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スピンオフ:ロスーン国編『怖がりな降霊術師は霊獣に愛される』(完)

卒業試験

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「は……始めます」
「はいはーい。始めちゃって」

 卒業試験といっても、すでにユーリが王宮で働くことはエルベルトに弟子入りした時点で決まっていた。だから、この儀式は、それに必要な準備でしかなかった。自分のことをそばで守ってくれる、心優しい精霊を呼び出し契約することが今日の課題。
 ユーリが両手を紙の上に掲げた。
【――おいで、僕のお友達】
 ユーリは心の中で遠くの世界へと呼びかけた。

「先生、今、ユーリ、何も言わなかった」
「今まで何人もの術師と出会ったけれど、こういうのを才能っていうんだろうね。あとは、もっと度胸があればねぇ。テオくんも修行して、ある程度は見えるようになったし、術師としては申し分ないんだけど……。多分、この先どんなに努力しても、ユーリくんのようには、なれないでしょう」
「そうっすか」
「悔しいですか?」
 エルベルトは、からかうような表情でテオを覗き込むが、テオはそれに取り合わない。

「別に、俺はアイツについて先生のとこにきただけだから、どうでもいい」
 しばらくすると、何もないユーリの目の前の空間に小さな稲妻がパチパチと走った。その次の瞬間、二体の黒い影がユーリの前方の頭上へあらわれる。
 影は、次第に、はっきりとした獣の姿へと変化していった。一体は、白い犬、もう一体は、黒い犬だった。

「ほぉ、犬ですか……守護霊としては、珍しい。しかも同時に二体呼び出すとはね」
 エルベルトが感嘆の声を出したとき、地面を揺さぶるような衝撃が走り、ユーリはその場に膝をついた。
「ユーリ! なにボケっとしてるんだよ、早く白犬と契約して、黒犬を返せ」
 テオが後ろから焦った声でユーリに指示した。
 現れた黒い犬の霊の正体が何だとしても、元来黒い犬の霊は攻撃的と降霊術の書物で書かれていた。
 王宮で働くなら心優しい霊の方が良いに決まっている。一体としか守護霊契約出来ないなら世の術師は迷わず白い犬を選ぶ。ユーリも、それは理解していた。

「でも、この子、この世に未練があるんだよ。だから白い子についてきたんじゃないかな。そんな気がする」
「偶然だろ。守護霊は一体。それに、ユーリが元の世界に返したって、別に、霊は恨んだりしねーよ、だから帰ってもらえ」
「でも、せっかく僕のところに来てくれたんだし、は、話は、しないと」
「は? 犬と何話すんだよ」
 前方に掲げたままのユーリの手は震えている。
 ユーリが呼び出した霊に降霊術師として出来るのは、話をすることだけだった。霊が人間と同じように見えるユーリは、どんなにその存在が恐ろしくても彼らを否定したり、ましてや攻撃なんて出来ない。
「怖がりのくせに。そんなんだから悪霊につけ入られるんだろ」
「う、うるさいな、こ、この子は、い、犬だもん、人間じゃないし、ワンちゃんだから、可愛いし、だ、大丈夫だから、黒犬くんもおいで」
「二体契約する気かよ、無理だろ」

 白犬と黒犬が、ゆっくりと降りてきてユーリの目の前の地面に足をついた。その時、突如黒犬の目が赤くなり地を這うような唸り声をあげた。
「どうしたの? 黒犬くん、苦しい? 大丈夫だからね。ほら」
 ユーリが手を差し伸べると、黒犬はユーリの手に噛み付こうと牙を向いた。
「このバカ!」
 慌てたテオはユーリに駆け寄って肩を突き飛ばし、黒犬との間に割って入る。それは一瞬の出来事だった。
「ッ……テェな、このバカ犬、大丈夫だから、落ち着け」
 黒犬に噛まれたテオの手からは血が流れて、ぽたぽたと地面にしたたっていた。通常、霊体である犬に噛まれたところで血は流れない。黒犬が強い力を持っている証拠だった。
 テオに突き飛ばされたユーリは、転んだ拍子に顔から地面へ突っ込んでいた。慌てて体を起こしたユーリの前に風に飛ばされてきた守護霊との契約書の紙が、はらりと落ちる。
「っぅ、テオ、大丈夫」
 顔面を押さえたユーリの手の隙間からは、鼻血が一滴落ちた。

「……おやまぁ。ダイナミックな同時契約ですね。これは二人合格かな?」
 こんな時でも、少しも動じないエルベルトは、目の前の光景を見下ろし、目をパチパチと瞬かせた。
 守護霊との契約は、自身の血を呼び出した霊に一滴与えることで成立する。
 手順通りなら、契約書に親指の血を落として終わるはずだった。けれど、黒犬は、テオに噛み付いて守護霊契約を結んでしまい、対してユーリは地面に顔をぶつけた拍子に鼻血を流して白犬と契約を結んでしまった。
 白犬は少し離れた場所から、心配そうな目でユーリたちの様子をうかがっていた。

「先生、俺は、犬に噛まれただけで何もしてないんだけど」
「でもね。実際テオくんの守護霊になっちゃってるし。多分、もう一度呼び出しても、その子がくるよ」

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