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目覚めたらそこは事務所の応接で、健吾は北条の上着を毛布代わりに、ソファに寝かされていた。
眠る健吾を北条が抱えていたため、帰りの車は柴田が運転して戻ったらしい。
健吾は移動の間、叩いても揺すっても乱暴に担ぎ上げても、幼い子供のようにいやいやするばかりで一向に目を開ける様子を見せなかったのだという。
仕方がないので寝たいだけ寝かせておこうという話になったと聞き、顔から火が出る程恥ずかしい思いをした。
そんな健吾にも、柴田は「北条が側にいることで安心できたのならよかった」と優しく笑ってくれた。
3日分の睡眠を取り戻すには到底及ばなかったが、熟睡できたことでそれなりに頭はすっきりした気がする。
寝かせておいてくれたみんなに感謝するばかりだ。
目覚めた後は社長の須崎とマネージャーの小寺を交えて関係者全員で食事を取り、その際の打ち合わせで、北条と健吾が同居することが決定した。
24時間警護ともなれば、北条に多大な負担がかかることは想像するまでもない。
相談の結果、健吾の部屋で北条が暮らすのが一番良いのではないかということになった。
あらかじめ健吾の部屋を北条がチェックして危険な場所を頭に入れておけば、室内にいるかぎりは北条もそこまで気を張る必要はなくなるのだという。
宅配なども、一緒に暮らしていれば北条が応対できる為、面識のない訪問者に対して必要以上に警戒することもなくなる。
まずは大きな課題をクリア出来たことで、健吾を始め、須崎や小寺などの事務所サイドの人間は、ほっと胸をなでおろした。
他に心配な点といえば北条に支払う報酬の額なのだが、通常ならば驚くほどに高額なはずの身辺警護の報酬は、北条に関しては、必要経費を除けばほとんど無償でかまわないとのことだった。
理由は、北条が柴田の会社に所属する警護士ではないことにある。
北条は現在は休職中で、しばらく伯父である柴田の所に滞在するつもりで日本に来ていた。
そこへ舞い込んできたのが、健吾を警護する話だ。
日本に滞在中の予定は特には決まっておらず、仕事といえば、柴田の依頼で会社の警護実技の講師を引き受ける話が出ている程度だったらしい。ようするに暇だったのだろう、と健吾は思った。
須崎からの依頼に、時間が空いていて、尚且つ腕の立つ北条を使わない手はない、と、柴田が強引に北条を売り込んだのだと聞いた時は、自分は運がいいんだか悪いんだか、と健吾は思わず笑ってしまった。
北条クラスのボディガードをタダ同然で雇うことができるなど普通ならありえないことなので、須崎は警護される健吾を差し置いて、小躍りするほど喜んでいた。
それでもいくらかの謝礼は出すに違いないが、過去にストーカー被害にあった女性タレントにボディガードをつけた際の金額を思えば、北条に支払う金額など須崎にとっては雀の涙ほどにしか感じないだろう。
いくらかの負担を覚悟していた健吾にとっても、正直ありがたい話だった。
滞在していたホテルに荷物を取りに寄ってから自宅に向かうことが決まり、健吾と北条は、須崎や柴田と別れて事務所を後にした。
北条の私物は、後から柴田の家族が届けてくれることになっている。
日本に滞在する際はいつも伯父である柴田の家に世話になっているので、柴田の家族とは仲が良い、と、たった今本人に聞いたばかりだ。
「まだクマがひどいぞ。帰ったら寝ろ」
健吾の顔をちらりと見ながら、北条がそう言い放つ。
いつのまにやら、健吾に敬語を使う気が全くなくなったらしい北条は現在、ホテルへ移動中の車の運転手を務めている。
倉庫街へ移動する際にも使っていたこの車は、柴田が趣味で持っている車のうちの一台らしいが、家族は誰も乗らないので、北条がメインで使っているらしい。
見かけによらずセレブだった柴田に驚くが、さらに驚いたことが他にもある。
