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第3話
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その日も1日は、なんとなく通り過ぎていくものだ。毎日が特別なんてことはない。
ただし、彼女の場合はどうだろうか。
命という日めくりカレンダーの残りが薄くなっていく、今日という1日は、彼女にとってどんな1日なのだろうか。
俺には、知る由もない。
そんなことを考える朝を迎えた。
何故なら、夢に彼女が出てきたからだ。
彼女は、魔物に襲われていた。おそらく、寿命という名の怪物だ。彼女は、ずっと鬼ごっこをしている。魔物に捕まったら、人生終了。そんな鬼ごっこだ。
俺はそれを側から見るだけの、傍観者。
どうしようもなければ、見ることさえ胸が痛む。
だが、明確なのは、俺より彼女の方が胸は痛いだろう。
ほんの昔までは、心臓癌を患ったら、数ヶ月前から入院を余儀なくされるはずだった。
しかし、今では、病気自体は治せないものの、抗がん剤より性能の良い薬ができて、闘病といえども運動可能になったのである。
科学の進歩は、実に嬉しいことである。
だが、何故完全に病を治す薬を作ることができないのか。それは、人間が病をなるべく軽くするための薬を作ることに、必死こいているからだ。
そんな時間を、昔から治すためだけに注ぎ込んでいれば、今頃特効薬なんてものは完成している頃だろうか。
こんな、医学に関わったこともない高校生が、偉そうに語れるほど、容易なことではないことは確かだ。
「おっはよー、知り合いの嶺琉くん!」
「そんな気軽に挨拶を交わせるほど、仲良くなった覚えはない。」
「なんだよ、釣れないなー。」
彼女は、実に楽天的である。
どんな些細な幸せであっても、彼女は全力でその喜びを体現するだろう。
だから、あんなにも愛され、好かれるのだろう。
俺とは、真逆の存在と言っても、過言ではない。
「そういやさ、嶺琉くんって何部なの?」
「帰宅部だ。」
「本読むの好きなんだからさ、『本読み部』なんてものを作ってみれば?」
「それをいうなら、『読書部』と言った方が良いだろう。」
「おっ、食いついてきたねー。」
食いついたわけではない。ただ、彼女の間違いを訂正しただけだ。だが、ここでまた反応したら、変な勘違いをされるだけだ。
「ちょっとー、黙らないでよー。」
「どうして俺について来る。いつも仲良くしている友達とぺちゃくちゃ喋ってくれば良いのに。」
「一昨日の告白、もう忘れた?」
「昨日だ。」
「ほら、ちゃんと覚えてるじゃん。」
彼女の思う壺だ。ハメられている感覚に囚われる。彼女はこう見えて、頭がいいのかもしれない。
「君、偏差値はいくつだ?」
「43。」
前言撤回しよう。
さすがに言葉を失った。
俺でさえ、59もある。
「そうか、今すぐにでも勉学に勤しむといい。」
「うるさいなー、いいんだよーだ。どうせもうすぐ死んじゃうんだし。」
彼女のその一言は、どっしりとした何かが宿っている気がした。
上から何かに押し潰されそうな、謎の重厚感を感じながら、俺は平静を装って口を開いた。
「軽く言うな。死への感情が薄すぎる。」
当然、彼女が軽く言ったわけではないことは分かっている。しかし、今掛ける言葉は、それくらいしか思い付かなかった。
まったく、俺の悪いところだ。
「そうだよね。でもさ、悲しんでいても、嘆いていても、結局何も生まないでしょ?だからね、学校もパーっと休んで、旅行にでも行こうと思ってるんだ。あとさ、私の余命1ヶ月のこの記録、嶺琉くんに記録してほしいんだ。」
「どういうことだ?」
「だから、私が死ぬまでの記録を、記してほしいんだよ。ほら、小説好きでしょ?そんな感じで。」
彼女は、自分が死ぬということを受け入れて、その後に生きる人たちのために、何かを残そうとしているのだ。
そんな大役を俺に任せて良いのだろうか?
