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健吾の芸能生活に不吉な影が差し始めたのは、今からおよそ一か月程前のことだ。
その日、マネージャーの小寺が、不健康そうに見える顔色をさらに白くして、久々のオフを自宅で過ごしていた健吾のもとにやってきた。
部屋に通すなり、小寺は持参したタブレットで、何も言わずに荒い画像の動画を健吾に見せる。
細身の男が全裸でシャワーを浴びている動画で、はじめはエロ動画かなにかだろうかと思っていた。
しかし動画が進むにつれて、それが何なのかを理解した健吾の体からは、みるみる血の気が引いていった。
画面の中でシャワーを浴びているのは紛れもない自分。
場所は自宅の浴室に間違いなかった。
局部には申し訳程度にモザイクがかけられいているものの、それでも全裸の姿が余すところなく撮影されてしまっている。
「これ……」
思わず口をついてでたつぶやきが震えてしまったことが腹立たしく、健吾は鋭く舌打ちをする。
しかし小寺は健吾よりもさらに取り乱した様子で、確認は済んだとばかりに健吾の手からタブレットをひったくり、動画をストップさせた。
「やっぱり……これって健吾さんですよね?」
おそるおそる確認する小寺に、認めたくはなかったが、健吾はこくりと頷いて肯定する。
小寺によれば、動画は最近「B.K」のファンサイトに匿名で投稿されたもので、タイトルには「必見!健吾のシャワーシーン」とあったらしい。
この投稿動画についての他のファンの反応は「良く似た他人の画像ではないか」「間違いなく本人だろう」など様々だったらしいが、内容が内容だけに悪質な投稿だと判断され、運営サイドがすぐさま削除に踏み切っていた。
しかしその後もアカウントを変えて何度か同じ投稿が続くばかりか、大手動画投稿サイトにも同様のものが上げられ、そちらから連絡を受けた事務所は現在対応に追われててんやわんやしているらしい。
スマートフォンに搭載されたカメラの普及により、どこで何を撮影されていてもおかしくないこのご時世だ。
芸能人にプライバシーはないのか?と訴えたくなるような状況ではあるが、それでもさすがに、全裸映像が出回るような事はまず起こらない。
「なんでうちの風呂場が撮られてるの?俺の裸、全世界に流出ってこと?」
受け入れがたい出来事にどう反応してよいのわからず、問いかけのつもりが、つい小寺を責める口調になってしまった。
「大丈夫です。動画は現在削除されていて、大手サイトでも投稿されたらすぐに削除してもらえるよう依頼してあります。それより問題は、どうやってこれを撮影したのかということなんですが……」
「そんなの、盗撮に決まってる!俺がこんなの自撮りして、わざわざモザイクかけてアップするわけないだろ!」
怒りに任せてタブレットの画面を強く叩きつけると、小寺が心配そうに、事務所からの貸し出し品であろうそれを持ち上げて無事を確認した。
悪気はないのだろうが、その様子を見てさらに頭に血が上る。
「健吾さん、落ち着いて下さい。まずは専門業者に依頼して、この部屋に盗聴や盗撮の機器類がないか確認してもらいましょう。社長も健吾さんをとても心配していますから」
当たり前だ!と健吾が頭を抱え込むと、落ち着かせるように小寺が健吾の背中を撫でる。
ただ、と小寺は続ける。
「盗撮機器類が見つかったとして、それが誰の手でどうやって設置されたのかが問題になってきます。健吾さんの部屋のスペアキーとエントランスの暗証番号は、僕しかもっていないし、知らないはずですよね?」
誰かにマンションの鍵を渡したり暗証番号を教えたりしたか?と小寺に聞かれ、健吾は気まずい思いで顔をそむけた。
健吾が現在住んでいる部屋は、駅やコンビニが近いという実用一辺倒で、人気のあるタレントが住むにふさわしいセキュリティを備えているとは言い難い。
