上 下
12 / 48
リサーヌ国(魔法学校)編 

月夜に咲く、白と黄 2

しおりを挟む

 そう答えはしたけど、別に傷はそのままでもいい気がした。せっかくオルフェが治してくれたんだし、わざわざ自分の魔力を使って綺麗に治したいほど、見た目にこだわりがあるわけじゃない。オルフェくらい欠点がない美貌なら気にもするだろうが、顔でもない、たかが手だ。
 治療を終えて、そのまま教室に帰るのかと思ったら、オルフェは木の椅子を持ってきてイオリーの寝ているベッドの枕元へ座る。もしかして、お説教でもされるんだろうかと内心戦々恐々としていた。

「えっと、オルフェ、授業帰らなくていいのか」
「熱が出るかもしれない。だからここで見ておく」
「大丈夫だって、お前の治療魔法、完璧だったじゃん」
「それでも、そばにいる」

 頑固だなぁと思った。しかし、こんなに心配してくれるのに、一番の友達だとは言ってくれない。

「なぁ、学校で俺と話したくないのかと思ってたけど、こんなふうに一緒にいていいのか?」

 これには大きなため息が返ってきた。

「分かってると思うが、私の立場は君を追い詰める。それなら最初から関わらない方が君のためだと考えた。君が、この学校に来た目的も分からなかったし」

 イオリーの怪我のせいで興奮しているのか、今日のオルフェはよく喋ってくれた。

「私は、絶対に君の目的の邪魔はしたくない。私の貴族としての矜持や立場などは君のこととは関係ない」
「俺の目的って、昨日も言ったけど学校で勉強する以外の目的なんてあるわけないだろう? 俺が村のためにここで政治活動でもすると思ってたのか?」
「いや、イオリーにそんな、面倒なことができるとは思ってないが」
「だろ? するわけがない。あぁ、でも勉強以外に、学校で友達と親交を深めるのは、もちろん大事だよな。友の存在は人生を豊かにするし」

 ベッドに寝転びながら、身振り手振りで熱弁した。しかしオルフェは暴れるイオリーをベッドに抑えつけ「そうだな」と言っただけだった。自分たちの関係が友達とは、やっぱり思ってないようだった。
 あぁ、この学校にいる間に、何がなんでも『マブダチ』だとオルフェの口から言わせたい。――だが、その夢は端から叶わないかもしれない。

 自分が『ハンプニー村のオーキッド子爵の息子』だと周囲にバレてしまった。このままでは穏やかな学校生活は叶わないだろう。
 ベッドの上で高い天井を仰ぎ、クラスメイトたちの戸惑いの表情を思い出した。

(あの目は、俺のことを怖がっている目だった)

 さっきまでは、もしバレても、せいぜい今より虐めが激しくなるくらいだと楽観視していた。自分たちの村は迫害されているだけだから、と。

「傷が痛むのか?」
「いや……」

 どうやら、らしくなく眉を寄せていたらしい。オルフェは心配そうな表情を浮かべている。
 得体の知れないモノに恐怖を抱く気持ちは理解できる。まるで化け物を見るような顔をしていた。
 ハンプニーへの見方が変わってしまったのは、ここ五年くらいの間の話だろう。教師たちは古代魔法の本質を理解している。ただ子供たちは違う、大人の言葉をよく聞き、それを正しいと鵜呑みにした。
 その結果が、あれだ。

(俺の父さんは間違ってたのか)

 対立するならば、距離を置き、それぞれの道を歩めばいい。
 分かってくれる人間だけでいい。忘れられ消えてしまうのなら、古代魔法は、そういう宿命だった。ハンプニーの村の領主、イオリーの父は、そういう考えだった。欲もなく、楽観主義。居心地が悪く面倒な貴族社会から離れられて良かったとさえ言っていた。
 孤立した村でも平和にやっていけると思っていた。
 孤立したことで、逆に人々の恐怖を煽り、悪評がたつなど考えもしなかった。
 最後に中央の学会に参加したのは、オルフェと会った六年前だ。
 後ろめたいことがないのなら、居心地が悪くても、古代魔法を使う人間として、学会に参加し続けるべきだった。

 ――その存在を、に。

「イオリー大丈夫か、顔色が悪い」

 今にも泣きだしそうな顔をしていたのだろう。オルフェは小さな子供をあやすようにイオリーの頭を撫でる。

「なぁ、オルフェの言いたいこと分かったよ。俺がどういう立場か、ね。うん分かった」
「怒らないのか?」
「お前が、何かしたわけじゃないだろう。怒ったりしない。それに、大丈夫だよ、オルフェ。退学になったら、ちょっと悲しいなって思っただけ。だって、お前との楽しい学校生活が一日で終わりなんて、ショックじゃん」
「そう、か」

