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POSITION・2 ローマ
ローマ 2
しおりを挟むイタリアの他の地方の人間は、『ローマはイタリアではない』と言うが、過去ばかりを映すこの街は、それでも石の匂いと共に、懐かしさを与えてくれる。それは、ニューヨークが、他の地方のアメリカ人に『ニューヨークはアメリカではない』と言われ、忌み嫌われるのと似ているのかも、知れない。
大量の移民を受け入れ、日毎に姿を変える『今しかない街』ニューヨークと、『過去の遺物に支えられる街』ローマは、対照的ながら、確かに、似ている。
「ヴィットリオ、トラストベレへ戻ってくれ」
頬杖を解き、サルヴァトーレは、運転をする部下に声をかけた。
「は……? 下町へ、ですか?」
「ああ」
「かしこまりました」
ローマの中心部へと向かっていた車は、再びテベレ川の向こうへと戻り始めた。
川を挟んでローマの中心地と向かい合うそこは、商人たちが集まって作った『テベレの向こう側』である。
「そこもあなたの好きな場所?」
碧い瞳が持ち上がった。
「フッ。子供には楽しい場所だ」
サルヴァトーレは、軽く鼻を鳴らして受け応えた。
彼がそんな風に笑うなど、果たして何人の人間が知っているだろうか。
フィンの瞳は、ただゆっくりと、瞬いていた。
車は川の中央にあるテベレ島を左手に、ポルテーゼ門の方へと進んでいた。
右側一帯は、ローマの下町、トラストベレである。狭い道筋には、トラットリアやオステリア、ピッツェリアなどのレストランが並び、庶民の息遣いを宿している。
「そこでいい」
ポルテーゼ門を前に、サルヴァトーレは言った。
車が路肩に寄って、静かに止まる。
運転手が降りてドアを開くと、威勢のいい声が耳に届いた。陽気なイタリア人気質を表す市(いち)からの声である。
「さあ、降りて」
フィンを促し、サルヴァトーレも車を降りる。
ローマの城門の一つたるポルテーゼ門を潜ったその一帯は、下町に相応しいノミの市だった。二、三キロも続く屋台には、衣服やアクセサリー、ラジオ、バケツ、シャンデリア、ちり紙……売れるものなら何でも一通り揃っている。
若い衆の声が飛び交い、買う積もりなどなくても、つい誘われる雰囲気に仕立て上げられている。
フィンも、キョロキョロと視線を巡らせながら、物珍しげに下町の市を進んでいた。
あまりこんなところへ足を運んだことがないのだろう。
「シニョーレ.サルヴァトーレっ、ひよこだよ。ひよこがいるっ!」
箱の中で騒ぐヒヨコを目ざとく見つけ、フィンが子供のような声を上げた。――いや、実際、まだそんな表情の似合う子供、なのだ。
「それはまだ食べられない」
「え? これ、食用?」
「クックッ!」
キョトン、とするフィンの顔に、サルヴァトーレは肩を揺らして笑い転げた。
そこまで素直に驚いてくれると、からかい甲斐もある、というものだ。
フィンは、ムッとした様子で、白い唇を尖らせている。
「クックッ……。何か食べ物を見つけておいで。もうお昼だ」
その膨れっ面を楽しみながら、サルヴァトーレは言った。
屈託のない笑顔が、満面に広がる。
屋台を覗き回るフィンの姿は、幸せに育った子供そのものである。誰が見ても、その表情には、一片の不幸も刻まれていない、と言ったに違いない。
気に入った帽子を被ってみたり、トラックの荷台に積まれた鉢植えを覗いたり、小さなビニール傘を翳して見たり……。
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