一応、エントランスは暗証番号がないと開かないオートロック式だが、管理人は常駐しておらず、職業柄自宅に人が訪ねてくる事の多い健吾は、エントランスからドアフォンを押されるのが面倒で、仲の良い後輩などには暗証番号を教えてしまうことがあった。
玄関ドアはいわゆるシリンダー錠で、予備はマネージャーが持っているのだが、健吾は酔うとかなりの頻度で、自宅の鍵を財布ごと店や友人宅に忘れてくる。
いつ身分証を盗まれてもおかしくなく、なおかつ自宅のスペアキーを作られてもおかしくない状況を、自らせっせと作り出しているようなものだ。
健吾がばつの悪い思いをしながらそのことを話すと、小寺はいつも泣いているような下がり眉をさらに下げて、困ったことになりましたね、と言った。
「とにかく、一度専門業者に調べてもらいましょう。健吾さんはホテルにしばらく滞在するよう、社長から指示されています。すでに手配されているはずですので、荷物の用意が出来たらこのままホテルへ移動しましょう」
ホテルの部屋に入ったらくれぐれも外出しないように!と強く言い渡され、健吾はしぶしぶ了承した。
この時はまだ、悪質な嫌がらせにあったくらいの認識しかなかった。
その後の調査で盗撮用の隠しカメラが見つかって撤去されたこともあり、事件はこれで終わったのだと思っていた。
数日後、事務所や健吾が出演している番組のスポンサー企業宛てに、健吾への誹謗中傷などが書かれた数々のメールや封書が届いた。
身に覚えのない出来事が書き散らされている、ただの嫌がらせの内容だったが、それでも気分のよいものではない。
黙々と対処しつつ、小寺や事務所スタッフたちと悶々と過ごしていたある日、とうとうネット上に健吾の殺害予告が出された。
どんどんエスカレートしていく嫌がらせの内容に、健吾たちは恐怖を覚えたが、殺害予告自体は警察によって悪質ないたずらだろうと判断された。
それでも、健吾を一人にすることがないようにと、撮影や収録には必ず小寺か他のマネージャーが付き添い、相方の清文も健吾を心配して絶えずそばにいてくれるようになった。
「ありがとう、文ちゃん。俺は大丈夫だよ!あんなのただのいたずらだって。ネットに変な動画上げたり、いやがらせのメール出すぐらいしか能がない最低ネクラ野郎がやってるんだよ」
その日も「自宅まで送る」と、清文は健吾の家の玄関ドアの前までついてきていた。
「大丈夫って言われてもなぁ。健吾になにかあったらと思うと心配だし、送ってやるぐらいしかできねーからな」
昔から清文は健吾に甘く過保護な傾向があるが、最近は心配するあまりか、それに拍車がかかってしまっていた。
「女の子じゃないんだから大丈夫だって!」
清文には、同棲している事実婚状態の恋人がいる。
彼女を差し置いて毎日自分が送迎してもらうのが申し訳なくて、健吾は清文の背中を押し、早く帰るようにと促した。
「ホント、気をつけろよ!」
去り際に何度も念を押す清文に、苦笑しながら「わかってるから!」と手を振り、ようやく部屋に入ることが出来た。
慣れ親しんだ匂いに、ホッと息をつく。
やっぱり、今日も何事も起こらなかったじゃないか、と後ろ手でドアを閉めて、疲れた体をもたれさせた。
部屋に入ろうとして、ふと違和感を感じた。
足元に散らばる、何足もの靴。
今朝出かける時に、自分はこんなに靴を脱ぎ散らかしたまま出ただろうか?
几帳面な性格の健吾は、出したものは元の場所に戻さないと落ち着かない。
靴も、たたきに出しておくには1~2足と決めているし、靴に悩んで数足出したとしても、履かなかったものは収納スペースに戻すか、きちんと揃えておくかするはずだ。
それなのに何故、出した覚えのない数足分の靴が、折り重なるように脱ぎ散らかされているのか。
部屋に誰か、いる?
