ピエタ【完結】

竹比古

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POSITION・1 シチリア

シチリア 1

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 夢を見た――ピエタのように、彼の膝に抱かれて眠る夢を……




 呼吸が止まった刹那、長い指先に追い詰められた少年の精液が、解放された。
 白色半透明の氷魚ひうおのように、手のひらに包まれて脈打ち、震える官能は、速い呼吸に上下する胸と共に、熱い痺れを纏って、いる。
 青年が、親指と人差し指、中指の三本で、まだ敏感な部分を前後に扱くと、少年は堪え切れない様子で、
「あ……っ」
 と、薄く、喘ぎを、洩らした。
 細く淡い金髪が、汗に濡れた首筋に張り付き、束の間の夢に、幻想をもたらす。
 先に奉仕を尽くした唇は、青年の精液に濡れ光り、淫ら以上に、不憫、と呼べる雰囲気さえ、纏っている。
 まだ十代の少年、だった。北欧ノルマン系、だろうか。碧い瞳にかかる煩わしげな金髪も、氷魚のように透き通る肌も、このイタリア――シチリアでは、そう受け取れる。
 彼を抱く青年も、半分、金髪碧眼の北欧ノルマンの血を受け継いでいたが、シチリアの血を映すクセのある黒髪だった。
「……いい子だ。さあ、薬をやろう。酷い汗だ」
 青年は、膝の上で貫いていた少年をベッドに降ろし、サイド・テーブルに置いてある銀色のピルケースを、手に、取った。
 中に入っているのは、ヘロインのアンプルと注射器である。
 一本のアンプルを親指で折り、青年は中身を注射器に吸い上げた。
 一定のスプーンに達したところでプランジャーを止め、ニードルを上にして、指先で注射器シリンジを軽く、弾く。
 中の気泡がニードルの方へと集まり、それを見て青年は、プランジャーを、ゆっくりと押した。
 余分な空気が中から抜け出し、細いニードルの先から、小さな雫が、幾つか、零れる。
「シニョーレ……早く……欲し……」
 少年が苦しげに汗を浮かべて、注射器を、見つめた。
「ああ、すぐだ」
 少年の上腕部に駆血帯ゴムバンドを巻きつけ、青年は慣れた手つきで、静脈を、浮かせた。
白い腕には、麻薬常習者たることを示す注射針ニードルの黒点が、幾つも、ある。
 消毒した肌に、銀色のニードルを静かに沈め、青年は、中のヘロインを注入する前に、プランジャーを引いた。ニードルが正確に静脈に入っていることを告げるように、血液が注射器内に逆流、する。
 注射器に流れ込んだ少年の血液が、ヘロインを瞬く間に、赤黒く、染めた。それを見て、青年は、プランジャーを、押、し、た。
 体内に流れ込むヘロインに、少年が微睡むように、表情を、緩める。微笑んでいるようにも、見えた。あまりに儚く、あまりに哀しげに……。
「いつでも私が楽にしてやる。私の側にいればいい」
 そう言って、青年は、少年の肌に沈める注射針ニードルを抜き、空になった注射器を、銀色のピルケースに、カラン、と放った。
「ねェ、シニョーレ……。夜が来ないんだ……」
 茫と漂うように、少年が言った。
「夜が来ない?」
 青年は、その不思議な言葉に眉を寄せた。
「陽が沈まない……。見たことある……? シニョーレ……シニョーレ.サルヴァトーレ……」
「陽が沈まないというのは白夜のことかい?」
「……」
 少年は少しだけ、瞳を、細めた。微笑んでいる、のだろう。
「残念だが見たことはない。君も、もう見ることは出来ない。薬のない国は、君に取って苦痛だ。私の他に薬をくれる人間を見つければ別だが」
 その言葉に、また、笑みが、灯った。


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