刀を振り下ろした状態。がら空きだ。
 確実に入る!

 そう確信していた一撃が、敵の隠し持っていたもう一刀の剣で払われた。敵は二刀流だったのだ。
 木刀と銀剣が、激しく火花を散らし。
「あ」
 その火花で、敵の正体が映し出された。

 腰まで伸びる、美しい黒髪。美しくも雪のように白い顔は、まさに幽霊……ではなく、血色良好。
 犬猿の仲である恋敵、澪だった。

「あら、幽霊かと思ったら紅蓮塚さんでしたか。不気味な顔なので間違えてしまいましたよ」
 しれっとそんな事を言ってのける澪だが、小さく舌打ちしたのを壊涙は聞き洩らさなかった。
 間違いなく、壊涙だと確信してタマを殺りにきた。

「てめぇ、何しやがる! ガチの霊にしてやろうか!?」
「貴女こそこんな所で何をしているんです。良い子は寝る時間ですよ? そして貴女みたいな悪い子は永久に眠るべきですよ?」
「婉曲的な『死ね』じゃねえか!」
「お気に召さないなら、直接的な死ねは如何ですか? 死んでください紅蓮塚さん」
「てめぇが死ね!!」

 昼間と変わらない、小学生のような悪口合戦を繰り広げる二人。しかし壊涙は、ふと思い至る。偶然エンカウントするには、場所も時間も不自然すぎやしないか、と。

「お前、こんなところで何してんだよ。小和水のリコーダー盗むつもりか? そうなんだろよしぶん殴る」
「幼稚な発想ですね全く。リコーダーを盗む盗まないの葛藤は小学生で卒業しましたよ。結局一度盗みはしたものの、吹く勇気はありませんでしたね」
「お、お前……」
「冗談ですよ」

 どこまでが冗談なのか、普段の言動も相まって判別がつかない。
 本当に嘘? なののリコーダーは無事なのだろうか?

「そんなドの音が出づらいなのちゃんのリコーダーはさておき」
「吹いたな!? 吹いたんだろ!?」
「私がここに来た目的は、恐らく貴女と一緒ですよ」
「……七不思議の撲滅か」
「はい」

 考えてみれば、それしかありえない。なののメッセージを受け取り、壊涙はここに来た。ならば、同じく……いや壊涙以上になのを溺愛している澪が、何のアクションも起こさないはずがない。
 合点がいった。だが同時に、面倒なことになったと胸中で歯噛みする。

「幽霊ぶっ殺すのはアタシだからな」
「霊はもう死んでますよ? おつむが墓場に行ったんですか? 死人を殺すって、一休さんでも不可能な無理難題ですね」
「うぜえ……つかお前、その刀なんだよ。いつもの逆刃刀はどうした」
「ああ、これですか」

 澪が手にしている二振りの日本刀は、普段使用している物と趣が違う。
 刀身に、赤黒い蛇のような紋様が刻まれている。
 どこか不気味な威圧感を感じ、壊涙は身震いした。

「これは、退魔の波長を帯びた『霊刀・魔断天まだんて』です。実体のない霊でも、これなら斬ることができます」
「へぇ……それは結構だけどよ。その刀、さっきアタシに思いきり振ってきたよな? 逆刃刀でも何でもない、殺意マシマシの剣だよな!?」

「いえ、殺す気など微塵もありませんでした。魔断天は霊のみを切り、人体を傷つけない業物ですので。まあ私はそんな迷信、露ほども信じていませんが」
「じゃあ殺す気じゃねえか!!」
「てへ」
「てへじゃねえぇ!」

 夜の校舎に、騒がしい声が反響する。普段よりも大きな声で言い合っているのは、互いに内心では恐怖心を抱いていたから……かもしれない。
 とにもかくにも、デコボココンビによる七不思議ツアーが始まった。

「まずはどれから行くか……」
 なのから届いたメッセージを見ながら、二階へ続く階段を上る二人。
「そうですね、ここから近いのは音楽室です」
「よし、そこ突っ込むぞ」
「仕切らないでください」
 
 ぶつくさ言い合いながらも、二手に分かれないのは何故だろうか。
 二人とも僅かだが冷や汗を掻いている所を見るに、やはり怖いのだろう。向かうところ敵なしの剣豪と赤鬼だが、少女なのには変わりない。
 幽霊への恐怖は、人並みに抱いているのだろう。