健吾をいつの間にか呼び捨てにしているし、何を言うにもいちいち命令口調なこの男。
もしや見た目に反して随分年上なのかと思っていたのだが、固い口を割らせてみたらなんと、健吾より二つも年下だったことが判明した。
年下ならば俺に敬語を使え!と言ってみたのだが、日本語が苦手だから無理だと却下された。
絶対に、嘘だ。
北条の本拠地はもちろんワシントンD.C.で、日本にいたのは、日本人の母親(柴田の妹らしい)が里帰りする際にくっついてきた長い休みの間と、こちらで入学した大学生活の間の四年だけらしい。
アイデンティティーはほとんどアメリカ人なんだと言っていた。
荷物をまとめる間、日本のホテルがめずらしいのか、北条はしばらく健吾にくっついて回っていたが、警戒を緩めていないことは側にいる健吾が一番感じていた。
部屋に入ってすぐに、さりげなくではあるが、浴室、トイレ、クローゼットを先回りしてチェックし、異変がないか確認していたのを知っている。
事件後初めて自宅に戻るということもあり、健吾の手はなかなか進まず、荷物をまとめるのにかなりの時間がかかってしまったのだが、北条はその間、文句も言わず黙ってそばについてくれていた。
警察の現場検証は終わったと聞いている。
玄関に入るなり襲われ、病院からホテルへ直行させられたので、室内がどうなっているのか確認すらしていない。
あの男に荒らされた部屋かと思うと、嫌悪感ですべてを焼き捨ててしまいたい思いに駆られるが、思い出の品や大切なものも沢山あるので、そういうわけにもいかない。
北条が一緒に暮らしてくれるとわかっていなければ、とてもあの部屋に戻る気にはなれなかっただろう。
「そういえば、蒼馬は嫌じゃないの?俺と暮らすの」
出会ったばかりの見知らぬ他人と同居することに抵抗はないのだろうか、と、荷物をまとめる手を止めて視線を向けると、北条は窓辺に佇み、外の景色を眺めているところだった。
ただ立っているだけなのに、そこに恐ろしく絵になる情景が出来上がっていて、映画のワンシーンを見ているような気分になる。
やはりこの男、顔もスタイルも並外れて整っている。
「健吾はいやじゃないのか?俺と暮らすのは」
健吾がうっかり見とれていた事に気付いていたらしく、北条がニヤリと笑いながら質問を投げ返してきた。
質問に質問で返すの禁止!と、手に持っていた服を投げつけると、北条はキャッチした服を立ったまま器用にたたみながら、「いやじゃない」と答えてそれをスーツケースにしまった。
「ずっと一緒にいれば、そばにいない時の心配をする必要がなくなるだろう?」
確かにそうに違いないが、だからといってプライベートまで健吾のために費やさなければならないのは、北条の負担が大きい気がする。
久しぶりに日本に来たと言っていたし、やりたいこともあるのではないだろうか。
健吾が申し訳なく思っていると、「それに……」と北条が言葉を付け加えた。
「健吾といると楽しそうだ」
他人との同居をあまり重く捉えていないらしい北条に安堵するが、それにしたって「楽しそう」って一体どういう意味だ!と思う。
しかし、深く追求すると自分の首を閉めそうなので、健吾はそれについては聞かなかったことにした。
荷物をすべてまとめ終えると、北条が当たり前のようにそれを受け取り、健吾の肩にそっと手を置いた。
身を屈め、顔を覗き込むようにして、「平気か?」と尋ねられる。
自宅で襲われた事を知っているので、健吾を家に戻すのが心配なのだろう。
「平気じゃないけど……大丈夫。多分」
正直に言えば、戻りたくない気持ちの方が大きいが、だからといっていつまでもホテルで暮らすわけにはいかない。不特定多数の人間が出入りするホテルは、セキュリティの面ではおすすめできない、と柴田に言われたばかりだ。
「行こう」
健吾が促すと、北条は荷物を持っていない方の腕を伸ばして、健吾の頭をぎゅっと抱える。
これは、儀式だ。
