ピエタ【完結】

竹比古

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POSITION・2 ローマ

ローマ 3

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「サルヴァトーレっ」
 屋台に並ぶリンゴの前で足を止め、フィンがくるりと振り返って、片手を挙げた。
 その彼の前では、さも、おいしそうなリンゴが、甘い芳香を放って犇めいている。赤いリンゴもあるし、青いリンゴも、ある。
 サルヴァトーレも、それを見て屋台へと足を向けた。
 フルーツ皿に盛ってある時は食べる気もしないというのに、こういうところで見ると、本当においしそうに見えるから、不思議なものだ。
「これをくれ」
 サルヴァトーレは、スーツのポケットから紙幣を取り出し、屋台の主人に声を掛けた。
「どうもっ。うちのは全部おいしいよっ。可愛い恋人にオマケだ」
 と、赤いリンゴを、余分に、詰める。
「君の勘違いだ。半額にしてもらおうか」
 サルヴァトーレは言った。
「え? あ、えーと……可愛い弟さんで」
「クックッ! アハハハ――っ!」
 笑い転げたのは、フィンだった。
 マフィアのナンバー.2が値切る姿など、そうそう見られるものでは、ない。しかも、その値切り方が、大真面目の脅しに近い、というのだから、いかにもマフィアらしくて、恐ろしい。
 リンゴは気前よくビニール袋に入り込んだ。
 今度はそれを齧りながら、ノミの市を歩き回る。
「すっぱいっ!」
 赤いリンゴを一口齧り、
「あのタネキじじいっ、何が全部おいしいだよ。口先ばっかのイタリア人がっ」
 と、悪態づいて、顔を、顰める。
「こっちは大丈夫だ。――ホラ」
 サルヴァトーレは、味を確かめた青いリンゴを、フィンの前に差し出した。
 それを受け取り、フィンが、齧りかけの赤いリンゴを、空高く、迷いもせずに、投げ、捨てた。
 冬の空が、赤いリンゴを、握り、潰す。
 それは、何と美しい光景、だっただろうか。
「神への供物か? 無作法なやり方だ」
 少し目を瞠りなから、サルヴァトーレは言った。
「捨てるつもりなら、いつまでも持っている方がおかしいだろ……」
「――え?」
 何気なく零れたその言葉は、一体、どういう意味を持つものだったのだろうか。
 訊き返そうとしても、フィンはもう、素知らぬ顔で青いリンゴにかぶりついて、いた。
 身元すら語らない不思議な少年――。彼は一体、何を考えている、というのだろうか。自分のことは何一つ話さず、また、サルヴァトーレもそれを訊く積もりもなく、ただ側に置いているだけの野良猫。そんな野良猫に、人に話せるような過去があるはずも、ない。だから何も訊く必要も、ない。他人の過去など、訊いたところで、面白くもない。
 ――そう。面白くも……。


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