不安に、ドキリと心臓が跳ねる。
そんなはずはない。
ドアを開ける時確かに鍵がかかっていたのを、清文と一緒に確認している。
盗撮騒動にあった時に、鍵は全て新しいものに変えていた。
スペアキーはマネージャーにしか渡していないし、健吾の部屋は7階にあるので、窓からの侵入も不可能なはずだ。
誰も部屋に入れるはずがない。
そう思った瞬間、つけたばかりの玄関ホールの照明が落ち、一気に暗闇に囚われた。
ぎょっとして、慣れた場所にあるスイッチに手を伸ばそうとした時、何者かに腕を強く捕まれ、口をふさがれた。
「ーー!」
もがこうとしてバランスを崩し、冷たい玄関ホールの床に体を叩きつけられる。
侵入者も同時に倒れこみ、健吾の動きを封じるように覆いかぶさってきた。
捕らえられた手を乱暴に後ろで捻られて、激しい痛みに息が詰まる。
体にかかる重さと圧迫感で侵入者はかなり大柄な男だと推測できたが、後ろからのしかかられている上に暗闇なので、顔を判別することはできなかった。
頭を捻って後ろを見ようとすると、強い力で後頭部を押さえつけられ、床に頬を押し付けられた。
「大人しくしろ」
覆面でも被っているのだろうか。くぐもった男の声が後頭部辺りから聞こえ、健吾はびくりと体を縮める。
男の息遣いは荒く、覆面越しの生暖かい吐息が首筋にかかり、嫌悪感で鳥肌が立った。
チャリ、と音がして、後ろから顔にサバイバルナイフと思しき刃物をつきつけられる。
「絶対に動くな。動いたら殺す」
わかったか?と問われ、健吾は全身に冷や汗が噴き出すのを感じながら、コクコクと頷く。
男はピタリとナイフを健吾の首元に突き付けたまま、両腕を捻りあげて体の後ろに回させ、紐のようなもので固く縛り上げた。
恐怖に支配されて体を動かすこともできず、健吾は小刻みに震えながら、男のすることを大人しく受け入れる。
次に男のとった行動は、信じられないものだった。
健吾に腰を浮かすように命令し、カチャカチャと乱暴に音をたててベルトを外す。そのままボタンとファスナーに手をかけられ、一気にズボンを下着ごと引き下ろされた。
下半身が外気にさらされた寒さと心もとなさで、健吾の体はさらに震えを増す。
男は健吾に腰を上げさせたまま、むき出しになった白い臀部を割り開くようにわしづかみにした。
ガサゴソと音がして、晒されたあたりがほの明るく光るのが映る。
「いやらしい穴だな……」
舌なめずりするような、欲望をにじませた声音で男がつぶやいた。
おそらく携帯のライト機能を使っているのだろう。ごく狭い範囲だけ照らす明かりは、健吾の臀部にのみ当てられているようだ。
やがて始まったカメラのシャッターを切る音に、健吾の体は凍り付いた。
強くめり込んだ指の位置を変え、さらに割り開くように皮膚を引っ張られる。
合成された電子音が響く度に、自分でも見た事のないその場所が画像としておさめられていくのだと思うと、抵抗できない悔しさとやりきれなさから涙が零れ、押し付けられた頬を伝って床に流れていった。
シャッター音がしなくなり、次は何が起こるのかと身構える。
すると、生ぬるいものがねっとりと、健吾の後ろに押し当てられた。
「やっ……!イヤだっ!」
男の舌に、そこを舐められている。
そう思った瞬間、拒絶の声が抑えきれずに飛び出した。
体をずり上げて逃げようとすると、後ろから再びナイフをつきつけられる。
「動いたら殺すと言ったはずだ」
舐めるために、口元だけ露わにしたのだろう。男の声は先ほどより明瞭に聞こえたが、そんなものは何のなぐさめにもならなかった。
健吾が大人しくなると、男は行為を再開した。
熱心に舌を動かし、襞の一本一本を伸ばすようにたどりつくし、時にこじ開けるように舌先を中心部に押し込まれる。