健吾が勇気を持つための。そして、何事もなく無事に過ごせるための。
大丈夫。北条が絶対に守ってくれると信じている。
眠る健吾を北条が抱えていたため、帰りの車は柴田が運転して戻ったらしい。
健吾は移動の間、叩いても揺すっても乱暴に担ぎ上げても、幼い子供のようにいやいやするばかりで一向に目を開ける様子を見せなかったのだという。
仕方がないので寝たいだけ寝かせておこうという話になったと聞き、顔から火が出る程恥ずかしい思いをした。
そんな健吾にも、柴田は「北条が側にいることで安心できたのならよかった」と優しく笑ってくれた。
3日分の睡眠を取り戻すには到底及ばなかったが、熟睡できたことでそれなりに頭はすっきりした気がする。
寝かせておいてくれたみんなに感謝するばかりだ。
目覚めた後は社長の須崎とマネージャーの小寺を交えて関係者全員で食事を取り、その際の打ち合わせで、北条と健吾が同居することが決定した。
24時間警護ともなれば、北条に多大な負担がかかることは想像するまでもない。
相談の結果、健吾の部屋で北条が暮らすのが一番良いのではないかということになった。
あらかじめ健吾の部屋を北条がチェックして危険な場所を頭に入れておけば、室内にいるかぎりは北条もそこまで気を張る必要はなくなるのだという。
宅配なども、一緒に暮らしていれば北条が応対できる為、面識のない訪問者に対して必要以上に警戒することもなくなる。
まずは大きな課題をクリア出来たことで、健吾を始め、須崎や小寺などの事務所サイドの人間は、ほっと胸をなでおろした。
他に心配な点といえば北条に支払う報酬の額なのだが、通常ならば驚くほどに高額なはずの身辺警護の報酬は、北条に関しては、必要経費を除けばほとんど無償でかまわないとのことだった。
理由は、北条が柴田の会社に所属する警護士ではないことにある。
北条は現在は休職中で、しばらく伯父である柴田の所に滞在するつもりで日本に来ていた。
そこへ舞い込んできたのが、健吾を警護する話だ。
日本に滞在中の予定は特には決まっておらず、仕事といえば、柴田の依頼で会社の警護実技の講師を引き受ける話が出ている程度だったらしい。ようするに暇だったのだろう、と健吾は思った。
須崎からの依頼に、時間が空いていて、尚且つ腕の立つ北条を使わない手はない、と、柴田が強引に北条を売り込んだのだと聞いた時は、自分は運がいいんだか悪いんだか、と健吾は思わず笑ってしまった。
北条クラスのボディガードをタダ同然で雇うことができるなど普通ならありえないことなので、須崎は警護される健吾を差し置いて、小躍りするほど喜んでいた。
それでもいくらかの謝礼は出すに違いないが、過去にストーカー被害にあった女性タレントにボディガードをつけた際の金額を思えば、北条に支払う金額など須崎にとっては雀の涙ほどにしか感じないだろう。
いくらかの負担を覚悟していた健吾にとっても、正直ありがたい話だった。
滞在していたホテルに荷物を取りに寄ってから自宅に向かうことが決まり、健吾と北条は、須崎や柴田と別れて事務所を後にした。
北条の私物は、後から柴田の家族が届けてくれることになっている。
日本に滞在する際はいつも伯父である柴田の家に世話になっているので、柴田の家族とは仲が良い、と、たった今本人に聞いたばかりだ。
「まだクマがひどいぞ。帰ったら寝ろ」
健吾の顔をちらりと見ながら、北条がそう言い放つ。
いつのまにやら、健吾に敬語を使う気が全くなくなったらしい北条は現在、ホテルへ移動中の車の運転手を務めている。
倉庫街へ移動する際にも使っていたこの車は、柴田が趣味で持っている車のうちの一台らしいが、家族は誰も乗らないので、北条がメインで使っているらしい。
見かけによらずセレブだった柴田に驚くが、さらに驚いたことが他にもある。
健吾をいつの間にか呼び捨てにしているし、何を言うにもいちいち命令口調なこの男。
