シークレット・ミッション

一二三

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 八つ当たりをしている自覚は十分にあった。
 北条には、健吾を守り、健吾が穏やかに過ごせるように心を砕く義務と責任がある。
 それは嫌という程わかっていたはずなのに、それでも、北条の行動に傷ついた心が、本心とは真逆の言葉を健吾に言わせてしまった。
 
 これで終わりだろうな、と、心のどこかでそう考えていた。
 癇癪を起こした子供のように泣きわめく健吾を見て、きっと北条は呆れているだろう。
 助けてもらったのに、八つ当たりして暴言を吐くなんて。
 そんな相手とこれから先上手くやっていけるだなんて、いくら北条でも思えないに違いない
 今頃きっと、健吾に手を差し伸べたことを後悔している。
 だって北条は、健吾の気持ちに応えるつもりはないのだから。
 
 あの時のキスは、ただ単に雰囲気に流されただけだったのだ。
 あれ以来北条が健吾に触れることは一切なかったことが、その良い証拠だと思う。 

「出ていけってば!」
 濡れた体を興奮で震わせ、立たない腰でいざりながら後退し、健吾はなんとか北条から離れようとした。
 北条は黙ってそんな健吾を見つめていたが、やがてあきらめたように立ち上がると、何も言わずに背を向けて浴室から出て行った。
 ほっとすると同時に、胸にズキリとした痛みが走る。
 自分が望んだことなのに、それでもこんな風に北条の背中を見送りたかったわけじゃない、と心が叫ぶ。
 けれど、追いすがって何になるというのだろう。
 傷つくのが怖い。
 だからこれでよかったんだと、そう自らに言い聞かせるように深く息を吐き出し、健吾は濡れたフロアへぐったりと体を横たわらせた。

 フロアへはあいかわらずシャワーの湯が叩きつけるように降り注ぎ続けていたが、どうせ濡れそぼっているのだし、と、流れる湯に頬を浸す。
 跳ね返るしぶきを顔に感じながら、ゆっくりと目を閉じると、どこかから泣き声が聞こえてきた。
 泣いているのは誰だろう?とぼんやりと思考を漂わせ、やがてそれが、喉の底から溢れ出た自分の嗚咽であることに気付く。
 震え、しゃくりあげながら自分の体を抱き締め、健吾は濡れたシャツに爪を食い込ませて握りしめながら、ただ泣き続けた。

「何してる」
 止めろ、と、かけられた声と共に、肌を傷つけるほど食い込んでいた指ごと腕を掴まれた。
 いつの間にか戻ってきた北条が、健吾の体を引っ張り上げて座らせ、シャワーコックを捻って湯を止める。
「なんで……戻ってくんだよ……」
 涙と湯でぐっしょりと濡れた顔で睨んでも全く効果がなさそうだったが、まだ自分に同情する様子を見せる北条を、健吾は精一杯睨み据える。
 拒絶の言葉を再び口にしようとした瞬間、いきなり視界が真っ白になった。
 大判のバスタオルを被せられたことに気付いたのは驚いて手を振りまわしたからで、すると少しだけタオルが開き、その隙間から、北条が無表情に健吾の濡れた髪を拭いているのが見えた。
「な……にすんだよっ」
 北条の手から逃れようと暴れたせいで態勢が崩れ、体がフロアに叩きつけられそうになる。
 衝撃を予想して縮めた体は、そのまま北条にすくうように抱き上げられていた。
「……っ!いやだっ!離せ!」
「暴れると落ちるぞ」
 健吾が渾身の力で暴れるのを難なく押さえこみながら、北条が鋭く制して歩き出す。
 その声にいつもの甘さや優しさはなく、初めて聞く冷たい声色に、健吾の体はひくりと揺れた。
 強引に運ばれ、濡れた体のまま乱暴にベッドの上に落とされ、濡れて張り付くシャツが、必死の抵抗も空しく引き剥がすように脱がされた。