ベロベロとぬるついた舌に舐め回される感触に悲鳴が出そうになるのを、奥歯をかみしめてぐっとこらえた。
男がしつこく舐め回すので、肛門から性器にまで男の唾液がつたい、生理的嫌悪感からひどい吐き気を催しはじめた。
やがて舐めることに満足したのか、男は自分の唾液で濡れた健吾の孔を確認するように指でこすり、つぷりと指先を侵入させた。
次に何が起こるのか、考えなくても答えはわかりきっていたが、それでも体は拒絶にこわばる。
涙は止まらないまま、腰を上げさせられているために強く押し付けられた頬と床の間に、冷たい水たまりを作っていた。
やがて恐れていた通り、ゴソゴソという音がしたかと思うと、ぬめった何かが健吾の後孔に押し当てられ、入り口をこするような動きを見せる。
ひゅっと健吾が息をのむと、タイミングを計ったかのように、男の欲望が侵入しようと強く押し込まれてきた。
激しい嫌悪感に、健吾の口から悲鳴が漏れそうになったその瞬間、目の前にある玄関ドアが強くノックされ、先ほど帰ったはずの清文の声が響いた。
「健吾いるか?俺やっぱり今日は泊まるわ。美咲にもさっき連絡つけといたから、開けて~!」
突然圧迫感が消え去り、男が慌ただしく身を起こす気配がする。
「……っ文ちゃん!助けてっ!」
自分でも、どうやって声を出したのかわからない。
健吾の悲鳴を聞きつけ、鍵のかけられていなかったドアが清文によって勢いよく開かれた。
「健吾!」
男は開いたドアから、清文を突き飛ばすようにして逃げて行く。
清文は一瞬男を捕えようとしたが、開いたドアから差す明かりで見えた健吾の姿に、追うのを断念して慌てて室内に入ってきた。
今まで見たことのない、切迫した表情の親友の顔を見てほっとしたのか、恐怖から解放された健吾の意識は、墜落するように暗闇に飲まれていった。
その日、マネージャーの小寺が、不健康そうに見える顔色をさらに白くして、久々のオフを自宅で過ごしていた健吾のもとにやってきた。
部屋に通すなり、小寺は持参したタブレットで、何も言わずに荒い画像の動画を健吾に見せる。
細身の男が全裸でシャワーを浴びている動画で、はじめはエロ動画かなにかだろうかと思っていた。
しかし動画が進むにつれて、それが何なのかを理解した健吾の体からは、みるみる血の気が引いていった。
画面の中でシャワーを浴びているのは紛れもない自分。
場所は自宅の浴室に間違いなかった。
局部には申し訳程度にモザイクがかけられいているものの、それでも全裸の姿が余すところなく撮影されてしまっている。
「これ……」
思わず口をついてでたつぶやきが震えてしまったことが腹立たしく、健吾は鋭く舌打ちをする。
しかし小寺は健吾よりもさらに取り乱した様子で、確認は済んだとばかりに健吾の手からタブレットをひったくり、動画をストップさせた。
「やっぱり……これって健吾さんですよね?」
おそるおそる確認する小寺に、認めたくはなかったが、健吾はこくりと頷いて肯定する。
小寺によれば、動画は最近「B.K」のファンサイトに匿名で投稿されたもので、タイトルには「必見!健吾のシャワーシーン」とあったらしい。
この投稿動画についての他のファンの反応は「良く似た他人の画像ではないか」「間違いなく本人だろう」など様々だったらしいが、内容が内容だけに悪質な投稿だと判断され、運営サイドがすぐさま削除に踏み切っていた。
しかしその後もアカウントを変えて何度か同じ投稿が続くばかりか、大手動画投稿サイトにも同様のものが上げられ、そちらから連絡を受けた事務所は現在対応に追われててんやわんやしているらしい。
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芸能人にプライバシーはないのか?と訴えたくなるような状況ではあるが、それでもさすがに、全裸映像が出回るような事はまず起こらない。
