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番外32.王子様と眠り姫とネズミの国(モブ 琴音視点)

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 某月某日 天気は晴れ。
 平井琴音(28)は今日、千葉にあるネズミの国に来ていた。

 琴音自身は特に、このネズミを模したキャラクターが好きなわけではない。
 それなのに頻繁にここを訪れているのには理由がある。
 長い付き合いの、琴音の恋人である谷本智也が、異常なまでのネズミの国マニアなのだ。
 そのため、かなりの頻度でデートコースにここが選ばれてしまう。
 もういい加減どの乗り物も乗り飽きたし、ネズミッキーだのネズミニーだの、ドーナルノダックだのの顔も見飽きてきた。
 しかし今日は、マニアな恋人が「どーしても、ハロウィン衣装を着た限定発売のぬいぐるみをゲットしたい!」と言うので、仕方なく、次のデートは絶対に違う場所にすると約束させてやってきたのだ。

 人様の趣味をとやかく言うつもりもないが、三十路が見えてきた男がネズミニーのぬいぐるみを両脇に抱えながらうきうき歩いている姿は、ちょっとキモイ。
 同じものを抱えているのは、普段愛でる用と永久保存版用に2つ購入するからだ。
 決して、ひとつを琴音にプレゼントするためではない。

「あとさ、ハロウィン限定のスィーツも食べようぜ!ああ、皿持って帰りてぇ~!!!」

 愛でる用ネズミニーにほおずりをしながら(おいおい、まだレジ通してないだろ!と思う)、新しいスィーツを頭に思い浮かべてヘロヘロする男の姿は、恋人であっても大変気持ち悪い。
 別れを考えたことも何度もあるが、智也とは高校時代からの付き合いだ。
 お互いのことを知り尽くし過ぎているためか、今更別れる勇気がわいてこない。

 きっと、このままこいつと結婚するんだろうな。
 それで、結婚式は絶対ネズミーランドホテルでやる!とか言い出すんだろうな。
 ああ、リアルにその様子が思い浮かぶ……。

「あ、藤堂!これ見て!ハロウィンの限定衣装なんだって!」

 琴音が非常にむなしい妄想に浸りながら智也とレジに並んでいると、どこかで聞いたことのある名前を呼ぶ声が耳に入った。
『藤堂』という名前の人物を一人、知っている。
 高校時代、女子たちからの絶大な人気を誇っていた王子様みたいな男子がいて、彼の名前が藤堂だったと記憶している。
 当時から、今目の前でうきうき会計を待っている智也と付き合っていた琴音にはほとんど関わりのない人物だったが、それでも彼が、その辺の俳優が裸足で逃げ出すほどイケメンだった事はよく覚えている。

 でもそんな。まさかね。
 こんなところに、来てるはずないよね。
 と、物は試しに声のした方に顔を向けてみると、こちらに背を向けてぬいぐるみの陳列棚を見ている長身の男性と、彼に寄り添うように立っている小柄な男性が目に入った。

「冬夜さん、これ欲しいの?」
「ぬいぐるみは、さすがにいらないかな。でも、限定品って言われるとなぜか無性に欲しくなるんだよね」
「考え方がすっかり主婦だね」
「いや、主婦関係ないでしょ」

 顔を見合わせて笑い合う二人は、男性同士だけどどうみても恋人という雰囲気を醸し出している。
 そして……まさか、そんな。でも、あの声、あの顔は、やっぱり……
 
「なあ、あれって藤堂じゃね?」
 琴音の視線の先を追った智也が大きく声を上げると、それに気づいた藤堂がくるりと後ろを振り返った。
 つられて隣の男性もこちらを振り向き……

 っていうか、なにあの超絶美人!男?!男ですよね?!

「えっと……谷本?だよな?」
「おー!やっぱり藤堂かー!おまえかわんねーな!!!」
「……お前は、ちょっと変わったな」

 藤堂がすぐにわからなかったのも無理はない。 
 智也は、高校時代から計算すると20キロ近く太ってしまっている。
 年々丸くなっていって、そのうち歩くより転がった方が早くない?と言われてしまいそうな勢いで体重を増やし続ける琴音の恋人を、一発で谷本智也であると見抜いた藤堂はすごいと思う。

「平井さんは変わってないのに……お前、ちょっと油断しすぎ」
 藤堂がふざけてたるんだ腹の肉をつまむと、「ぎゃはは、やめろって!」と智也が大笑いする。
 そういえば、智也は藤堂と同じクラスだったことがある。
 この様子を見る限り、二人は高校時代それなりに仲が良かったのかもしれない。
 智也のついでだろうが、琴音の名前も憶えていてくれたのが、なんだか妙に嬉しい。

