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リサーヌ国(魔法学校)編
月夜に咲く、白と黄 2
しおりを挟むそう答えはしたけど、別に傷はそのままでもいい気がした。せっかくオルフェが治してくれたんだし、わざわざ自分の魔力を使って綺麗に治したいほど、見た目にこだわりがあるわけじゃない。オルフェくらい欠点がない美貌なら気にもするだろうが、顔でもない、たかが手だ。
治療を終えて、そのまま教室に帰るのかと思ったら、オルフェは木の椅子を持ってきてイオリーの寝ているベッドの枕元へ座る。もしかして、お説教でもされるんだろうかと内心戦々恐々としていた。
「えっと、オルフェ、授業帰らなくていいのか」
「熱が出るかもしれない。だからここで見ておく」
「大丈夫だって、お前の治療魔法、完璧だったじゃん」
「それでも、そばにいる」
頑固だなぁと思った。しかし、こんなに心配してくれるのに、一番の友達だとは言ってくれない。
「なぁ、学校で俺と話したくないのかと思ってたけど、こんなふうに一緒にいていいのか?」
これには大きなため息が返ってきた。
「分かってると思うが、私の立場は君を追い詰める。それなら最初から関わらない方が君のためだと考えた。君が、この学校に来た目的も分からなかったし」
イオリーの怪我のせいで興奮しているのか、今日のオルフェはよく喋ってくれた。
「私は、絶対に君の目的の邪魔はしたくない。私の貴族としての矜持や立場などは君のこととは関係ない」
「俺の目的って、昨日も言ったけど学校で勉強する以外の目的なんてあるわけないだろう? 俺が村のためにここで政治活動でもすると思ってたのか?」
「いや、イオリーにそんな、面倒なことができるとは思ってないが」
「だろ? するわけがない。あぁ、でも勉強以外に、学校で友達と親交を深めるのは、もちろん大事だよな。友の存在は人生を豊かにするし」
ベッドに寝転びながら、身振り手振りで熱弁した。しかしオルフェは暴れるイオリーをベッドに抑えつけ「そうだな」と言っただけだった。自分たちの関係が友達とは、やっぱり思ってないようだった。
あぁ、この学校にいる間に、何がなんでも『マブダチ』だとオルフェの口から言わせたい。――だが、その夢は端から叶わないかもしれない。
自分が『ハンプニー村のオーキッド子爵の息子』だと周囲にバレてしまった。このままでは穏やかな学校生活は叶わないだろう。
ベッドの上で高い天井を仰ぎ、クラスメイトたちの戸惑いの表情を思い出した。
(あの目は、俺のことを怖がっている目だった)
さっきまでは、もしバレても、せいぜい今より虐めが激しくなるくらいだと楽観視していた。自分たちの村は迫害されているだけだから、と。
「傷が痛むのか?」
「いや……」
どうやら、らしくなく眉を寄せていたらしい。オルフェは心配そうな表情を浮かべている。
得体の知れないモノに恐怖を抱く気持ちは理解できる。まるで化け物を見るような顔をしていた。
ハンプニーへの見方が変わってしまったのは、ここ五年くらいの間の話だろう。教師たちは古代魔法の本質を理解している。ただ子供たちは違う、大人の言葉をよく聞き、それを正しいと鵜呑みにした。
その結果が、あれだ。
(俺の父さんは間違ってたのか)
対立するならば、距離を置き、それぞれの道を歩めばいい。
分かってくれる人間だけでいい。忘れられ消えてしまうのなら、古代魔法は、そういう宿命だった。ハンプニーの村の領主、イオリーの父は、そういう考えだった。欲もなく、楽観主義。居心地が悪く面倒な貴族社会から離れられて良かったとさえ言っていた。
孤立した村でも平和にやっていけると思っていた。
孤立したことで、逆に人々の恐怖を煽り、悪評がたつなど考えもしなかった。
最後に中央の学会に参加したのは、オルフェと会った六年前だ。
後ろめたいことがないのなら、居心地が悪くても、古代魔法を使う人間として、学会に参加し続けるべきだった。
――その存在を、忘れられないために。
「イオリー大丈夫か、顔色が悪い」
今にも泣きだしそうな顔をしていたのだろう。オルフェは小さな子供をあやすようにイオリーの頭を撫でる。
「なぁ、オルフェの言いたいこと分かったよ。俺がどういう立場か、ね。うん分かった」
「怒らないのか?」
「お前が、何かしたわけじゃないだろう。怒ったりしない。それに、大丈夫だよ、オルフェ。退学になったら、ちょっと悲しいなって思っただけ。だって、お前との楽しい学校生活が一日で終わりなんて、ショックじゃん」
「そう、か」
そう一気に伝えたが、次に息を吸ったとき、抑えていた言葉が溢れてしまった。
「――なぁ、お前も、俺が怖いのか? せっかく会えたのに、俺のこと友達って言ってくれないもんな」
こんなことオルフェに言うつもりはなかったのに、口が勝手に恨み言を言ってしまう。
「イオリー、私は君を怖いと思っていない。昨日言っただろう、私は君が大切だと」
「なんだよ。じゃあ、俺のこと、ちゃんと友達だと思ってるの?」
このままだと泣きそうだったから、甘えたな声で、オルフェにねだるように言ってしまう。怒られるかなと思ったが、オルフェは表情を変えなかった。
「……友達よりもっと、大事、特別だと思っている」
「え」
そう言って頬に触れられ、涙が一気に引っ込んでしまう。こんなに自分は物分かりのいい、お調子者の男だっただろうか。
「お前が一番大切だ、イオリー」
そう言ったオルフェに、そっと顔を寄せられて、額に口付けられた。それは、なんだか傷心のイオリーを慰めるようなキスだった。
「え、本当に、クラスメイトの誰よりも?」
オルフェの艶やかな黒髪が頬を流れ、薄いピンクの唇が緩やかな弧を描いた。嘘偽りない澄んだ海の色の瞳に見つめられる。
「あぁ、そうだ」
「そ……そっか」
自分の額の近くから離れていったオルフェの表情を見ると、なんだか不敵に笑っている。そんなに自分との友達宣言は勇気がいることだったのだろうか。
「つまり、俺とお前は親友ってことだな」
「は?」
「だって、友達より上なんだろ」
オルフェの口から友達よりも大切だと言われて、飛び上がるくらいに嬉しかった。これから先の学校生活を思うと気が重いのに、その言葉だけで心の暗闇を全て消し飛ばせる。オルフェが友達でいてくれるなら、クラスメイト全員に嫌われたって、自分のことをどんなに周囲に誤解されたっていい。
もしかして、自分の両親もそんな気持ちだったのだろうか。家族のように大切な村の人たちだけが理解してくれていたらそれでいい、と。
ベッドから起き上がり、膝を抱えて一人でにこにこしていたら、なぜか隣に座っているオルフェは呆れた顔をしていた。
「君は、馬鹿なのかな?」
「え? 友達って言葉に照れてるのか? オルフェも可愛いところあるじゃん」
「違う」
「照れなくていいのに。俺とお前は親友なんだろう。クラスメイトに嫌われてもどうでもいいけど、俺、お前に嫌われたら生きていけないよ。俺もお前が一番大切だよ、オルフェ、ありがとうな」
「……そう」
何か怒っていたようだが、イオリーの「一番大切」って言葉には、どうやら満足したようだった。
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