 音楽室に足を踏み入れるなり、無人の室内に大音量の不協和音が鳴り響いた。
「ピアノが勝手に……」
「おお、これはやべぇな。――で、――なの――な」
「はい? ピアノの音で聞こえません」
「だから――が、――に、――ねぇ……チッ」
 言葉が不協和音で遮られて。

 壊涙はずかずかとグランドピアノに近づくと、
「うるっせぇ!」
 強烈な拳を叩き込んだ。ポーン! と甲高い音を立てて、真っ二つになるピアノ。あるいは最後の音は、断末魔だったのかもしれない。
 七不思議その一『無人の音楽室で鳴るピアノ』、無事撲滅。

 続いて二つ目は、三回に続く階段の途中……踊り場にある、大鏡の噂。
「夜にこの鏡に手を当てると、あっちの世界に引きずり込まれるそうですよ」
「へぇ、そりゃおっかねえな……お前がやれよどわっ!?」
 澪に背中を押され、前につんのめる壊涙。運が悪いことに、件の大鏡に手をついてしまった。

 ピアノと違って、物理的に干渉してくるわけだから……流石にありえないだろう。そんな希望的観測を嘲笑うかのように。
「――!!」
 鏡に映る壊涙の姿が揺らめいて。油気のない髪で顔を隠した少女が映し出された。髪の隙間から僅かに除く口元からは血が滴っており、怨嗟の呻きのような物が漏れ聞こえる。
 これはまずい。本物の怪異だ。

「あ、あぁ……」
「ひっ……」
 流石の壊涙も、半狂乱一歩手前。澪も引きつった声を出し、動けそうにない。そんな二人を嘲笑うかのように、鏡から青白い手が伸びてきて……壊涙の手首を、ぎゅっと掴んだ。

「ぎゃっぁあぁあああ!!! 持ってかれる、死ぬ、ぁぁああ!!」
 鏡へ引きずり込もうとするその手の力は、人を超越していて。成すすべなく引きずり込まれてしまう……壊涙以外の人間であったなら。

「あれ?」
『アレ?』

 壊涙の声と、鏡の中からの声が重なった。霊は全力で引きずり込もうとして、壊涙は腰が抜けたために無抵抗だった。
 だというのに、相手有利の綱引きは決着が着かなかった。

 もしかして、自分の方が力が強い? 壊涙は試してみるような心地で、右手を後ろに引っ張った。
「……」
『ギャゥ』
 すると、鏡の中からズルリとボロ衣を纏った少女が飛び出してきた。強か階段に背中をぶつけ、きょとんとした様子で背中を擦っている。

「えーと……フンッ」
 ド派手な破砕音が鳴り響く。壊涙は脅しも兼ねて、少女が抜け出した鏡を砕いてみた。幽霊が脅しに屈するとも思えなかったが。
『ヒ、ヒィィ』
 意外にも効果覿面で、不気味な少女は。
『スミマセンデシタァァァ!』
 スタコラサッサ、壁を通り抜けて逃げていった。

「……あ、なんか濡れてますね。今の幽霊さん、失禁しちゃったんでしょうか」
「わりぃことしたかな。クッソ甘い匂いすんだけど」
「糖尿病で亡くなられた方なのでしょうか」
「若いのに、可哀そうだな」

