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POSITION・1 シチリア
シチリア 3
しおりを挟む執務用の一室にノックが届いたのは、まだ朝と呼べる時間のことだった。
返事を返すと、ドアを開けて、一人の男が姿を見せた。ダーク・スーツに身を包むファミリーの人間である。
「何だ?」
サルヴァトーレは、重厚なデスクから顔を上げ――いや、上げもせずに、入って来た男に声をかけた。
「はっ。ニューヨークのガンビーノ・ファミリーから『諸場代』のことで――」
「聞く積もりはない」
「ですが――」
「ヘロインの密輸も販売も、汚いことは全部こっちがやっているんだ。彼奴らは自分の手をきれいにしておいたまま、我々シシリー・マフィアから利益を吸い上げるゲスだ。今以上に『諸場代』を上げるだと? ハッ! 馬鹿馬鹿しいっ。ニューヨーク・マフィアなど、さっさとチャイニーズ・マフィアに喰い潰されてしまえばいいんだ」
冷然たる口調で、サルヴァトーレは憤りの言葉を、吐き出した。
「……ですが、我々とガンビーノ・ファミリーは姻戚関係にあって――」
「何が姻戚関係だ。――タイ、ラオス、ミャンマーの黄金の三角地帯から阿片を運んでいるのは誰だ? アフガニスタン、パキスタン、イランの黄金の三日月地帯から阿片を運んでいるのは誰だ? ヘロインの精製は誰がしている? 汚いことは全部こっちだ。その上、もっと『諸場代』を出せだと?」
「シニョーレ.サルヴァトーレ――っ」
「確かに、イタリアで五万ドルにしかならないヘロインも、ニューヨークへ持ち込めば二五万ドルの値がつく。五倍の値がつけば儲けも大きい。――だが、あのブタどもに払う金はこれ以上ない」
「……」
「所詮、チャイニーズ・マフィアに市場をのっとられて吠えているだけの連中だ。放っておけ」
「……は」
部下は額に汗を滲ませながら、部屋を出た。――いや、出て行くだろうと思ったのが、まだ話があるようで、
「あの、サルヴァトーレ様……」
「まだ何かあるのか?」
サルヴァトーレは、不機嫌を露に、顔を上げた。
「はァ……あの、数カ月前にローマで拾って来られたあの少年ですが……」
「彼がどうした?」
「身元だけでも確認された方が宜しいかと。あなたは大事な御身です。もし、暗殺を企んでいる者の差し金なら――」
「おまえは、拾って来た野良猫がどこで生まれ、どんな生活をしていたかまで気にするのか、ヴィットリオ?」
「……」
「生きてこの部屋を出たければ、彼のことに立ち入るな」
「――」
その言葉に、部下の額の汗が凍った。ここではそんな言葉も冗談ではなく、命のやり取りも身近なものなのだ。
「用が済んだらさっさと出て行け」
「は、はっ……」
部下は素直に従った。
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