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時凪の狂想曲(カプリチオ)

風の止まった時間

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「――で、そのユージンという少年は、あなたが犯した罪を被って自殺したと?」
 医師は訊いた。
「ええ……。彼は私を愛していたんです。私も……多分、彼を愛していました……。死んでしまったエリオットと同じくらいに……」
 薫は、ただ静かに言葉を綴った。
「死んでしまった、か。――では、君の隣に立っている少年は誰かね?」
 医師の視線の先には、サラサラとした金髪と、碧い瞳を持つ少年がいた。
 薫はその少年を見上げ、それからゆっくりと口を開いた。
「彼は……ヴィル……ヴィルヘルムです。また見つけて来たんです……。ユージンと同じように、通りに立つ街娼の中から……。エリオットにとてもよく似ていたので……。今度こそ幸せにしてやろうと……」
「フム。エリオットに、ではなく、彼の姉のアグネスにだろう、ヘル.コウサカ? あなたのように才能ある芸術家が、失恋を境にそういう妄想に取り憑かれる例は珍しくないが、少しずつでも現実を――」
「やめてください、先生!」
 そう言ったのは、薫の傍らに立つ少年だった。
「義兄さんは……カオルにーさんは、本当に姉さんのことが好きだったんです……。それなのに、ぼくが無神経に逢いに来たから……だから、にーさんは傷ついて……。ぼくは、ユージンでもヴィルヘルムでも構わない。にーさんがそれで生きて行けるのなら……。今のにーさんは、朝凪のように、夕凪のように、ほんの少し風の止まった時間にいるだけなんです……。きっと、いつか、風が流れていることに気がつきます……」
 きっと、いつか……。
 これは、凪の時間に見る、狂想曲カプリチオ……。


           
              了

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