 恐怖どころか同情を覚えて、少女が去っていった方向に手を合わせた。
 七不思議その二『大鏡の幽霊』……撃退。

「なんか怖くなってきたな」
「まあ私たちの恐怖はどうでもいいでしょう。なのちゃんが健やかに学生生活を送れるか、それが肝要です」
「だな」

 続く目的地は家庭科室。二人は警戒心を緩めつつ、廊下を歩いていたのだが。

『キョォオォオオオオオオオオ!!』

 ここでとうとう真打登場。突き当りの方から、物凄い勢いで走り寄る……いや、這いずってくる異形の姿があった。

「あれは……てけてけ!?」
 腰から下がない、上半身だけで追いかけてくる霊。捕まれば下半身を斬られ、その人もてけてけになってしまうとか。

『ギョキョォォオオオオオオオオ!!』
「うぉわぁああ!」

 時速八十キロ以上にも及ぶ高速で迫りくる怪物を前に、壊涙は尻もちを着いた。このままでは逃げられない、絶対絶命だ。
 壊涙が目を閉じた瞬間。 

『ギョ……?』

 てけてけが、困惑に満ちた声を漏らした。恐る恐る壊涙が目を開けると、霊の眉間に……深々と刀が刺さっていた。

「下半身がないと、怖さも半減しますね」
『ギョォオオオオオオ!!』
 
 澪は独自の理屈を展開し、眉間を刺したのとは別の刀でてけてけを一閃。
 哀れてけてけ。泡のように細かく分解され、空気の中に溶けてしまった。

「……お前凄いな」
「何がですか? さっきの幽霊さんの方が怖いでしょう。下半身があるんだから」
「……そうっすか」

 やはり澪の思考回路は自分とは違う。だがその特異性が、壊涙の窮地を救ったのも確かなわけで。なんだか複雑な気分だった。
 七不思議その三『てけてけ』……斬殺。

 ここまで順調すぎて、
「すみません、催してしまったので……トイレによってもよろしいでしょうか」
「ったく、しゃーねーな」
 澪も壊涙もすっかり忘れていた。

 トイレにまつわる七不思議があることを――

 個室に鍵をかけ、便座に腰かける澪。ゆっくりと下着を下ろした所で。
「ひぅっ」
 冷たい感触が臀部を襲った。

 そう、七不思議その四『トイレから青い手が出てきてお尻を撫でる』である。だがその手は、命知らずの痴漢の五秒後。

「私の身体……ましてやセクシャルな部分はなのちゃん専用です。よくも辱めてくれましたね……死ね死ね死ね死ね」

 怒りのあまり無表情となった澪によってめった刺し。血まみれの手となって、そのまま便器の奥に流されてしまったとさ。
 七不思議その四『トイレから青い手が出てきてお尻を撫でる』……水洗。

 折り返しに入ってから、勢いは更に増していって。
 夜な夜な美術室のモナリザが、こちらに視線を向けてくるという怪異に遭遇したものの。
「何ガン飛ばしてんだ……あ゛?」
 不良の本能で、壊涙が睨み返すと、その凶悪な眼光に恐れを抱いたのだろう。額縁諸共、粉微塵に爆ぜてしまった。
 七不思議その五『目が合うモナリザ』……睨殺(?)。

 次は、とうとう六つ目の噂。六という数字は、古来より悪魔にまつわる不吉な数字と言われており。
 七不思議においても、かなり凶悪な位置づけであった。

「うぉっ!? 包丁が飛んで……」

 家庭科室を、所狭しと飛び交う包丁の群れ。曲芸じみた光景だが、糸で操る道化師はどこにもいない。
 無人の中、獲物を求め彷徨う刃物たちは……女子高生二人に舌なめずりをしながら、飛びかかり――

「ただの包丁じゃないですか。霊じゃありませんよ」
 実体のある物質にはまるで恐れを示さない澪の刀によって、原型がなくなるほどに斬り刻まれ消滅してしまった。
「お前の感性おかしいって……」

 七不思議その六『飛び回る血みどろ包丁』――滅。

 そしてとうとう、七不思議も余すところあと一つ。
 聞いたことがある者も多いだろう、全国的にポピュラーな怪異だ。
「十三階段……ごくっ」
「普段十二段しかない階段がいつの間にか増えている……という怪異ですね」
 
 朝でも夜でも、階段の数が変わるはずはない。増えたり減ったりしているということは、そこには何かしらの霊的事象が潜んでいるはずだ。
 澪とのじゃんけんに破れ、壊涙が人柱となることになった。

「一、二、三……」

 全身びっしり鳥肌まみれになりながらも、懸命に一段一段数えていく。愛するなののため、自分の身に何が起ころうと受け入れる覚悟だ。

「八、九、十……」
 だが、どうしよう。このままもし十三段あったら……。

「十一、十二……」
 そこで終わるはずだ。終わってくれと、切に願った。だが。

「十、三……っ……!?」
 壊涙の足は、確かに幻の十三段目を踏んでしまった。一体何が起きるのか、何が起こってしまうのか?
 十二段が十三段になってしまうということは、つまり、えーと、えーと……。

「よく考えたら増えただけじゃね? あほらし」
「言われてみればそうですね」

 ちょっとびっくりするだけだと気づき、壊涙は踵を返した。一番上の段から、ぴょんと跳躍して澪の横に降り立つ。
 階段がなんだか『私の出番、終わり?』と切なそうに見えるのは、気のせいだろうか。

