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リサーヌ国(魔法学校)編
月夜に咲く、白と黄 3
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もしイオリーが、このまま学校を去ることになれば、次にいつオルフェと楽しく話せるかなんて分からない。いま自分たちが楽しく会話できるのは、ここが社会とは隔離された学校で、この医務室に二人以外誰もいないからだ。
(ずっと親友のままでいられたらいいのに。昔みたいに)
だが、いつまでも医務室で構ってもらうわけにはいかない。
イオリーは医務室の天井と座っているオルフェの顔を交互に見ていた。オルフェは、その青い瞳で何か難しいことでも考えているようだった。ずっと見られているのが落ち着かなくて、イオリーはオルフェのローブの袖を引っ張る。
「なぁ、オルフェ、さっきから怖い顔してどうした?」
イオリーの問いかけにオルフェは意を決したように口を開いた。
「ずっと考えていた、イオリー。君は本当に、夜に咲く花を蘇らせるためにここに来たのか?」
「え、本当だけど、親友のお前に誓って」
イオリーはベッドから起き上がりオルフェに向かい合う。
「――そうか分かった」
「なんで、俺が嘘吐いてるって思ったんだ?」
「一つは、花が見たいという理由で、リスクを冒して学校に来たと思えなかった」
「ん……うん、まぁ、それは個人の興味の違いかな」
「あと、もう一つは、君が言った夜に咲く花は絶滅していないんだ。魔法薬学に精通している君がそのことを知らないとは思えない」
イオリーは目を見開いた。
「え、オル、それ本当か!」
イオリーはベッドに両手をつき、オルフェの顔をまじまじと覗き込んだ。
「あぁ、夜に咲く花は、ここセラフェンにある。君も子供の頃に見たはずだが? 私と一緒に夜の運河に行ったときだ。特別めずらしい花ではないし、現に私の育ったオールトンでも咲いている」
「そっかオルフェ、あの夜のこと覚えているのか」
イオリーはオルフェが昔のことを覚えていたのか嬉しくて、おもわず顔を綻ばせた。
「忘れるはずがない。窓から宿を抜け出すなんて、あんなはしたないことしたのは、あの一度きりだ」
「えーでも楽しかったろ? 秘密の探検ごっこ」
「そうだな」
九歳の頃だ、一緒に花を見たなんて些細なことはとうに忘れていると思っていた。いまも同じ思い出を共有していると分かりイオリーの声は弾む。
「あの花、綺麗だったよな」
「あぁ、イオリーが教えてくれたんだ。これは夜に咲く花だと、自分で教えたのに忘れていたのか? たしか、月見草と言ったか」
王都セラフェンで魔法学会が開催されたとき、イオリーは会場で同じく学会に参加しているオルフェと知り合った。ハンプニーの村にも同じ年頃の友達はいたが、魔法に興味がある同年代の子に出会ったのは初めてだった。
その夜、両親が社交界のパーティーに参加しているとき、イオリーは一人宿を抜け出し、オルフェがいる宿の敷地に忍び込んだ。
会えるとは思っていなかったが窓から声をかけると、オルフェが出てきてくれた。――いつまでも色褪せない、子供の頃の楽しい思い出。
「花が絶滅していないと思い出せて良かったな」
「あ、いや違うんだよオルフェ。あれも確かに夜に咲く花なんだけど、黄色いから本当は待宵草って名前で」
「待宵草?」
「そう、今は黄色い花が有名で月見草って呼ばれているけど、本来は待宵草って名前なんだ」
「そうなのか、すまない。私は、あまり花に詳しくないんだ」
イオリーは首を横に振った。
「いや、オルフェは間違っていなくて、もうほとんどの人々は白い月見草を忘れているんだ」
イオリーは目を細めて、曽祖母の顔と白い月見草を思い浮かべる。自分は、まだ忘れていない。昨日のことのように夜の花畑を思い出せる。曽祖母が魔法で見せてくれた幻影を。
「俺もセラフェンで咲く黄色い花が好きだよ。月と同じ黄色で綺麗だったよなぁ。あ、また一緒に夜見に行く?」
「夜に生徒が寮を抜け出すのは、禁止。だから駄目」
流石に成長したオルフェは、もうイオリーの誘いには乗ってくれなかった。
「それは残念だ」
「イオリーは月見草を蘇らせたいのか」
「そう。昔、俺のひいばあちゃんが、寂しそうにもう一度見たいって話してて……。今は村の人も、忘れてしまったけど。なんか俺だけは忘れちゃいけない気がしたんだよ」
「イオリーは優しいんだな、お婆さまのために、花を咲かせたいなんて」
「でも、もう亡くなってるから、遺言みたいなものかな。全ての人の記憶から消えてしまえば、魔法でも蘇らないから」
イオリーは話している間、複雑な心持ちだった。記憶の花は、いつも凛と咲き誇っていたのに、今日は、どこか儚げで寂しい。
同じように、夜、誰かの心を癒す花が存在して、いまは待宵草が月見草と呼ばれている。
イオリーは、あの黄色く、可憐な花が好きだった。あの花は、オルフェとの楽しい思い出と共にあるから。
もう、白い月見草は必要ない花なのか。だから消えてしまったんじゃないか。
同じ場所に、同じ花がある。もっと、優しくて、温かな……。
「なんか、あの黄色の待宵草って、オルフェに似てる」
ぽつり、とイオリーの口からそんな言葉がこぼれた。
「なぜ、似てないよ」
オルフェは首を少し横に傾げる。
「あ、ごめん。オルフェの家の花が浜簪だから、怒った?」
「いや関係ない。自分には、美しい花などふさわしくないと言ったまでだ」
