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嵐を呼ぶ、三日目の転校生

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 高校生活三日目。それは、良くも悪くも慣れが生じる頃合い。
 未知の級友との顔合わせ、という心臓に悪い期間を過ぎ、ある者は友人グループを形成、またある者は上手くコミュニティに入ることができず、今後の身の振り方を思案しだすことだろう。

 そう、ある意味高校生活は、三日目から始まる。お祭り気分を通り過ぎて、日常としての学校生活が始まる――

「えー、今日はだな。新しい仲間を紹介する」
『……?』

 常と同じ怜悧な表情で、脈絡なく切り出された担任の言に、生徒は誰一人として付いていけなかった。
 そんなの知ったことかとばかりに、担任はぶっきらぼうに言い放つ。

「あー、あれだ。三日目ともなりゃ、学校飽きんだろ? つまりだな、喜べ。このクラスに転校生が来た。良かったなーお前ら、転校生っつったら波乱の擬人化みてーなもんじゃねーか。好きだろ? 波乱万丈な学園生活。私は嫌いだけど。問題起こしたら埋めっからなお前ら」

 散々な言いようだが、誰一人口を挟む者はいない。このクラスで二日過ごして、この担任に逆らえば問答無用で腰元の刀――勿論真剣ではなくレプリカだが――が唸りを上げて襲い掛かると知っている。
 
 不良が教師に恐れをなすと言うのもお笑い草だが、彼女たちはピチピチの一年生。棒状の物体で殴られるのを避けたいと思うのは、当然の心理だろう。
 何名かこのクラスでも、返り討ちに合って包帯を巻いている者がいることだし。今は翼をしまい、牙を研ぐのが賢明だ。

「ねーねー壊涙ちゃんっ。転校生だって! 女の子かな、それとも男の子かな? 赤かな、黒かな、白かな?」
「何の色だよ。つーか性別は一択だろ」

 支離滅裂ななのの言動に、律儀に答える壊涙。彼女たちが通う私立血塗女子高等学校は、名前の通り女子しかいない。
 転校生が男子である可能性は皆無だ。

「ワクワク、ワクワク! ねー、壊涙ちゃんも楽しみだよね? 新しいお友達だよっ? 楽しみって言ってよ、ねーねー!」
「強要すんな。つーかぶっちゃけ、どうでもいい」
「えー! 壊涙ちゃんの一途!」
「……いけず、な」
「そうだったかもしれない!」

 教室後方で繰り広げられる不毛な漫才に、最早級友は反応を示さない。正確には、昨日までは何度か突っかかっていたのだが。
 悉く壊涙にねじ伏せられ、敗北と床の味を知る羽目になった。
 故に、壊涙に喧嘩を売る命知らずは現時点ではいない。

「あれ? それはそうと、間宮ちゃんがいないね?」
「あ? ああ」
  
 なのは前方の席が空白なことに疑問を感じたようだ。壊涙はクラスメイトの名前など微塵も覚えていないため、『間宮って誰だ……?』と別の疑問を感じているのだが。

 教室最後方とはいえ、なのの声は大きい。うるさいほどに大きい。
 従って、担任の耳にも届いたようだ。

「間宮はな、転校した。というか退学した。今日からそこは転校生の席な」
「えええええ!??」
 
 驚愕の余り、ムン〇の叫びじみたポーズをとるなの。

「ショックだよぉ……折角友達になれそうだったのに、ぅぅぅ……ぐすんっ」

 涙まで流している。だがしかし、間宮となのは全く親しくない。
 前の席という事でなのが一方的に喋りかけていたが、後半の方はガン無視されていた程だ。
 恐らく間宮は、これから先の人生でなのを思い出すことも、ましてや別れを惜しんで涙を流すことなど確実にないだろう。

「間宮のことは残念だったな、小和水。だがまあ、別れがありゃ出会いもあんだろ。漫画で言ってた気がする、知らんけど。んじゃ、転校生ー? 入れおら。待望のお披露目だ」

 転校生の緊張を解すことなど一切度外視して、担任は教室のドアをそれはそれは適当に開け放った。
 瞬間、どよめく教室。空気が一変した。思考ではなく感覚で、そう理解できる。