「他にも、国語が得意な奴はいる。」
「そういうことじゃないの。私は、嶺琉くんに書いてほしいんだ。良いかな?」
彼女の感性はさっぱりわからないが、考えていることはなんとなく理解できた。
やはり、彼女はある意味、頭脳明快かもしれない。こういう人が、おそらく世界には必要なのだ。
革命的な思考を持った人間が。
「わかった。君の考えには、興味がある。センスはさっぱりわからないが。」
そうだ、人選センスが崩壊している。
俺みたいな人間に好意を抱くなんて、どうにかしている。
だが、彼女と関わることは、親友を作ることより遥かに意味があるように思えた。
死が迫る人の考えというのは、死に直面するまでわからない。彼女は、我々一般人とは、また違った考えを持っているはずだ。
「じゃあ、今度一緒に旅行行こう!4泊5日の近畿旅行!」
「ん⁈なんだそれは?」
「んふふ、ナイスリアクションだね。さっき言ったけど、死ぬ前に旅行に行こうと思うの。で、その旅行に同伴してほしいんだ。」
考えが突飛的だ。奇妙奇天烈な人間だな。この女は。
だけど、何故だろうか。俺は、彼女の意見に賛同しようとしている。
「日程は、そうだな…、今週の土曜日っていうのは、どう?」
「随分と近いね。」
「え?意外と乗り気な感じ?」
「だって、君の余生を記録してほしいんでしょ?旅行中のことを記録できなくてどうするんだよ。」
「マジで⁈嬉しい!ありがとう!」
この過剰反応といい、俺の好むタイプではないのだが、この女に俄然興味が湧いてきた。
余命幾ばくだからとか、そういうしょうもない理由ではない。単に、彼女の思考には、どこか偉大な人物を彷彿とさせる。
なんだろう、どこかで彼女のような雰囲気を感じたことがある気がする。
「じゃあ、詳細は連絡したいから、LINE交換しよう?」
「ごめん、やってないんだ。」
彼女が、とんでもない顔をした。
驚きと不思議と、違う生き物を見るような瞳。
なにがそんなに衝撃的だったのか。
「LINEやってないの…?」
「やってないよ。友達もいないのに、やる必要なんてないだろ。」
彼女の困った姿は、初めて見た。
そして、LINEをやっていないのは、彼女にとって論外だということが判明した。
「呆れた、明日スマホ持ってきて。」
「ガラケーだよ。」
彼女の顔に、更にシワが増えた。
もう驚きなんてものじゃない。悪いことをしてしまった。
彼女の心臓は弱いのに、弱らせるような真似をしてしまった。
その日は、帰った後、母さんが元々使っていてもらった、数十年物のガラケーを眺めて、彼女の記録を残した。
-『余命記録』という、一冊のノートに-
ただし、彼女の場合はどうだろうか。
命という日めくりカレンダーの残りが薄くなっていく、今日という1日は、彼女にとってどんな1日なのだろうか。
俺には、知る由もない。
そんなことを考える朝を迎えた。
何故なら、夢に彼女が出てきたからだ。
彼女は、魔物に襲われていた。おそらく、寿命という名の怪物だ。彼女は、ずっと鬼ごっこをしている。魔物に捕まったら、人生終了。そんな鬼ごっこだ。
俺はそれを側から見るだけの、傍観者。
どうしようもなければ、見ることさえ胸が痛む。
だが、明確なのは、俺より彼女の方が胸は痛いだろう。
ほんの昔までは、心臓癌を患ったら、数ヶ月前から入院を余儀なくされるはずだった。
しかし、今では、病気自体は治せないものの、抗がん剤より性能の良い薬ができて、闘病といえども運動可能になったのである。
科学の進歩は、実に嬉しいことである。
だが、何故完全に病を治す薬を作ることができないのか。それは、人間が病をなるべく軽くするための薬を作ることに、必死こいているからだ。
そんな時間を、昔から治すためだけに注ぎ込んでいれば、今頃特効薬なんてものは完成している頃だろうか。
こんな、医学に関わったこともない高校生が、偉そうに語れるほど、容易なことではないことは確かだ。
「おっはよー、知り合いの嶺琉くん!」
「そんな気軽に挨拶を交わせるほど、仲良くなった覚えはない。」
「なんだよ、釣れないなー。」
彼女は、実に楽天的である。
どんな些細な幸せであっても、彼女は全力でその喜びを体現するだろう。
だから、あんなにも愛され、好かれるのだろう。
俺とは、真逆の存在と言っても、過言ではない。
「そういやさ、嶺琉くんって何部なの?」
「帰宅部だ。」
「本読むの好きなんだからさ、『本読み部』なんてものを作ってみれば?」
「それをいうなら、『読書部』と言った方が良いだろう。」