「なんでうちの風呂場が撮られてるの?俺の裸、全世界に流出ってこと?」
受け入れがたい出来事にどう反応してよいのわからず、問いかけのつもりが、つい小寺を責める口調になってしまった。
「大丈夫です。動画は現在削除されていて、大手サイトでも投稿されたらすぐに削除してもらえるよう依頼してあります。それより問題は、どうやってこれを撮影したのかということなんですが……」
「そんなの、盗撮に決まってる!俺がこんなの自撮りして、わざわざモザイクかけてアップするわけないだろ!」
怒りに任せてタブレットの画面を強く叩きつけると、小寺が心配そうに、事務所からの貸し出し品であろうそれを持ち上げて無事を確認した。
悪気はないのだろうが、その様子を見てさらに頭に血が上る。
「健吾さん、落ち着いて下さい。まずは専門業者に依頼して、この部屋に盗聴や盗撮の機器類がないか確認してもらいましょう。社長も健吾さんをとても心配していますから」
当たり前だ!と健吾が頭を抱え込むと、落ち着かせるように小寺が健吾の背中を撫でる。
ただ、と小寺は続ける。
「盗撮機器類が見つかったとして、それが誰の手でどうやって設置されたのかが問題になってきます。健吾さんの部屋のスペアキーとエントランスの暗証番号は、僕しかもっていないし、知らないはずですよね?」
誰かにマンションの鍵を渡したり暗証番号を教えたりしたか?と小寺に聞かれ、健吾は気まずい思いで顔をそむけた。
健吾が現在住んでいる部屋は、駅やコンビニが近いという実用一辺倒で、人気のあるタレントが住むにふさわしいセキュリティを備えているとは言い難い。
一応、エントランスは暗証番号がないと開かないオートロック式だが、管理人は常駐しておらず、職業柄自宅に人が訪ねてくる事の多い健吾は、エントランスからドアフォンを押されるのが面倒で、仲の良い後輩などには暗証番号を教えてしまうことがあった。
玄関ドアはいわゆるシリンダー錠で、予備はマネージャーが持っているのだが、健吾は酔うとかなりの頻度で、自宅の鍵を財布ごと店や友人宅に忘れてくる。
いつ身分証を盗まれてもおかしくなく、なおかつ自宅のスペアキーを作られてもおかしくない状況を、自らせっせと作り出しているようなものだ。
健吾がばつの悪い思いをしながらそのことを話すと、小寺はいつも泣いているような下がり眉をさらに下げて、困ったことになりましたね、と言った。
「とにかく、一度専門業者に調べてもらいましょう。健吾さんはホテルにしばらく滞在するよう、社長から指示されています。すでに手配されているはずですので、荷物の用意が出来たらこのままホテルへ移動しましょう」
ホテルの部屋に入ったらくれぐれも外出しないように!と強く言い渡され、健吾はしぶしぶ了承した。
この時はまだ、悪質な嫌がらせにあったくらいの認識しかなかった。
その後の調査で盗撮用の隠しカメラが見つかって撤去されたこともあり、事件はこれで終わったのだと思っていた。
数日後、事務所や健吾が出演している番組のスポンサー企業宛てに、健吾への誹謗中傷などが書かれた数々のメールや封書が届いた。
身に覚えのない出来事が書き散らされている、ただの嫌がらせの内容だったが、それでも気分のよいものではない。
黙々と対処しつつ、小寺や事務所スタッフたちと悶々と過ごしていたある日、とうとうネット上に健吾の殺害予告が出された。
どんどんエスカレートしていく嫌がらせの内容に、健吾たちは恐怖を覚えたが、殺害予告自体は警察によって悪質ないたずらだろうと判断された。