「んー? よく見えないよぉ……」
 身長百三十センチのなのでは、転校生の姿はよく見えない。クラスメイトのざわめきから、どうやらただ者ではないことは確かだが。

「えい、もう立っちゃえ! 着席の逆、えいっ!」

 椅子から勢いよく立ち上がったなのの瞳に映ったのは、この教室において異質な存在。いや、街中を歩いていても、溶け込むことはない存在だ。

 悪い意味ではない。転校生は、周囲に溶け込むには余りにも……美しすぎた。なびくは雅で艶やかな黒髪。しなやかな長い手足。
 心の隙間に入り込み、ときめきという毒を沁み込ませるような微笑。
 容姿端麗、才色兼備。そんな四字熟語が似合う、まさに正真正銘の美少女。

 見るからに優等生な少女が、どうしてこんな掃き溜めに? 逆立ちしたってヤンキーには見えない彼女に、好奇と疑問の視線が殺到する。
 だがしかし、なのだけは違った。

 傍から見ていた壊涙は、なのの様子を見てこう思った。

 ――滅茶苦茶嬉しそうじゃね? なんつーか……焦がれすぎて二時間早く着いて、想いを馳せて……ようやく会えた、恋人に向けるような顔……?

 想い人の機微という事があり、フィルターが掛かっているのは否めない。だがそれを差し引いても、なのは今までに見たことがないほど頬を綻ばせて、満開の笑顔を咲かせている。
 笑顔の原因は、言うまでもなく……あの転校生だ。

「わぁぁぁ~~~! わぁぁぁぁぁぁ~~!」

 初めて田舎から都会に来た幼女のように、黄色い声を上げるなの。
 その声に惹かれるかのように転校生はこちらを見て、透き通るような声を上げた。

「……なのちゃんっ!」
「澪ちゃん~~~!!」

 周囲のことなどなんのその。両手を広げた少女の元へ、わき目もふらずに駆け出して、なのは。
 そのまま、転校生に抱き着いた。
 
「澪ちゃん、本物の澪ちゃんだ~! 会いたかった、会いたかったよ~!」
「ふふ、私も会いたかったですよ、なのちゃん」
「うわわぁ~~~!」

 少女の胸に顔を押し付け、無邪気に甘えるなの。その後頭部を優しく撫ぜる転校生の様は、まさに聖母の如し。
 圧巻の包容力に、不良たちでさえ心を溶かされた。
 約一名を除いて。

「……あ゛?」
 
 ベギョリ、と教室におよそ相応しくない異音が響いた。それは、椅子の背もたれが引き裂かれた音。

「ひ、ひぃぃっ」

 悲鳴を漏らしたのは、壊涙の前席に座る生徒だ。自分は何もしていないのに、どうして。
 どうして背もたれの断片が、プリン髪の少女の右手にあるのか。
 そう、壊涙はナンでも千切るようにあっけなく、造作もなく、人の椅子を破壊してのけたのだ。
 彼女を責めないであげてほしい。何せ、全くの無意識なのだから。
 
 ――どういう事だ? どういう事だどういう事だ? いや分かる、分かってる。あれは小和水が言ってた、幼馴染だか親友だかだ。それは分かるけど、でも……いくら何でも距離が近すぎねーか? 恋人はいないとか言ってたけど、実はカモフラで本当はあいつと、あいつと……!

 メギャッ!! またしても異音がした。
 今度は何事かと、壊涙の前席に座る少女が恐る恐る振り返った。そこには、当たり前だが机がある。
 しかし、机の状態は『当たり前』とは著しく乖離していた。

 天板がないのだ。茶色い板の部分が、どこにも見当たらない。
 いや、あった。
 床に転がっている。
 
 一体どのような力が加わればそうなるのか、机の天板だった物体は。
 テニスボール大の球体へと変貌。ところどころささくれだった茶色い球体が、虚しく転がった。

 これが自分の頭部だったら、という起こりえた未来を想像して、前席の少女は失禁したのだが……それはまた別の話。

 壊涙のそんな様子が目に入らないのか、なのは一心不乱に頬ずりをしている。対する転校生は、困ったような表情だ。

「あの、なのちゃん。皆さんが見ていますから……ね? 離れましょう? ね?」
「えー、まだ澪ちゃんエネルギー欲しいよぉ」
「いつでもできるじゃないですか。だって私は……今日からこのクラスの一員なんですから……ね?」