 北条の手によって否応なく全裸にされた健吾は、男の前に晒されてしまった体を隠そうと、身をよじってシーツにうつ伏せた。
 冷えたシーツにペニスが擦れて、新たな疼きが襲い掛かってくる。
 這うように体をずらしてひきずりながら、なんとか腕の力だけでこの場から逃れようとしたが、逃亡を見越していた北条の手によって、健吾の両腕はあっさりとシーツに縫い止められた。

「離せっ……!」
 首を捩り、自分を押さえつけている男を睨み上げると、冷たい目がこちらを見ていた。
 いつの間に服を脱ぎ捨てたのか、北条は半裸の状態で、逞しい上半身を晒している。
 圧し掛かるように体を倒し、厚い胸板を背中に押し付けて自由を奪うと、北条は不自然に捩じれた健吾の首筋に強く唇を押し当てた。
 再び噛まれるのではないかと震える体に、北条の濡れた髪から、しずくが一粒ポタリと落ちる。
 肩を伝ってシーツへ零れ落ちていくそれが、不思議と健吾の怯えをなだめてくれているように感じた。

「蒼馬……」
 名を呼べば、北条の碧い瞳がこちらを向く。
 いつもは凪いだ海のように静かな青さをたたえているそれが、今は何故か、激しい炎のように揺らめいて見えた。
 激しい怒りを含んだようなまなざしに、健吾はぶるりと体を強く震わせる。
「俺が怖いのか?」
 冷たい表情でこちらを見ている男を、涙を潤ませた瞳に力を込めて睨み返した。
 けれど、怯えていることを悟られまいという健吾の努力は、あっさりと打ち砕かれる。
 北条は不敵に笑うと、健吾の小柄な体を、自らの体を使ってさらに白いシーツに押し付けた。

「おまえは、何もわかってない」

 耳の後ろに唇を押しあてられて低く囁かれると、体が痙攣するようにびくりと跳ねた。
 ぞわりとしたうねりが腰に集まり、そこを中心に、じんじんと熱い疼きが体中に拡散していく。
 お互いの肌が密着した場所から抑えきれない程の熱量が生まれでている気がして、健吾は炎の熱さから逃れるように、北条の体の下で激しくあがいた。
 暴れる体を難なく封じると、北条は健吾の尻の狭間に手を伸ばし、指先でゆっくりとすぼみをなぞる。
 先程の行為でふっくらと膨らんでいた入り口は、体内に残っていたオイルに助けられて、北条の指先をすんなりと飲み込んだ。

「蒼馬っ……!やだ、もうやめてって……!」
 くちゅ、と音を立てて、数本の指が抵抗なく体内に招き入れられる。
 いきなり与えられた強い刺激に喘ぐと、北条が低く笑いながら健吾の耳を噛み、穴に舌を差し込んだ。
 耳のラインを唇で辿られ、時折思い出したように舌を差し込まれる度に立つぴちゃりとした音に、健吾の体が逃げを打つ。
 北条は何度もそうやって健吾を逃がしては捕らえ、散々弄んだ後、細い腰を抱え込んで後ろの口に堅い熱を押し当てた。

「やっ……あ……」
 質量のあるものが狭い場所を限界まで広げ、めりめりと音を立てるようにして中に押し入ってくる。
 北条は低く呻くと、自重で健吾を押さえつけながら強引に体をずり上げた。
 こつん、と深い場所にそれが届いた衝撃で、健吾の視界が白くスパークする。
「ひ……っ!ああ……!」
 自由に動くことの出来ない体をシーツに擦り付けながら、健吾は張り詰めたペニスから勢いよく白濁をまき散らす。
 興奮に震える健吾の体をなだめるように、北条は体の動きを止め、耳の後ろに何度も唇を押し当てた。