「おっ、食いついてきたねー。」
食いついたわけではない。ただ、彼女の間違いを訂正しただけだ。だが、ここでまた反応したら、変な勘違いをされるだけだ。
「ちょっとー、黙らないでよー。」
「どうして俺について来る。いつも仲良くしている友達とぺちゃくちゃ喋ってくれば良いのに。」
「一昨日の告白、もう忘れた?」
「昨日だ。」
「ほら、ちゃんと覚えてるじゃん。」
彼女の思う壺だ。ハメられている感覚に囚われる。彼女はこう見えて、頭がいいのかもしれない。
「君、偏差値はいくつだ?」
「43。」
前言撤回しよう。
さすがに言葉を失った。
俺でさえ、59もある。
「そうか、今すぐにでも勉学に勤しむといい。」
「うるさいなー、いいんだよーだ。どうせもうすぐ死んじゃうんだし。」
彼女のその一言は、どっしりとした何かが宿っている気がした。
上から何かに押し潰されそうな、謎の重厚感を感じながら、俺は平静を装って口を開いた。
「軽く言うな。死への感情が薄すぎる。」
当然、彼女が軽く言ったわけではないことは分かっている。しかし、今掛ける言葉は、それくらいしか思い付かなかった。
まったく、俺の悪いところだ。
「そうだよね。でもさ、悲しんでいても、嘆いていても、結局何も生まないでしょ?だからね、学校もパーっと休んで、旅行にでも行こうと思ってるんだ。あとさ、私の余命1ヶ月のこの記録、嶺琉くんに記録してほしいんだ。」
「どういうことだ?」
「だから、私が死ぬまでの記録を、記してほしいんだよ。ほら、小説好きでしょ?そんな感じで。」
彼女は、自分が死ぬということを受け入れて、その後に生きる人たちのために、何かを残そうとしているのだ。
そんな大役を俺に任せて良いのだろうか?
「他にも、国語が得意な奴はいる。」
「そういうことじゃないの。私は、嶺琉くんに書いてほしいんだ。良いかな?」
彼女の感性はさっぱりわからないが、考えていることはなんとなく理解できた。
やはり、彼女はある意味、頭脳明快かもしれない。こういう人が、おそらく世界には必要なのだ。
革命的な思考を持った人間が。
「わかった。君の考えには、興味がある。センスはさっぱりわからないが。」
そうだ、人選センスが崩壊している。
俺みたいな人間に好意を抱くなんて、どうにかしている。
だが、彼女と関わることは、親友を作ることより遥かに意味があるように思えた。
死が迫る人の考えというのは、死に直面するまでわからない。彼女は、我々一般人とは、また違った考えを持っているはずだ。
「じゃあ、今度一緒に旅行行こう!4泊5日の近畿旅行!」
「ん⁈なんだそれは?」
「んふふ、ナイスリアクションだね。さっき言ったけど、死ぬ前に旅行に行こうと思うの。で、その旅行に同伴してほしいんだ。」
考えが突飛的だ。奇妙奇天烈な人間だな。この女は。
だけど、何故だろうか。俺は、彼女の意見に賛同しようとしている。
「日程は、そうだな…、今週の土曜日っていうのは、どう?」
「随分と近いね。」
「え?意外と乗り気な感じ?」
「だって、君の余生を記録してほしいんでしょ?旅行中のことを記録できなくてどうするんだよ。」
「マジで⁈嬉しい!ありがとう!」
この過剰反応といい、俺の好むタイプではないのだが、この女に俄然興味が湧いてきた。
余命幾ばくだからとか、そういうしょうもない理由ではない。単に、彼女の思考には、どこか偉大な人物を彷彿とさせる。
なんだろう、どこかで彼女のような雰囲気を感じたことがある気がする。
「じゃあ、詳細は連絡したいから、LINE交換しよう?」
「ごめん、やってないんだ。」
彼女が、とんでもない顔をした。
驚きと不思議と、違う生き物を見るような瞳。
なにがそんなに衝撃的だったのか。
「LINEやってないの…?」
「やってないよ。友達もいないのに、やる必要なんてないだろ。」
彼女の困った姿は、初めて見た。
そして、LINEをやっていないのは、彼女にとって論外だということが判明した。
「呆れた、明日スマホ持ってきて。」
「ガラケーだよ。」
彼女の顔に、更にシワが増えた。
もう驚きなんてものじゃない。悪いことをしてしまった。
彼女の心臓は弱いのに、弱らせるような真似をしてしまった。
その日は、帰った後、母さんが元々使っていてもらった、数十年物のガラケーを眺めて、彼女の記録を残した。
-『余命記録』という、一冊のノートに-
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