ヴァイオリンのためのソナタ【完結】

竹比古

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夕凪の変奏曲《ヴァリエーション》

似ていなければ

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 薫は軽く笑って車を降り――ユージンも、ホッとした様子で、後に続いて歩き出した。
 寒さを纏う深夜――。冷たい風が、上気した頬に、心地良く触れる。
 部屋に入り、二人はソファにくつろぎながら、簡単な食事で胃を満たした。
「――腹は一杯だけど、下の口からならまだ入るぜ」
 ユージンが、求めるように、薫に触れた。
「食事が済んだのなら、先にバスを使うといい」
 ワインを含み、取り合うこともなく、距離を置く。
「オレ、別に面倒見てもらってるから言ってる訳じゃ――」
「ああ。――裸で歩き回るなよ」
「欲情する?」
「……」
 その言葉にも付き合わず、薫はワインだけを、喉に、通した。
「――何でさ? オレ、若いんだぜ。何日やってないと思ってんだよ」
 のぞき込むようにして、ユージンが言った。
「自分で処理できるだろ」
「――。ハッ! そうかいっ。あんたもそうやって処理してる訳だ」
「金をやろう。欲望を満たしたいのなら、女でも男でも買えばいい」
 薫は溜息をつきながら、胸の財布を取り出した。
「いらねーよ! オレは金払ってナメてもらうほど不自由はしてないさ」
 吐き捨てるような言葉と共に、乱暴に脱ぎ捨てた服が部屋を舞う。
「ここで脱ぐな、と言ったはずだ。バス・ルームへ行け」
「風呂なんか入るもんかっ。あんたが言った通り、一人で寝るさ」
 くるりと身を翻して、ユージンは部屋へと消えて行った。
 バタン――っ、と乱暴にドアが閉まる。
 ――何故、こうなってしまうのだろうか。
 一人になった空間で、薫はワイングラスに視線を落とした。
 ――禁問……。
 エルザが禁問をしたが故に、ローエングリンは立ち去る。オルトルートの魔法を解き、白鳥を新ブラバント公の姿に戻して……。

『にーさんは、ぼくの理想だったんだ』

 ――エリオット……。
 グラスの底に、過去が、沈んだ。
 電話が鳴り出したのは、その時だった。ハッ、とするほどに高い音が、湿った胸に突き刺さる。――いや、静かな夜でなければ、そう耳に触る音ではないのかも、知れない。その音を受け入れられるか否かは、状況や気分が大きく左右するのだろう。
 あの日も、そうだったのだ。
 もし、彼が彼女に似ていなければ。
 もし、彼が彼女の弟でなければ。
 彼が奏でようとする曲に耳を傾けることも出来たかも、知れない。
 薫はゆっくりと受話器を持ち上げた。
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