「で、藤堂、こちらの美人さんは?」
 直球で質問するデリカシーのない智也の肉の多い脇腹に、琴音は黙って肘をドスッと突き込む。
 察しろ。どうみても恋人同士の空気感漂ってるだろうが!
 芸能人で言うなら、これはいわばお忍びデートってやつだよ、お忍びデート!!!
 と、ゴ〇ゴ13並みの目力で智也を睨みつけたが、肉もつらの皮も厚い男は「痛ぇなぁ。なにすんだよ」と言うだけで、琴音の意図にはさっぱり気付いてくれなかった。

「瀬川と言います。藤堂とは同じ会社で……」
「俺の恋人だよ。かわいいだろ?」

 瀬川と名乗った超絶美人の肩を抱きながら、藤堂が自慢げにそう答える。
 直後、藤堂と智也のやりとりをこっそり盗み聞きしていたらしい周りの女性客たちが、一斉に「え?!」とこちらを向いた。
 
「と、藤堂っ!」
「別に隠す事じゃないでしょ?」
 俺は冬夜さんを自慢したいの!と、今にもキスせんばかりに顔を寄せる藤堂に、瀬川の顔が真っ赤に染まっていく。
 ああ、なんかもう、見てるだけで幸せになれる。
 ネズミの国に来てよかったと、もしかしなくても今年初めて思ったかもしれない。

「それはそれは、ごちそうさまです。お幸せにな!」
 智也は大して驚いた様子もなく二人に祝福の言葉を述べると、「あ、そうだ!」と何かをひらめいたらしく、会計前のネズミニー×2を琴音におしつけて、ごそごそと鞄をあさり始めた。

「これ、やる。さっき買ったんだけどさ」
 智也が取り出したのは、ネズミッキーとネズミニーがセットになっているキーホルダーだ。
 単品で持つと横を向いたネズミニーとネズミッキーなのだが、二つ合わせると、ハートの枠の中で二人がキスをする形になる。
 これを持っているカップルは末永く幸せになれるというジンクスがあって、ネズミの国の人気商品のひとつなのだが、扱っているショップが少なすぎて、一度や二度来ただけではなかなか見つけられないことでも有名だ。
 ネズミの国マニアな智也だからこそ、ゲットできたのだろう。

「いいのか?」
「うん。今日偶然出会えた記念に」
 智也が瀬川の手の上に「はい」とキーホルダーを乗せると、彼は嬉しそうに頬をそめて「ありがとう」とほほ笑んだ。
 その姿を見た藤堂の頬も、やさしく緩んでいる。
 こんな藤堂は見たことがない。イケメンでとても人気があったけど、そういえば彼の笑顔を見ることはあまりなかった気がする。
 珍しい藤堂の笑顔に、思わずつられて笑顔になる。

 それからすぐに智也のレジの順番が回ってきたので、藤堂たちとは「じゃあ」と、特に連絡先も交換せずに別れた。
 交換する必要はないと思ったし、もし連絡を取りたくなれば、高校時代の友達のつてを頼ればいい。
 必要があれば後からなんとでもなるだろう。
 
 会計を終えた智也が、商品タグにシールを張ってもらったネズミニー×2を抱えながら、うきうきと戻ってくる。
 その顔が本当に幸せそうで、それが先ほどの瀬川の笑顔に繋がり、ああそうか、と琴音は思う。
 智也がいつもこうやって幸せそうに笑っているから、自分はそばにいようと思うのだ。

「なあ、琴音と俺で持ってようと思って買ってたやつ、あげちゃったけどよかったよな?」
 どうやら先ほどのキーホルダーは、自分たち用に買っていたものらしい。
 マニアな智也の事だから、どうせ永久保存するために購入したのだろうと思っていたのだが、まさかひとつは琴音用だったとは。
 けれど、そうやって自分たち用にと買ったものを、惜しげもなく「どうぞ」と友達にプレゼントしてしまえる智也のことが、琴音は本当に大好きだ。

「キーホルダーなくても、智也と私はずっと幸せでしょ?」
「それもそうだな!」

 にかっと笑った智也が、ネズミニーのぬいぐるみを二つとも鞄につっこんで、ハイ、と琴音にぽっちゃりした手を差し出す。
 その手をぎゅっと握って歩き出すと、なんともいえない幸福感に包まれた。

「智也、大好きだよ!」
「俺も!琴音大好きだよ!」

 
 きっと今頃藤堂たちも、琴音たちと同じように手を繋いで、ネズミの国を歩いているはず。

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