それでも、健吾を一人にすることがないようにと、撮影や収録には必ず小寺か他のマネージャーが付き添い、相方の清文も健吾を心配して絶えずそばにいてくれるようになった。
「ありがとう、文ちゃん。俺は大丈夫だよ!あんなのただのいたずらだって。ネットに変な動画上げたり、いやがらせのメール出すぐらいしか能がない最低ネクラ野郎がやってるんだよ」
その日も「自宅まで送る」と、清文は健吾の家の玄関ドアの前までついてきていた。
「大丈夫って言われてもなぁ。健吾になにかあったらと思うと心配だし、送ってやるぐらいしかできねーからな」
昔から清文は健吾に甘く過保護な傾向があるが、最近は心配するあまりか、それに拍車がかかってしまっていた。
「女の子じゃないんだから大丈夫だって!」
清文には、同棲している事実婚状態の恋人がいる。
彼女を差し置いて毎日自分が送迎してもらうのが申し訳なくて、健吾は清文の背中を押し、早く帰るようにと促した。
「ホント、気をつけろよ!」
去り際に何度も念を押す清文に、苦笑しながら「わかってるから!」と手を振り、ようやく部屋に入ることが出来た。
慣れ親しんだ匂いに、ホッと息をつく。
やっぱり、今日も何事も起こらなかったじゃないか、と後ろ手でドアを閉めて、疲れた体をもたれさせた。
部屋に入ろうとして、ふと違和感を感じた。
足元に散らばる、何足もの靴。
今朝出かける時に、自分はこんなに靴を脱ぎ散らかしたまま出ただろうか?
几帳面な性格の健吾は、出したものは元の場所に戻さないと落ち着かない。
靴も、たたきに出しておくには1~2足と決めているし、靴に悩んで数足出したとしても、履かなかったものは収納スペースに戻すか、きちんと揃えておくかするはずだ。
それなのに何故、出した覚えのない数足分の靴が、折り重なるように脱ぎ散らかされているのか。
部屋に誰か、いる?
不安に、ドキリと心臓が跳ねる。
そんなはずはない。
ドアを開ける時確かに鍵がかかっていたのを、清文と一緒に確認している。
盗撮騒動にあった時に、鍵は全て新しいものに変えていた。
スペアキーはマネージャーにしか渡していないし、健吾の部屋は7階にあるので、窓からの侵入も不可能なはずだ。
誰も部屋に入れるはずがない。
そう思った瞬間、つけたばかりの玄関ホールの照明が落ち、一気に暗闇に囚われた。
ぎょっとして、慣れた場所にあるスイッチに手を伸ばそうとした時、何者かに腕を強く捕まれ、口をふさがれた。
「ーー!」
もがこうとしてバランスを崩し、冷たい玄関ホールの床に体を叩きつけられる。
侵入者も同時に倒れこみ、健吾の動きを封じるように覆いかぶさってきた。
捕らえられた手を乱暴に後ろで捻られて、激しい痛みに息が詰まる。
体にかかる重さと圧迫感で侵入者はかなり大柄な男だと推測できたが、後ろからのしかかられている上に暗闇なので、顔を判別することはできなかった。
頭を捻って後ろを見ようとすると、強い力で後頭部を押さえつけられ、床に頬を押し付けられた。
「大人しくしろ」
覆面でも被っているのだろうか。くぐもった男の声が後頭部辺りから聞こえ、健吾はびくりと体を縮める。
男の息遣いは荒く、覆面越しの生暖かい吐息が首筋にかかり、嫌悪感で鳥肌が立った。
チャリ、と音がして、後ろから顔にサバイバルナイフと思しき刃物をつきつけられる。
「絶対に動くな。動いたら殺す」
わかったか?と問われ、健吾は全身に冷や汗が噴き出すのを感じながら、コクコクと頷く。
男はピタリとナイフを健吾の首元に突き付けたまま、両腕を捻りあげて体の後ろに回させ、紐のようなもので固く縛り上げた。
恐怖に支配されて体を動かすこともできず、健吾は小刻みに震えながら、男のすることを大人しく受け入れる。
次に男のとった行動は、信じられないものだった。
