ピエタ【完結】

竹比古

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POSITION・4 ヴィラ

ヴィラ 2

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「抱きたい……だろ……? サルヴァトーレには……言わない……。夕食まで戻って来ないんだ……。時間はある……」
 その言葉だけが、楽になれる方法だったのだ。
 二つの視線が、交差、した。
 駆け引きのような、時間だった。
「――車までどうぞ。屋敷の中では目に付く」
 男が内ポケットのピルケースを示し、フィンを外へと促して歩く。
 それが、唯一の安堵だった。
 フィンは、苦痛を堪えて、足を、進めた。
 外に出て、何台か並ぶ車の一つに乗り込むと、車は静かに走り出した。
「早く……薬……」
 シートに凭れ、フィンは同じ言葉を繰り返した。
「ハッ。ハンドルを握りながら? すぐにホテルに着きますよ」
 そう言って、男はアクセルを踏み込んだ。
 黒塗りの高級車は、サルヴァトーレ護衛のための一台であり、今日ももちろん他の車が護衛について走っている。今の時間なら、サルヴァトーレは車の中ではなく、ホテルの一室で、聖職者と会談を進めているだろう。
 車はしばらく走り続け、一方にボルゲーゼ公園を見るペンションの前で、止まった。サルヴァトーレが使っている最高級ホテルとは違い、その十分の一にも達しないチャージの小さな部屋だが、今はそれで充分だ。小ぎれいなペンションで、文句を言うところもない。
 男はフィンを促して部屋に入り、片手でネクタイを毟り取った。
「クス……リ……」
 ベッドの上に横たわり、フィンは、治まらない苦痛に、体を丸めた。
「ああ、すぐだ」
 男がピルケースの中からヘロインのアンプルを抜き取り、中身を注射器に吸い上げる。
静脈注射メイン・ラインだろ? 聞いてるぜ。俺が初めてじゃないんだろ? サルヴァトーレ様がいない間に、こうして他の連中に打ってもらってるんだって?」
「……」
 フィンは視線を背けて、速い呼吸だけを繰り返した。
「すぐに楽になるさ」
 白い腕の上腕部を、駆血帯ゴムバンドが締め付ける。
 浮き上がった静脈にニードルが沈み、注射器の中に真紅の華が咲くように、赤い血が美しく逆流する。
 体の中に注ぎ込まれるヘロインに、フィンは表情を緩めて、瞳を、閉じた。
 液が流れ込む度に、チクチク、と不快な痛みが、走る。
 静脈注射の打ち方ショットが下手なために、血管内に空気も一緒に入っているのだろう。
 それでも苦痛は遠のいて、行く。
「さあ、終わりだ。こんな打ち方してたんじゃ、すぐにニードルを射せる静脈なんかなくなるぜ」
 空の注射器をケースに放り、男は、フィンの腕の黒点を見ながら、瞳を細めた。
 一目で静脈注射常習者メイン・ライナーだと判る注射針ニードルの跡は、その命の期限さえも、示している。
「夜が……」
 呟きが、零れた。
「――夜?」
「夜が……白い……」
「??? まだ昼間だ。夜じゃない」
 その呟きは、果たして正気の唇から零れたものだったのだろうか。
 男はフィンの服に両手を掛け、全てを最初に毟り取った。
 ゆったりとしたセーターの下に露になった肢体は、溜め息が零れるほどに、美しかった。幼子のように、きめ細かく整った白い肌も、汗に輝く艶やかな四肢も。
「へェ……。これでサルヴァトーレ様を堕とした、って訳か……」
 男の感嘆は、ベッドの上で零れ落ちた。
「さあ、満足できるように奉仕してくれよ」
 と、フィンの髪をつかみ取り、自身の官能の狭間に押さえ付ける。
「ぐ……っ」
 口を征服する欲望に、フィンはきつく目を暝った。


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