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夕凪の変奏曲《ヴァリエーション》

威圧感

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「おい、にーちゃん、いい加減にしなよ。セックス好きの日本人には、こっちもうんざりしてるんだ。金を持ってなきゃ、誰が相手になんかしてやるもんか。たとえ、あんたみたいな美人でもな」
 と、小馬鹿にするように、青年の肩に手を掛ける。刹那であった。青年が、肩に乗る手を振り払い、男の顎へとこぶしを入れた。その物静かな容姿からは、窺い知れない敏捷な動きである。
「ぐぅ――っ!」
 と、男が派手に後ろに吹き飛んだ。堅い地面に倒れ込み、そのまま数メートルも地面を滑る。
 顔の形が、変わっていた。
 口からは血が、滲んでいる。
「カール――っ!」
「こっ、こいつ……っ。日本のカラテか」
 周りに集まっていた街娼たちが、目を見開いて立ち尽くす。
「空手? ハッ。――ヴァイオリンを弾くためには、随分、体力がいる。こう見えても、かなり鍛えているんだよ。君たちの顎を砕いて、男のモノをくわえられないようにするくらいには、な」
 青年は言った。
 その言葉に、辺りがシンと静まり返った。
「さあ、仕事を続けたければ退け」
 威圧感すら備えるその言葉に、街娼たちは青くなって後ずさった。
 それを尻目に、青年は、さっきの少年――ユージンの方へと手を伸ばす。
「やめ――っ」
 ユージンは、ビクン、と身を縮めて目を暝った。
 殴られる、と思ったのは、彼の単なる思い込みではなかっただろう。さっきの出来事からして、誰もがその危惧を抱いていたはずなのだ。
 だが――。
 だが、届いたものはこぶしではなく、ただ静かな言葉であった。
「何もしない。おいで」
 柔らかさすら含む優しい口調で、青年は言った。
 ユージンは、恐る恐る顔を、上げた。
 言われるままに腰を上げ、戸惑いながらも後に続く。多分、怖かったからだろう。小さい頃から、殴られる恐怖は身に染み付いている。
 車に乗り、シートに凭れる。
 車は滑らかな動きで走り出した。

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