もしや見た目に反して随分年上なのかと思っていたのだが、固い口を割らせてみたらなんと、健吾より二つも年下だったことが判明した。
年下ならば俺に敬語を使え!と言ってみたのだが、日本語が苦手だから無理だと却下された。
絶対に、嘘だ。
北条の本拠地はもちろんワシントンD.C.で、日本にいたのは、日本人の母親(柴田の妹らしい)が里帰りする際にくっついてきた長い休みの間と、こちらで入学した大学生活の間の四年だけらしい。
アイデンティティーはほとんどアメリカ人なんだと言っていた。
荷物をまとめる間、日本のホテルがめずらしいのか、北条はしばらく健吾にくっついて回っていたが、警戒を緩めていないことは側にいる健吾が一番感じていた。
部屋に入ってすぐに、さりげなくではあるが、浴室、トイレ、クローゼットを先回りしてチェックし、異変がないか確認していたのを知っている。
事件後初めて自宅に戻るということもあり、健吾の手はなかなか進まず、荷物をまとめるのにかなりの時間がかかってしまったのだが、北条はその間、文句も言わず黙ってそばについてくれていた。
警察の現場検証は終わったと聞いている。
玄関に入るなり襲われ、病院からホテルへ直行させられたので、室内がどうなっているのか確認すらしていない。
あの男に荒らされた部屋かと思うと、嫌悪感ですべてを焼き捨ててしまいたい思いに駆られるが、思い出の品や大切なものも沢山あるので、そういうわけにもいかない。
北条が一緒に暮らしてくれるとわかっていなければ、とてもあの部屋に戻る気にはなれなかっただろう。
「そういえば、蒼馬は嫌じゃないの?俺と暮らすの」
出会ったばかりの見知らぬ他人と同居することに抵抗はないのだろうか、と、荷物をまとめる手を止めて視線を向けると、北条は窓辺に佇み、外の景色を眺めているところだった。
ただ立っているだけなのに、そこに恐ろしく絵になる情景が出来上がっていて、映画のワンシーンを見ているような気分になる。
やはりこの男、顔もスタイルも並外れて整っている。
「健吾はいやじゃないのか?俺と暮らすのは」
健吾がうっかり見とれていた事に気付いていたらしく、北条がニヤリと笑いながら質問を投げ返してきた。
質問に質問で返すの禁止!と、手に持っていた服を投げつけると、北条はキャッチした服を立ったまま器用にたたみながら、「いやじゃない」と答えてそれをスーツケースにしまった。
「ずっと一緒にいれば、そばにいない時の心配をする必要がなくなるだろう?」
確かにそうに違いないが、だからといってプライベートまで健吾のために費やさなければならないのは、北条の負担が大きい気がする。
久しぶりに日本に来たと言っていたし、やりたいこともあるのではないだろうか。
健吾が申し訳なく思っていると、「それに……」と北条が言葉を付け加えた。
「健吾といると楽しそうだ」
他人との同居をあまり重く捉えていないらしい北条に安堵するが、それにしたって「楽しそう」って一体どういう意味だ!と思う。
しかし、深く追求すると自分の首を閉めそうなので、健吾はそれについては聞かなかったことにした。
荷物をすべてまとめ終えると、北条が当たり前のようにそれを受け取り、健吾の肩にそっと手を置いた。
身を屈め、顔を覗き込むようにして、「平気か?」と尋ねられる。
自宅で襲われた事を知っているので、健吾を家に戻すのが心配なのだろう。
「平気じゃないけど……大丈夫。多分」
正直に言えば、戻りたくない気持ちの方が大きいが、だからといっていつまでもホテルで暮らすわけにはいかない。不特定多数の人間が出入りするホテルは、セキュリティの面ではおすすめできない、と柴田に言われたばかりだ。
「行こう」
健吾が促すと、北条は荷物を持っていない方の腕を伸ばして、健吾の頭をぎゅっと抱える。
これは、儀式だ。
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