ピエタ【完結】

竹比古

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POSITION・5 チッタ・デル・バチカーノ

チッタ・デル・バチカーノ 3

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「ママが……話してくれたんだ。あなたが対抗組織の襲撃で撃たれて、意識不明で病院に運ばれた時……その記事が新聞に載ったのを見て、ママは真っ蒼になって倒れた。……ママは泣いてた。にーさんに危険なことをして欲しくない、って――。ママはにーさんを引き取って育てたかったんだ。でも、にーさんはインツェリッロの跡取り息子で、それは絶対に許してもらえなくて……。いつも、にーさんの心配ばかりしてた」
「……」
 ――母が……。
 フィンの言葉に、サルヴァトーレは言葉を無くして、立ち尽くした。
 幼い頃に出て行った限で、それ以来逢うこともなかった母――。
 彼――フィンにその母の姿が重なったのは、当然のことだったのだ。彼は、サルヴァトーレが幼い頃に出て行った母の息子。その金色の髪も、碧い瞳も、あの美しかった母と全て同じだ。
「それで……それでおまえは、何故、私のところへ来た? 麻薬中毒者ジャンキーになって、男娼のように体まで売って……」
「……」
 サルヴァトーレの言葉に、フィンの瞳は静かに沈んだ。
 まだ何も語ろうとしない、というのだろうか、彼は。
「応えろ、フィン! 俺は、麻薬中毒者ジャンキーの弟も男娼の弟も要らない。薬欲しさに私の部下とまで寝るような腐った奴はな」
 冷たい銃口を圧し当てると、ほんの刹那、碧い瞳が揺らめいた。
 だが、それもわずかなことで――。フィンはこうなることが解っていたように、静かな表情で口を開いた。
「……殺してもいいよ、にーさん」
 自嘲のような言葉だった。
 死を前にしても何も言わない、というのだ、彼は。
「もう生きてるのは辛いんだ……」
「何を言って――」
 サルヴァトーレが言いかけた時、四重に配置された柱の一本から、コトリ、と小さな物音がした。
 ハッとしてそこに視線を向けると、黒い人影が視界に入った。まだ一人、生き残っていたのだ。撃たれて傷を負っているようだが、手の中の銃口は、サルヴァトーレを狙っていた。
 引金にかかる指に、力がこもった。
「危ないっ、にーさん――!」
 咄嗟に身を乗り出したのは、フィンだった。サルヴァトーレの前に身を投げ出し――刹那だった。
 夜に銃声が轟いた。
 サルヴァトーレも同時に、引金トリガーを、引いた。
 男が短く呻いて、回廊に、倒れる。
 フィンが胸の中に、倒れ、込んだ。
「に……さ……」
 碧い瞳は衝撃に見開き、金の髪は、儚く、揺、れ、た。
「フィン――」
 胸に飛び込んで来た華奢な肢体は、サルヴァトーレの腕の中に収まった。
 背中に回した手のひらに、濡れた感触が、べったり、と伝わる。
 血だ。
 撃たれたのだ。
「車を回せ! すぐに医者ドットーレを手配するんだ!」
 サルヴァトーレは、周りの部下に指示を放った。
「いいんだ……。痛くない……」
 フィンが、緩やかな、笑みを、見せた。
「そんな問題じゃ――」
「も……死にたい……」
「え……?」
 サルヴァトーレは、その呟きに眉を寄せた。
「――フィン?」
「三カ月だ……って言われてた……。にーさんに逢う前……。も……三カ月経った……」
「何の話を……」
「癌で……も……死ぬんだ……。その前に……にーさんに逢いたかった……」
「――。何……?」
 そんな言葉を、何故、すぐに受け入れることが出来た、というのだろうか。
 サルヴァトーレは、腕の中のフィンを見下ろし、ただ呆然と瞳を見開いた。
 胸を押し潰されるほどの衝撃に、フィンを抱く指先が、白く、染まった。
 ついこの間出逢い、弟だと知った今日、また、もう先のない命だと聞かされ、何故、信じることが出来た、というのだろうか。


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