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ネコとオセロと学校と

17匹目 『うざい2人に囲まれてストレスがマッハなのだがどうしたら良いだろう?』

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 ーー待つ事、数分。

 雨でぼやけた視界の中、遠方、『猫の裏庭』方面から2つの光が照る。

 それが車のライトであると認識出来るくらいまで近付いた時には、それが真とマスターが乗る車であると確認し、俺たちの前で開かれた扉に、猫宮とノラネコを抱え、飛び込んだ。


「…すまん真、助かった!」


 後部座席に乗り込み、敷かれたタオルの上に猫宮を座らせ、ノラネコの方は俺の膝上に乗せる。

 真っ先に礼を述べたのち、一先ず、これで雨からは逃れられたと息を吐いた。


 運転するマスターは、視界の悪さ故に運転に集中しており、こちらに意識を移す様子は見えず。
 代わりに、助手席に座った真が、こちらに振り向きいつものからかうような口調で、言う。


「いやぁ、災難だったな、犬斗。猫宮さんも……っと、今は話しかけないほうがいいか」

「ああ、そうしてくれると助かる。……因みに、野良ネコも載せたが問題無かったよな?」

「あ~、まあ大丈夫。だよな? 爺ちゃん」


 暗くてよく見えはしないが、多分縦に首を振ったマスターの様子に、苦笑しつつもありがたさを感じる。俺としても、この雨の中野良ネコを放り出すような真似はしたくない。

 一瞬だけ抱き抱えていた事が尾を引いている様子でぶつぶつと呟いている猫宮を傍目に、真から受け取ったタオルで身体を拭く。


「猫宮さんも、はい」

「…はっ! あ、ありがとう、ございます」

「うわ、すっごい他人行儀だなぁ…傷付く…」

「嘘つけ、そこまで気にしてねえだろお前」

「あ、バレた?」


 はぁ……結局、雨に濡れても人を助けても、人が変わるわけじゃ無いな。そんなに簡単に変わる事ができりゃ苦労しないが、こいつは、出来れば変わって欲しかった。

 舌を出す真と、未だに一瞬から抜け出せておらず、俺の服を摘む猫宮を見て、しみじみそう思った。


 ただまあ、とにかく猫宮は、時折くしゃみをしている以外は体調に支障はなさそうだし、なんとか風邪か熱程度で済みそうだ。無論俺も体調は悪いが、多分猫宮よりも軽い。

 問題はーー


「にしてもそのネコ、全然動かないねぇ。生きてはいるんでしょ?」

「ああ。猫宮の膝から動かねえけど、ちゃんと体温はある」

「ふうん……珍しいね、猫宮さんがネコに懐かれるの」

「本当に懐いてるのかは微妙だけどな。ただまあ、こいつにネコが寄る事自体は確かに珍しい」


 ーーまるで、のようだ、と。又してもフラッシュバックした記憶を消し去り、人相の悪い、その野良ネコを撫でる。

 猫宮は、何故かあまりネコに懐かれない。同族と認識されているのか、また別の要因かは知らないがーーともかく、ネコが近寄ろうとしないのだ。

 肝心の猫宮自身は気にしていない様子だから、問題は無いのだが。
 個人的には、この世界で最も愛すべき愛しい天使のような可愛さを持った存在に懐かれないと言うのは、とても悲しい事だと思う。


「にゃ、にゃ~」

「……猫宮、ここぞとばかりにネコの真似しても無駄だぞ。そんな事しても撫でねえからな。…ってか真も録音すんな! 誰に売りつける気だそれ!!」

「ハハハナンノコトカナー」

「にゃぁ~……クチュンっ」


 ったく……相変わらずだ。本当に。

 ただ、一山超えたこのタイミングで、こうしていつも通りのやり取りをしてくれる事は、実は少しありがたい。当然、表には出さないけど、な。

 それに。結局、ネコも猫宮も、ついでに俺も、体調不良であることに変わりは無い。人間は死ぬ事はないだろうが、ネコは別だ。
 小動物は身体が弱い。今は平気そうだが、この後どうなるかは分からない。取り敢えず、どちらにせよ明日は学校を休む事は確定だろう。

 でも今は。この車から降りるまでの間はーーちょっとだけ、表情を緩めておこう。


「いやはや嬉しそうですな犬斗くんや。まあそりゃ、猫宮さんみたいな美少女に迫られて嬉しくない訳ないだろうけど」

「は、俺の何処が嬉しそうだった? こいつに何かされた所でどうでも良いんだが?」「にゃあ”!?」

「やっぱツンデレだね~」

「俺はツンデレじゃねえ!」「にゃあ……」


 ニャン語尾の癖が再来したか、さっきからネコ語で感情を表す猫宮。そして、鬱陶しいからかいばかりしてくるいつも通りの真。

 2人に囲まれ、結局表情を緩める暇もないままーーーようやく、安地『猫の裏庭』に、到着した。


 少しづつ弱まるエンジンの音と引き換えに、降り続く雨の音が、再度聴こえた。
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