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リサーヌ国(魔法学校)編 

三年前の手紙

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 ■ ■


【やっほー、オルフェへ
 最近、手紙の返事がないから心配してる。元気にしているならいいんだけどね。筆不精でも、たまには近況くらい教えてくれてもいいじゃん。
 別に堅苦しいことじゃなくて、窓から見える海が綺麗とか、近所の猫が可愛いとか、料理が美味しいとかさ! いくらでも書くことなんてある。
 そうそう、俺、王都にあるセラフェンの魔法学校に入学するんだ。
 君みたいなバカには無理とか言うなよ。もう、十五歳だからな! 昔とは違う。
 オルフェとセラフェンの街で出会ってから六年か、あれから、俺は、ずっと村で魔法薬学の研究を続けてるんだ。心配しなくても、勉強は得意だと思う。
 オルフェも魔法学校に入学するんだよね? 今から会えるのを楽しみにしてるよ。
             イオリー・オーキッド】

【親愛なる イオリーへ
 別に、変わりない。元気だ。
 私の部屋の窓から海は見えないが、潮風くらいは感じられる。
 猫はメイドに追い出されるのを知っているから、うちの庭には入ってこない。彼らは見かけと違い、とても頭のいい生き物なんだろう。いつか触れてみたいものだ。
 食事は一人だから、あまり美味しいとは感じない。
 そんなことより進学について、なぜ、もっと早く私に相談しなかった?
 君にはセラフェンの魔法学校より向いている学びの場所があると思う。君は誰よりも頭がいいかもしれない、だが向こう見ずで世間知らずの研究バカだ。
 十五歳というのなら、もう少しオーキッド子爵のお気持ちを考えて、外に目を向けたらどうだ。
 いいか、とにかく入学は勧めない。それ以前に、そもそも君は入学できないだろう。
             オルフェ・アルメリア】


「――相変わらずお兄ちゃんみたいだなぁ、オルフェは。同じ歳なのに」

 六年くらい会っていない友達だが、オルフェはイオリーという人間をよく理解している。彼のご賢察の通りだ。どうやら自分は世間知らずで、研究バカの向こう見ずだったらしい。
 現在、目的の学校の場所が分からず、都会で道に迷っている。
 イオリーは煉瓦造りの商店の軒先にしゃがみ込み、にぎやかな街を眺めながら途方に暮れていた。自分の生まれ育った田舎の村と違って、どこを歩いても眩しく感じるのは、街を網目状に走っている運河のせいだろう。さすが水と魔法の都――王都セラフェンだ。

「で、魔法学校は、どこだよ」

 セラフェンの王都に着けば、学校の場所なんて、すぐに見つかると思っていた。けれど街を歩く老若男女誰に聞いても、知らないと言われる。
 この街に魔法学校があるのは知っている。でも場所は、知らないなんて、まるで謎かけのようだ。何より不思議なのは、学生と一度もすれ違っていないこと。イオリーが今着ている濃紺の詰襟シャツにスラックスの人なんて一人も歩いていない。どこもかしこも水辺の街に映えるカラフルなチュニックやサンダル、涼しげなケープを身に纏った人たちばかりだ。イオリーのようなクラシックな学生服は目立って仕方ない。
 
 あと探していないのは、城壁の向こう側くらいだった。
 子供の頃、あの辺りには王宮と大聖堂の建物があった。学校なんてなかった気がする。
 左手の腕時計に視線を向けると、入学式が始まるまで、あと一時間だった。
 風の強い海岸沿いを長い間歩いていたせいか、柔らかい薄茶色の髪は、すっかり乱れてしまった。
 いつまでも、ここで迷っている暇はない。
 送られてきた手紙や入学関連の書類に場所の手がかりがあるかもしれないと思ったが、目ぼしい情報もなかった。イオリーは石畳に並べていた手紙をボストンバッグにしまうと、大通りに停まっていた馬車に駆け寄った。
 四輪の箱馬車のクーペは乗り心地が良さそうで便利に見えたが、御者は仕事がなく暇そうに葉巻をふかしていた。藍色のぺたんとした帽子に白の長衣の年配の男は、イオリーが声をかけると破顔した。

「おぉ、君が、最後だ。イオリー・オーキッド」
「さ、最後って? え、なんで名前」
「いいからいいから、ほら馬車に乗った乗った。なんで昨日中に来なかった? 寮の部屋割りとか、歓迎パーティーとか楽しい行事もあったのに」
「え、昨日? だって、入学式は今日って、手紙に」
「あーもう時間ギリギリだな。飛ばすぞ」

 魔法学校の関係者らしい男に背中を押されて、イオリーは躓きながら馬車に乗り込んだ。前に御者が乗り込むと、間髪をいれずに馬車は走り出す。
 窓の外を見ると、急に馬車は石畳の道を外れ運河の上をスルスルと滑りだした。近くにはゴンドラや商業船も走っているのに、街の人は誰も気にしていない。馬車は市街地をどんどん離れ、城壁のある山の手へ向かっていた。

