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夕凪の変奏曲《ヴァリエーション》

グラーツィエ

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 一日目、青の洞窟で、海底に差し込む銀色の燐光のようなきらめきを放つ光を、二人で、見た。
「日本人だから、ボート代ボラれたんじゃないのか?」
「君が交渉してみるかい?」
「ムッ。どーせオレはイタリア語なんか出来ないさっ」



 二日目、南岸の海浜に降り、のんびりと寝そべる。
「ボートを雇って、沖の三大奇岩でも見に行くか?」
「魚臭いから、もうイヤだよ」
「クックッ!」



 三日目、ロバを雇ってティベリウス帝が生涯の最後の十日間を過ごした山上のヴィラ・ジョービスを訪れる。
「さっき、あのおっさんと何話してたのさ?」
「クス……。私がキスしてくれるのなら、マケてもいいってさ」
「オレじゃなくて?」
「その自信はどこから来るんだ?」



 四日目、アナカプリ地区でショッピングと食事。
「何でカオルばっかモテるのさっ」
「君だって声をかけられていただろう?」
「まだオレの方が三人少ない」
「そんなことを数えているのか?」
「当然だろっ。オレの方が若くてモテるに決まってるんだ」
「クックッ。ヨーロッパじゃ、日本人はエキゾチックでミステリアスでモテるのさ。とてもセクシーだ、ってね」
「ムッ」



 五日目、六日目、七日目……。
 切なく美しい時間が駆け抜ける。
 朝の目醒めに、碧い瞳がのぞき込む。
 夜の眠りに、金色の髪が絡み付く。
「過ぎる日にちを数えるのは初めてだ……。楽しい日がずっと続く」
 広いベッドに身を預け、ユージンは微睡むように、呟いた。
 ずっと……。
「グラーツィエ、カオル……」
「――ん?」
「覚えたイタリア語」
 グラーツィエ、カオル……。
 グラーツィエ……。
 その声は、何度も耳元で聞こえて、いた。微睡みの中に心地よく、夜の眠りに暖かく……。



 そして、次の日の朝、ユージンの姿は、部屋に、なかった。



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