 そう一気に伝えたが、次に息を吸ったとき、抑えていた言葉が溢れてしまった。

「――なぁ、お前も、俺が怖いのか? せっかく会えたのに、俺のこと友達って言ってくれないもんな」

 こんなことオルフェに言うつもりはなかったのに、口が勝手に恨み言を言ってしまう。

「イオリー、私は君を怖いと思っていない。昨日言っただろう、私は君が大切だと」
「なんだよ。じゃあ、俺のこと、ちゃんと友達だと思ってるの?」

 このままだと泣きそうだったから、甘えたな声で、オルフェにねだるように言ってしまう。怒られるかなと思ったが、オルフェは表情を変えなかった。

「……友達よりもっと、大事、特別だと思っている」
「え」

 そう言って頬に触れられ、涙が一気に引っ込んでしまう。こんなに自分は物分かりのいい、お調子者の男だっただろうか。

「お前が一番大切だ、イオリー」

 そう言ったオルフェに、そっと顔を寄せられて、額に口付けられた。それは、なんだか傷心のイオリーを慰めるようなキスだった。

「え、本当に、クラスメイトの誰よりも?」

 オルフェの艶やかな黒髪が頬を流れ、薄いピンクの唇が緩やかな弧を描いた。嘘偽りない澄んだ海の色の瞳に見つめられる。

「あぁ、そうだ」
「そ……そっか」

 自分の額の近くから離れていったオルフェの表情を見ると、なんだか不敵に笑っている。そんなに自分との友達宣言は勇気がいることだったのだろうか。

「つまり、俺とお前は親友ってことだな」
「は?」
「だって、友達より上なんだろ」

 オルフェの口から友達よりも大切だと言われて、飛び上がるくらいに嬉しかった。これから先の学校生活を思うと気が重いのに、その言葉だけで心の暗闇を全て消し飛ばせる。オルフェが友達でいてくれるなら、クラスメイト全員に嫌われたって、自分のことをどんなに周囲に誤解されたっていい。
 もしかして、自分の両親もそんな気持ちだったのだろうか。家族のように大切な村の人たちだけが理解してくれていたらそれでいい、と。
 ベッドから起き上がり、膝を抱えて一人でにこにこしていたら、なぜか隣に座っているオルフェは呆れた顔をしていた。

「君は、馬鹿なのかな?」
「え? 友達って言葉に照れてるのか? オルフェも可愛いところあるじゃん」
「違う」
「照れなくていいのに。俺とお前は親友なんだろう。クラスメイトに嫌われてもどうでもいいけど、俺、お前に嫌われたら生きていけないよ。俺もお前が一番大切だよ、オルフェ、ありがとうな」

「……そう」

 何か怒っていたようだが、イオリーの「一番大切」って言葉には、どうやら満足したようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

愛されなかった俺の転生先は激重執着ヤンデレ兄達のもと

糖 溺病
BL
目が覚めると、そこは異世界。 前世で何度も夢に見た異世界生活、今度こそエンジョイしてみせる!ってあれ?なんか俺、転生早々監禁されてね!? 「俺は異世界でエンジョイライフを送るんだぁー!」 激重執着ヤンデレ兄達にトロトロのベタベタに溺愛されるファンタジー物語。 注※微エロ、エロエロ ・初めはそんなエロくないです。 ・初心者注意 ・ちょいちょい細かな訂正入ります。

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

【完結】ハードな甘とろ調教でイチャラブ洗脳されたいから悪役貴族にはなりたくないが勇者と戦おうと思う

R-13
BL
甘S令息×流され貴族が織りなす 結構ハードなラブコメディ&痛快逆転劇 2度目の人生、異世界転生。 そこは生前自分が読んでいた物語の世界。 しかし自分の配役は悪役令息で? それでもめげずに真面目に生きて35歳。 せっかく民に慕われる立派な伯爵になったのに。 気付けば自分が侯爵家三男を監禁して洗脳していると思われかねない状況に! このままじゃ物語通りになってしまう! 早くこいつを家に帰さないと! しかし彼は帰るどころか屋敷に居着いてしまって。 「シャルル様は僕に虐められることだけ考えてたら良いんだよ?」 帰るどころか毎晩毎晩誘惑してくる三男。 エロ耐性が無さ過ぎて断るどころかどハマりする伯爵。 逆に毎日甘々に調教されてどんどん大好き洗脳されていく。 このままじゃ真面目に生きているのに、悪役貴族として討伐される運命が待っているが、大好きな三男は渡せないから仕方なく勇者と戦おうと思う。 これはそんな流され系主人公が運命と戦う物語。 「アルフィ、ずっとここに居てくれ」 「うん!そんなこと言ってくれると凄く嬉しいけど、出来たら2人きりで言って欲しかったし酒の勢いで言われるのも癪だしそもそも急だし昨日までと言ってること真逆だしそもそもなんでちょっと泣きそうなのかわかんないし手握ってなくても逃げないしてかもう泣いてるし怖いんだけど大丈夫?」 媚薬、緊縛、露出、催眠、時間停止などなど。 徐々に怪しげな薬や、秘密な魔道具、エロいことに特化した魔法なども出てきます。基本的に激しく痛みを伴うプレイはなく、快楽系の甘やかし調教や、羞恥系のプレイがメインです。 全8章128話、11月27日に完結します。 なおエロ描写がある話には♡を付けています。 ※ややハードな内容のプレイもございます。誤って見てしまった方は、すぐに1〜2杯の牛乳または水、あるいは生卵を飲んで、かかりつけ医にご相談する前に落ち着いて下さい。 感想やご指摘、叱咤激励、有給休暇等貰えると嬉しいです!ノシ

当たって砕けていたら彼氏ができました

ちとせあき
BL
毎月24日は覚悟の日だ。 学校で少し浮いてる三倉莉緒は王子様のような同級生、寺田紘に恋をしている。 教室で意図せず公開告白をしてしまって以来、欠かさずしている月に1度の告白だが、19回目の告白でやっと心が砕けた。 諦めようとする莉緒に突っかかってくるのはあれ程告白を拒否してきた紘で…。 寺田絋 自分と同じくらいモテる莉緒がムカついたのでちょっかいをかけたら好かれた残念男子 × 三倉莉緒 クールイケメン男子と思われているただの陰キャ そういうシーンはありませんが一応R15にしておきました。 お気に入り登録ありがとうございます。なんだか嬉しいので載せるか迷った紘視点を追加で投稿します。ただ紘は残念な子過ぎるので莉緒視点と印象が変わると思います。ご注意ください。 お気に入り登録100ありがとうございます。お付き合いに浮かれている二人の小話投稿しました。

処理中です...