 七不思議その七『十三階段』……無視。
 これにて七不思議、コンプリート。そして無力化完了だ。

「ふぅ……疲れたな。まあお化けっつっても大したことない奴らでよかったよ」
「そうですね」

 この二人以外なら、最初の時点で心神喪失に陥っていてもおかしくないのだが。やはり武闘派なだけあって、頭のネジが数十本抜け落ちているのだろう。
 
「あ、そうだ。小和水にメッセージ送っとくか。七不思議大したことねえからビビんなって」
「そうですね。でも山猿が文明の利器使うのは不愉快なので私が送ります」
「んだその理由!」
 
 二人はすっかり、全て解決したと思っている。だからこそ。
『あれ?』
 その些細な違和感が、妙に気になった。

「小和水のメッセージが、消えてる」
「……送信取り消しって、こんな証拠が残らないものでしたっけ? まあアプリの進化は目覚ましいですし、そういう事もありますか」

 発端となったなののメッセージが消えている。
 どことなく不穏な現象を前に。
 二人は顔を見合わせて、それから。

「……そうだな。なんか安心したら腹減ったし、牛丼屋でも寄ってかね?」
「すみませんが夜八時以降の食事は控えているので……水でよろしければ」
「いーよ別に。アタシがたらふく食うからよ」

 深く考えるのをやめて、二十四時間営業の牛丼屋へ足を向けた。
 二人きりで食事を取るなど、天地がひっくり返ってもありえないと思っていた。だが今夜だけは、互いに助け合った恩がある。
 それに、すぐ解散するには冷や汗をかきすぎていたから。
 もう壊涙も澪も、校舎を一切振り返らない――


 +++++

 翌日。
「おはよう二人とも~! 今日の朝ごはん何だった? なのはねなのはね~、グラタンとオムライス!」
 登校するなり元気いっぱいななのが話しかけてきた。

 澪と壊涙はアイコンタクトをして、互いに安堵の息を吐いた。
 七不思議に怯えていたなのが、安心して登校できている。それは昨日二人が体験した、不思議な冒険の成果。
 
 苦労をしたのだから、褒めてもらいたい。そんな俗っぽい心理が働いたのだろう。
「なのちゃん、七不思議ですが……全然大したことありませんでしたよ。昨夜もメッセージで言いましたが、怖いことなんて何もありません」
「そうだな。拳でワンパン余裕だったぜ」
「ガクブル震えてたくせに」
「んだと!」
 飼い主に頭を差し出す子犬のように、競って成果を報告した。

 だがなのは、
「およ?」
 目を丸く見開いて、体ごと大きく首を傾げた。

「七不思議って……なーに?」
『……え?』
 なの以外の二人が、フリーズした。冗談を言っている様子ではない。だが、だとしたら。

「な、なのちゃん? 昨日八時に、グループでメッセージを送りましたよね? この学校にまつわる七不思議に、怯えていると」
「ふにゅ? 八時? 八時ってなの……」
 澪が縋りついた糸は、容易く切断される。

「いつもぐっすり眠ってるよ?」
『――ッッ』

 背中を冷気から走った。ゾクリと粟立つ肌に、壊涙も澪も口を開くことができない。自分たちはなののために、なののメッセージで学校に乗り込み、霊相手の死闘を繰り広げたのに。
 なのに心当たりがない? それならば、あれは一体――

 ――ピロンッ♪
 
 その時、壊涙と澪のスマホが鳴動した。
『???が参加しました』
 なの含む三人のグループに、得体のしれない何者かが入室してきた。
 そしてその『???』は。

 一つのボイスメッセージを投下した。
「……」
「聞くしか、ないでしょう」
 疑問符を浮かべながらコッペパンを放り出したなのを余所に、二人はイヤホンを共有して、同時にその音声を聞いてみた。

 ガガッ、と不気味なノイズに続き。
 聞こえてきたのは、無邪気な少女の声――

『ありがとう、アイツらぶっ殺してくれて。目障りな霊が消えた……これで私が、怪異の王だ! ケヒャハハハハハ!!!』

 聞いた後、そのボイスメッセージは削除した。すると???は最初から存在しなかったかのように、グループチャットから姿を消していた。
 現になのは、一連のメッセージを目にしてもいないようだ。

 だが壊涙と澪、二人の少女だけは知ってしまった。

 この学校には、七不思議以上に得体のしれない八つ目の怪異がいることを――





 
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