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POSITION・1 シチリア
シチリア 4
しおりを挟む「……。身元、か」
一人になった部屋でヴィットリオの言葉を繰り返し、サルヴァトーレは革張りの大きな椅子に、頬杖を、ついた。
あの少年――フィンとは、秋のローマで出逢ったのだ。
皮下注射器が路上に散乱する通りで、彼は注射に溺れる子供たちに交じって、茫としていた。他の子供たちも虚ろな瞳で、通りには麻薬中毒者だと一目で解る人間が、ゴロゴロ、いた。足を一歩踏み出す度に、彼らが使い終えた皮下注射器を、幾つも靴で、踏み付けた。
『にーさん……っ』
碧い瞳を見開いて、彼はそう言って、サルヴァトーレに駆け寄って来たのだ。恐らく、ヘロインに酔っていたのだろう。すぐに、ハッ、と我に返り、言葉を、切った。
サルヴァトーレも何も言わずに、再び足を踏み出した。その時、だった。
『薬……欲しいんだ……』
彼が言った。すがるような眼差しだった。普通なら相手にもしなかった、だろう。
だが、彼の碧い瞳と金色の髪は、幼い日のサルヴァトーレの記憶に残る『優しい母』を思い出させた。その少年と同じ碧い瞳と金色の髪を持つ美しい女性を。
『……。この辺りなら、どこでも麻薬は買えるさ。私は持っていない』
無視する代わりに、サルヴァトーレはそう言って再び足を踏み出した。
『金が無いんだ……。全部スラれて……。何でもするよ。薬が欲しいんだ……』
『……』
『あんた、サルヴァトーレ・インツェリッロ……だろ?』
不思議な瞳、だった。海をのぞき込むような碧い瞳は、放っておけないほどに脆く、儚く、澄んで、いた。
部下が駆けつけて来たのは、それからすぐのことだった。
『サルヴァトーレ様っ、また、お一人でこのような場所へ――。車を回してあります。どうぞこちらへ』
その部下の言葉に、少年は、サルヴァトーレを見上げて、微笑んだ。確かに笑った、のだ。安堵するように、穏やかな眼差しで――。目の前にいるのが、シシリー・マフィア、インツェリッロ・ファミリーのナンバー.2、サルヴァトーレ・インツェリッロだと確信し、彼は、笑った。薬に不自由しない、と思ったのかも、知れない。
『一緒に来るといい。私は君が言ったように、確かにサルヴァトーレ・インツェリッロだ』
彼の笑みに、サルヴァトーレは言った。
『グラーツィエ……。グラーツィエ、シニョーレ.サルヴァトーレ……』
そう言って、彼は皮下注射器のゴミ溜めから、抜け出した。
その彼をシチリアまで連れ戻り、あれから数カ月、こうして屋敷に置いて、いる。彼は、フィン、とだけ名乗り、猫のように暮らして、いる。
ただ、それだけのこと、だ。
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