「い……や……、ど、して……?」
 体の中に、確かに北条の熱を感じる。
 心よりも正直な体がそれを喜び、内壁が激しくうねって北条を締め上げているのがわかった。
 北条が軽く息をついて、「そんなに締めるな……きつい……」と健吾の背中に呟く。
 達した直後の興奮さめやらぬままに後ろを振り向くと、北条は困ったように顔を歪め、健吾と視線を合わせたまま、さらに奥へと腰を進み入れた。
「あっ……んんっ……」
 とまどう健吾を翻弄するように、北条が腰をゆっくりと突き上げる。
 健吾の中の快楽のふくらみを探りながら北条は少しづつ体をずらし、浅く、深く、何度も淫靡な律動を繰り返した。
 繋がった場所から卑猥な音が零れ出るの聞いていられず、健吾は子供がイヤイヤをするように首を振る。
「やめて……やめて蒼馬」
 健吾がすすり泣きながら訴えるのに、北条は「お前は、さっきから『いや』と『やめて』ばかりだな」と低く笑った。

 耳の後ろにキスを落とし、首筋を舐め、肩に歯を立てながら、北条は角度を変えて健吾の弱い場所を自らの張り出した部分で何度も擦り上げた。
 北条にそこを擦られるたび、目の前で星がチカチカと瞬く。
 何度も達しているせいで射精には至らず、健吾のペニスは真っ赤に充血した鈴口からダラダラと透明な体液を溢しながら、助けを求めるようにぱっくりと口を開けていた。
「一回出すぞ」
 限界だ、と呟くと、北条は叩きつけるように深く腰を突き入れ始めた。
 もうこれ以上はないというぐらい深い場所に、北条の熱情の先端が届く。
「……っ!!」
 衝撃に耐えようとシーツを握りしめる健吾の手をなだめるように、北条の大きな手が重ねられた。
 指を絡めて強く握り込まれ、肩には痛いぐらいの口づけが降ってくる。
 体内で痙攣する北条の熱が伝わり、じわりと奥が濡らされる感覚に、健吾の体が隠せない喜びに大きく震えた。
 荒い呼吸が肩にかかることで、自分の中で北条が達したことを実感する。
 そのまま二度、三度と突き上げられ、健吾は喉を反らして男の全てを受け入れた。

 脱力した男の重みが、怠い体に圧し掛かる。
 密着した背中に早い鼓動が伝わってきて、この男でもセックスの時はこんなにも興奮するのだと、そんな奇妙な感慨を抱いた。

「こら、逃げるな」
 しばらくは放心状態だった健吾だが、射精をだし終えたくせにちっとも出ていこうとしない男の下にいることが次第に気まずくなってきた。
 ごそりと体の下からはい出ようとして、がっつりと腰をホールドされ逃げ場を失う。
「俺から逃げようとするとは、なかなかいい度胸だな」
「いっ……や……!」
 ずるりと男のものが抜け去り、そこからどっと液体があふれる感覚に、健吾は体を竦ませる。
 あっという間に体をひっくりかえされ、足を持ち上げられたかと思ったら、再び北条のそれが健吾を貫いた。
「ん……っ!」
「散々俺を煽ったんだ。さっさと終われると思ったら大間違いだぞ」
「あおってなんか……ない……」
 どの口が言うんだ?と笑われ、激しく突き入れられて、健吾は言葉を失った。
 何故、どうして?という思いだけが、頭の中をめぐる。
 どうして自分は今、北条に抱かれているのだろう?
 これは同情?それとも義務?
 わからないことばかりで、意図せず瞳から涙が零れ落ちる。
 ひたすら北条に揺さぶられながら、「どうして」と健吾はわけもわからないまま涙を流し続けた。

 北条は存分に健吾の体を楽しんでいる様子で、二度目の射精に至るまでに随分と時間をかけた。
 遠慮もなく中にたっぷりと注ぎこんだ後、北条はそれを抜くこともせずに健吾を持ち上げて、向かい合わせに座らせる。
 嫌でも見つめ合う形になり、健吾は泣きはらした目で北条と顔を合わせるしかなかった。

「何か、言いたいことはあるか?」
 混乱するあまり何も言えないでいると、力を失わない北条に下から突き上げられて、情けない悲鳴をあげた。
「言わないなら、言うまで何度も抱くぞ?」
 腰を支えられ、揺さぶられそうになって、慌てて男の胸に手をついて首を振る。
「……抱かないって……」
「なんだ?」
「抱かないって……いった……」