健吾に腰を浮かすように命令し、カチャカチャと乱暴に音をたててベルトを外す。そのままボタンとファスナーに手をかけられ、一気にズボンを下着ごと引き下ろされた。
下半身が外気にさらされた寒さと心もとなさで、健吾の体はさらに震えを増す。
男は健吾に腰を上げさせたまま、むき出しになった白い臀部を割り開くようにわしづかみにした。
ガサゴソと音がして、晒されたあたりがほの明るく光るのが映る。
「いやらしい穴だな……」
舌なめずりするような、欲望をにじませた声音で男がつぶやいた。
おそらく携帯のライト機能を使っているのだろう。ごく狭い範囲だけ照らす明かりは、健吾の臀部にのみ当てられているようだ。
やがて始まったカメラのシャッターを切る音に、健吾の体は凍り付いた。
強くめり込んだ指の位置を変え、さらに割り開くように皮膚を引っ張られる。
合成された電子音が響く度に、自分でも見た事のないその場所が画像としておさめられていくのだと思うと、抵抗できない悔しさとやりきれなさから涙が零れ、押し付けられた頬を伝って床に流れていった。
シャッター音がしなくなり、次は何が起こるのかと身構える。
すると、生ぬるいものがねっとりと、健吾の後ろに押し当てられた。
「やっ……!イヤだっ!」
男の舌に、そこを舐められている。
そう思った瞬間、拒絶の声が抑えきれずに飛び出した。
体をずり上げて逃げようとすると、後ろから再びナイフをつきつけられる。
「動いたら殺すと言ったはずだ」
舐めるために、口元だけ露わにしたのだろう。男の声は先ほどより明瞭に聞こえたが、そんなものは何のなぐさめにもならなかった。
健吾が大人しくなると、男は行為を再開した。
熱心に舌を動かし、襞の一本一本を伸ばすようにたどりつくし、時にこじ開けるように舌先を中心部に押し込まれる。
ベロベロとぬるついた舌に舐め回される感触に悲鳴が出そうになるのを、奥歯をかみしめてぐっとこらえた。
男がしつこく舐め回すので、肛門から性器にまで男の唾液がつたい、生理的嫌悪感からひどい吐き気を催しはじめた。
やがて舐めることに満足したのか、男は自分の唾液で濡れた健吾の孔を確認するように指でこすり、つぷりと指先を侵入させた。
次に何が起こるのか、考えなくても答えはわかりきっていたが、それでも体は拒絶にこわばる。
涙は止まらないまま、腰を上げさせられているために強く押し付けられた頬と床の間に、冷たい水たまりを作っていた。
やがて恐れていた通り、ゴソゴソという音がしたかと思うと、ぬめった何かが健吾の後孔に押し当てられ、入り口をこするような動きを見せる。
ひゅっと健吾が息をのむと、タイミングを計ったかのように、男の欲望が侵入しようと強く押し込まれてきた。
激しい嫌悪感に、健吾の口から悲鳴が漏れそうになったその瞬間、目の前にある玄関ドアが強くノックされ、先ほど帰ったはずの清文の声が響いた。
「健吾いるか?俺やっぱり今日は泊まるわ。美咲にもさっき連絡つけといたから、開けて~!」
突然圧迫感が消え去り、男が慌ただしく身を起こす気配がする。
「……っ文ちゃん!助けてっ!」
自分でも、どうやって声を出したのかわからない。
健吾の悲鳴を聞きつけ、鍵のかけられていなかったドアが清文によって勢いよく開かれた。
「健吾!」
男は開いたドアから、清文を突き飛ばすようにして逃げて行く。
清文は一瞬男を捕えようとしたが、開いたドアから差す明かりで見えた健吾の姿に、追うのを断念して慌てて室内に入ってきた。
今まで見たことのない、切迫した表情の親友の顔を見てほっとしたのか、恐怖から解放された健吾の意識は、墜落するように暗闇に飲まれていった。
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