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ネコミミ幼馴染ととある日曜日
6匹目 『幼馴染が俺のペットになりたいとか言い出したんだが本気でどうすれば良いだろう?』
しおりを挟むスムージーを啜る音だけが響く部屋の中で、俺は口を開く。
「んで。結局、なんでこんな事したんだ? ネコミミ付けて見たり、その状態で不法侵入、ベッドに潜り込んで見たり」
「……にゃあ」
「だから、それは誤魔化されないっての。そんなに言いたく無い事なのか?」
多少語気を強めて説明を促す俺とは対照的に、なにやら考え込むかのように黙り込んでしまった猫宮。
こいつは、俺に対して存外に押しが強い。と言うより、強情と言うべきか……ともあれ、こうなってしまっては、猫宮の方から何かを言い出すまで待つしか無いだろう。
何。こいつだって、このまま黙って押し切るなんて事はしない……筈だ。しないだろう。しないよな?
うだうだと、こいつの体温のせいかそれとも別の何かか。焦点の定まらない思考を繰り返している内、軈てようやく、猫宮が口を開いた。
「………犬斗の、ペットになりたい、にゃあ」
「…Oh……」
なんだこいつは。とうとう気でも狂ったか? 元から行動の意図が図りづらい奴ではあったが、まさか脳が小動物と同格かそれ以下にまで退化していたとは。
可愛いとか言ってる場合じゃない。流石にこれは洒落にならない。或いは病院にでも連れて行った方がいいのだろうか? 例えば精神科なんかに。
おかしくなってしまった幼馴染の処遇について考えていると、少し、慌てた様子で猫宮が再度何かを言う。
「い、いや、違う、違うにゃ犬斗!」
「何が違うんだよ! 幼馴染が眼の前でいきなり『ペットになりたい』とか言いだして困惑する以外に何をすれば良いんだよ。これでもお前を入院させるべきかどうか即座に考えているんだ。冷静な方だと思うぞ!?」
「や、辞めてよぉ…! そういう訳じゃなくて、えと、あの」
「……言葉の綾か?」
「そう、そうだ、にゃぁぁ!」
………と言われても、だ。
言い方に問題があったらしい事は分かるが、ならさっきの言葉を言い直すとして、どんな形なら俺は納得出来るのだろう。
ーーしばらく考え込む俺に、話しかける猫宮の声が、一つ。
「……ごめん、やっぱり意味合ってた、にゃあ」
「は?」
突如。不穏なセリフを吐いた猫宮に、嘘や意味の履き違えで合って欲しいと願い、俺は問い返す。
だが。
ーーー「だから……うん。犬斗のペットになりたいって意味で合ってたみたい。ちょっと考えて見たんだけど、にゃ」
ーーーそして俺は、叫ぶ。
「ーーーーッ あぁぁぁぁほぉぉぉぉかぁぁぁぁ!!!!」
「にゃぁぁぁ!? どどっど、どうしたの、犬斗!?」
「いやその発言がどうしたの? だわ! 急に学校休んだかと思ったら何の前触れもなく侵入されて、理由が『ペットになりたいから』だあ!? 逆に叫ばないとでも!?」
「うっ……」
言葉を詰まらす猫宮を見て、俺の心情は余計加熱される。
いやほんとな? ふざけんな、と。俺はただの幼馴染であって、お前の飼い主ではない、と。
「大体なぁ! 言っとくが、お前が金曜学校休んだ時、俺心配してたんだからな!? いっつもいっつも性懲りも無く話しかけて来るのに、その日は何の連絡も無しに休みやがってよぉ! お前が機械類苦手で電話持ってないのは知ってたから、連絡出来ない理由も分からなくもない! そんで風邪かなんかかと思って見舞いに行ったら居ねえし!」
その後、昨日一昨日はずっと猫宮が何処に行ったのかを考えて居たと言うのは伝えないでおく。イラつきとは違うこのよく分からない感情に包まれている今だが、言ってこいつが図に乗る発言の判別位は出来る。
「んで!? 急に現れてネコミミ! 侵入! 極め付けにペット! この状況で俺はどうすりゃ良いんだよ!?」
「……ごめん、なさい」
「ーー……ッ」
違う。謝って欲しい訳じゃない。
俺を包むこの感情はもっとーー別の、何かだ。それも多分、プラス方面の。
全く意味が分からないが、とにかく、謝られるのは、また違う。そうじゃない。決定的に、何かが違う。
ーーー分からない。けど。
「……はぁぁぁぁぁぁぁ」
「うう…犬斗、ごめんね。迷惑、だった。から、やっぱり今日はもう帰る、ね」
大きく。自分の中の感情を一度落ち付けようと、大きな溜息をつく。
それを怒りの現れとでも受け取ったのか、より一層表情を曇らせ、遂には家に帰る、と。
……だから、それが勝手だって言ってんだよ。もう俺の脳内では、今日の昼飯も晩飯も2人前の食材を考えているし、予定だって破棄したんだ。
俺は、猫宮を引き留める。
「…帰らなくても、良い。ペットだ何だは、一旦置いておけ。ーー今日は、俺の家に泊まるんだろう?」
「ーーーッ」
そう、伝える。
まあ、これで良いのだろう。とにかく今の俺は、こいつに帰って欲しくはない。
俺の言葉を聞いた猫宮は、少し鼻水を啜り、目尻を擦って俺の元にやって来る。
「ーー犬斗。ごめん」
「謝らなくて良い。…つーか、そんなしんみりすんな。そう言う場面じゃねえだろ、これ」
「…じゃあ、ありがとう、にゃぁ」
「ま、それで良いだろ」
そうだ。しんみりするのは、もっと別のシチュエーショ…
ん?
今、俺何を思い浮かべた?
もっと別の、いつだ?
何があったら、俺はしんみりした状況に……
…駄目だ、今日は色々と重なりすぎて、思考がさっぱり纏まらん。
そうして、ようやく俺が辿り着いた結論、それはーーー
「…ま、いいか。それじゃ猫宮、取り敢えず今日の諸々は、一旦無しだ! ペットもネコミミも、今日はもう考えん! ……流石に、スペアキーは後で回収するが」
ーーー諦め、だった。
「にゃ!? そ、それは」
「今のお前に拒否権ねえだろ……はぁ」
きっと今の俺の顔は、相当に呆れた表情を見せているのだろう。頰に汗を浮かべ、又しても涙目でわたわたとしている猫宮を眺めながら、そう思う。
まぁ、今日はもう疲れてしまった。しばらくは、休むとしよう。
「んじゃ、お仕置きとして昼飯はデザート含めて人参フルコースな。繰り返すが、拒否権はない」
「にゃぁぁぁ……分かったにゃ、我慢する、にゃぁ…」
「……それじゃあ、しばらくのんびりするか。ゲームでもするか?」
先程とはまた別の方向性で顔を曇らせる猫宮に、ちょっとした誘いを送る。
時計を見れば、まだ朝8時半だ。尋問はもうしない事に決めたし、やる事がない。
一応、あいつの訪問に備えて遊び道具は色々用意があるし、暇潰しには困らないだろう。
その言葉で、猫宮は表情を一転させ、眼を輝かせて、言う。
「げーむ! い、良いの、犬斗?」
「ああ、色々あるぞ~、ポ◯モンとかモン◯ンとか、マ◯オとか」
「やったぁ! 犬斗、ありがとう、にゃあ!!」
……こいつ、機械類駄目なはずなんだけどなぁ……
ふわりとした猫っ毛を揺らし、ぴこぴこと耳を動かす猫宮に、俺は少しの微笑みを送った。
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