 ――水の上を走る不思議な馬車。

 それは、イオリーが普段から使っている魔法とは、まったく違う種類のものだった。

「何、水馬車が、そんなにめずらしいのか?」
「『コード』については、魔法学会で聞いて知っていたけど、実際使っている人を見るのが初めてだから」

 術式の文字が馬車の扉で赤い光を放っていて「魔法」を発動させていた。

「一般人が使うようになったのは、ここ最近だな。便利な世の中になったよ。今じゃコードを魔法使いから買えば、誰でも魔法が使える」
「へぇ、すごい」

 ――水華大陸。リサーヌ国の王都、セラフェン。
 イオリーが田舎のハンプニーから、近代魔法の栄える都会に来たのは六年ぶりだ。以前と比べてさらに発展しているようだった。

 前は、両親と魔法学会に参加するのが目的だった。大陸の様々な国から、魔法の大家が集まり、数年に一度、各々研究発表を行っている。最終日にはパーティーも開催され、魔法貴族たちの社交の場にもなっていた。
 西にある山岳地帯のバーサイト。死霊術が盛んな北の夜の街デンシェイト。港の近くにある、王都に近いオールトン。
 そして、古代魔法を受け継ぐ、イオリーの生まれた田舎のハンプニー。各地方の特色ある学説は、おとぎ話のようで、イオリーは目を輝かせて、彼ら魔法貴族たちの話を聞いていた。
 ただ学会の話を好んで聞きに来ている子供は少なかった。そんな中、自分と同じ歳で同じ領主の息子という立場のオルフェ・アルメリアとは、すぐに仲良くなった。
 以来、彼とは手紙で交流を重ねていた。

「えぇ! 学校にたどり着くのが最終試験、だったんですか」

 間の抜けたイオリーの声に、御者の男はゲラゲラと笑いだす。あのまま街でこの案内人を見つけられなかったら、手紙でオルフェが書いていた通り、入学できなかったらしい。体の力が抜けてしまい馬車の揺れに合わせて座席から落ちそうになった。イオリーは座り直し、前のめりに問いかける。

「だ、だって、入学のご案内ってあったから、てっきり入学試験に通ってると」
「学校の場所も書いてないのに? 変だって思わなかったのか」
「全然……まったく」
「純粋だなぁ、そんな甘々で無事に学校卒業できるのかねぇ、試験は厳しいよ」

 馬車に揺られながらイオリーは、御者にことのあらましを教えられた。

「けど魔法界で、この最終試験って有名なんだけどなぁ」
「あー俺、田舎に住んでたから、かな」
「けど友達くらいいるだろう。教えてくれなかった?」

 イオリーは一週間前に届いたオルフェの手紙の内容を思い出す。もっと早く相談していたら、オルフェは試験について教えてくれただろうか。自分より貴族としての身分が高く、魔法界にも明るい彼なら試験内容も知っていただろう。 

「ま、何にせよ。入学おめでとう。災難だったけど、君はラッキーボーイだよ。魔法を使わずに俺に声をかけたんだし。君は何か持っているのか?」

 からかうような男にイオリーは首を傾げる。

「何かって?」
「運命とか呪いみたいなやつだよ。ま、おじさんは信じてないけどね。この王都は理論に基づく近代魔法の街だ。いつまでも才能と力に頼っているような『古代魔法』は忌み嫌われている。この先、魔法は広く万人が使えるものにするべき。これが主流の考え方だよ」
「へぇ……そうなんだ」
「田舎からセラフェンの魔法学校に来たってことは、君は、古代魔法を捨てた革新派なんだろう。若いのに立派なことだ。田舎は頭の固い大人が多いだろうに」

 男は気の毒そうな声で言った。
 確かに両親はイオリーが、セラフェンの魔法学校に入学するのに反対していた。争いの種を生むだけで、イオリーのためにならないと。
 それでも最後には研究を続けたいと願ったイオリーの願いを汲んでくれた。

「けど、そのポケットに入れている杖を使えば、すぐに事情を知っていそうな「魔法使い」なんて、見つかっただろうに」
「あーその、俺、魔法が下手で?」

 イオリーはへらりと笑った。

「何だそりゃ」
「魔法使いでも魔法が下手な人はいますよ。おかしいですか? 下手だから学びたいって」
「いや全然、近代魔法は全ての人間が魔法使いになれるという理念を掲げている。真面目に学びたいと願う、君にとって良い学びの場になるだろう」
「――はい、俺も、そうだといいなと願ってます」

 イオリーが目を細めて笑ったところで、馬車は高い城壁の前で止まる。

「お、間に合ったな。その入学書類があるだろう。それを、城壁に当ててみれば良い。そうすれば、学校の中に入れる」

 イオリーは馬車を降りて、言われた通りに城壁に紙を当てた。すると、一気に石壁がぐにゃりと歪む。
 その少しあとだった。イオリーは、魔法学校の前に立っていた。
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