 一瞬、転校生の視線が自分に向けられたことに、壊涙は気づかない。
 なのと転校生の関係を、まるで花占いのように、恋人・恋人ではない、と繰り返し頭の中で考えている最中だからだ。
 
 教室の時間は、茫然自失の壊涙を置き去りに前へ前へと進み続ける。
 
「本日から皆さんと一緒に、このクラスで学ばせて頂く運びとなりました……時時雨澪と申します。以後、お見知りおきを」

 そつなく挨拶を終え、澪はこちらへと歩いてくる。喧嘩を売られれば買うぜ? と意気込む壊涙だが、澪は自分の席を目指しているだけである。
 なのの前席であり、壊涙の左斜め前である自席を。

 ――落ち着け、平常心だアタシ。明鏡止水だアタシ。別にコイツは何もしちゃいねえ。ただアタシが勝手にあれこれ考えて、モヤッちまってるだけだ。つーかマジで、小和水の人たらしが……! んだよ、マジでよぉ……!

 内心鬱憤は溜まっているが、まさかここでいきなりぶん殴るわけにもいかない。そんなことをすれば、なのに嫌われてしまう。
 脈無し一直線どころか、口も聞いてもらえなくなるかもしれない。
 壊涙は、澪に対して必要以上に関わらない、視界に入れないようにしようと心がけた。
 だが。

「こんにちは」
「!?」

 顔を上げた瞬間、人形めいた美貌がこちらを見下ろしていた。目を細めて、上品な笑みを浮かべている少女は、転校生その人である。

「壊涙ちゃん、この子はね、澪ちゃん! なのの大親友の、澪ちゃんだよっ! それでね、えっとね澪ちゃん! この子ね、んとね、お友達! 新しいお友達の、壊涙ちゃんっ! いい子だよ!」
「へ~、そうなんですね。なのちゃんの新しいお友達……そうですか、そうですか……」

 一人納得したように頷いて、澪は壊涙に手を差し出した。

「なのちゃんとは幼少の時分から仲良くさせて頂いております、時時雨澪です。もしよろしければ……私とも仲良くして頂けないでしょうか?」
「……お、おう」
 
 壊涙は数秒悩みつつも、その手を握り返した。嫉妬やヤキモチで対応を悪くするほど、子供ではないのだ。
 自慢の膂力で少女の白い手を握りつぶしたりもしない。
 壊涙は何もしなかった。だが。

「痛っ……」

 握手中の手に、鈍い痛みが走った。強く握られた、というわけではない。内側の骨に響くような、鈍く重たい痛みだ。

 喧嘩を売られている? そう思ったが、
「大丈夫ですか? 強く握り過ぎてしまいましたかね……申し訳ございません」
 丁寧に頭を下げる澪を見て、怒る気にはならなかった。きっと偶然なのだろうと、結論付けた。

 そうだ、こんな優等生丸出しの澪が、くだらない因縁など付けてくるはずもない。不良の対極に位置するような外見だし。
「ああ……気にすんな。これからよろしくな」
 壊涙は、笑って流すことにした。

 寛大な対応に気をよくしたのか、澪も優美に笑んだ。
「これから、くれぐれも。よろしくお願いしますね……紅蓮塚さん」
「おう、よろしくな。時時雨……」
「どうかしましたか?」
「いや、別に」
 澪は、なのとは別ベクトルで人畜無害に見える。だからこそ、壊涙は生じた疑問を呑み込んだ。
 栓無き事だと、見て見ぬふりをした。

 ――アタシ、名前教えたっけ? ……まあいっか。

 多少の違和感を残しつつも、結果として澪と壊涙のファーストコンタクトは、平穏無事に終わりを迎えた。
 だが壊涙も、なのも気づけない。

 平穏に凪いでいるように見える水面に、石が投げ込まれたことに。
 その石が、波紋を呼び起こすことに――
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