「えーそこにいるだけで、花がいらないくらいの色男が何言ってるんだよ」
そう言ったイオリーに、オルフェは、なんだか寂しそうに微笑んだ。褒められたのに少しも嬉しそうじゃない。もっと自信満々でもいいのに。
(ずっと親友のままでいられたらいいのに。昔みたいに)
だが、いつまでも医務室で構ってもらうわけにはいかない。
イオリーは医務室の天井と座っているオルフェの顔を交互に見ていた。オルフェは、その青い瞳で何か難しいことでも考えているようだった。ずっと見られているのが落ち着かなくて、イオリーはオルフェのローブの袖を引っ張る。
「なぁ、オルフェ、さっきから怖い顔してどうした?」
イオリーの問いかけにオルフェは意を決したように口を開いた。
「ずっと考えていた、イオリー。君は本当に、夜に咲く花を蘇らせるためにここに来たのか?」
「え、本当だけど、親友のお前に誓って」
イオリーはベッドから起き上がりオルフェに向かい合う。
「――そうか分かった」
「なんで、俺が嘘吐いてるって思ったんだ?」
「一つは、花が見たいという理由で、リスクを冒して学校に来たと思えなかった」
「ん……うん、まぁ、それは個人の興味の違いかな」
「あと、もう一つは、君が言った夜に咲く花は絶滅していないんだ。魔法薬学に精通している君がそのことを知らないとは思えない」
イオリーは目を見開いた。
「え、オル、それ本当か!」
イオリーはベッドに両手をつき、オルフェの顔をまじまじと覗き込んだ。
「あぁ、夜に咲く花は、ここセラフェンにある。君も子供の頃に見たはずだが? 私と一緒に夜の運河に行ったときだ。特別めずらしい花ではないし、現に私の育ったオールトンでも咲いている」
「そっかオルフェ、あの夜のこと覚えているのか」
イオリーはオルフェが昔のことを覚えていたのか嬉しくて、おもわず顔を綻ばせた。
「忘れるはずがない。窓から宿を抜け出すなんて、あんなはしたないことしたのは、あの一度きりだ」
「えーでも楽しかったろ? 秘密の探検ごっこ」
「そうだな」
九歳の頃だ、一緒に花を見たなんて些細なことはとうに忘れていると思っていた。いまも同じ思い出を共有していると分かりイオリーの声は弾む。
「あの花、綺麗だったよな」
「あぁ、イオリーが教えてくれたんだ。これは夜に咲く花だと、自分で教えたのに忘れていたのか? たしか、月見草と言ったか」
王都セラフェンで魔法学会が開催されたとき、イオリーは会場で同じく学会に参加しているオルフェと知り合った。ハンプニーの村にも同じ年頃の友達はいたが、魔法に興味がある同年代の子に出会ったのは初めてだった。
その夜、両親が社交界のパーティーに参加しているとき、イオリーは一人宿を抜け出し、オルフェがいる宿の敷地に忍び込んだ。
会えるとは思っていなかったが窓から声をかけると、オルフェが出てきてくれた。――いつまでも色褪せない、子供の頃の楽しい思い出。
「花が絶滅していないと思い出せて良かったな」
「あ、いや違うんだよオルフェ。あれも確かに夜に咲く花なんだけど、黄色いから本当は待宵草って名前で」
「待宵草?」
「そう、今は黄色い花が有名で月見草って呼ばれているけど、本来は待宵草って名前なんだ」
「そうなのか、すまない。私は、あまり花に詳しくないんだ」
イオリーは首を横に振った。
「いや、オルフェは間違っていなくて、もうほとんどの人々は白い月見草を忘れているんだ」
イオリーは目を細めて、曽祖母の顔と白い月見草を思い浮かべる。自分は、まだ忘れていない。昨日のことのように夜の花畑を思い出せる。曽祖母が魔法で見せてくれた幻影を。
「俺もセラフェンで咲く黄色い花が好きだよ。月と同じ黄色で綺麗だったよなぁ。あ、また一緒に夜見に行く?」
「夜に生徒が寮を抜け出すのは、禁止。だから駄目」
流石に成長したオルフェは、もうイオリーの誘いには乗ってくれなかった。
「それは残念だ」
「イオリーは月見草を蘇らせたいのか」
「そう。昔、俺のひいばあちゃんが、寂しそうにもう一度見たいって話してて……。今は村の人も、忘れてしまったけど。なんか俺だけは忘れちゃいけない気がしたんだよ」
「イオリーは優しいんだな、お婆さまのために、花を咲かせたいなんて」
「でも、もう亡くなってるから、遺言みたいなものかな。全ての人の記憶から消えてしまえば、魔法でも蘇らないから」
イオリーは話している間、複雑な心持ちだった。記憶の花は、いつも凛と咲き誇っていたのに、今日は、どこか儚げで寂しい。
同じように、夜、誰かの心を癒す花が存在して、いまは待宵草が月見草と呼ばれている。
イオリーは、あの黄色く、可憐な花が好きだった。あの花は、オルフェとの楽しい思い出と共にあるから。
もう、白い月見草は必要ない花なのか。だから消えてしまったんじゃないか。
同じ場所に、同じ花がある。もっと、優しくて、温かな……。
「なんか、あの黄色の待宵草って、オルフェに似てる」
ぽつり、とイオリーの口からそんな言葉がこぼれた。
「なぜ、似てないよ」
オルフェは首を少し横に傾げる。
「あ、ごめん。オルフェの家の花が浜簪だから、怒った?」
「いや関係ない。自分には、美しい花などふさわしくないと言ったまでだ」
「えーそこにいるだけで、花がいらないくらいの色男が何言ってるんだよ」
そう言ったイオリーに、オルフェは、なんだか寂しそうに微笑んだ。褒められたのに少しも嬉しそうじゃない。もっと自信満々でもいいのに。
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