 ひっく、と、なさけない泣き声が漏れた。
 途端にこぼれ始めた大粒の涙に、北条が苦笑する。

「文ちゃんに……俺を、抱かないって……いった」
 悲しみの感情が爆発する前の大波の気配に、体がブルブルと震え出す。
 ひっく、ひっくというしゃくりあげる音が止まらず、熱いほどに感じる涙が、頬を伝ってぼたぼたとあちこちに落ちていった。
 頭上で響いた「はぁ」という北条の深いため息に、思わずびくりと体を揺らすと、すぐさまそれをなだめるようにぽんぽんと背中を叩かれる。
「おまえはまた、そんなところにひっかかって……」
 北条の大きな手が頬に添えられ、こぼれる涙をぬぐっていく。
 そのまま両手で頬を支えられると、困ったような表情の北条の顔が近づいてきて、ちゅっと唇を触れ合わせていった。

「抱かないんじゃない。抱けなかったんだ。あの日、清文さんと約束したからな」
 結局反故にしたけどな、と、北条が低く笑う。
「おまえ、俺が必死に我慢してるのに、散々煽ってくれたな」
 ピン、と指で鼻をはじかれ、それに驚いて涙が止まった。
「俺に……同情したんじゃないの?」
 健吾が胸にすがるようにして顔を上げると、北条の眉が「心外だ」というようにぴくりと跳ね上がる。
「義務とか、責任とか、感じて……それで……」
 そうに違いないと思っていたことがどうやらそうではなかったらしいと、そう認識しながらも、疑問に思っている事を口に出すと、北条が再び大きくため息をついた。
「おい。自分の身に置き換えて、よく考えてみろ。お前は抱きたくもない相手に、ここまで勃つのか?」
 腰を強くつかまれ、ぐりっと中を固いもので突き上げられると、途端に甘いしびれが体を走る。
 その暴挙に悲鳴を上げながら、それでも信じがたくて北条を見上げると、普段の優しい色に戻った碧い瞳がこちらを見ていた。
「おまえを抱きたくて仕方なかったよ。かわいいところばかり見せられたしな」
 そのまま深く唇をふさがれ、ゆっくりとベッドに横たえられる。

「さて、どうせ清文さんには怒られるだろうし。だったら楽しむか」
 ちゅっちゅっと健吾の顔中にキスを振らせながら、北条が体をゆすり上げた。
 途端に伝わる中からの振動に、健吾の体が震え始める。
「え、ちょ……やだ、もう、無理……」
「いやだ、はもう聞きたくないな」
「そん……なぁ……っ」

「またしばらく抱けないだろうから、今は堪能させろ」と言う北条に抱き込まれ、健吾の体は嵐の中に放り出されたように躍り上がる。
 いやいやをするように首を振ると、顎を捕えられて深く口づけられた。
「全て片付くまで、待てるな?」
 舌を絡めて強く吸い上げられると体が痙攣し、二人の体の間で擦られた健吾の屹立が少量の精液を溢した。
 がくがく震える体を宥めるように、北条がゆっくりと唇をついばみ、健吾の興奮が鎮まるまで体の動きを止める。
「もう少しだけ、待っていてくれ」
 北条は荒い呼吸を繰り返す健吾の額に、自分の額を合わせる。
「待っていられるな?」
 頷く代わりにそっと腕を伸ばすと、攫われるように強く抱きしめられて、激しく腰を突き入れられた。
 真正面から向き合う形のセックスが、まっすぐに健吾をとらえる北条の視線が、健吾の心に潜んでいた不安を取り去って行く。
 獲物を狩る獣のように獰猛な北条の雄の姿に震えながら、健吾は湧き上がる幸福感に再び涙をこぼす。

 もしかしたら、北条を失うことに怯えなくてもいいのだろうか。
 北条のそばで過ごす事を望んでもいいのだろうか。
 そんな日々がいつか巡ってくるのだろうか。

 そうであるといい、という未来を想像しながら、健吾は涙で濡れる瞳をそっと閉じた。 
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